「ふしぎの海のナディア展」新潟会場の様子(写真提供:ATAC)

「ふしぎの海のナディア展」新潟会場の様子(写真提供:ATAC)

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】
第35回 「ふしぎの海のナディア展」
と「庵野秀明展」

「ふしぎの海のナディア展」新潟会場の様子(写真提供:ATAC)(c) NHK・NEP 「ふしぎの海のナディア展 放送開始30年記念」が、来る9月10日から9月26日まで東京ソラマチで開催される。当初は4月29日から東京が最初の会場の予定だったもののコロナ禍の影響で延期となり、大阪会場、新潟会場に続く3番目となった。筆者が副理事長を務めているNPO法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)も協力し、ガイナックスに保存されていた膨大な資料を整理分類して提供した。構成メモ、イメージボード、脚本、画コンテ、設定資料、レイアウト、原画、動画、セル画、背景美術、版権イラストの多くが生原稿として残っていた。31年前、アナログ制作時代の制作作品の資料が400点以上集合。保存状態の良い美麗なかたち(特にセル画の劣化が少ない)で見られるという点で実に画期的だ。

 もともと放送当時はアニメ雑誌の表紙を何度も飾った人気番組である。ムービック・プロモートサービスのキュレーションチームによる展示構成は、マニアも喜ぶ一次資料を使いつつ、ファン目線での勘所を押さえている。自分は2001年のDVD化のとき詳細な資料調査と取材もしているので、分かる範囲で注目ポイントを述べてみる。タイミング的にも庵野秀明総監督の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が大ヒットしたばかりなので、「庵野秀明作品」としての楽しみ方も織り交ぜていきたい。
「ふしぎの海のナディア展」新潟会場の様子(写真提供:ATAC)(c) NHK・NEP まず作品の沿革を紹介する。「ふしぎの海のナディア」は1990年、NHKで全国テレビ放送された全39話のSFアニメである。SFの父とされるジュール・ヴェルヌによる19世紀の小説「海底二万マイル」を原案に、「神秘の島」の要素を織り交ぜて大きく空想力を羽ばたかせたアニメだ。物語は発明少年ジャンと数奇な運命に翻弄されるサーカスの少女ナディアとのボーイ・ミーツ・ガールを発端に、ナディアの持つ宝石「ブルー・ウォーター」を巡っての争奪戦によって展開していく。
 敵味方が入り乱れる冒険活劇、少年少女の成長物語、愛憎劇、地球レベルを超えた異星からのオーバーテクノロジーによるSFスペクタクルなど、みどころ満載のシリーズであった。1889年のパリ万国博覧会から始まり、潜水艦ノーチラス号とネモ船長が登場する点は小説に準じているが、ネオ・アトランティス率いるガーゴイルとの超科学戦が展開し、最終的には宇宙にまで舞台が拡大するなど、オリジナル要素のほうが印象深い。内容については、再放送や配信の機会も多いと思われるので、ここでは掘り下げない。
 総合ビジョン、NHKエンタープライズ、東宝を経て、グループタックが元請けとなり、最終的にはガイナックスがアニメーション制作を担当した。庵野秀明総監督、樋口真嗣監督(第23話以降)による初のテレビシリーズでもある。後に「エヴァンゲリオン」シリーズ含め傑出した作品を多数手がけることになるクリエイターが総結集した点で、まさに記念碑的な作品だ。会場でも貞本義行、前田真宏によるイメージボード、キャラクター設定、メカ設定が多数展示されていて、そのエッセンスがどう後に発展していったか確認できる。特に完成画面の大元となった中間制作物から読みとれるものは多いはずだ。
