「生半可な覚悟ではできない」/TRU
MP解体新書 Vol.3【末満健一が辿って
きた演劇の道】

2021年6月からスタートした<TRUMPシリーズ>Blu-ray Revival発売記念連載『TRUMP解体新書』。この連載では、6月から毎月1タイトル、8か月連続リリースする舞台<TRUMPシリーズ>について、毎月1回、全8回、脚本・演出の末満健一さんのインタビューと共にたっぷり、じっくり振り返っていきます。
Vol.2から始まった末満さんのインタビューは、まず【哲学】についてお話をうかがいました。今回のVol.3では、末満さんが辿ってきた演劇の道について話していただきました。
8月発売作品 Patch stage vol.6「SPECTER」(2021年8月25日発売)の舞台写真とともにお届けします。
■脚本・演出の始まりはビギナーズラック

末満健一

――末満さんご自身のお話もお聞きしたいのですが、そもそもどうして演劇を始められたのですか?
やはり過去に所属していた劇団の存在は大きかったです。「演劇ってこんなに面白いんだ」ということを思い知らされたのがその劇団だったからです。それまでは、演劇って退屈なものだと決めつけていたんですよね。
中学校時代の演劇鑑賞会が初めての観劇体験だったんですけど、市民会館の素舞台の薄暗い舞台上でよくわからないことをやってる、みたいな印象で。今思えば、 鑑賞会用にパッケージされた低予算の演目だったはずなので、素舞台なのは「セットの予算なんか出ないよな」とか、薄暗いのは「きっと(1日で仕込み、本番、ばらしを行う)乗り打ちだろうし、照明をたくさん仕込むなんてできないよな」ってわかるんですけど。当時の僕にとっては「こんなに面白くないものが世の中にあるんだ」と、興味の対象外でした。捻くれた中学生からすれば、いい年した大人たちが滑稽なことをやっているように見えたんです。だから近寄っちゃいけない世界、自分には縁のない世界だと思っていました。
だけど、高校時代にバイト先の先輩が「深夜に面白いのをやってた」と言って録画したビデオを貸してくれて。それがのちに所属することになる劇団との出会いでした。そのビデオに録画されていた作品は、人間の体内を舞台にした、擬人化された白血球や癌細胞たちが繰り広げるヒーローもの。変身も、怪人とのバトルも、すべてパントマイムと擬音で表現されていて、一見するとコントのようにも見えるけど、すべてがシリアスに演じられるのでどんどん物語世界に引き込まれて。「なんなんだこれは!?」と、僕にとってはそれまでの価値観がひっくり返るくらい衝撃的な作品だったんです。僕が演劇と思っていたものとはまるで違うもので、演劇に関して完全なパラダイムシフトを起こしました。近寄っちゃいけないと思っていた世界が、一気に憧れの世界になったんです。
末満健一
当時は高校3年生でちょうど進路について考えていた時期でしたが、もう演劇のことで頭がいっぱいになっていた僕は、進学も就職も投げ捨てて劇団の連絡先を探していました。インターネットのない時代だったので、日本中の劇団の連絡先が載った本を見つけ出して、意を決して電話したのを覚えています。
――すごい衝動ですね。役者として入られたのですか?
はい。最初は断られたんですけど、制作などをお手伝いをさせていただいているうちに、半ばお情けのような形で役者として加えていただきました。でも全然ついていけませんでした。まず演劇経験もありませんでしたし、先輩方は僕からすれば、超人みたいな方ばかりで。僕自身は役者としては全く戦力になりませんでしたけど、とにかく求道的でストイックな劇団だったので、そこに下っ端でもいさせてもらえたのは大切な原経験です。
――そこからどのように作・演出家になっていかれたのですか?
2000年に劇団が解散して、自分は役者として外ではやっていけないだろうなと悩んでいたんですよ。芝居が全然うまくないので。そしたら劇団の先輩が「演出を経験してみるといいよ、客観性も養われるから」とアドバイスをくださって。「じゃあ脚本と演出に挑戦してみるので、出演してもらえませんか」と、その先輩にも出ていただいて上演したのが最初です。
つまり、最初は役者のトレーニングとして脚本・演出を始めたんです。でもそれがビギナーズラックな佳作として褒められて。そこまで役者として褒められたことがなかったので、「褒められた」って事実が強烈だったんですね。そのたった一度の褒めにしがみついて、そのまま今に至るっていう(笑)。
■旗揚げ公演でもらった手紙がよすがになった
Patch stage vol.6「SPECTER」(2021年8月25日発売)
――その時はどんな作品をやられたのですか。
最初に上演したのは『スエサンヤマサンのおもちゃ会議』(’ 02年)という、おもちゃにまつわるオムニバス作品。今の作風からは想像もしてもらえないであろう、ポップでかわいらしい小作品集です。その後、脚本と演出を本格的にやっていこうと決めて、演劇ユニット「ピースピット」を旗揚げしました(’ 02年)。
旗揚げ公演は、当時の自分がなにを考えていたのか今となってはわからないですが、胎芽(たいが)……胎児になる前の段階を胎芽と言うのですが、その胎芽が見る夢の話(ピースピットVOL.1『タイガー』)を上演しました。ものすごく観念的な話でしたね。しかも、オール桟敷席の劇場で休憩なしの3時間作品という(笑)。おぼろげに覚えている内容は、それこそ<TRUMPシリーズ>でやっていることをエンタメライズしていないようなものです。多分、自分の死生観を直で反映させた最初の作品だったと思います。
