葛飾北斎の代表作《北斎漫画》《冨嶽
三十六景》などがフルコンプリート!
 北斎の描く大波に乗る、『北斎づく
し』内覧会レポート

葛飾北斎の生誕260年を記念した特別展『北斎づくし』が、2021年7月22日(木・祝)から9月17日(金)まで、六本木の東京ミッドタウン・ホールにて開催中だ。正確には、生誕260年は2020年。開催延期で待ちわびたぶんだけ、感動もひとしおである!
日本を代表する画家というだけあって、北斎に関連したイベントや展示は毎年のようにどこかで企画されている。そんな中で本展がテーマとして掲げるのは “尽くし” という特徴的なキーワードだ。“尽くし” をフランクに言うなら “フルコンプ” であろうか。
会場エントランスでは「踊独稽古」の人物がコミカルにお出迎え。これは文化時代に流行していた “悪玉踊り” の振り付けを練習するためのお手本画である
なんと本展では《北斎漫画》《冨嶽三十六景》《富嶽百景》といった北斎の代表作が一堂に会するのだ! しかも部分ではなく、全部である。《北斎漫画》をちょっとでもめくって見たことがあれば、その凄まじい作品量に「まさか」と思うのではないだろうか。見どころが多く、長い内覧会レポートになってしまいそうだ。前置きをこのくらいにして、展示の内容へと進もう。
息継ぎ不可能、《北斎漫画》の大海原
会場に足を踏み入れると、冒頭から度肝を抜かれる。すごい情報量である! 正直言って、北斎好きならこのセクションだけで1日過ごすことができそうなパラダイスだ。
展示風景
第一展示室は《北斎漫画》のセクション。足元のパンチカーペットにも、壁を覆い尽くす幕にも、《北斎漫画》がプリントされている。幕は大きな一枚布ではなく細長いものが絵柄をピタリと合わせて何枚も重ねられており、そこがまた北斎の描いた膨大な作品量、画業の積み重ねを思わせる。
展示風景
展示台ごとに《北斎漫画》全15編が一編ずつ展示されている。《北斎漫画》は現代で言うマンガとは異なり、絵描きのお手本として、職人の図案集として、そして眺めて楽しむ画集としての役割を併せ持った、北斎のスケッチブックだ(ちなみに英語では『Hokusai’ s Sketches』と称される)。動植物を描いた一編もあれば、合戦の様子、空想上の生き物、家財道具、ちょいエロetc.……。とにかくあらゆるモノが百科事典的に描かれている。森羅万象を描き尽くさんとする北斎の視線は、上下や聖俗のヒエラルキーに捉われることなくフラットであり、その筆はノリノリである。
葛飾北斎《北斎漫画》十二編 浦上満氏蔵
12編より。展覧会のメインビジュアルにも採用されている、目に見えない「風」を見事に描いたページ。上段が初摺りで、下段が風そのものを薄墨で描き足した後摺りバージョンだ。版を重ねていくたびに姿を変えていく、版画の特性がよくわかる。
葛飾北斎《北斎漫画》九編 浦上満氏蔵
9編より。右側に立つ高下駄の女性の後ろ姿は、くるっと反転させるとエドガー・ドガの《ルーヴル美術館絵画室のメアリー・カサット》に重なるのだとか。ジャポニスム(日本趣味)大流行の19世紀フランスで、北斎の浮世絵が大きな影響力を持っていたことを感じさせるエピソードだ。
展示風景
壁や床だけではなく、展示台も隅々まで《北斎漫画》がびっしり。そして天を仰げば、それぞれの展示台の上には各編から抜粋したハイライトの垂れ幕が。もうこの展示室にいる限り、どこを見ても北斎から逃れることはできない!