 さて「庵野秀明のエヴァ」が完結した現在、「ナディア」からは「庵野秀明ワールド」として伝わる要素が増えたとも感じている。分かりやすい事例は「シン・エヴァ」冒頭の舞台だ。脈絡なくパリのエッフェル塔が第1カットで登場したと思われがちだったが、実は「ナディア」の第1話のサブタイトルは「エッフェル塔の少女」なのである。そしてクライマックスに相当する第38話では、19世紀のパリ上空で超科学戦闘が行われ、もちろんその中心にはエッフェル塔が位置していて、巻き添えになって倒壊する。
 ネモ船長側はこのとき“幻の発掘戦艦”とも呼ばれるN-ノーチラス号に搭乗している。その発進を盛りあげる鷺巣詩郎の曲は、エヴァではヴンダーの発進にも流れていた。大元は古代アトランティス人の宇宙戦艦であり、東宝特撮映画「怪獣総進撃」のムーンライトSY-3や「マイティジャック」の万能戦艦マイティ号にイメージを借りたデザインにも思える。しかもリボルバー式の装備は東宝特撮映画「惑星大戦争」の轟天号と共通で、「シン・エヴァ」同様に「指でスイッチを押しこむ芝居」も存在している。
 第38話は樋口真嗣が画コンテ担当で、その映像は「特撮ベース」でもある。円谷英二特技監督による日本特撮黄金期と同様、東宝の第9ステージいっぱいにパリ市外のミニチュアセットを飾りつけ、1尺、3尺、6尺の戦艦モデルをピアノ線で吊って操演したら、サイズの差でどう異なるか、シミュレーションした設計となっている。大きく空中を旋回するときは最大モデルをピアノ線で巧みに操り、大きな旋回半径の軌道を描くように動く。半透明のバリヤーを突破できるかどうかの攻防戦は、最小モデルを投げ飛ばして弾くことで防御力のほうを強調する。こうしたメリハリのある戦闘展開もまた、「シン・エヴァ」のパリ作戦で操演を駆使したEVA同士の戦闘に継承されている。
 趣味という理由だけでこうしているわけではない。空想映像には「観客が信じるための根拠(クレディビリティ)」が必要ということなのだ。「ナディア」では制作に東宝が入っているため、特に東宝特撮へのリスペクトが強調されていて、ここで挙げたのは一例にすぎない。さらに直前の庵野秀明初監督作品「トップをねらえ!」を参照すれば、どんな発想が「エヴァ」につながり、30年を経て進化したか、より鮮明になるであろう。
 作品鑑賞すれば、設定的にも「庵野秀明ワールド」的な共通性が多く見つかるはずだ。たとえばバベルの塔から発射される高出力レーザー光線を反射する人工衛星は12個あり、ミカエルなどと名付けられている。ネオ・アトランティスの巨大円盤レッドノアの中には巨人が横たえられていて、「最初の人間アダム」と呼ばれている。これが「接続性のある仕掛け」なのか、はっきりしないだけに、むしろ想像力をかき立てられるではないか。
 さらに10月1日から12月19日の予定で、国立新美術館において「庵野秀明展」の開催も予定されている。そこではアマチュア時代から最新作までの作品紹介、制作資料の公開だけではなく、「庵野秀明を形成したカルチャー(漫画・アニメ・特撮)」も展示される。日本を代表する作家の内面だけではなく、時代や社会を越えて一連につながる日本文化のネットワークは、「ナディア」と「エヴァ」をつなげてみた後であれば、より鮮明に浮かび上がってくるはずだ。
 今年実現した「エヴァンゲリオンの完結」は、こうした「文脈の再発見と統合」のチャンスだと自分は考えている。文化が人生を豊かにしてくれる大事な人の営みだとすれば、片端から消費して捨て去るものではいけない。蓄積してきたものをエネルギーに転換し、未来の可能性とする必要があるわけだ。「エヴァ完結」「ナディア展」「庵野秀明展」が同年に連続する意味も、そんな部分から見いだしたいものである(敬称略)。
【参考】
・ふしぎの海のナディア展
https://www.nadia-exhibition.com/index.html

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