――当時は死生観を描きたいと思われていたのでしょうか。
いえ、「死生観を題材にするぞ」みたいなことは思っていませんでした。「これで終わってもいいくらい、出し惜しみせずに自分の全部を盛り込もう」って感じで、「旗揚げにして集大成をやってやるぞ!」というエゴの煮凝りのような作品です。もし今見たら、恥ずかしさでのたうち回ると思います(笑)。だからピースピットVOL.9『TRUMP』(’ 09年)は、そこから技術を磨いての再チャレンジというような側面はあったと思います。無意識だったりぼんやりだったりしたものを、意識的に、明確に、抽出しながらつくった作品です。
Patch stage vol.6「SPECTER」(2021年8月25日発売)
――旗揚げ公演『タイガー』でなにか手応えは感じましたか?
当時は手応えもよくわからなかったですね。主だった感想としては「話が難解」「長い」と不評だったような……ただその時、あるお客さんから感想の手紙をもらったんです。奥さんを亡くされたばかりという方からのもので、「悲しみの底にいたけれどこの作品で救われました」みたいなことを書いてくださっていて。自分の作品と、その方のとても深い私的な部分が繋がったことが衝撃でした。「自分の作品でこんな風に救われる人もいるんだ」って。その手紙は、それから自分が作品をつくり続けていく上でのよすがになりました。作品を世に出すってこういうことなんだっていう意識が芽生えたというか。責任があるんだな、と。
――その手紙が大きかったんですね。
あと、強く影響を受けたものがもうひとつあります。蜷川幸雄さんの『千のナイフ、千の目(まなざし)』(ちくま文庫)という著書に書いてある「客席に千人の青年がいるとしたら、彼らは千のナイフを持っているのだ」というエピソード。「よくよく覚悟してものをつくれよ」というようなことが書かれているのですが、改めて、世の中に作品を出すということは、それを観てくれる人への干渉であり、なにかを触発するかもしれないことで、そこに責任はすごくあるんだということを突き付けられました。
作品はただ娯楽として人を楽しませるという向きもありますが、ものによっては人を救ったり慰めたり、貶めたり傷つけたりもする。喜ばせもすれば、怒りや衝動を喚起してしまうこともある。差別表現などは論外ですが、作品の影響というものは多角的であるべきだからです。医師、救急隊員、介護士、保育士など、そういった職業が人の命を預かる仕事であるように、エンターテインメントは人の心を預かる仕事です。送り手と受け手が心をリンクさせるというのは、とてもデリケートなこと。そこには責任や覚悟、知識や技術が不可欠だと思っています。
末満健一
そういうところから、いつも真剣勝負でなくてはいけないし、そのためには知識と技術も磨き続けないといけないんだというふうに考えるようになりました。
今は演劇が商業的に消費されていく速度がすごく早いので、その辺りが鈍感になってしまわないかと不安に思うところはあります。「人を生かしもするし死なせもする、かもしれない」ということは常に意識しなければいけない。自分の作品がポジティブな影響を届けることもあるだろうという反面で、もしかしたら作品に触発されてネガティブに転ぶ人がいるかもしれない。他人の人生の形を良くも悪くも変えてしまうのではないかと思うと、生半可な覚悟ではできない。これはネガティブな影響を与えないような作品をつくっていきたい、ということでもなく、そういうものも包括しながら作品を届けなければならない、ということです。
――一方で救われる人がいるというのも大きなことですよね。
はい。始めに先輩に後押しされて脚本と演出に挑戦した公演があって、その次に旗揚げ公演で身の丈に合わないことをやろうとして失敗して、だけどその作品で「救われた」と言ってくれる方がいたのは、自分の中でいまだに大きいことです。作品を世の中にアウトプットすることに対する意識は、そこに基づいているところがあります。
人と人とが心の深いところで繋がろうとすれば、互いに無傷ではいれらない。だからといって、自分の作品に触れた人の心を殺したいとは思いません。せっかく作品を届けるならポジティブでありたいというか、「救いたい」という意識がある。ですがそこは常に「殺してしまうかもしれない」というリスクと隣り合わせです。
これは脚本や演出をする僕だけの話ではなく、演者もそういうものだと思っています。演じるって作品要素としては絶対的なことだから、演者も自覚的である必要があります。そして演者にそれを要求するなら、自分はもっともっとやらなくちゃいけません。しんどいですが、自分が選んだ道なので言い訳はできないですよね。
Patch stage vol.6「SPECTER」(2021年8月25日発売)

インタビューは来月に続きます。次回からはいよいよ<TRUMPシリーズ>の中身に踏み込んでいきます!
取材・文=中川實穗 撮影=iwa

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