藤巻亮太 “らしい”出来栄えの新曲
「まほろば」に込めた誠実なメッセー

藤巻亮太の新曲が出る。タイトルは「まほろば」。サントリー天然水「北アルプス」テーマソングとして、サントリー公式YouTubeチャンネルでドキュメントムービーを公開中。これが実に“藤巻亮太らしい”出来栄えで、自ら弾くマンドリンの澄んだ音色がリードする、カントリータッチの曲調に心躍る。一方、歌詞は豊かなメッセージ性に溢れ、都会と自然との調和を歌い、人と人との共存を願う誠実なもの。コロナ禍に音楽は、どんな力を持ちうるか? それは決して声高ではなく、ささやかなものだが、確かな自信と希望に満ちた、一つの答えがここにある。
――藤巻さんが撮った「まほろば」のジャケット。いい写真です。
これは、新しくサントリーさんの工場ができた長野県大町市というところで、後ろが北アルプスです。この山に降った雪や雨が、20年ぐらいかけて湧き出てくるものが、北アルプスの天然水になるんですね。
――藤巻さんの地元の山梨県も、水がおいしいですよね。
山梨も、普通においしいですよ。山梨は南アルプスですね。
――アルプス繋がりで曲の依頼が来た…というわけではないと思いますが(笑)。最初はどんなお話だったんですか。
もともと何年か前に「天然水スパークリング」が出た時に、ある企画でご一緒させてもらった縁で、“北アルプスに新しく工場ができるので、テーマソングを”というお話を今回いただきました。そこであらためて“水ってどういうものなんだろう?”というレクチャーを受けさせてもらったんです。日本は水に恵まれた国ですけど、ヒマラヤ山脈あたりで生まれた水蒸気が、偏西風で流されてきて、日本の山にぶつかって雨を降らせて、地下を通る20年ぐらいの間にいろんなミネラルをたくわえて、それを汲み上げて飲んでいるという、地球規模の壮大な話みたいですね。それとは別に、僕は30代の頃にいろんなところを旅して、中には水が本当に貴重な国もあって、“日本は本当に水が豊かな国なんだ”ということに気づきました。水は命の根幹なので、あらためて大事なものだなということを認識しながら、このプロジェクトが始まっていきました。
――もともと考えていたことと、今回のプロジェクトのテーマが、うまく重なったと。
そういうものが一つにまとまる場所として、曲を作らせてもらうきっかけになったと思いますし、いろんな経験が一つの作品になるような場所をいただきましたね。
人間が作った便利さの中で生きているんだけど、そんな自分たちも自然の一部だということを忘れちゃいけない。
――直接の関係はないかもしれないですけど、たとえば2年前にリリースした「僕らの街」が、それぞれの街をつなぐ“道”をテーマにしていたように、近年の藤巻亮太の曲は、今生きている土地や人や暮らしをもう一度見直すような、大きなテーマを歌うことが増えているような気もします。
何て言うのか、やっぱり人間ですから、便利さや暮らしやすさを追求して生きてきた部分はあるでしょうし、合理化された社会の中で生きていると思うんです。でも、逆に言ったら、システマチックになりすぎて、もともと人間が持っている数値化できないような気持ちや心の部分が、疲弊してくるところもあると思うんですね。あまりにもルールでがんじがらめになっていくような現代でもあると思うので。そう考えるきっかけになったのは、わかりやすい対比で言うと、都市と自然は相反するように言われていますよね。でも、人間自体も自然の一部だということ。それを忘れちゃいけないと思ったんです。人間が作った便利さの中で生きているんだけども、そんな自分たちも自然の一部だということを忘れてしまうと、どこかで疲れてしまったり、現代病的なものが出てきてしまうんじゃないか。そこで“自分たちも自然の一部なんだ”と思うと、気持ちに余裕ができたり、がんじがらめになっていたものからスッと距離をとれることって、あるような気がするんですね。たとえばお水を1杯飲む時に、“これも自然の一部なんだな”ということを思い出してみる。そうすると、体の渇きだけじゃなくて、心の渇きみたいなものもしっかり潤せるんじゃないか?という、それはサントリーさんの思いでもあるでしょうし、確かにそういうことは自分自身にもあるなと思うんです。便利をどんどん追及していくのも人間の性なんだけれども、合理化されていくものからはみ出していくのも人間だと思うし、そういう部分をもっと大事にしたほうが、きっと生きやすいところはあるんじゃないかと思うんです。そういう観点から、曲を作ったり歌詞を書いていくという感じでしたね。
――今の話にはすごく共感します。都会と田舎、人間と自然を対立させるのではなくて、お互いがその一部だし、常にどこかで通じ合っていると。
特に今は、いろんな価値観があって、分断ということが言われていますからね。その中で、分断されて阻害されていくものも生まれてくるわけで、そうではなく、調和していくという部分で、“結局みんな同じ自然の一部じゃないか”みたいな、そういう大らかさがあると、人は救われるんじゃないかと思うんです。そういうメッセージとして、曲が作れたらいいなとは思いました。
――「まほろば」は、まさに、そういう曲だと思います。このタイトルは、どこから?
