L→R ユウキミツル(Dr)、ハシダヒロヤ(Vo&Gu)

L→R ユウキミツル(Dr)、ハシダヒロヤ(Vo&Gu)

【中指を立てた彼女 インタビュー】
女性目線の歌詞に託した
青春時代の後悔と未練

2014年5月の結成以来、ヴォーカル&ギターとドラムという最小編成で、全ての楽曲を女性目線の歌詞で歌い続けてきた中指を立てた彼女が、『ザ・グレーテスト・ヒッツ』と題したベストアルバムをリリース。全曲の作詞作曲を手がけるハシダヒロヤ(Vo&Gu)がバンドの歩みと結成7周年を機に迎えた転機について語ってくれた。

“ギターとドラムの最小編成で
どこまでできるか?”が面白い

中指を立てた彼女はハシダさんとユウキミツル(Dr)さんが18歳の時に結成されたそうですが、どんなふうに始まったのでしょうか?

高校在学中から僕ひとりで弾き語りの活動をしていたんですけど、高校を卒業するタイミングで、同級生だったユウキと、もうひとりのギタリストと3ピースのパンクバンドを組んで活動を始めたんです。ある時、そのバンドで出演が決まっていたライヴに、ギタリストが出られなくなってしまって、普通だったら出演をキャンセルすると思うんですけど、その時はガツガツやってやるぜ!って気持ちだったので、ユウキとふたりでやれることをやろうってことになって。バンドのブレインだったギタリストがいないんだったら、もうそのライヴのためだけの一夜限りのバンドにしようと、2ピースでステージに立ったのがきっかけでした。

そのバンドではどんなパンクをやっていたのですか?

“忘れられた僕らの青春”っていかにものバンド名で、いわゆる青春パンクをやっていました。

『ザ・グレーテスト・ヒッツ』に「恋をしていた」というパンク調の曲が入っていますが、通じるところはあるのですか?

まさにそんな感じです。短い尺で、勢いでバーッとやるところは、その当時の空気感があります。

その一夜限りと考えていたライヴの時には、現在のように全ての楽曲を女性目線の歌詞で歌うスタイルだったのですか?

そうです。ライヴのために5曲ぐらい作ったんですけど、忘れられた僕らの青春がメインのバンドだったので、そっちでは自分の主観で思ったことをありのまま歌っていたんですよ。だから、中指を立てた彼女では、それとは逆に女性目線で歌おうと。自分で歌うにははばかられるようなリアルなことも女性目線に託すことで歌えるんじゃないかと考えたんです。

一夜限りのつもりで始めたバンドが17年に一度解散するまで3年間続いたということは、どこかのタイミングで何かしらの手応えを感じたということですよね?

「あんた嫌い」とか「傍観者」とか、最初のライヴのために作った楽曲も『ザ・グレーテスト・ヒッツ』に入っているんですけど、始めた時から世界観として成立していたんです。だから、ライヴが終わった時からバンドとしてありなんじゃないかと思っていました。そのあと、たまたまオーディションを受けることになって、忘れられた僕らの青春と中指を立てた彼女の両方で応募したら、中指を立てた彼女が通ってしまったんです(笑)。そんなふうに面白がってもらえるんだったら細々とでもいいから続けていこうと。

ハシダさんは以前から弾き語りの活動をしていたそうですが、音楽をやるという意味では、どんなアーティストから影響を受けているのでしょうか?

一番のルーツはMr. Childrenです。両親が音楽好きで、父親はバンドもやっていたんです。その影響で音楽は常に身近にあったんですけど、音楽そのものの存在を意識するようになったきっかけがミスチルでした。音楽を志して曲を作ったりバンドを続けたりする中で、メロディーと歌詞の良さを大事にしようと思うようになったのは、やはりミスチルの影響が大きいですね。

ということは、中指を立てた彼女の楽曲や演奏に表れるやさぐれた感じは、バンドのコンセプトがハシダさんの中から引っ張り出したもの?

