桐谷健太「感情やエネルギーを波動と
してしっかりと響かせたい」 12年振
りの舞台出演『醉いどれ天使』インタ
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名匠・黒澤明監督の映画『醉いどれ天使』(1948年)が三池崇史演出、蓬莱竜太脚本、桐谷健太出演で舞台化されることになった。桐谷が演じる闇市の顔役・松永は、映画では世界的な名優・三船敏郎が演じている。物語の時代設定は戦後。結核を患っている松永は酒好きの医者・真田に治療を受けるが、なかなか言うことを聞かず生き急いでいるように見える。そんな松永と真田の心のふれあいや焼け跡で生きる姿を描く。今から70年以上前の映画ながらいまだに黒澤✕三船作品の印象が強烈である。舞台化に当たってこの物語をどんなふうに表現するのか。2009年『恋と革命』以来12年ぶりの舞台出演となる桐谷に、『醉いどれ天使』のポスター撮影が行われた日、役衣裳とメークに身を包んだままで、今、この映画を舞台化する意味、そして、彼自身が舞台に立つ意味を聞いた。
ーー出演依頼が来たときどう感じましたか?
映画は見ていましたし、主演された三船敏郎さんのことも僕が俳優デビューする前から当然知っていました。それを今回、三池監督が演出されるということで、僕が俳優としてこれまで通って来たいくつかの点がつながったような感じがしました。例えるなら、川と川が合わさってさらに大きな川になるような感覚でしょうか。
ーー有名な作品に対するプレッシャーはなかったですか。
プレッシャーはあまり感じていません。お引き受けした以上、自分が今、やれるすべてを出し切ろうと思うだけです。
桐谷健太
ーー舞台の内容は映画版と同じなのでしょうか? 違う部分もありますか。
以前、映画を見た印象と、舞台の脚本を読んだ印象はずいぶん違いました。映画を見たときわからなかった答え合わせが舞台版でできたような気がしたんです。僕がもっと映画を細かくじっくり見ていれば気づけたことかもしれませんが、詳しい時代背景や役の感情で一見しただけでは理解できないところがあって。それが舞台の脚本を読んだらすっと入ってきたんです。おそらくですが、戦後間もなく作られた映画では、戦後の状況が誰もが共有できたので、ある程度、説明を省略していたのではないでしょうか。例えば、僕が演じる松永が、なぜ頑なに結核の治療をしないのか、僕は映画を見たとき疑問でしたが、舞台版の脚本を読むと、松永は戦地で生き残った人物で、当時、生きて帰って来ることは恥とされていたため負い目を感じていたことがわかります。戦中や戦後間もない時代と現代では命の価値観が違う。そういうことがちゃんと誰もがわかるように踏み込んで書いてある蓬莱竜太さんの脚本はすばらしく、僕はとても好きです。
ーー松永をどういう人物と捉えていますか。
生と死の間で葛藤している人物だと思います。戦争から生きて帰って来たことへの後ろめたさから、故郷に残した母親にも会いに行けず闇市で裏稼業をして生きている。でもいつかは会いに行きたいと思っているんです。生きて帰って来たことをなぜそこまで恥に感じるのかと言うと、戦場で仲間たちが死んでいくのを目の当たりにしていて、やっぱりそれは地獄のような光景だったことでしょう。現代の僕らはそういうことを知らないけれど、深く想像したり、経験した人に話を聞いたりすると眼を背けたくなります。その時の松永の感情を掘り下げて表現するには凄まじいエネルギーが必要です。毎日それだけのエネルギーを発して演じ続けたら、千穐楽を迎えたときには15キロくらい痩せているかもしれません(笑)。それどころか千穐楽までやりきって生きて帰れるか……。いや、そんなふうに千穐楽まで保たせようと計算したらダメなんじゃないかとも思います。何も考えず、毎日、その日限りという気持ちで思いきりぶつかっていかない限り、太刀打ちできないのが松永という役のような気がします。
桐谷健太
ーー舞台出演は久しぶりですよね。