葛飾北斎《北斎漫画》十一編 浦上満氏蔵
《北斎漫画》は全10編で一度は完結したものの、好評のあまりシリーズ再開し、さらに “リターンズ” とも言える5編が発行された。こちらは再開後の一発目である、11編の扉絵。「新」とタイトルを書く人の踏み台になっているのは、10編のラストで堂々の完結を告げた寿老人だ。その傍らには、「墨」「巻き物」「扇子」が描かれている。なんとこれ、「スミ・マ・セン(やっぱり続きます)」とのメッセージなのだとか。「ダジャレかーい!」と突っ込みたくなる北斎のお江戸ギャグにニヤリとしたら、いよいよ次のセクションへ。
よかった! 版画超ビギナーにも優しい
展示室の間には、ソファとともに短めの映像コーナーが。ここでは、北斎の代表作《神奈川沖浪裏》の実際の摺り工程の映像が上映されている。ひと休みがてら、浮世絵がどのように製作されるのかをおさらいできる設えだ。
展示風景
小学校の図画工作の授業で体験した人も多いであろう「摺り作業」。何度も繰り返すことで少しずつ多色の版画が出来上がっていく様に見とれてしまう。肉筆(手描き)とは異なる版画ならではの技術の妙を、ぜひこの映像で再確認してみてほしい。
富士山はつねにそこにある
展示風景
続いては《冨嶽三十六景》の展示だ。円形の展示室にぐるりと配された《冨嶽三十六景》の全作品をたっぷりと堪能しよう。実はタイトルに反して、シリーズはぜんぶで46作ある。
展示風景
先ほどとは大きく趣を変えて、これらは「錦絵」と呼ばれる多色刷りの大型版画作品だ。18世紀初頭、ベルリン生まれの青色化学顔料「ベロ藍(プルシアンブルー)」が画材に仲間入りしたことで、画家たちはより深く鮮やかな青を使うことができるようになった。それは空や海を描く風景画の可能性が大きく広がったということでもあっただろう。
さて、46枚を見渡して「アレはどこだろう?」と気になるだろうか。
北斎改為一筆《神奈川沖浪裏》 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵(浦上コレクション)
はい、もちろんあります。北斎のアイコンであり、もはや日本美術のアイコンと言える超有名作《神奈川沖浪裏》!
北斎改爲一筆《東都駿台》 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵(チコチンコレクション)
一枚一枚の絵の中には、富士山が必ずどこかに描かれている。そしてほとんどの作品では、よく見てみると “隠れ富士” とも言える富士山の形のリフレインが織り込まれ、その存在感を強調している。例えば家屋の屋根、舟のロープ、時には富士山を見る人たちの視線を結ぶ三角形だったりする。ここでは北斎の画面構成の、計算され尽くした美しさに注目である。
アニメで動かしてみました
展示風景。特製スクリーンには和紙が用いられているのだとか!
会場を進むと、壁面の大型スクリーン&4枚の特製スクリーンが配されたデジタル展示のコーナーが。北斎作品の高精細アーカイブデータから抜け出したキャラクターたちが縦横無尽に動き回り、作品世界への没入を誘う。
展示風景
スクリーンを埋め尽くす《北斎漫画》8編「無礼講」に登場するふんどし姿の人々に、思わず笑ってしまう。短いスパンで何バージョンかが放映されているので、お気に入りの一枚が出てくるまで眺めているのも良いだろう。
音と光が飛び出しそうな、読本の世界
さて、デジタル展示の奥に広がるのは「読本(よみほん)」のセクションだ。読本とは、「寛政の改革」以降に大流行した、伝説的な英雄や豪傑を主人公とする伝奇的なエンターテインメント小説。そして今も昔も、冒険ファンタジーには躍動感あふれる挿絵が欠かせない。ここでは、北斎が手掛けた劇画チックな読本の挿絵の数々を見ることができる。
展示風景
この展示室全体が、北斎の挿絵を使って装飾されている。立っているだけで、線の躍動感に目が回りそうだ。
展示風景
曲亭馬琴の『椿説弓張月』を “元祖サイキックアクションノベル!” と表現する解説文が面白い。本展では、他にもあちこちで気の利いた現代的なキャプションが付けられているおかげで、身構えずに楽しむことができるのがうれしいポイントだ。
葛飾北斎画『鎮西八郎爲朝外伝 椿説弓張月』続編 浦上満氏蔵
「ドッカーン!」という効果音が見えるような、『椿説弓張月』の1ページ。現代のマンガ表現に慣れた眼でもハッとするのだから、発表当時の人々の興奮は想像もつかない。
アンバサダーを務めるのは俳優・町田啓太
《冨嶽三十六景》に飽き足らず、北斎のさらなる富士山の追求は続いた。四季折々の富士山の姿や、それにまつわる伝承や歴史などをテーマにして描かれた絵本「富嶽百景」だ。最後の展示室では、北斎75歳時の作品である《富嶽百景》を堪能しよう。
ちなみに……三十六景と百景で「富」の字が微妙に違う点が気になって調べてみると、「冨」は「富」の異体字で、両方とも「富嶽」と表記されることもある。本展では作品に実際に記されているスタイルに従って、「冨嶽三十六景」「富嶽百景」としているようだ。ウ冠のてっぺんの点が取れる理由には諸説あるが、“富士山の上に人(点)は立てない”、“(ワ冠を八合目に見立てて)そこから先は禁足地である” といった考え方があって面白い。
取材時には《富嶽百景》の前で、本展アンバサダー・音声ガイドナビゲーターを務める俳優・町田啓太の簡単なインタビューが行われた。
本展アンバサダー・音声ガイドナビゲーターを務める町田啓太(写真=オフィシャル提供)
ーー展示を見た感想はいかがでしたか?
