L→R HISASHI(Gu)、JIRO(Ba)、TERU(Vo)、TAKURO(Gu)

L→R HISASHI(Gu)、JIRO(Ba)、TERU(Vo)、TAKURO(Gu)

【GLAY インタビュー】
揺るがないリアルというものが、
今回のアルバムには必要な要素だった

転調、高音、刺激みたいなところから
距離を置いて、
ひと息ついてみませんか?

なるほど。それでは、先行配信、先行リリースされた楽曲を中心に最新アルバム『FREEDOM ONLY』を探っていきたいと思います。まずは配信第一弾「FRIED GREEN TOMATOES」。実に抑制の効いたナンバーに仕上がっていて、いい意味で意外でした。これまでのGLAYのシングルに比べて、地味と言えば地味ですよね。

今、“抑制”って言われました? この曲が20年間リリースされなかったのは、今言われたことに尽きるのかも。この曲のサビを作ったのは、たぶん「ここではない、どこかへ」(1999年8月発表のシングル)の頃なんですよ。だけど、日本の音楽産業の経済的なピークだった1998年…あの頃の日本の音楽シーンは陰りが見えてきたとはいえ、まだまだ小室サウンドがキラキラとしていて、それと比較すると「FRIED GREEN TOMATOES」はただの地味な曲で終わっていた。もっと転調しないといけないし、もっとサウンドは派手じゃなきゃいけなかったし…今、そう言われて、なぜ20年間もこの曲が黙ってウチの部屋の隅っこで待っていたのか、理由が分かった気がした。

みなさんの技術やキャリアを考えれば、この楽曲をドラマチックにすることは容易だと思うんです。でも、そうじゃないのがこの楽曲の良さなんでしょうね。

そうですね。1990年代のGLAYなら、たぶん最後のサビで半音転調とかやってたんじゃないかな?(笑) なんて言うか…“転調ジャンキー、高音ジャンキー、刺激ジャンキーみたいなところから距離を置きません? ちょっとひと息ついてみませんか?”という。確かに今、コロナ禍でみんな大変だよね。未来なんてぼやけて見えるし、いつ終わるか分からない暮らしの中で、“それでもやっぱり生きていくしかないじゃない? 何の手立てがないとしても…”というようなね。

《苛立つその胸を支えるものは何? 誰もがこの星に生まれた意味は何?/たまにはそんな大袈裟な事など考えてみてよ》という歌詞には、今、おっしゃられたことも含まれますよね。

歌詞を書いたのは20年前。9割、20年前のままです。…あの時、30歳前くらいで、やっぱりラブソングというものの定義が広がってきてはいましたよね。アルバムで言うと『HEAVY GAUGE』(1999年10月発表)から『ONE LOVE』(2001年11月発表)に至る頃だったと思うんですけど、「ずっと2人で…」(1995年5月発表のシングル)みたいな曲に対して、徐々に愛の定義が変わってきたというか。さっき“技術やキャリア”とおっしゃいましたが、できちゃうことと心から震えることって全然別で。GLAYもどんどんキャリアを積んできて、作家的な曲作りはできるんだろうけど、やっぱり“対GLAY”や“対自分自身”に関しては、世の中の流行り廃りが何であれ、自分が心から震えるメロディーやワードじゃないと、何かこう…恥ずかしくてメンバーの前には出せないという。だから、振り切った社会性を帯びた曲が時々出てくるけれども、それは音楽人である前にひとりの人間として日々の生活で感じたことを歌にするのが自分の生業じゃないのかと思うからだし、「FRIED GREEN TOMATOES」はそう思ってきた時期のものでもありますよね。

なるほど。で、意外と言えば、配信第二弾だった「青春は残酷だ」も意外で。何が意外って、イントロで聴こえてくるマイケル・ジャクソンの「Black or White」に酷似したギターリフですよ。これはどうしてこうなったのでしょう?(笑)

あれは、いつものようにHISASHIに“いい感じにして”と丸投げしたらこうなった。まぁ、その辺は彼なりのユーモアなんじゃないかと思って、あえて何も言ってない。でも、あのAsus4は“もうみんなのものだろう”みたいなところがあったんじゃないかな? 今回は自分たちの音楽のとらえ方として、“自分のための正しい音楽史”みたいなアルバムがいいと思ったから、“手触りはREBECCAにしてみよう”とか。“青春”という言葉があるように、自分たちが青春時代に聴いてきた音楽的な背景なども織り交ぜながらやった。

ブラスも入っていて、「FRIED GREEN TOMATOES」よりは派手ではあると思いますが、これも抑制が効いたサウンドで、ブラスもあえてこれ見よがしではない感じで入れてある印象があります。

青春だ何だという歌を、その真っ只中の人が歌っているわけじゃないからね。そこでの一抹の寂しさみたいなものは絶対にあって、俺はそれをセクシーだと思うし。この曲に関して言うと、自分にとってすごく嬉しかったのはmaj7がいっぱい出てくることで。1990年代のGLAYでここまでmaj7が出るのは「Miki Piano」くらいかな(1996年2月発表のアルバム『BEAT out!』収録曲)。それでも、あれはほとんどメンバーは参加していなかったし、ビジュアル系出身であり、Nirvanaが好きで、好きなギタリストはヌーノ・ベッテンコートで…みたいな時のGLAYにmaj7はなかなか馴染まなかったというか。甘くて軽い感じはするでしょ? 軽やかで、お洒落で。それをようやく使いこなせるようになったなと。作曲としては30年近くかかった感じはあるよね。あのAメロに関しては、あの洒落た感じで進めることに、とっても喜びを感じてます。

歌詞に関しても青春をモチーフとしているものの、かつての「グロリアス」(1996年1月発表のシングル)や「SAY YOUR DREAM」(2009年3月発表のシングル)のような、温かい視点だけではないというのがだいぶ違うのかなと。

“夢は叶う”とか“努力は報われる”とかっていう人間的な発想と、人間が暮らす自然の中のある種の残酷さ、冷酷さみたいなものを思う時、やっぱり“世の中に絶対はない”という感じになりますよね。“努力は必ず報われる日がくる”みたいなことをよく言うけど、絶対に人は鳥のようには飛べないじゃないですか。だけど、“いつか飛べる日がくる”みたいなことは言われている。俺はそう願うことを否定しないし、“そうだね。いつかは飛べるかもしれないね。いつかは君の夢が叶うかもしれない”と言うけれども、時が経ち、現実として叶わないこと、その子が叶わなかったと思うことは確実に存在するからね。改めて今、青春真っ盛りの子供たちを見ていると、“結末は分からない”と“親たちは結末を知っている”というふたつが混在するよね。

《走馬灯の行方を僕は追いかけ/大事な人の忠告(コトバ)を聞き逃してしまう》という歌詞がわりとサラッと歌われていますが、これは相当に残酷で怖い描写です。

うん。それは今言ったようなことだよね。あとになってようやく答え合わせをした時に、“あっ、俺はあそこで間違えたんだ”と思う。でも、その時は間違えるなんて当然分からないよね。人は気をつけながら進んでいくんだろうけど、それでもやっぱり間違えたり転んだりする。でも、それが人間のおかしみでもあると。

OKMusic編集部

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