ピアニスト反田恭平、2年ぶりオール
・ショパン プログラムで臨むリサイ
タルツアーを語る&ショパン・コンク
ールへの想いも

2021年8月、ピアニスト反田恭平が久々の単独リサイタルツアーをスタートさせた。兵庫を皮切りに6都市で行われる『反田恭平 ピアノ・リサイタル2021』は、2019年以来のオール・ショパン プログラムだ。2017年からショパンの祖国ポーランドに留学し、今年は、昨年から一年延期となったショパン・コンクールも控える反田。いま再びオール・ショパンに挑む想いを聞いた。(編集註:インタビューはコンクール予備予選以前の6月に実施された)
◆オール・ショパン プログラムは4年間のポーランド留学の“ひと区切り”
――久々の単独リサイタル、そして、2019年以来のオール・ショパン プログラムでのツアーですが、現在の心境をお聞かせください。
2017年からポーランドの国立フレデリック・ショパン音楽アカデミー(旧ワルシャワ音楽院)に留学していますが、今年でちょうど4年目になるので、僕の中では、そろそろポーランドともお別れの時期なのかな、次へ進もうかな、と考えているところです。なので、最後に存分にショパンを弾いてから次の留学先に移ろうかなと考えました。
――反田さんご自身の中で、ひと区切りつけるためのリサイタルツアーなんですね。
そうです。
――ポーランドで師事された御師匠さんは、ショパンの権威といっても過言ではない存在ですが、どのような事を一番学びましたか?
まずは楽譜についてですね。先生はエキエル版のエキエルさんの愛弟子でしたので、パデレフスキー版とエキエル版の違いを知ることから授業が始まりました。驚くほど版によって違いがあって、極端に言うと、減七が属七の和音になっていて、暗いものが明るく違うカラーになっていたり。和声だけでなく、音自体も符号(演奏記号)がナチュラルになっていたりと、大きなレベルで違いが見られます。最終的には「譜面を読みこんで、演奏してみて、フィーリングが合うもの、手首の動きやフレージングがしっくりいくものを選びなさい」というお言葉を頂きました。
他にも先生から強く言われたことは何点かありますが、「頭の中で、何を伝えたいかを強く持つこと」。これは何度も言われました。一曲の中にも、提示部・展開部・再現部とありますが、その中でリフレインされるフレーズは、毎回キャラクターを変えていかなくてはいかない。では、それをどう色付けしていくか。例えば、どれかの一つの音を中心に展開していくだけで、一つのフレーズに何パターンもの個性や表情が生まれてくるわけです。そういうことを、とても丁寧に教えて頂きました。よくよく考えると、先生には4年間でショパン以外の作品はほとんど見ていただかなかったですね。
学校の隣にショパン博物館があり、コロナになる前は、月一回は通っていました。自筆譜がたくさん残されていて、初めて見た時はもちろん、二度目、三度目でもいろいろ気づかされることがありました。
◆好きなのはマズルカ、難しいのはポロネーズ
――では、ショパンのほとんどのレパートリーをパレチニ先生と勉強されたのですか?
そうですね。ショパンのピアノ作品は何百とありますが、室内楽も含め、歌曲以外はすべてのジャンルを先生に見て頂きました。
――その中で、個人的にどのジャンルが最もお好きですか?
