磯貝サイモン 祝・デビュー15周年!
 音色、メロディ、歌声、歌詞、アー
ティスト人生の新章開幕を告げるマス
ターピース『silver lining』を語る

祝・デビュー15周年。優れたシンガーソングライターとして、トップアーティストが絶大な信頼を寄せるサポートミュージシャンとして、才能豊かな楽曲提供ソングライターとして、第一線を走り続けてきた磯貝サイモンが、15周年を自ら祝う4年振りのアルバムを完成させた。“困難の裏側には必ず光がある”という意味の英語のことわざから取られた『silver lining』というタイトルのもと、ほとんどの楽器を自ら演奏し、レコーディングの模様を配信中継するという画期的な試みで作られた全12曲。アナログのあたたかみにこだわった音色、キャッチーなメロディ、胸を打つ歌声、そして素顔の磯貝サイモンらしさをさらけ出した率直な歌詞。アーティスト人生の新章開幕を告げる、マスターピース誕生だ。
――デビュー15周年、5作目のオリジナルアルバムが完成しました。4年振りですか。
今回のアルバムを作って、やっとスタート地点に立てたかな?と思っています。これまでは自分の中で芯になるものが弱かったというか、“何のために曲を書くのか? この曲で何を歌いたいのか?”とか、意外とふわっとしていたんですけど、このアルバムを完成させたことによって、確固たるものが見つかったような気がします。特に歌詞面ですね。もともとは歌詞を書くのが苦手だった自分からすると、やっと自分らしさを出して書くことができるようになったのかな?という意味で、スタート地点に立てたのかなと思います。
――それはすごく、大きな変化じゃないですか。
もう一つが、これは音楽面の話ですけど、今までは自分が作っている音楽に対して、どこか疑問を抱きながらポップスを作っていたんですね。ポップスは好きなんですけど、普段聴いているのはもっと野暮ったい音楽というか、フォーク、ブルース、カントリーがすごく好きで、そういう自分が趣味として好きな音楽を、自分が作る音楽に反映できないかな?と、どこかしらで思いながら、デビュー当時のイメージを引きずりながらやってきたところがあったので。前作は特にそうなんですけど、ゆずやflumpoolのサポートをやらせてもらい始めた時期で、バキバキのJ-POPに触れる機会が多くて、それに影響されて、前作は明るくパキっとしたサウンドの曲が多かったんですけど。今回は自分の趣味全開の楽器選び、音触りになっていますね。
――それは、音を聴けば、はっきり出ていると思います。
とはいえ歌ものですし、“そんなに変わってないですよ”と言われちゃうのかもしれないけど、僕の中ではよりオーガニックな音触りにできたという気がしていますね。なので、音的にも歌詞的にも、初めて納得できる作品ができました。いつもは完成したら聴かなくなっちゃうんですけど、今回は何回も聴き直しているぐらい、すべてにおいて納得のいく作品ができました。

――アルバムは全12曲。すでにライブで披露している曲も、かなり入っていますよね。
前作のあとに作った曲がここに入っているということなんですけど、作った時期は違えども、今回のアルバムは“生きる”ということがテーマになっています。僕は今年で38歳になるんですけど、30代後半は人生を見つめ直す時期でもあるかなと思っていて、実際そういう機会も多いので、おのずとそういう曲が増えてきた。4年間かけて作りましたが、テーマは一貫しているのかなと思います。クリスマスソングもありますけど(「ミセスクロースのねがいごと」)、あれも誰かに“仕事の忙しい旦那さんを家で待つ奥さんの歌とも取れるよね”と言われて、“確かにそうかも”と。そんなつもりで書いてはいないんですけど。そういった人生の1ページを描いているとも言えますし、ラブソングもいくつかありますけど、それも“生きる”ということにぶら下がっているラブソングだなと思います。
――このアルバムはほぼ、プライベートスタジオ「hitoride studio」でのワンマンレコーディング。しかもレコーディングの様子を生配信してファンと共有するという、画期的な試みも見せてくれました。
レコーディングには手間暇かけましたね。アナログのテープをたくさん使ったんですよ。1トラックずつ、まずカセットMTRに通して、さらにオープンリールを通して、二重でアナログテープに通しています。カセットMTRは同時に録音できるのが8トラックまでで、曲によっては100トラックぐらいあったので、10回以上通さなきゃいけないんですよ。しかも実時間がかかるので、ずーっと待ってて、巻き戻して、みたいな作業の繰り返し。大変でしたけど、どんどん音が良くなっていくのがわかるので、楽しかったですね。特に「web」と「skylark」に関しては、デジタルミックスが先行リリースされているので、ちゃんとした良い音の環境で比較していただければわかると思います。そこで“違うから何?”となるのか、“こっちのほうがいい”となるのかは聴く人次第ですけど、これまでのCDとは比べられないくらい、あたたかい音になっているので。苦労が報われたかなと思います(笑)。
