森加織インタビュー “何もしない強
さ”を持つ俳優を目指して /『ミュ
ージカル・リレイヤーズ』file.5

「人」にフォーカスし、ミュージカル界の名バイプレイヤーや未来のスター(Star-To-Be)たち、一人ひとりの素顔の魅力に迫るSPICEの連載企画『ミュージカル・リレイヤーズ』(Musical Relayers)。「ミュージカルを継ぎ、繋ぐ者たち」という意を冠する本シリーズでは、各回、最後に「注目の人」を紹介いただきバトンを繋いでいきます。連載第五回は、前回、和田清香さんが「舞台に立っていても、舞台から降りても、ものすごくパワーがある人。パーソナルな部分も含めてすごく活気があって、人を元気にする」と語った森加織(もり・かおり)さんにご登場いただきます。(編集部)
「ニュートラルでいることかな」
舞台上で心掛けていることを尋ねたときにそう返してくれたのは、潔い受け答えが実に気持ちのいい舞台女優、森加織だ。ミュージカルを中心に幅広いジャンルの舞台で活躍し、直近では劇団☆新感線 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』(2021年9月~10月 東京・大阪にて上演)への出演を控えている。
物心ついたときから日常的にエンターテインメントに触れ、いつのまにかその魅力に惹かれていったという彼女。宝塚受験、音大での学び、そして流山児や劇団☆新感線との衝撃的な出会いを経て、自身の道を模索しながらミュージカルの世界へと辿り着いた。
1時間のロングインタビューを通して、明るく奔放で何ものにも囚われない彼女らしい生き方が見えてきた。
「バレエの1番って何?」ゼロから飛び込んだ舞台への道
森加織
――連載『ミュージカル・リレイヤーズ』に前回登場された和田清香さんから森さんをご紹介いただきました。その際に「本番前のアップで必ず逆立ちをしている」と伺ったのですが、これは本当ですか?
なんてことを喋っているのか……(笑)。逆立ちは、最高のアンチエイジングなんですよ!(笑)頭が逆さになると人間は危機を感じて体を守ろうとするので、細胞が活性化するんですって。たとえ本調子じゃないときでも、逆立ちすると一気に体温と心拍数が上がって、もうそこに持っていかざるを得ないような状態になるんです。将来的には壁なし倒立をするのが夢ですね!
――それでは改めて、森さんがエンターテイメント業界にどうやって興味を持つようになったのか教えてください。
私は大阪出身なんですけど、幼いときからわりと気軽に舞台を観る機会が多かったように思います。おばあちゃんが元々日舞をやっていたり、家族で遊園地に行ったときに、合わせてOSK日本歌劇団や宝塚歌劇団を観たり。舞台を観に行くというよりは、遊園地に行ったら隣に劇場もあるし何か観ようか、という感覚でした。そうして幼いときに観たキラキラした世界に、ずっと惹かれるものがあったんでしょうね。徐々に「私も将来こういう場所に立ちたい」と思うようになっていきました。
――最初に目指していらっしゃったのは、やはり宝塚ですか?
はい。小4のときに宝塚コドモアテネに入りました。昔からバレエもお歌もやってきているみんなの輪の中に、急にズブズブの素人が入る形になって全然できなくて。「バレエの1番(バレエの足のポジションを示す用語)って何?」という状態。劣等感だらけで毎週泣きながら通っていました。その年に発表会の予定があって、「発表会に出たらもう辞めてやる!」と思っていたんです(笑)。ですが、同じ年に阪神淡路大震災が起きて発表する場を失ったんですよ。いざそうなってみると、「できなかったな。それはいやだな」と思いました。で、来年も続けようと決めた頃から段々楽しくなってきて……。
森加織
――宝塚コドモアテネはいつまで通っていたんですか?
中学卒業までずっとやっていました。毎週日曜の朝9時〜15時くらいにレッスンがあったので、「私の青春とはなんぞや?」という感じ。みんなが日曜に遊びに行っているときに「チェッ」と思いながらバレエをしていました(笑)。
――そこまで続けられたということは、宝塚受験もされたんですよね?