僕、マズルカが大好きなんです。身体にすんなり入って来て、あの詩的な側面もある作風がとても好きです。自分で言うのもなんですが、二年前にポーランドでマスタークラスを受けた時、ポーランド人の先生方やショパンの権威の先生方からマズルカをとても褒めて頂いたんです。それが大きな自信になりました。実は、その時の曲が、今回のリサイタルでも後半に演奏する「三つのマズルカ 作品56」です。ピアニストから見てもとても難しい作品たちですが、僕の中では一番しっくりくる曲です。​
確かに、もっとわかりやすい初期のマズルカもありますが、この曲を深めるきっかけになったのが、『弟子から見たショパン』(音楽之友社)という分厚い本です。ショパンに関わったあらゆる人々のコメントや書簡が収められていて、例えば、ショパンがマズルカを弾いた時に、弟子たちや同時代の作曲家・音楽家たちにどう聞こえたかというようなことが書いてあるんです。
その中で、ショパンの友人が残した言葉に、「彼が3/4のマズルカを弾いたとき、4拍子に聴こえた」とあるんです。要するに、三拍子のものが二拍子ないし四拍子で聴こえたわけです。そして「二拍子のものは、むしろ、三拍子なような気がしてきた」と。ヘミオラでもないのに、その様に聴こえてくるのは中々ないですよね。そんな証言などを参考にしながら、ショパンの真の意図を感じようと、いろいろなことを考えました。ちなみに、僕にとって逆に一番難しいのはポロネーズだと思います。​
――ポロネーズとマズルカ、似て非なるものなのでしょうか。
数年前から何となく感じているんですが、僕自身、意外と技巧的なものよりも、叙情的でしんみりしたものが好きみたいで。確かに、ラフマ二ノフの協奏曲の三番とかプロコフィエフの協奏曲なども弾きますが、あれは別物なんです。デザートみたいな感覚なのかな(笑)。ある30分間を耐えれば、最後は幸せにしてくれる“落ち”が絶対に決まっているじゃないですか。でも、最近はシューベルトのソナタや即興曲みたいなほうが本当は好きなんじゃないかなと思っています。確かにマズルカとポロネーズも多様にありますが、そもそも、曲想やジャンルの持つ性格の違いなんじゃないかと。
◆デビューから5年、「そろそろ、弾いてもイイんじゃないのかな」
――今回のリサイタルのプログラムの内容についてお伺いします。冒頭から、ショパンが恋人のジョルジュ・サンドと別れ、失意の中で作曲された「ノクターン17番」から始まりますね。
この作品はロシアにいる頃からよく弾いていて、数あるノクターンの中でもトップ3に入る好きな曲です。ショパンはベッリーニのオペラや歌曲からも大きな影響受けていて、この作品にはそれが顕著に出ています。最後のページは、コーダに向けてトリルが続きますが、ソプラノがビブラートをかけてポルタメントしながらフレージングを描いているようです。
――ワルツは、Op.34-3「猫のワルツ」ですね。
僕は猫派なんで、完全にそれだけの理由です。「子犬のワルツ」はとても有名じゃないですか。それは猫党としては許せないと(笑)。
――このワルツから、次に続く「マズルカ風ロンド」も「バラード第二番」も、ヘ長調つながりですね。
そうですね。「マズルカ風ロンド」も好きなんですよ。マズルカも大好きですが、ロンドも好きなので、調性重視のプログラミングにしました。​
――この曲はショパン16歳の作品ながら、すでにショパンらしさが凝縮されていますね。
後半に演奏する「三つのマズルカOp.56」は晩年の作品ですが、そのような(後期の)成熟した作品に見られる要素が、この一曲にすでに発揮されています。どこのパートを切り取っても、すべてが自分のツボに入ってくるフレーズばかりで、この作品をサントリーホールみたいなホールで弾けるのは本当に嬉しいです。
――「バラード第二番」に関しては?
