【対談】小林十市×柳家花緑、兄弟で
存分に語り合う~ダンスと落語それぞ
れの道で新たなチャレンジを!

20世紀バレエを代表する巨匠振付家モーリス・ベジャールの薫陶を受けたダンサー小林十市と、落語家であると同時にテレビのバラエティ番組や演劇の舞台にも積極的に挑む柳家花緑。落語家として初の人間国宝に選ばれた5代目柳家小さんの孫にあたる兄弟の対談が実現した。このたび小林が3年に1度行われる日本最大級のダンスフェスティバル「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」(会期:2021年8月28日~10月17日)のディレクターに就任したことを記念して、互いの芸術家としての来歴や近況、近い将来の展望をオンラインで語り合ってもらった。
■兄はバレエ、弟は落語 共にプロの道へ
――十市さんと花緑さんは、バレエダンサー、落語家という異なる道を歩んできました。お母様がそれぞれの道へと導びかれたそうですね。
小林十市(以下、十市) うちは親に絶対服従的なところがありました。
柳家花緑(以下、花緑) 母は直観力、適性を見抜く力が強かったんです。兄貴には落語をやらせていないんですよ。兄は小学5年生からバレエを習うのに抵抗があったかもしれないですが、そこは母の配慮で弟の僕を先に行かせたんです。兄貴が習いやすいようにと。2人同時にやる予定だったんですけれど、兄貴が腕の骨を折ってレッスンができないので、図らずも僕がバレエの先輩です(笑)。僕も落語に抵抗なく入れたので、特性を見抜いてくれたと認識しています。
――プロになろうと決心されたのはいつ頃ですか?
十市 僕は中学を卒業するかしないかの時です。アデリン・ジェネ国際コンクールで金賞を獲ったりしたのをきっかけに、バレエでやっていけるかもしれないという感覚はありました。そのままスクール・オブ・アメリカン・バレエに留学しました。
花緑 前座になったのは中学を卒業してすぐなので15歳くらいですが、落語を始めたのは9歳。師匠に習い、6代目小さんを継いでいる叔父に習いという特殊英才教育環境なので前例がないんですよ。プロを意識したのは小学6年生の3学期です。中学になって部活動をしないで落語の修行を始めることを選択したわけですよね。
小林十市
――青春時代、お互いの活動をどのように見て育ちましたか?
十市 留学してからのやりとりは、電話とか手紙ですね。
花緑 手紙を書きましたね。
十市 花緑が前座から二ツ目になっていく過程で、僕はニューヨークへ。そこからスイス・ローザンヌのベジャール・バレエに入団したのが平成元年でした(1989年~2003年に在籍)。
花緑 兄貴は輝かしい存在。僕も前座、二ツ目、真打と昇進していくのですが、自分のやりたい落語をやるとか自己実現するとかはもっと後なので、兄貴の方が表現者として進んでいました。
――共にプロとして活躍されるようになってから、お互いの活動をどう見ていましたか?
十市 独演会を聴いていました。僕が留学している時、花緑はまだ実家にいたので、休みで日本に戻って来た時に練習や余興でやるピアノの稽古を見ていましたが、噺家の家では日常です。
花緑 兄貴がモーリス・ベジャール・バレエ団にいた時は日本公演を観に行きました。客席の2000人が小林十市だけを観に来ているんじゃないかという誇らしさがあるんですよ。実際はベジャール・バレエを見に来てるんだけど(笑)。うちの祖父も客席にいるので、皆びっくりするわけです。「なんで小さん師匠が?」って。で、「そうだ、十市さんはお孫さんだ!」みたいな(笑)。世界バレエフェスティバルに出た兄貴も誇らしかったです。ベジャール・バレエの代表として来てるわけだけど、海外のダンサーばかりの中に日本人は兄貴しかいない。
ただ、兄貴は大変な思いをしました。腰が悪くなって、脚も怪我して……。それでバレエとの距離ができて、演劇にチャレンジしました。それをずっと見てきましたが、役者としてもだんだん体得して上がっていきました。そして、『ハムレット・パレード』(2013年)を自分で創ったのですが、台詞と今まで培ってきたダンスを融合した舞台が素晴らしくて。それを創って、もう一度ヨーロッパでやっていくというチャレンジをしたんです。
――十市さんは花緑さんがおっしゃったように、モーリス・ベジャール・バレエ団を退団後、日本で役者として活動したのちフランスに渡りました。その時の心境は?
