演出&出演の吉田鋼太郎が語る、名作
中の名作『ムサシ』の魅力とは

日本を代表する演劇人、井上ひさしと蜷川幸雄。この二人が初めてタッグを組んだ、記念すべき舞台『ムサシ』が蜷川の七回忌追悼公演として上演されることになった。演出を手がけるのは、2009年の初演時からずっと出演者のひとりでもある吉田鋼太郎だ。まだ今回の稽古に入る前で準備を着々と進めている段階の吉田に、改めてこの演目への思い入れ、今回の上演に向けての気持ちなどを語ってもらった。
ーーこれが六度目となる『ムサシ』の上演です。それも今回は蜷川さんの七回忌追悼公演としてということなので、やはりそれだけこの演目に思い入れも深いということでしょうか。
そうだと思いますね、やはりすごい作品なので。テーマが普遍性を持っているし、なにしろ蜷川幸雄と井上ひさしの記念すべき初タッグの作品でもありますから。しかも蜷川さんの後期の演出の代表作でもありますし。そういう意味では本当にすべての要素が揃った、観ていただくには一番いいものだということで、七回忌にこの演目が決定したんだと思います。
ーー演出をされるにあたり、宮本武蔵役の藤原竜也さん、佐々木小次郎役の溝端淳平さんに期待していることは。
竜也の年齢が、劇中の武蔵とほぼ同じになったんです。2009年の初演時はまだ若かったんですよね。それは、演じるには若過ぎるという意味ではなくて。ただ、とうとう武蔵の実年齢になった竜也が、今回どういう進化を遂げるのであろうか、どれだけ深くなっているんであろうか。どれだけ精神的にさらに強い武蔵になっているんだろうかということが楽しみです。そして淳平に関しては、彼が初参加時(2013年)には約2週間と比較的稽古日数が少なかったんです。その後二回、彼は小次郎役をやっているんですがその時もやはり稽古日数は少なめだったので、おそらく淳平的にはちょっとまだよくわからないうちに本番を迎えてしまった感があったみたいで。とはいえ、ステージ数を重ねるにつれ徐々に淳平も小次郎という役が腑に落ちて来た様子だったので、そろそろ自分のものになってきた頃なんじゃないかとも思うんですよ。だから淳平にはこれからどれだけ自由に、藤原竜也を食う勢いでさらに勢いのいい小次郎を見せてくれるかということに期待しています。
吉田鋼太郎
ーーこれまで何度も公演を重ねているわけなので、今回はそこからさらなる深みを目指そうということになるのでしょうか。
そうですね。今、竜也の年齢のことを言っていましたが、白石(加代子)さんの場合は初演時にはたぶん70代。今回はなんと80代ですから。本当にすごいことですよ、これは。セリフ量も半端じゃないし、動きにしたって“加代ちゃん狂言”ともいうべき蛸踊りのくだりという見せ場がありますから。そこを今の白石加代子は果たしてどう見せてくれるんだろうか。それから鈴木杏がずっと乙女という役で出てくれていますが、初演時よりも年齢を重ねた上で同じ役を、今またどういう風に演じるのかということにも、とても興味が湧きますよね。
ーー演出的には蜷川さんの演出をベースにしつつ、ということになるのでしょうか。
僕が『ムサシ』を演出するのは今回が初めてになりますが、でも自分の色を足すとか、どこか変えるということは一切しません。オリジナル演出に限りなく忠実にやろうと思っています。ただ、初演時になかなか届かない井上さんの原稿を待ちながら、これは幕が開くんだろうかとドキドキした記憶が今もあるんです。それでも蜷川さんはまったく慌てず騒がず、ゆっくり、でも的確に作っていこうよとおっしゃっていた。そういう、新しいものを創造していくワクワク感とヒリヒリ感に包まれていた、あの初演時の稽古を改めて思い出さなければいけないなとは思っています。なにしろ何度も公演を重ねたことによって既にセリフも何もかもが身体に入っていて、いろいろな意味で慣れてしまっているので。その、慣れた感じは絶対に出してはいけないなと思うんですよ。ですから、演出というよりは僕の場合はちょっと舵取りをしていこうかな、くらいのつもりでおります。
ーー吉田さんから見て、井上ひさし作品と蜷川演出の相性の良さはどういうところに感じられますか。
まず冒頭シーンの、竹林が出て来てお寺ができあがるという蜷川さんの演出、あそこは井上先生はそういう風には想像されていなかったらしいんです。
吉田鋼太郎
ーーそうなんですか!