「まほろば」というのは、古事記に出てくるような古い言葉ですよね。「倭(大和・やまと)は国のまほろば」という、ここは素晴らしい、美しい場所であるという言葉で、以前に奈良の方を旅した時に、いい言葉だなと思ってメモっておいたんですね。そしてこの曲を書いていくうちに、都会が美しいとか、自然が美しいとか、そういう短絡的なことではなく、生きていく中で、それぞれにとってその場所を素晴らしい場所にできるんじゃないか?と思ったんです。たとえば今こうやって、都会のビルの中でインタビューを受けていますけど、窓には雨が吹き付けて、雲が流れて行ったりとか、向こうに青空が見えてきたりとか、結局は自然の中に都会があるだけで、そうだとすれば、切り離されてはいないと思うんです。“忘れているだけで、切り離されてはいないんだよ”という感覚さえあれば、その瞬間に自分がいる場所も「まほろば」になっていくんじゃないかと思うんです。
――今の話は、窓の外の景色とぴったり合っています。
だんだん晴れてきましたね(笑)。
景色を見て、そこに暮らしている人に会って、おいしい水からおいしいお米ができて、それを私たちがいただく、循環していくものを見たことが大きい。
――こうして見ると、あちこちに緑は多いし、あそこに見える森が、昔はもっと広かったのかもしれないとか思います。
やっぱり、都会は自然の中の一部ですよね。
――そんな、ある意味シリアスなテーマの歌詞を、こんなに軽快なカントリー調の曲に乗せて明るく歌うというのが、“藤巻亮太らしいな”と思います。
一番大きかったのは、曲を作る前に大町市というところに実際に伺ったことですね。行って、景色を見て、おいしい水を飲んで、そこに暮らしている人に会って、話をして、おいしい水からおいしいお米ができて、それを私たちがいただくという、循環していくものを見たことが大きいです。そこで水田とトラクターの景色を写真に撮って、それがジャケットになりましたけど、本当にこういう町なんですよ。たとえば故郷が田舎にある人もいるでしょうし、都会生まれ都会育ちの人もいるでしょうけど、こういう田園の風景を見ると何か懐かしさを感じることは、みんなにあると思うんです。そういう原風景を思わせるような感覚が、音になったらいいなと思いましたね。最初はアコースティックギターで作っていたんです。でも、途中から、明るくて人懐っこいサウンドがいいなと思ったので、マンドリンを買ってきて、練習するところから始まるんですけども(笑)。それが一番大変でした。
――マンドリンの爽やかな音色、すごく効いてます。あれって、ウクレレと同じチューニングでしたっけ。
どうなんですかね? すみません、詳しくわかってなくて(笑)。でも弦が4本あって、複弦なので8本ですけど、ギターとはチューニングが違いますし、ウクレレよりもネックが細くて、フレットの間隔も狭い。そのぶんピッチが高くて、キラッとしたサウンドで、本当に楽しくなるような音がする楽器なんです。その音色がこの曲には合うかなと思って、それが曲のカラーを決めてくれました。何かこう、行ってみたくなるような、出かけたくなるようなサウンドなんですよ。ドライブしたり、電車に乗ったり、何でもいいんですけど、移動中に聴いて気持ちよくなるようなサウンドになったらいいなと思いました。
――別の曲の話になっちゃいますけど、この春に、川嶋あいさんに曲を書きましたよね。「どうにか今日まで生きてきた feat.藤巻亮太」という。
ああ、はい。
――川嶋さんのイメージとして、バラードなのかな?と思ったら、明るい広がりのある曲で、意外だったんですけど、あの明るい前向きさが、どこかで「まほろば」とつながっているような気がしたんです。
あれは僕が曲を作らせていただいて、川嶋さんが詞を書いてくださったんですけど、こういうコロナ禍の時代ですし、みんな元気になれるような曲を作りたいなと思ったんです。僕が曲を作る上で、僕なりに違う視点で川嶋さんを見つめた時に、凛としたたたずまいとか、誠実な部分とか、話してみるとすごく明るくて面白い方だと感じました。素敵な女性で、芯の強さがあって、そういう部分をサウンドにできたらいいなと。彼女のイメージの中にある“バラード”というものは、長く続けてくると、背負ってしまう部分もあると思うんですけど、そういう自縄自縛みたいなものを外してあげるということでもあると思うんですよ、コラボレーションというものは。僕なりに見つめた彼女のイメージや、これまでの音源も聴かせてもらった中で、せっかく藤巻と一緒にやるんだったら、こういう感じはどうかな?と。