『恋と革命』(坂元裕二脚本)以来、12年ぶりです。今回が2回目で、舞台ではド新人ですけれど、生(ライブ)の感覚は舞台でしか味わえないものですし、昨今、ますます大切になっている気がしていますから、今やる意義を感じています。コロナ禍もあって、舞台は気軽に観に行けるものではなくなっていますが、物語の内容のみならず、役者や作り手のエネルギーがステージから客席に伝わって、劇場を後(あと)にした時、少しだけ足取りが変わったり、見上げた空の見え方が変わったり、あの人に会いたいというような気持ちが芽生えたり、劇場に入る前と後にした感覚が変わる作品になればいいなと感じますし、そうなるように挑みますので、是非、劇場に足を運んでいただきたいです。
ーー映像と舞台では演じ方が違うものですか。
舞台は12年ぶりですし、まだ稽古に入ってないのでわからないですが、やり方として変える感覚はそれほどないです。実際、稽古して、舞台に立ってみたら映像と変わるかもしれませんし。ただ会場の隅々にまで感情やエネルギーを波動としてしっかりと響かせたいとは思っています。今、自分の出せるものすべてを出し切ることで、新たな何かが出てくるような期待感があって。それはドロっとしたものなのか影なのか光なのかまだわかりませんが、ノンストップでやることで自分の予期してなかった感覚がどんどん湧き出てきたら、ストッパーをかけることなく素直に出るに任せたい。もしかしたら、稽古中には感じなかったことを本番で感じたり、自分でも想像してなかった松永が出てきて止まらなくなったりする可能性もあります。そこを自由にさせてあげることで、自分の役者としての感性が広がっていくのではないかと。その発見が今後の芝居の仕方、物事への感じ方とらえ方に変化をもたらすかもしれません。今回の舞台は僕の俳優活動のキーポイントになると思っています。
ーー三池演出に期待することを教えてください。
三池作品は僕が俳優デビューする前から観ていて面白い作品を撮る方だと思っていたし、『クローズZERO』(2007年)、『クローズZEROII』(09年)で演出も受けています。三池さんが映画を舞台化する上でどんな美術を選択し、どんなふうに演出をされるのか興味深いです。シンプルで面白いものを撮られるので、舞台でもそういった強さが感じられるものになるのではないかとワクワクしています。舞台で一緒に風を吹かせたいです。
桐谷健太
ーー医師・真田役の高橋克典さん他、共演者の方々の印象はいかがですか。
宣伝ビジュアルの撮影を高橋克典さんとご一緒した時、笑顔のかわいさが印象的でした。独特の包み込んでくれるような優しさで接してくる高橋さんに真田の核のようなものを感じました。僕が演じる松永はそれを跳ね返すような獣のような感じを出しつつ、次第に真田の情の深さが心地よくなっていく様を見せられるのではないかと思いました。岡田役の髙嶋政宏さんはドラマでご一緒したことがありますが、はじめて共演する方々もたくさんいます。本読みもまだしていないので、皆さんがどういうお芝居をするかわかりませんが、個性的な皆さんに思い切りぶつかっていくことで、相乗効果が生まれることに期待しています。
ーー見どころになりそうなところはどこでしょうか。
松永という男の悲しさや不器用さも見てほしいですが、彼を取り巻く時代背景にも注目してほしいですね。戦争という不可抗力に近い経験をした人たちは、一日一日が今よりもずっと濃かったと思うんです。明日があるかもわからず、生きているだけで幸せな状況下にいる人間の強さや熱さや獣のような感覚をお客さんに見せることができたら……。今の時代も戦争とは違った意味でどうしたらいいかわからない状態にあって、ある種、自暴自棄になったり暗い気持ちになったりしている人たちが多いと思うんです。世界を変えることはすごく難しいけれど、自分が変われば世界は変わる。例えば、死や生を意識することで、一日の終わりや朝目覚めたときに少しだけ希望の光が輝くかもしれない。その光を舞台から感じ取っていただければ嬉しいです。
桐谷健太
取材・文=木俣冬   撮影=荒川潤

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