演出・監修を務める落合陽一に聞く、
落合陽一×日本フィルプロジェクト
VOL.5『醸化する音楽会』とは

2021年8月11日(水)サントリーホール 大ホールにて開催される、「落合陽一✕日本フィルプロジェクト VOL.5『醸化する音楽会』」。この度、演出・監修を務める落合陽一へインタビューを行った記事が届いたので紹介する。
「醸化」って何?
「テクノロジーによってオーケストラをアップデートする」をテーマに掲げるのは、メディア・アーティストの落合陽一さんと日本フィルハーモニー交響楽団がタッグを組んだプロジェクト。その第5回公演『醸化する音楽会』が8月11日(水)に東京・赤坂のサントリーホールで開かれる。落合さんに聞いた。
「醸化」は落合さんの造語だ。
落合:音だけ聞くと“浄化”と思うかもしれないけれど、もうちょっと“ねちょっ”としたもの、発酵したおかげで出てきたものを意識しています。口でなく手で、レタリングで考えたので、音よりは漢字の意味でつけたものですね。
コロナ禍で往来を制限され、分断された世界の中で、それぞれの地域で発酵・醸造されて生まれる土着の文化の可能性に着目する。
落合:分断されたローカルをどう面白く捉え直すか。土着のカルチャーの発酵性を、西洋と東洋の対比のうえで考えていこうというのが今回のテーマ。音楽的な対比構造に加えて、嗅覚と味覚、匂いや味も感じながら五感総動員で楽しんでもらおうと思います。
嗅覚と味覚⁉ コンサートには「五感、解禁。」というコンセプトが添えられている。
それがどのように提供されるのかは当日のお楽しみとして、じつは、この香りの調香が、思いのほか面白かったのだそう。「今回のハイライト」とさえ言い切る。
落合:たぶんみんな、『音楽ってこういうことだよね』って感じると思う。視覚で音楽を表現するのって、すっげー難しいんですよ。なぜかっていうと、目にはピントがあるから。耳には厳密なピントがないので、あるひとつの音に集中していても外の音がけっこう聞こえる。ボケる。視覚はピントがあるせいで、きれいにボケないんですよ。だけど嗅覚は、時間方向にシュッとなくなる感じとか、うすぼやけになっていく感じとか、混ざる感じとか、音とすごく相性がいいことがわかって勉強になりました。すっげー臭いやつと、結構いい匂いのやつと、なんじゃこの匂い! ってやつを試してもらえないか、いま、構想中です。
落合✕日本フィル・プロジェクトは、2018年に《耳で聴かない音楽会》でスタートした。コンセプトの核は「聴く」のダイバーシティ。落合さん自身が技術開発に関わった「SOUND HUG(サウンドハグ)」や、富士通の開発したOntenna(オンテナ)といった、音を光や振動に変換するデバイスを用いて、聴覚に障害のある人々もともに音楽を楽しむ方法を模索するものだった。2年目からは、先進的な映像表現も加わって展開してきた。
落合:聴覚障害の方々の使えるアプリなどの支援は相変わらず続けているんですけど、今はそれだけじゃなくて、もっといろんなインクルーシヴィティがあるなと思っています。
障害の有無だけにフォーカスするのではない、より本質的なソーシャル・インクルージョン(社会包摂)の理念に移行しながら展開しているというところだろう。今回、嗅覚・味覚が加わって、まさに五感が〝解禁〟されて音楽を感じることになる(ただし昨年と今年は、感染防止の観点から「触覚」の部分はいったんお休み)。
ローカルの土着性や発酵・醸造されるカルチャーは、民俗音楽を軸とする公演プログラムに反映される。演奏曲目は以下のとおり。
・黛敏郎:オリンピック・カンパノロジー
・伊福部昭:土俗的三連画
・和田薫:《交響曲 獺祭~磨migaki~》第2楽章“発酵”
・J.シュトラウスII世:シャンパン・ポルカ
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
・ペルト:カントゥス─ベンジャミン・ブリテンへの哀悼歌
・ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲《展覧会の絵》より バーバ・ヤガー~キエフの大門
落合:日本人がどうしてオーケストラをやってるんだっけ?というところに立ち戻ると、日本人作曲家の曲はちゃんと日本で聴きたい。われわれの曲って、ヨーロッパ人からすると、やっぱり醤油の匂いがすると思うんですよ。その醤油の匂いに敏感になるには醸造されたものが必要になる。
それを捉えたうえで、じゃあルーマニアの民俗曲を、われわれの調味料でどうやって作るんだ? っていうことを考えるために、全体を、西洋と東洋の対比で構成しました。
「鐘」をキーワードに黛とペルト、ムソルグスキーとを対置したフレーム構造の中に、東西の「酒」(=発酵・醸造)の音楽の対比、アイヌとルーマニアの土着の民俗を素材にした伊福部とバルトークの対比を組み込んだ。
落合:人が移動できなくなって、フォーク・クラフト=民芸性は非常に高まっていると思っています。つまり日本から出られなくなった人は日本で作るしかないし、ヨーロッパの人はヨーロッパで作るしかない。そうなったときに、ローカルな味をどれだけ濃くするかが勝負になる。ローカルが発酵していく印象を強く感じます。
日本には日本の土着性がある。その土着性を意識的にしっかり使っていこうとする時、民芸性、民俗感が大切だし、逆に、じゃあ他の文化圏の民俗感をわれわれはどう調理するんだろうっていうことを考えました。たとえば日本の中華料理って、めっちゃうまいじゃないですか。独特の美味しさがある。あれがわかるようになったらいいなと思っています。