井上先生の、会話劇としてのセリフの面白さの中に、蜷川さんはスペクタクルを持ってきたわけです。井上作品にその要素を見つけ出した蜷川さんというのが、やはりすごいなと思いました。井上作品自体がそういうダイナミックさ、劇的なものをはらんでいたんでしょうね。つまり、互いに劇的な人同士が集まったからこそ、こういう作品が生まれたのだという、その相性の良さはとても感じます。
ーー蜷川さんが亡くなられてもう七回忌になるというのも、感慨深いです。
そうですよねえ。だけど蜷川さんから受け継いだ彩の国のシェイクスピアシリーズを演出していても、あるいは蜷川さんとは関係ない他のプロダクションに出ていても、どこか背後あたりに蜷川さんの存在を感じるんですよ。「ここは、それでいいのか?」「ちょっとそこ、長いんじゃないか?」みたいなことを、いつも言われている気がする。本当に、そろそろいなくなってほしいんだけど(笑)、でもきっといなくならないんです。この面倒臭さ(笑)。その影響力の強さはいまだに感じています。あと今、切に思うのは蜷川さんの芝居が観たい、ということ。いろいろ芝居を観ていると、もちろん優れた芝居も感動する作品もたくさんあるんだけれど、やっぱり蜷川さんの舞台に流れる独特のあの空気にもう一度触れたいなと、しみじみと思ってしまうんですよね。
ーー役者としては柳生宗矩を演じるにあたり、今回はどう演じたいと思われていますか。
ともすると、ふざけがちになるんですよ。それはこの役がどこまでもふざけられる可能性を持っているからなんですが。そこを、できるだけ抑えなきゃいけないと思っています。僕がふざけちゃうと、みんなふざけだすので(笑)。これまで演じてきた中で、最も真面目な柳生を演じてみようかと思っています。今回ちょっと真面目じゃん、笑いどころ少ないじゃん! と言われるようなところまで、思い切って行ってみたいですね。
ーー行けそうですか?(笑)
わからないです、あくまで希望です(笑)。
ーー改めてこの『ムサシ』という作品は、吉田さんにとってどういう意味を持つ、どういう作品だと思われていますか。
まずは井上先生が、それぞれのキャストに合わせてあて書きをしてくれた、非常に贅沢な作品であるということがひとつ。そしておそらく蜷川さんが、全身全霊をかけて取り組まれた渾身の演出であるということ。この作品は既にもう何回も再演を重ねているものですが、この先もずっと上演し続けなければいけない作品だと思っているんです。役者は年を取りますからキャストは入れ替わるとしても、作品自体は後世に絶対残すべきものですし。湾岸戦争のタイミングでも上演していて、その時は復讐の連鎖を断とうというところが響きました。このコロナ禍での上演は、SNSの時代でもあって、人が人を簡単に排除したり非難したりするようになり、そういうことを止める人、そこを調整していく人間たちは実は誰もいないんだということがわかってきたこの時代でも、この作品はやはり人の心に響くんじゃないかと思うんです。武蔵と小次郎を諫めるのは実は死者たちだったという構造になっているのも、非常に皮肉ですよね。じゃあ、死者にしか実は収められないのかと。そういう苦しみにあって死んでいった人たちが今生きている人間たちを導くなんて、と言ってみればとても皮肉なことですから。じゃあ、現実に生きている人間にはそれはできないんだろうかと考えてしまう。そういう内容でもあるわけで、こうして常に、今の世の中と呼応する作品なんです。なかなか、そんな作品も他にありそうでないんでね。そういう意味ではとても貴重な、これからも残し続けていかなくてはいけない大切な作品だと思っています。
吉田鋼太郎
ーーそういう点が、海外で上演されても絶賛されるポイントなのかもしれませんね。これまでの海外公演で、目の前のお客さんの反応はどのような感じでしたか。
たとえば笑いに関しても、日本よりもはるかに反応があるんです。N.Y.でもロンドンでもシンガポールでも。しかもカーテンコールの拍手や歓声だけではなくて、演じている最中にも「WOO!」って声が聞こえるんです。
ーー本番中に?
特にシンガポールなんてすごかったですよ。でもそれは要するに、最初に僕たちが台本を読んだ時の感想と一緒なんです。井上さんの本ってそうなっているんです。人々が「ウォ? イエイ! やったー!」って素直に思うように書いてある。でも日本人のお客さんって、どこかシャイだから。きっと世界の観客の中でもナンバーワンのシャイさだと思う。だから、日本ではおとなしめの反応でも海外では大盛り上がりで。言ってみれば構成はシンプルじゃないですか。そして随所に禅ダンスだとか、五人六脚という爆笑コーナーがある(笑)。そこでしっかり反応してもらえるとこの作品は、演じる側と観る側がさらに一体となって盛り上がれるんじゃないかと思います。
ーーでは最後に、お客様に向けてお誘いのメッセージをいただけますか。
井上ひさし先生が書き下ろし、そして蜷川幸雄が初めて井上ひさしと組んで演出をし、二人が持てる限りの才能を出し合って作り上げた芝居です。そして武蔵と小次郎という敵対する二人が、最後に刀を置くというところで終わる作品なんですけれども、その間にいろいろと笑える場面、泣ける場面、身を乗り出す場面が満ち溢れている、深いテーマのエンターテインメント作品となっています。今回、初めてご覧になる方はあまりの意外な展開、そしてあまりの面白さにビックリすることでしょう。既に何回もご覧になった方も大勢いらっしゃるかと思いますが、きっと「ここは、こういうことだったのか」と新たな発見ができると思いますし、そして改めて「やっぱり何回観ても面白いな」と思われるのではないかと思います。本当になかなか、こういう作品はこれからも生まれないんじゃないかというほどの、名作中の名作でございます(笑)。その作品に、初演時から演じております藤原竜也、鈴木杏、吉田鋼太郎、白石加代子、そして途中から参加している溝端淳平、それから塚本幸男、みんなでもう一度初心に帰って、さらにすごい作品を作り上げるつもりで稽古していきます。ぜひともお見逃しなきよう、お願いします!
吉田鋼太郎
取材・文=田中里津子  撮影=iwa

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