はい。私は3回受験して、3回とも箸にも棒にもかからず……(笑)。一次試験、二次試験と進んでいたらまた話は違ったのかもしれないですが、初っ端からダメだったのでこれは違うなと。そこでもうちょっと人生を考えればよかったんですけど、舞台に立つことだけは諦めたくなかったんです。だから「宝塚はもう諦めた! けど舞台には立ちたい!」と親に頼み込んで、大阪芸大(大阪芸術大学)に進学しようとしたんです。なので、大阪芸大出身のかちえり(可知寛子&福田えり)と同期になっていたかもしれないんですよ。
――この連載にも以前登場された可知さん&福田さんと同世代なんですね! 「なっていたかもしれない」ということは、別の大学に進学されたんですか?
はい。大阪芸大の夏期講習に行ってみたのですが、当時のダンスの先生がめちゃくちゃ怖かったんですよ! そのときにかちえりもいたと思うんですが、私は「これ4年間も通えるかなあ」って尻込みしちゃって(笑)。なので、大阪音大短期大学声楽科に入って歌を頑張ることにしたんです。
声楽科なので、やることは基本的にオペラ。イタリア語は理解できないし、フランス語も何を言っているのかわからない……(笑)。欧米の方って「愛しているよ!」と素直にサラッと言うじゃないですか。オペラって本当に素敵で、現実ではない夢の世界に連れて行ってくれるんですけど、私はどうしても言葉と気持ちがフィックスできなくて悩んでいたんです。それで、改めて、自分にはミュージカルが向いてるのかなと思い始めました。
「そいやっ!」からの『WiCKED』そして『ユーリンタウン』へ
森加織
――在学中から舞台出演されているようですが、森さんの初舞台は?
在学中にダンススクールでもレッスンを受けていて、そこの先生に「北島三郎先生のショーのオーディションがあるから受けてみない?」と声を掛けていただいたんです。“ハネト”というお祭りを盛り上げる踊り手の枠に合格しました。北島三郎大先生のショーの一番ラストの「まつり」という曲で、「そいやっ! そいやっ!」って(笑)。このときに、私は裏声で「あ〜♪」と歌うよりも「そいやっ!」って言ってる方が性に合っているなと気付いたんです(笑)。
今でこそ喉のコントロールもできるようになりましたが、当時は大学の春休みにそのショーに出ていて、全力で「そいやっ!」を言いまくっていたら喉を潰しちゃって……。休み明けに大学の先生に「森さん、その声どうしたの!?」って。そこからは先生も「この子はオペラじゃないな」と思っていただろうなと思います(笑)。
――初舞台でなかなか稀有な経験をされたんですね(笑)。ミュージカル作品にも出演されましたか?
これも在学中なのですが、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の『WiCKED』の立ち上げメンバーのオーディションに受かることができました。そこで(福田)えりとも再会しました。最近『メリリー・ウィー・ロール・アロング』で共演した高木裕和くんもいましたね。当時、主役のエルファバを演じていたジェマ・リックスは、その後オーストラリアに帰ってエルファバを演じ続け、今では『アナと雪の女王』でエルサも演じているんですよ。すごい人たちがいた環境だったなと思います。
日本人は「愛している」をなかなか言えない民族じゃないですか。でも、欧米文化の彼らにとってはそれが当たり前。ミュージカルがなぜその文化で生まれたのかということを間近で見れたことは、大きかったように思います。本物だからそこに嘘がないというか。初めてのミュージカル出演が『WiCKED』で良かったなと思います。
森加織
――USJの『WiCKED』には立ち上げから長く参加されたんですか?
いえ、1年くらいで辞めて上京しました。東京に出てからは、打てども響かずどん底の日々。オーディションを受けても書類ではねられ、周りはどんどん進んでいくのに自分だけ全然通らない。ありとあらゆるアルバイトをしまくっていましたね。美容院の受付とか、銀座で働いたこともありましたし、アパレルショップで服のタグ付けを延々とし続けていたことも。
――そんな森さんにとって、転機となった出来事は?
