尾崎亜美の『STOP MOTION』は
“天才少女”が潜在能力を
如何なく発揮した傑作中の傑作

多彩なアレンジと表現力

オフコースのふたりはM6「ストップモーション」でもコーラスを担当しているが、このタイトルチューンもアーティスト、尾崎亜美の才能を感じたナンバーである。

《心のブレーキがもうかからない/あなたに走り出している》《腕に抱かれて 力が抜けていく/「愛してる」ことばにならない》(M6「ストップモーション」)。

弾けるようなピアノが引っ張るサウンドはまさにポップ。Jake H. Concepcionが奏でるサックスも実に活き活きとしており、彼女の歌い方も含めて、文字通り《ことばにならない》愉悦を楽曲全体で表現しているようだ。アウトロで聴かせるサックスとスキャットとの掛け合いは圧巻で、遺憾なく発揮されたシンガーとしてのポテンシャルは素晴らしいのひと言である。

M7「春の予感 〜 I've been mellow」は、尾崎が提供して同年1月に南 沙織がリリースしたシングル曲のセルフカバー。渋い…というと語弊があるかもしれないが、南 沙織版よりも落ち着いているように感じる。セクシーと言ってもいいかもしれない。これは(これも?)鈴木茂のギターが絶品。強過ぎず弱すぎず、ポップだけどお気楽な感じではない、揺れ動く気持ちを6本の弦で的確に表しているように思う。気持ちの良い旋律と音色だ。

M8「悪魔がささやく」は本作の白眉ではないかと思う逸品だ。スリリングなブラスが配されたアップチューンで、パーカッションも多め、サンバホイッスルも鳴っている上に、ベースも随分とブイブイと鳴っている楽曲である。間奏ではスライド奏法のギターからオルガンのソロが聴こえてくるといった具合で、かなりロックっぽい。しかしながら、歌は若干ウイスパーっぽく、可愛らしい歌声というバランスがかなり興味深い。

《未完成な恋を試すのは誰?!/とがったつめにつかまってしまった》《秒刻みに傾むいていく/デビリッシュな恋を誰が仕掛けた/知らず知らずにひきずられてく》《わざとデートをすっぽかしてみた/だけどあなたは信じこんでる/毒針のつめをうまくかくして/天使のように妖しく笑う/優しい彼と悪い男/いつもスリルを楽しむのよ》(M8「悪魔がささやく」)。

もともと彼女の歌声が可愛らしいと言ってしまえばそれはそうなのだろうが、恋愛経験の浅い女の子が背伸びしているような感じが、歌とサウンドで強調されているような印象だ。続くM9「もどかしい夢」も可愛らしい感じだが、同じ“可愛い”でもまったく違った表情を見せているのは、これまた彼女のプロデューサー、アレンジャーとしての確かな手腕を感じるところである。アルバムのフィナーレ、M10「ラストキッス」は吐息混じりの歌い方で、M8、M9とは異なるアプローチを示しているのは、彼女のポテンシャルのダメ押しだろうか。本作ではマックス大人な印象である。M10では幻想的なストリングスが配されており、これも彼女が編曲したもの。ストリングスはこの曲の他にも入っているが、何とここまで彼女は弦楽のアレンジをしたことなく、本作で初めて手掛けたという。一夜漬け的に専門書を読んでアレンジ術を身に着けた…なんて都市伝説的な話もあるようだが、その真偽はさておいても、デビューから3作目でストリングスも(ブラスも)自身で配したというのは、まさに“天才的”と言ってよかろう。

前述した南沙織「春の予感‐I've been mellow‐」の他、杏里「オリビアを聴きながら」、髙橋真梨子「あなたの空を翔びたい」、さらには松田聖子「天使のウィンク」、観月ありさ「伝説の少女」等々、現在に至るまで数多くの女性アーティストに楽曲提供をしてきた彼女。この『STOP MOTION』でのプロデュース力を考えれば、その才能を放っておく音楽業界人はいないだろう。そんなことをストレートに感じさせる秀逸なアルバムであった。

TEXT:帆苅智之

アルバム『STOP MOTION』1978年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.センセイション
    • 2.ジョーイの舟出
    • 3.嵐を起こして
    • 4.ランクダウン
    • 5.来夢来人(らいむらいと)
    • 6.ストップモーション
    • 7.春の予感 〜 I've been mellow
    • 8.悪魔がささやく
    • 9.もどかしい夢
    • 10.ラストキッス
『STOP MOTION』('78)/尾崎亜美

OKMusic編集部

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