――いい意味で、予想を外されました。
「どうにか今日まで生きてきた」というと、深刻そうなタイトルなんですけど、実はすごく前向きな歌詞で、“コロナ禍で大変だけど、みんなそうだよね”と。“どうにか今日まで生きてきて、また今日からも生きていくんだ”という、とても前向きな歌詞を書いてくれたので。そういう曲作りに携わらせてもらって、とてもいい時間でしたね。
音楽でメッセージを出せるならば、“調和に向かうのも人間だよね”という方向にみんなを後押しできる、そんな音楽を作って歌っていきたいと思います。
――これは大きな質問ですけどね、藤巻さんは、音楽家として、コロナとどう付き合っていくべきだと思いますか。必要以上に悲観しすぎず、楽観しすぎず、どんなスタンスで折り合っていけばいいと思っているのか。
うーん、そうですね、どう共存して、最後は乗り越えていくか、ということだと思うんですけど、人類にとっては試練ですよね。その中で、医療で命を守るということと、経済というものが、バッティングする部分があることもわかってきて、どこに落としどころを見出すのか、みんなが考えながら必死で生きていますけど。たぶんここで学ぶべきことは、自分だけが助かるということよりも、みんなで助け合うという気持ちが養われていくことが、一番大事だと思うんです。そういう意味で音楽は、みんなの思いをつなぐ媒介になる可能性がある。分断に向かってしまうのも人間だけど、調和に向かっていくのも人間だと思いますし、自分だけがつらいと思うと、分断の方向に行ってしまうと思うんです。でも、“あなたもつらいよね”と思う中に、思いやりが生まれてくるなら、お互いに救い合う場所とか、前向きな力が生まれてくると思うので。音楽でメッセージを出せるとするならば、“調和に向かうのも人間だよね”という、そっちの方向にみんなを後押しできるような、そんなふうに音楽を作って歌っていきたいなと思います。
――今、水面下では、新曲を作っているんですか。
作ってます。来年でソロ10年になるタイミングなんですけど、その中で感じてきたものを、もう一度曲にしていきたいなというか、ものすごくシンプルになってますね。“やりたいからやる”“書きたいものを書く”というか、当然背負ってきたものもあるでしょうし、守ってきたものもあるんでしょうけど、それとはまた別に、すごく素直に“これ楽しいな、素敵だな”という、シンプルな心の動きの中でできてくるようなものを、素直に曲にできたらいいなと思って作っていますね、最近は。
――少し、今までとは違う作品になりそうですね。
そうかもしれませんよね。いろんなものを背負ってきたというか、自分なりの物語の中で、見えてくる景色を歌ってきたところがあるんですけど、そういうものも大事なんでしょうけど、それとは少し距離を取って、重たいものじゃなくて、“音楽って楽しいよね”というような感じの曲ができたらいいなとは思っています。
――ソロ1枚目は重たかったですからね。…とか言っちゃいけないか(笑)。
そうでしたね(笑)。あれはもう、自分の中で吐き出したいものがあった、というところから始まったので。
――10年目は、軽やかになっている藤巻亮太が見られそうです。
軽やかになれたら素敵ですよね。軽やかさだけを狙っているわけではないんですけど、ただ、それでもやっぱり、年々音楽が楽しくなってはいるんですよ。バンドからソロになって、ソロのほうが大変ですけど、そのぶん一個一個の喜びを、やっぱり感じますよね。どんどん歌うことも作ることも楽しくなっていますから、それはすごく素敵だなと思うんですよ。音楽ってすごく素敵だなと、どんどん思ってきているので。そういう感覚が作品になったらいいなとは思っています。

取材・文=宮本英夫 撮影=菊池貴裕

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