受け止めきれないというか、本当に圧巻で。葛飾北斎というとやっぱり富士山や波っていうイメージがあったんですけど、よく今回の展示を見ると、そこに一緒に描かれている人物たちもまた魅力的なんですよね。
あとすごく印象に残っているのは、《富嶽百景》の中に、波が鳥に変わってる作品があるんですね。すごいなって思いまして! 最初はわからなかったんですけど、よく見たら波の水しぶきが鳥たちになっていて、一羽一羽に表情があるというか。本当にすごいなって、心に残っています。
ーー今回、初の音声ガイドに挑戦されたそうですね?
実は僕、美術展の音声ガイドが好きでよく聞いて、いつか挑戦させていただきたいなって思ってたんです。今回のお話をいただいた時には心が躍って……すぐに、ぜひやらせてくださいとお返事しました。音声ガイドって、通常だと感情を入れたりすることはあまりないかと思います。でも今回は要所要所に少しだけ、北斎の遊び心と同じような感覚で、セリフ調のところもあったりするんです。そういうところも楽しんでいただけたらなって思いながら取り組ませていただきました。
ーー町田さんの思う、本展の見どころを教えてください。
本当にすごい数の展示があるので、見れば見るほど引き込まれるのは間違い無いですね! あと思うのは、いろんなところにユーモアが散りばめられてるんですね。物によっては、同じ作品でも、刷った時期によって若干変わっていたり、編集者さんの意向で変更が加えられてる部分があったり。そういうのを見比べながら発見していく楽しみっていうのもすごくあると思います。
ーーこれだけの規模で展示されているっていうのは、最初で最後かもしれないって言われていますね。
本当にそうじゃないですかね! 引き込まれ、圧倒され、見る方によっていろんな視点で楽しめる、素晴らしい展覧会になっていると思います。僕もそうだったんですけど、ぜひ皆様にも酔いしれていただきたいと思います。お腹いっぱいになるまで、北斎を浴びて、浸ってほしいです。
音声ガイドでは、町田とナレーターが丁寧に作品解説やこぼれ話を語って聞かせてくれる。会場にはとにかく膨大な作品が展示されているので、音声ガイドの利用が非常に効果的だと思う。ほかに、北斎コレクター、建築家、アートディレクターといった本展に携わるクリエイターたちからのコメントも収録された盛りだくさんの内容だ。
“尽くし” のタイトルに偽りなし!
ミュージアムショップ
ミュージアムショップでは展覧会オリジナルグッズや北斎関連グッズが勢揃い。《北斎漫画》や《踊独稽古》はグッズ化との相性が抜群で、来場の記念につい欲しくなってしまう。

「さぁご一緒に!」と言わんばかりの《踊独稽古》がやっぱり気になる。帰宅したら、ぜひお風呂に入る前に “悪玉踊り” を!
生誕260年記念企画 特別展『北斎づくし』は、7月22日(木・祝)から9月17日(金)までの開催だ。東京ミッドタウン・ホールにて、眼も脳も、隅々まで北斎で埋め尽くされるような恐るべき体験が待っている。
文・写真=小杉美香

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