十市 妻(モーリス・ベジャール・バレエ団で活躍したクリスティーヌ・ブラン)と娘がいるフランスに行く決意をしました。その前に、演劇界に引っ張りこんでくださった故・青井陽治さんのために『ハムレット・パレード』をやりました。青井先生のワークショップで題材となっていた『ハムレット』の独白部分を一つにまとめた作品で、踊りも一緒に創りました。
柳家花緑
■バレエ✕落語のコラボレーション誕生秘話
――このたび十市さんが「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」のディレクターに就任されました。2021年9月23日(木・祝)には『おさよ(落語版ジゼル)』 柳家花緑 ✕ 東京シティ・バレエ団が行われます。これは2015年にティアラこうとうで初演され好評を博した舞台の再演です。まずは花緑さんが古典バレエ『ジゼル』を江戸時代に置き換えた創作落語『おさよ』を披露し、その後、東京シティ・バレエ団による『ジゼル』第2幕を上演する趣向です。
花緑 以前シェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』を落語化したのですが、次に『ジゼル』を『おさよ』という作品にしたんです。兄貴にも国際電話で聴かせてアドバイスをもらったりしました。ヒラリオン(村娘ジゼルを思慕する森番)を与太郎っぽくしちゃったのですが、「もう少しキャラクターを変えたほうがいいよ」といったように細かいアドバイスをもらって作品が創れたんですね。
それから10数年が経ち、東京シティ・バレエ団さんの目に留まってしまって(笑)。バレエと江戸時代のことをクロスさせたらお客さんが混乱するのではないかと思ったのですが、バレエファンの方は落語を通してストーリーを知ることができて理解が深まったと。いっぽう、落語ファンにとっては本物のバレエに触れる機会になったようです。
十市 ローザンヌにいる時に落語にしたいと相談を受けました。ミハイル・バリシニコフとナタリア・マカロワが1977年に踊った『ジゼル』が映像化されていたので、そのVHSテープを渡したんです。あとは電話越しにアドバイスしましたが、面白いと思っていました。言葉のないものを言葉にしていくのは落語ならではだと思うし、いいところに目を付けましたね。
花緑 ティアラこうとうでの初演時に安達悦子先生(東京シティ・バレエ団理事長・芸術監督)と舞台上で対談したんです。その時、バレエの『白鳥の湖』を『鶴の池』として落語にしたことがあると話すと「ぜひ、そちらもやってください!」と。コロナで一年飛んでしまいましたが、今年5月におかげさまで上演しました。これも評判が良かったんです。今度は10月に『くるみ割り人形』を高座に上げるので、それが上手くいって第3弾になれば。
『おさよ(落語版ジゼル)』 柳家花緑 × 東京シティ・バレエ団 公演チラシ
――2021年9月12日(日)には横浜にぎわい座で「柳家花禄 独演会」が行われます。こちらも「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021」のプログラムの1つですが、先ほどお話しいただいたバレエ『白鳥の湖』を題材にした創作『鶴の池』と古典落語を披露するそうですね。
花緑 僕は兄貴がディレクターに就任する前からバレエを落語にしていました。ダンスファンの人にも、言葉のない踊りが物語というブリッジを通して落語という表現に昇華していくことを体験してほしいんですよね。前半は祖父から習った落語をやります。その時の空気で一席か二席古典をやって、それから『鶴の池』をやります。
――十市さんもゲストとして登場し、トークします。そういう機会って無かったですよね?
十市 何も決めてないですけれど、花緑が導いてくれるでしょう。出たとこ勝負です。
花緑 バレエのこともそうですし、祖父の下で生きてきた身内ならではの共通の話題もあるので、そういうものも語りたい。兄貴の活動の裏側や創作時の思いもお話しできれば。
「柳家花緑 独演会」 公演チラシ
■50代を迎え、新たに目指す先とは
――十市さんは2021年10月16日(土)~17日(日)に行われるNoism Company Niigata✕小林十市『A JOURNEY~記憶の中の記憶へ』に出演するのに加えて、「エリア50代」(完売)を自ら企画し出演します。「エリア50代」は十市さんとコンドルズの近藤良平さんのソロ、日替わりの4人のダンサー(安藤洋子、伊藤キム、平山素子、SAM)のソロから成り、トークもあるそうですね。あらためて踊ろうと思われる理由は?
十市 6年前に良平さんと初めてお仕事させていただきましたが、凄く自然体でいる良平さんに感銘を受けました。良平さんのように自然体で、今の自分の身体の条件を受け入れながら踊れたらいいなと。踊り続けることによってどういう表現ができるのかを実験的に試したい。それと同時に"元ベジャール・バレエの小林十市"というものを取り除き、"今踊っているダンサーの小林十市"、"舞踊家の小林十市"と呼ばれるようになりたい。そのためには、ベジャールさん以外の作品を踊らなければならないと思い、この企画を考えました。
出演する50代のアーティストにも自分の身体と向き合うために、他の誰かに振付してもらうようにしました。自分の得意とするところを封じることによって、自分が思っていない振りが出てきたりした時、どう向き合うのか。それをオープンな形で、飾らず、あえて曝け出すことを前提にやってみようというところから始まったんですね。キャスティングの際に聞いたのですが、50代に達した時の不確かな感覚といいますか、どう進んでいくのかというところで悩んでいる方もいます。今なにができるのかということを探るには都合がいいというか、それを思いっきり皆さんと共有できれば。
小林十市『One to One』 (c)Alicia Cosculluela
――十市さんが「エリア50代」で踊るソロ『One to One』は、南仏アノネーを拠点に活躍する振付家アブー・ラグラさんに振付してもらいました。踊られての印象は?