黛敏郎の《オリンピック・カンパノロジー》は、1964年東京オリンピックの開会式のために、日本の梵鐘の録音素材で制作された電子音楽。かつては「テープ音楽」と呼ばれたジャンルの音楽だ。ライヴ・エレクトロニクス以外の、つまりリアルな演奏を伴わない電子音楽作品が、オーケストラのコンサートの場で〝演奏〟されるのは、もしかしたら前例がないことでないだろうか。
そして上述のように、「鐘」はプログラム後半のペルトや《展覧会の絵》とを結ぶテーマでもある。
落合:鐘による鎮魂ですね。あまたの多様なものを鎮魂すべき時代になってしまったので……。 2019年の『交錯する音楽会』で、会場全員で鈴を鳴らしたんですね。あの時すごく、お焚き上げられたなっていう感じがしたんですよ。それを、鈴みたいなたくさんの音源でなく、鐘でボーンと一発、しかも電気でやったらどういうことが起こるだろうと思って。今回の曲目は、この《オリンピック・カンパノロジー》からのつながりで考えていったものが多いんです。
《交響曲 獺祭》は、曲名どおり、かの山口の銘酒「獺祭」のための音楽。醸造中の酒に〝聴かせる〟ために作曲された。音楽を聴かせて酒の味が変わるなんていうことがあるのだろうか。しかし博士論文を超音波をテーマに書いた、その方面の専門家でもある落合さんは言う。
落合:骨に振動子を付けて超音波を流すと、細胞が活性化して骨の再生が早まったりするんです。だから、特定周波数が細胞になんらかの変化をもたらすっていうのはあると思いますね。違和感はない。
そうなのか!
落合:たとえば、細胞が電位を出してるじゃないですか。細胞膜電位。それと同時に衝撃波も走ってるはずなんで、そしたら、超微細な、なんらかの音は鳴ってるはずなんです。それが、他と共振してちょっと変わるっていうのはありそうだなと思ってます。
細胞膜……? 電位……? す、すみません、降参で。ありがとうございます……。
最後に落合さんと日本フィルが掲げる「オーケストラのアップデート」について。はたして彼らは何を目指しているのだろう。
落合:僕らはオーケストラ自体はいじっていません。オーケストラは非常に優れたメディアなので、もはやそれをどういじってもあんまり変わらないだろうと思っています。じつはオーケストラをアップデートするのが重要なのか、われわれの精神をアップデートするのが重要なのかというと、後者のような気がしているんです。つまり、聴き手の心をどうほぐしていくかによって、音との向き合い方が変わるというのが、ここまでのプロジェクトで得た答えのひとつです。
たとえば光を人間に当てながら音を聴かせると、光につられて音も違うように聴こえる。つまり目を閉じて聴くのと目を開けて聴くのとでは、聴こえ方が違うと思うんですよね。人間は目と耳が繋がっている生き物だから。オーケストラから発射される音と、光とが、人間の中で違う化学反応を起こすっていうのが面白いなと思っています。
光=映像はこのプロジェクトの重要なアイテムだ。
落合:音楽に足りないものを映像で補っているのではなく、違う感じ方を引き起こしているという感じですね。なんだろう……。カップラーメンは部屋で食うのも美味いけど、屋根の上で食ったらもっと美味いとか……。違うな。京都の鴨川の納涼床で食う料理は、町の食堂で食うより美味しく感じたりするじゃないですか。そんなふうに、〝違う風景の中で見たらもっといい〟というものはいっぱいあります。その違う風景を映像が連れてきてくれる。そういうものだと思います。
まあ、多層性を増そう、みたいなことかなあ。いろいろ試しながら、やっぱりこの映像ではオーケストラに肩を並べられないなと感じる時もあるし、これならぎりぎり作曲家も許してくれるなというところまで行くこともあって、そこは見極めながらやっています。
プロジェクトで用いられる映像表現は、従来のような、あらかじめ作られた映像に合わせて音楽を同期させるのではなく、映像が、いわばその場でリアルタイムに生成されているのがミソ。ビジュアルデザインスタジオのWOWが制作した映像を、ステージ上のオーケストラと同じように、指揮者(海老原光)のタクトの下、“演奏”しているのだ。音楽の生演奏と同じ一回性がある。
その映像、さまざまなトライを重ねながら、回を追うごとに大規模になっているように見える。落合さんに取材したのは7月半ばのサントリーホール。今回の映像機材のテストが行なわれていた。朝一番で搬入された大量のLEDディスプレイのセッティングに軽く半日を要したため、制作中の映像を実際に映し出してのテストはわずか15分間。その15分のために、サントリーホールを1日借り切ったというのもすごい話だ。
今回はコンサートと並行して、ブルーローズ(小ホール)で 「落合陽一写真展<オーケストラと質量>」 も開催される。落合さんがいつもライカをぶら下げているのにお気づきの方も多いと思う。あの愛機とともに落合さんの感性が切り取ったプロジェクトの記憶。コンサートには配信チケットも用意されているが、これは会場だけで見ることができる特典だ。まだ他にも準備中の特別企画があるそうなので、ライブのお得感はさらに増量しそう。なんといっても、嗅覚や味覚はその場でしか味わえないのだから。ぜひサントリーホールに足を運んで、すべてをリアルに体験したい。
文=宮本明

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