音楽のルーツはミスチルなんですけど、10代の頃は自分の中のフラストレーションがすごかったというか、いわゆる人並みの青春を送ってこられなかったというか(笑)。かなりひねくれていたんです。そういう反発心が心の奥底にずっとあって、それを中指を立てた彼女を始めたことで表現しやすくなったんだと思います。女性目線というフィルターを入れつつ、言いたいことも言えるから、そういう路線になったんでしょうね。

ただ、女性目線での曲作りというのは場合によっては制約にもなるんじゃないかと思うのですが。

今もハシダヒロヤ名義で弾き語りの活動をしているんですよ。だから、忘れられた僕らの青春をやっていた頃とスタンスは変わらないんです。ハシダヒロヤとして主観で歌いたいことを歌って、そこで歌いきれないことを中指を立てた彼女で表現するっていう。二足の草鞋でやっているので、中指を立てた彼女しかやっていなかったら制約になるのかもしれないけど、うまいことバランスがとれています。

もうひとりギタリストか、ベーシストを加えることは考えなかったのでしょうか?

それは自分たちでも考えたし、周りからも言われ続けてきたんですけど、4ピースのバンドを含め、いろいろなバンドを経験しながら、“ギターとドラムという最小編成でどこまでできるか?”ということに面白みを感じるようになったんです。だから、ギターで低音も出すし、ベースがいないぶん、ドラムでどう補えるかも考えるし、そこに音楽の面白さを感じて、それを楽しみながら続けています。枠というか、“このバンドはこういうスタイルだよね”っていうのがあるから、逆にやりやすいかもしれないです。

ユウキさんとはどんなところで意気投合したのですか?

ユウキも僕と同じように真っ直ぐに青春を楽しめなかったタイプなんです(笑)。そこに対する反撃じゃないですけど、報われなかった10代をふたりで取り戻すとか、その頃の自分を肯定するとか、そういうところで意気投合したんだと思います。その上でユウキは“ハシダに全部任せるよ”と言って、僕が考えたことを100パーセント受け入れて、一緒に表現してくれているんです。ユウキと僕の意思がバチッと合っているからこそ、このふたりにしかできないものができているんじゃないかと。

ただ、そんなふたりにもかかわらず、中指を立てた彼女は17年4月に一度解散していますよね。何があったのですか?

僕が別のバンドを始めようと思ったんです。忘れられた僕らの青春が、中指を立てた彼女を始めて2年目ぐらいの時に解散してしまって、メインのバンドが1年ぐらいない状態が続いたんです。自分の主観で自分の感情を歌うバンドも欲しかったので、バンドをもうひとつ始めようと思って…ただ、その時にたまたまユウキと僕のスケジュールが段々合わなくなってきたことに加え、目に見えるような成果を出せなくなってきていたということもあり、中指を立てた彼女としてはやれることはやったという話が出て、解散することになったんです。

でも、20年4月に再結成したわけですが。

解散してからの3年間は、僕はメインのバンドとソロというかたちで音楽活動を続けていたんですけど、ユウキは中指を立てた彼女の解散と同時に音楽を辞めていて、すっかり連絡を取り合うこともなくなってしまっていたんです。もともとは友達だったから、不意にユウキのことが心配になったんですよね。社会に溶け込める奴じゃないし、社会人になってからもフラストレーションを溜め続けていたのを知っていて、しかも新型コロナウイルスの感染が広がり始めていたし。“生きているかな?”と思ってメッセ―ジを送ったら返事が来たので、ちょうどその時にソロ名義でリリースした「忘れられた僕らの青春」という曲を聴かせたら、ユウキが“もう一度音楽をやりたい!”と言ってくれたので、だったら中指を立てた彼女をやろうと決めたんです。

で、まずスタジオに入ったのですか?

いえ、コロナ禍の影響でスタジオには入れなかったので、曲作りから始めました。その時、最初にユウキに送ったのが「エンドローム」なんです。
L→R ユウキミツル(Dr)、ハシダヒロヤ(Vo&Gu)
アルバム『ザ・グレーテスト・ヒッツ』

OKMusic編集部

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