十市 うれしいですね。踊れる作品があることはダンサーにとって凄く重要です。バレエ団に所属していない身なのにソロをあたえてもらえて恵まれているので、今の自分を表現できれば。
ハードというか楽ではないです。でも、そこが自分には向いている。昔から武術が好きで、憧れみたいなものがあります。修行して強くなるというのは踊りにも通じるところがあって、練習した分だけ上手くなるというか、身体を使うというところに魅力を感じています。今回のソロに向かって自己鍛錬というか、練習をして身体レベルを上げていく。自分を追い込んでいきます。
Noism Company Niigata×小林十市『A JOURNEY~記憶の中の記憶へ』公演チラシ
――花緑さんも50歳になられましたね。どのような心境ですか?
花緑 20代で真打になり、いろいろなものにチャレンジしたのですが、古典落語をやっても先輩方のようにはできないんです。50代になった最近の方が自己実現ができているので、表現者としてうれしさがあるんですね。失敗も含めて、たくさんのお客さんの前でぶつかり稽古のような本番を重ねてきた時間によって今の自分の話芸があります。
喋るということは、お客さんに見せないにしても素の部分の覚悟、本名・小林九としての覚悟や、これからどう生きていくのかも出てしまう。それがぶれていると、落語もぶれるんです。笑わせようとして喋っている落語は安っぽくなっていくんですね。噺の中で演出として面白くやっているうちにお客様がつい笑ってしまうのが上質な笑いです。滑稽噺と世話物と呼ばれる人情噺では雰囲気も質感も違いますが、その両方をやれるようになってきました。
そうなって来た時に『くるみ割り人形』を創ってみようと思いました。練って面白いものにしていけば、残せる作品になるかもしれない。小さくまとめるのではなく、チャレンジをし続けながら年齢を重ねていく。それこそベジャールさんの「芸術は守るものでなく攻めるものだ」という言葉が凄く好きです。芸術を伝統芸能に変えてもいいと思っています。攻めることによって、守っている。現状維持や過去をなぞるだけでは発展しないのではないかと教わった気がします。
兄貴と僕はバレエと落語で全然違うんですけれど、そのジャンルを極めたいということでは同じ方向を向いていると思います。落語家はこれから年齢的に良くなると思われているからこそプレッシャーもありますが、兄貴のようにチャレンジしたいですね。
柳家花緑
十市 花緑の方がベジャールさんに影響を受けていますね(笑)。取材で「ベジャールさんから影響を受けた言葉はありますか?」と問われた時、考えちゃいましたが無いんですよ。
追い込んでいくというか、今を生きている感じがするんです。振付指導は別にして元ベジャール・バレエという過去に依存しながら生きているのがどこか嫌なんです。表舞台に立ちたい気持ちが強いんだと思うんですよね。自分のことしか考えていない(笑)。
でも50代に入ると、周りにそんなに気を使わなくてもいいんじゃないかなという自分もいて、好きなことをやろうと。「好きなことは何?」と言われたら、踊ることなので、自分のためのソロを創ってもらったのは夢のようです。それプラスNoismの金森穣くんにも創ってもらう流れになって、凄いことだなと思うんですよ。幸せですね。半ば信じられない気持ちですが、あとは自分が頑張って踊ればいい。頑張ってという言い方は嫌なんですけれど。
――単身帰国されたのですよね? ダンサーとしての再出発といってもいいのでしょうか?
十市 そうですね。もう一度ここからフリーランスとしてやっていきたいという思いはあります。どうなるのかはやってみないと分からないですが。
小林十市
――今後の展望をお聞かせください。おふたりでやってみたいことはありますか?
花緑 落語家は自己完結芸なので、人と割台詞をやるという経験が前座の頃から1つもないのですが、僕は芝居が好きで演劇を随分やってきました。兄貴も10年くらい芝居をやっているので、2人で演劇をやるのは面白いのではないでしょうか。そこに落語みたいに語る要素があったり、兄貴が踊る要素があったりすれば、こんなに楽しい表現はないだろうなと。
十市 今回の『One to One』で、初めて靴下で踊るんです。コンテンポラリー寄りなので、その辺を極めていきたい気持ちもあります。踊りだけでなく喋る方も嫌いではないので、そういうお話があればやっていきたいですね。やはり舞台に立つことが性に合っています。好きなことをやって生きていくことができれば、何も言うことはないですね。
【動画】Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021 ディレクター 小林十市 メッセージ
オンライン取材・文=高橋森彦

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