――1曲目「silver lining」が、インストに乗せた“語り”から始まりますね。こういうコンセプチュアルな構成も、今までのアルバムにはなかったものだと思います。
もともと、この曲を作る予定はなかったんです。ほかの11曲は全部配信で、レコーディングの様子をお客さんに見てもらっていたんですけど、せっかくアルバムを出すのなら“サプライズで1曲用意したいな”と思った時に、すでにトータルで60分を超えているし、これ以上普通の曲を足すのは厳しいだろうと。そこで、前々からやってみたかったことなんですけど、アルバムの頭をインストゥルメンタルで始めて、導入部があってから実質的な1曲目が始まるということをやってみました。今までは僕に技量がなくてできなかったんですけど、去年から始めた『コックピット訪モン』という配信番組で、毎回必ずジングルのような音楽をその場で作って、見てくれた人にダウンロードでプレゼントすることで、経験を積むことができた。セリフはあとで乗せたんですけど、今回のジャケットがこういう感じで、“飛行船みたいだな”と思ったのがきっかけで、“こちらシルバーライニング号。応答せよ”とか、そういう言葉を入れてみたら面白いと思って、作っていきました。音楽の抑揚と、選ぶ言葉のマッチングが難しかったですけど、結果的に映画の劇伴のような音楽になって、良かったなと思います。
――そこからの2曲目、実質的な1曲目は「耳鳴りを止めてくれ」。最初に話していた“やっと自分らしさを出して書くことが出来るようになった”というものが、ここに全部出ていると思います。《「お前は何のために生まれてきたんだ」》と自問しつつ、最後は《幸せになるんだ絶対》で締めくくる。曲調は洗練されたグルーヴロックで、歌詞はすごくストレートでシリアス。
15年やってきて、うまくいかないこともたくさんあって、そんな中での心の叫びを歌詞にしました。と、受け取ってもらえたらいいなと思いながら、野暮ったい説明はあまりせずに聴いてもらおうかなと思っております。
――この曲と、5曲目「平和ボケのこのシマから抜け出せ」は、特にぐさっと来ますね。コロナ禍で頑張る人の心に、強く響くと思います。
まさにこの2曲は新しく、去年作ったものです。「平和ボケのこのシマから抜け出せ」は、言葉選びも含めて、自分が作詞家として書きたいことが爆発できたかなとは思います。
――タイトルからして挑戦的な、こういうワードは今まであんまり書いてこなかったですよね。
“あんまり”どころか、なかったと思います。作詞でお仕事をすることもありますけど、自分の曲だと自由に書けるから楽しいなと思いながら書いていましたね。響きから出てきた言葉をちゃんと歌詞に落とし込めて、意味も繋がっているものができたので、自分なりに達成感はあります。……でもね、実は僕、歌詞を書き終えると、書いた時の記憶がほとんどなくなっちゃうんですよ。だから、どういう気持ちで書いたのか?という具体的なものが全然思い出せない(笑)。
――歌詞についていろいろ突っ込もうと思っていたんですけど、じゃあ一つだけ(笑)。個人的にすごく好きな曲が、11曲目「ありんこみたいに生きていこう」なんですけど、これってなんでありんこだったんですか。ほかの生き物ではなくて。
あー、えっと、今言ったようにほとんど記憶がないんですが(笑)。たぶん、ありんこみたいなか弱い生き物をたまたま公園かどこかで見ていて、その時に書いたわけではないですけど、ありんこの行列を見ていた時は確かにあって、“ありんこの曲でも作ってみようかな”と思ったんだと思います。ありんこを見ていたら、ちょっとせつなくなって、彼らの人生は人に偶然踏まれただけで一瞬で終わるわけだしな、みたいなことを思ったら、一匹ずつ歩いているありんこがいとおしく思えてきた。ということがたぶんあって、時が経って、気づいたらありんこの曲を書いていたんですね。
――なるほど。
たぶんそうだと思うんですけど、なんでありんこの曲になったんだろう? 不思議ですよね。僕が自分で書いた歌詞は、まったく自分で書いたとは思えないです。さらっと書いたのか時間をかけて書いたのかも覚えてないですけど、「ありんこみたいに生きていこう」はたぶんさらっと書いたはずです。一気に最後まで書き上げたんじゃないかな。