バラードは、四番も好きですが、二番は14歳くらいからずっと弾いていて、僕の中では一番しっくりいく作品です。ここ十年くらいブランクを置いていたのですが、また弾き始めてみて、魅力を再発見しています。
――「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」も、反田さんは、かなり昔から演奏されているとお聞きしました。
コンチェルトとして弾いた初めての曲で、15歳の時でした。オーケストラと弾くのはこんな感じなんだということを教えてくれた大切な作品です。
――管弦楽付の版での演奏ですか。それは珍しいですね。
きっかけは、当時、話題になっていた映画『戦場のピアニスト』です。ショパンは、コンチェルト以外にもオーケストラ付きのピアノ作品を4曲書いているのですが、日本では殆ど演奏されないので、もったいないなと思っています。
――休憩をはさんで、後半は「三つのマズルカ」の他に、今回は「ソナタ第二番」ですね。
前回のショパン・プログラムのツアーでは、ソナタは三番を弾いたので、今回は二番にしました。個人的には三番のほうが好きですが、最近、二番も何回か弾いているうちに、やっと、しっくりくるようになり、高く評価されている理由が理解できるようになりました。
僕としては、第一楽章の冒頭がレ♭のオクターブから始まって、【レ♭シ♭ド♭レ♭シ♭~~】と、とにかくレ♭(Des)が連続して鳴り響くので、【デスデスデス(death death death)】っていう感じがして、狂気の沙汰にしか思えなかったんですが、デビューして5年、20代も半ばになって、表現したいこともより明確に実現できるようになってきたので、そろそろ弾いてもイイんじゃないのかな、というのもあり選んでみました。
それに今回、自分で持ち込むピアノを使おうと思っているのですが、この作品を弾くためにそのピアノを選びました。
――ファツィオーリF308ですね。
(ソナタ二番の)あの有名な第三楽章 “葬送行進曲” に続く、ラストの第四楽章のプレストは、お墓の間から隙間風が吹くような、おどろおどろしい感じの曲なんですが、ただならぬ不穏な雰囲気や風の音を出すにはファツィオーリの3番目と4番目のペダルを同時に踏むと理想的な音が出るんです。
通常、ソフト(シフト)ペダルは、踏むと横に動いて、音が必然的にミュートされるのですが、ファツィオーリのフルコンに付いている4本目のペダルは、左右ではなく、手前に下がるんです。なので、打鍵が浅くなるというより、鍵盤のタッチが軽くなって、頑張らなくて楽に弾けるんです。もしかしたら、これがやりたくて二番を選んだのかもしれません(笑)。
◆ショパン・コンクールは自分のためというより未来のため
――反田さんは、今年開催されるショパン国際ピアノコンクールのコンテスタントにエントリーしていますが、このプログラムを俯瞰すると、第2・第3ステージにふさわしい感じの作品が多いのでは、とお察しするのですが。
はい、基本的にそうですね。まずは、僕自身の中で、節目としてショパン作品を存分に弾き納めたいというのが(プログラミングの)一番の理由ですが、ショパン・コンクールが一年延期した(※2020年に開催予定だったがCOVID-19の影響で延期された)ことで、このリサイタルツアーと時期も重なりましたので、コンクールの演奏曲目も、この中から抜粋して最終調整しようかなと思っています。
――差し支えなければ、ショパン・コンクールに対しての想いをお聞かせください。
小さな時からの一つの夢でもありましたし、他のコンクールと比べても圧倒的に毛色が違いますよね。僕自身12歳の頃からこのコンクールについて調べ始めて、これを目指してやってきたところもゼロではありません。
ショパンだけが弾ければ一流のピアニストというわけではありませんが、やはり彼のピアノへの愛というのは他の作曲家とは次元が違いますし、ショパンを制する者は、将来的にどのようなステージにおいても、どのような作曲家や作品の演奏においても存在感を発揮し、ダイナミックなキャリアを描いていけると思います。そういう意味でも、世界一のコンクールだと感じています。​
それに、僕は将来アカデミーを設立したいという思いがあるので、ここで少しでも有名になっておかないと、世界から学生が集まらないよな、と思うんです(笑)。それが出場する一番の決め手でもあり後押ししてくれた支えなのかな、なんて思ったりしています。どちらかというと、受けるのは自分の為ではないですね。背負うものが増えてきた……というか。​
――コンクールの開催が一年ずれたことによって、精神的に、コンディション的には、かなり負担がありますか?