ミュージカルだけでなくお芝居をちゃんと勉強しようと思って、小劇場の作品を観始めたんです。そんなあるとき「流山児カンパニーがミュージカルをやるぞ」という情報をいただいて。 “小劇場のアングラの人たちが作るミュージカル”というコンセプトの『ユーリンタウン』という作品でした。ここでようやくオーディションに合格することができたんです。
この流山児での作品作りがすごく面白くて、私の芝居の根幹はそこでできたと思っています。稽古のあと、みんなで芝居についてベロベロになりながら話し合って、泣いて怒って笑って殴り合って(笑)。青春でしたねえ〜。大先輩がいろんな手解きをしてくださるんですよ。高円寺の赤ちょうちんがぶら下がっているお店でホッピーを飲みながら、「お前ら日本で留まってんじゃねえ! もっと遊びに行けえ!」「はいぃ! でもお金がありませぇん!」みたいな、THE 密の世界でした(笑)。飲んだ翌日はみんな顔面蒼白。ミュージカルなので、喉カッピカピの状態でハイツェー(highC:高いドの音)を出すというようなことをやっていました(笑)。若いっていいなあって改めて思います。
『ユーリンタウン』初演で主役の狂言回しの役を演じていらっしゃったのが、千葉哲也さん。千葉さんと飲みに行かせていただくこともよくありました。当時私は業界のことを全然知らなかったので、恐れ多くも千葉様のことを「この人愉快だなー」とか思っていました(笑)。演劇界の神様みたいな方なのに(笑)。
「今まで観ていたものは何だったんだ!?」劇団☆新感線との出会い
森加織
――森さんは劇団☆新感線の作品に多く出演されています。最初の出演のきっかけは?
新感線の作品は何度か観たことはありましたが、千葉さんが新感線の『蛮幽鬼』に出演すると聞き、改めてお芝居として観に行ったんです。「何だこれは! 今まで私が観ていたものは何だったんだ!?」と衝撃を受け、いつか新感線の舞台に出られたらいいなと思うようになりました。
――『薔薇とサムライ』(2010年)が森さんにとって初の新感線作品ですね。
出られたらいいなと思っていた矢先にオーディションがあったので、受けてみたんです。新感線のオーディションって面白いんですよ。主宰のいのうえひでのりさんと1対1の質疑応答の時間があるんです。みんなで大部屋に入って歌って踊ってセリフを言って、そこでいのうえさんが「じゃあ君ちょっと話そうか」と、二言三言話すという。私の場合は「『ユーリンタウン』に出てたの? 千葉(哲也)くんも出ていたね」というような話をしました。今思えば、千葉さんとご一緒させていただいたこともあって運良く受かったのかなあと。
――新感線といえば、いのうえさんが役の動きを全て付けるという独特な稽古で有名です。これはメインキャストの方に限らず、アンサンブルキャストの方もそうなのでしょうか?
ほぼほぼそうですね。例えば街のシーンとかで役者に動きを任せることもありますけど、基本的にはいのうえさんがやりたい動きを実演してくれます。まるでいのうえさんが一人芝居してるような感じでめっちゃ面白いんですよ。しかもどんな役を演じても上手くて、ちゃんとそのキャラクターに見えてくるから流石です。

森加織

――新感線の作品に出演されたときの印象的なエピソードを教えてください。
『薔薇とサムライ』にアンサンブルで出演したときに貴族の役があったのですが、普通のミュージカルでは絶っっっ対にやらないような、アク強めな顔を作るシーンがありました(笑)。「この顔を公的にやって許されるんだ……!」という衝撃(笑)。あと、『ZIPANG PUNK〜五右衛門ロックIII』では女子のアンサンブルがめちゃくちゃ忙しくて! 少女探偵団→サイコロ→遊女という早替えがあったんですけど、20秒くらいしかない鬼のような早替えでした。サイコロの衣装が大きくて袖の早替え小屋に入ることもできず、アンダーは着ていたものの、ほぼ全公開でしたね(笑)。
――森さんは『薔薇とサムライ』『蒼の乱』『修羅天魔〜髑髏城の七人 Season極』と、天海祐希さんと3回も共演されているんですね。
天海さんはスター性がすご過ぎますね。『修羅天魔〜』で捌けるときに目が合う瞬間があったんですけど、そこで必ずウィンクしてくれるんですよ! 私だけのご褒美だと思って感謝しながら受けていました(笑)。舞台袖で天海さんとスタンバイするときにすごくいい香りがしたので、何の香水を使っているのか聞いたことがあります。聞いたときは「あ、ちょっと忘れたから調べとくね」とおっしゃっていたのですが、数日後に天海さんが「女子集合!」とみんなを呼んで、なんとその香水をプレゼントしてくれたんです!