――同じメロディの繰り返しで、どんどん盛り上がってゆく。ゴスペルとか、フォークバラッドとか、そういう曲調と同じ高揚感を感じました。
この曲はアレンジが大変でした。7分53秒もあるので、どう盛り上げていけばいいか?を考えて、結局演奏の力だけで盛り上げようと思ったんですね。だから最後までコーラスを入れずに、演奏の強弱だけで盛り上げていく。一番弱いところから、ちょっとずつ大きくして、最後にグワーッと盛り上げるところをコントロールしながら、レコーディングしました。それも、フェーダーを動かして音を上げているんじゃなくて、手で弾く力で調整しているんですよ。それも全部配信上でやったので、お客さんはその瞬間を見ていると思います。これができた時は“来たな”と思ったんですけどね。7分53秒もあるので、ラジオで流してもらえないのが残念です(笑)。
――トータルで63分くらい。久々に、じっくりアルバムを聴いた実感がありました。
僕の中でも最長だと思います。
――この曲たちが、世の中のどんな人に響くとうれしいですか。
特に、毎日忙しい人に、ちょっと立ち止まって聴いてほしいアルバムですね。まさに自分もそうなんですけど、振り返る暇もない、毎日をあくせく頑張って生きている人たちに“ちょっと待ってくれ”と。“60分、時間をください”と言って、聴いてもらいたいアルバムだなと思いますね。特に最近の流行りとして、歌詞があまり重要視されない傾向にありがちだと思うんですけど、今回は歌詞カードを見なくてもちゃんと伝わると思います。“今回は”というか、もともと自分のやりたい音楽は、歌詞を見なくとも自然と耳に入って来ざるをえない曲を目指しているので、さらっと聴いただけで言葉が耳に入って来る感じであるといいなと思います。毎日忙しくて、音楽を聴く余裕もない人にも、パッと耳に入った時に“今何て言った?”みたいな、耳に止まってくれるといいなと思います。
――まさにそういうアルバムだと思います。次はぜひ、この曲たちをライブで聴きたいですね。
このインタビューが出る頃には、11月22日の15周年記念ライブは発表していると思います。CDの帯の裏に情報を入れているので、お客さんはそれを見て知るという形ですね。そのほかにもいろんな計画があるので、決まり次第みなさんにお伝えします。15年間、ここまでなんとか止まらずに活動できているんですけど、やっとアルバムも完成して、また次の階段を昇れたかなと思っていますね。アルバムを作ったあとは、いつもだったら“もうしばらくいいわ”と思うんですけど、今回はすぐ次を作りたいと思っています。そういった意味で、ちょっとは変化が出てきているかもしれないですね。
アルバム『silver lining』
――あと、そうそう、この美しいアートワークの話も、最後に触れておきたいです。これは、あおきさとこさんという染色家&デザイナーの方の作品なんですね。
彼女は京都在住で、とあるアートフェアで僕が審査員をやらせていただいた時に、僭越ながら「磯貝サイモン賞」を贈らせていただいた方です。それが2019年で、今回やっとコラボレーションが実現しました。ジャケットに写っている作品は、これがとにかくすごいんです。今回のアルバムのデモを聴いていただきながら、その場の雰囲気で布をひと思いに染め、さらにその布をUVレジンという素材で固めたそうで、飛行船のような形をした作品が生まれました。背景にあるのもその布です。この飛行船が出来上がってから、ジャケットデザインが始まったので、いったいどんなデザインになるのかは最後の最後まで僕も読めなかったので、とてもワクワクしました。芸術家の方とコラボレーションするのは初めてですけど、お互いがアーティストの肌感で会話をするので、とても刺激的でした。結果、今回のアルバムの軸にもなるジャケットになったので、良かったなと思います。でもね、これ、実は後付けなんですよ。“飛行船を作ってもらった”と言っているんですけど、実際にそう頼んだわけではなくて、あおきさんも飛行船のつもりで創作したわけじゃないんです。あくまでアルバムのデモを聴いて、感覚的に創作していただいたのがこの作品。たまたまこの形になって“飛行船っぽいな”と思ったのも、この写真を撮ってからなんです。たまたまこの1枚が撮れて、“これいいじゃん”ということになり、たまたまそれがジャケットになった。いろんな意味で、その時生まれたグルーヴがここにあって、良かったなと思いますね。
取材・文=宮本英夫

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