もちろん、スゴくあります。昨年の段階でコンテスタントに名前があがっているだけで、「出る必要あるん?」とか、周りからいろいろ言われるわけです。その空気感が一年延びるわけですから、何とも言えないですね。もう、言われ慣れましたね(笑)。
――ご自分のためだけではないという使命感は、大きな強みになりそうですね。
「出るからにはTOPを」という思いで進みたいです。とは言いつつも、こればかりはホントに何とも言えないですよね……。ショパン・コンクールの受賞者方への経験談を伺うと、「1~3位に関しては運だ」とおっしゃるんです。ぶっちぎりのケースもあるけれど、個性が強すぎても評価が難しいし、意外と堅実に中庸なところですり抜けるケースも多いから、演奏の仕方や見せ方をよく考えてから挑みなさいとアドバイス頂きました。
――では、今回は、そういう点も満を持して臨まれるわけですね。
あくまでも参考程度ですが、前回、前々回のコンクールで、誰がどの曲を、どの段階で弾いて、どのような評価を得たかというようなポイントを僕なりにデータ化し、ステージごとに曲目との親和性をリサーチしてみました。言ってしまえば、その集大成がこのプログラムです。
――コンクールの会場となるワルシャワのフィルハーモニー・ホールでは、すでに何回か演奏してらっしゃいますね?
何回か演奏しました。あのホールで弾くのが夢でしたから。実は、ショパン・コンクール以外のコンクールにはあまり興味ないんです。僕は人と争うのが嫌いな平和主義の乙女座なので、そもそも、コンクールにはあまり興味ないんです。
でも、怖がってビクビクしながら、それでも自信を持って、胸を張ってステージに立てる者が、将来的にも一番になれるんじゃないのかな、って思いながら、自分自身を奮い立たせています。ちなみに、現在借りているワルシャワのアパートは会場から3分くらいの所にあるので、寝坊しても大丈夫です(笑)。
◆「知られざる曲を見つけて、再生し、伝えていく」ピアニストの使命をのせて
――ポーランドでは、生活の中にもショパンの音楽は浸透しているんですか?
国民的なショパン愛がすごいですね。とりあえず、どこへ行ってもショパンなんですよ。実際、道を歩きながらや、公共施設から学ぶことはたくさんありました。特に知られざる作品を知るという意味で一番ありましたね(笑)。
例えば、ある日、ベンチに座って何となく横にあるボタンを押したら、いきなりショパンの曲が鳴りだしたんです。「ラルゴ」という2分くらいのコラール風の小品みたいな曲だったのですが、この曲は、ポーランド人の友達や、ピアニストでも知らない人が多く。僕、よくこの曲を演奏するんですが、そうすると、「どこで知ったんだ??」って、皆さんに言われました。「聖十字架教会の前のベンチでボタン押したら……」と言ったら、びっくりされました。できれば、コンクールでも演奏したいと思っています。
僕は基本的に、知られざる曲を見つけて、再生し、伝えていくのもピアニストの使命だと思っています。有名な作品を弾くよりも、むしろ大切だとも考えています。そういう意味でも、今回のリサイタルのプログラムも、少し奇妙な作品もありますが、ぜひ聴きに来て頂きたいですね。
――ところで、今回の東京・サントリーホールでのリサイタルは昼夜二回ですね。
昨今のコロナ禍の状態では、まだまだ50%の観客入場者の可能性もあり得ると踏んでいるので、どうしても昼夜二回演奏が前提になってしまいます。完全にアーティスト負担ですね。そもそも、サントリーホールで演奏すること自体が挑戦的でもありますし、昨年のように90分でもなく、120分のフルプログラムを二回演奏するので、年々、ハードルが上がっているような感じがします(笑)。
と、言っても、コンクールが一年伸びたのも、それだけ準備期間が一年増えたと考えればいいわけですし、昼夜二回の演奏も、何度も弾ける場があって「ありがたい」と、初心にかえってポジティブに考えるようにしています。
――最後にツアーを心待ちにしているファンの皆さんにメッセージを。
今回のプログラムでは、数年前に弾いたものも、あえて再びラインナップしています。僕の中で、身体の使い方、考え方や感じ方など、様々なことが変わってきている時期ですので、ぜひ今の僕の音楽を聴きに来て頂けたら嬉しいです。20代というのは成長の度合いが早いので、その変化を感じて頂けたらと勝手に思っています。
冒頭の「ノクターン17番」は、僕自身大好きな素敵な曲ですので、ぜひ遅刻しないで来て頂けると嬉しいですね(笑)。久々のソロリサイタルですので、少し緊張するかもしれませんが、気楽に、追い込まないで弾けたらイイなと思っています。
取材・文=朝岡久美子 撮影=安西美樹

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