――ただただかっこいいですね……!
いつも香りと役のイメージを合わせて、香りをかいで役に入るとおっしゃっていて「な、なんてかっこいいんだ……!」と。たまに香りをかいで、過去に演じた役のことを思い出されると聞いて「はぁーかっこいい……!」と(笑)。めちゃくちゃ素敵な方ですね。
『太平洋序曲』『メリリー・ウィー・ロール・アロング』生き方に通ずるソンドハイムの音楽
森加織
――これまでに出演された作品で、特に想い入れのある作品を教えてください。
『太平洋序曲』と『メリリー・ウィー・ロール・アロング』でスティーブン・ソンドハイムの作品に二度出演させていただいて、改めてソンドハイムが好きだということに気付かされました。人間の心の機微といいますか、ちょっとしたところのズレが愛おしい。そのズレは気持ち悪くもあるのですが、不思議と調和していて心地いいんです。よくこんな曲を書けるなあと尊敬しています。
――歌う方は大変そうですよね。『メリリー〜』の場面が切り替わるタイミングで、アンサンブルの方がソロで歌い出すシーンが印象的でした。
めちゃくちゃ大変です。合っているのか合っていないのかわからなくなるんですよ。共演者のみんなと話していて、確かにそうだなと思ったことがあって。それは「ソンドハイムの曲を歌うときは自分を信じるしかない」ということ。人を信じて依存してしまうと、もし間違っていたときに自分で戻すこともできなくなる。このタイミング、この音で、自分は絶対に歌うんだという確固たる自信がないと曲に入れないし、音楽としても成り立たない。この感覚って、人として生きていく上でもすごく大切だなと思いました。ソンドハイムの音楽と人生の生き方には、通ずるものがあるように感じたんです。
――この連載では、毎回注目の役者さんを伺っています。森さんが注目している役者さんは?
2019年の『レ・ミゼラブル』でご一緒させていただいた、大嶺巧くん。きよちゃん(和田清香)と同郷で、沖縄出身のクォーターのイケメンです。『レ・ミゼラブル』って特殊な演目で、出演者はメイクをしちゃいけないんですね。横からの照明で陰影をつけるとき、メイクしていると客席から綺麗に見えないという理由があるそうで。素顔と衣装と、馴染むのに時間がかかるんですけど、大嶺くんの場合はそのままで「本物やん!」という説得力があります。元々はUSJでダンサーをしていて、劇団四季の『キャッツ』に客演してラム・タム・タガーを演じていたことも。劇団四季の友人曰く、「あんなにセクシーなラム・タム・タガーは見たことがない」と。なんてったってジェントルマンで、歌が超絶うまいナイスガイです。
――それでは最後に、森さんが目指す俳優像を教えてください。
舞台上で何もしないけれどそこにいる、そんな強さが欲しいです。これまでに古田新太さんやウエンツ瑛士くんと舞台をご一緒したときに、「舞台上で何もしない」姿を見たんです。古田さんなんて、ご飯食べました〜、お手洗い行きました〜、舞台立ちました〜というくらい(笑)、本当に日常の一部のように舞台上にいるんです。ウエンツくんはまた種類が違う気がするんですけど、素の自分の強さを信じて、余計なものを取り外しているように感じました。その姿がとても素敵なんです。舞台の上って何かしていた方がいやすいので、つい何かしちゃうんですよね。でも、そこにスッといるだけという強さを持っている俳優を目指したいなと。人としても余計なものを取り外し、素の自分が美しくありたいなと思います。

森加織

取材・文=松村蘭(らんねえ) 撮影=ジョニー寺坂

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