【観劇レビュー】劇団四季最新ミュー
ジカル『アナと雪の女王』「僕たちは
乗り越えられる!」

2021年6月24日(木)、JR東日本四季劇場[春]にて開幕した劇団四季の最新ミュージカル『アナと雪の女王』。同名のディズニーアニメーション映画(2014年日本公開)を基に製作されたミュージカル版は、2018年のブロードウェイ初演以来、多くの都市で”アナ雪旋風”を巻き起こしてきた。
レビューを綴るにあたり、アニメーション映画版が日本での興行収入・255億円を超える大ヒット&社会現象となったことも踏まえ、一部ストーリーラインに踏み込んだものになることを先に記しておきたい(もちろん、劇中で起こるさまざまな”魔法”については秘密にするという前提で)。
<物語>
アレンデールの幼い王女、エルサとアナは仲の良い姉妹。が、ある時エルサは雪や氷を操る自身の魔法で妹・アナを傷つけてしまう。王と王妃はエルサが魔法をコントロールできる方法を知ろうと船旅に出るが事故で帰らぬ人に。心を閉ざして部屋に閉じこもったままのエルサと姉の心を開こうとするアナ。いつしか時は過ぎ、エルサが女王となる戴冠式の日がやってきた。
さまざまな国から祝いの使者が訪れる中、サザンアイルズのハンス王子と出会ったアナは一気に王子と意気投合。ふたりは結婚の承諾を得ようとするが、エルサは妹の身を案じ申し出を拒否。言い争いの中で感情を抑えられなくなったエルサはふたたび強い氷の魔法を放ってしまう。その様子を見て怪物と騒ぐ人々。エルサは城を逃げ出し、氷の山へとひとり向かう。それを追うアナと山男のクリストフ、トナカイのスヴェン、そして姉妹が幼い頃に作った雪だるまのオラフ。雪と氷の中で自身の力を解き放ち、自由に生きると宣言するエルサだったが、姉妹はふたたび、心を通わせることができるのかーー。

劇団四季『アナと雪の女王』【撮影:阿部章仁、(c)Disney】

エルサ役の岡本瑞恵は妹への強い想いや国民への責任、自らのアイデンティティのはざまで葛藤する女性像を時に力強く、そして繊細に魅せる。本作の見どころのひとつ「ありのままで」の歌唱で、すべての抑圧を自身で解き放ち、自分らしく生きると宣言するさまは圧倒的だ。
アナを演じる三平果歩はとにかくチャーミング。大きな瞳がくるくる動く様子や、ハンス、クリストフと堂々と渡り合う場面は見ていて気持ちがいい。持ち前の明るさとコメディセンスで”夏”を象徴するプリンセスを堂々と演じていた。
姉妹を取り巻くふたり。クリストフ役の神永東吾はこれまで多く演じてきたヒーローモードの役柄とは一味違う野性味あふれた山男を好演。ハンス王子を演じる杉浦洸は確かな歌唱力とその凛々しさで説得力のあるキャラクターを構築。一瞬、ミュージカル版のハンスは正統派プリンスに変更?と思わされたほどだ。
ミュージカル『アナと雪の女王』の見どころは多岐にわたる。たとえば映画版でもおなじみの「雪だるまつくろう」「生まれて初めて」「ありのままで」等のナンバーに加え、2幕でエルサが歌う「モンスター」をはじめ、12曲もの新曲が作品世界を深めていることや、プロジェクションマッピングとLED照明、映像を駆使した最先端の演出、そして劇中で目を奪われる”魔法”の数々。そんな見どころを挙げていけばキリがないのだが、ここでは物語の構造に注目してみたい。

劇団四季『アナと雪の女王』【撮影:阿部章仁、(c)Disney】

劇団四季がディズニーと初めてタッグを組んだのは1995年の『美女と野獣』。そこから『ライオンキング』『アイーダ』『リトルマーメイド』『アラジン』『ノートルダムの鐘』と、これまで25年に渡り6作品で両者はパートナーシップを結んできた。
今回、ミュージカル版の『アナと雪の女王』を観て、あらためて時代の変化を強く感じた。というのも、本作で描かれる”愛”はいわゆる”プリンセスとプリンスの恋愛”ではなく、”わかり合えなかった者たちが一歩踏み出すことで強い絆を得る”ことや”自分と違う生き方の他者を受容する”という”愛”だからだ。
特にディズニー初期のアニメーションに見られる「王子さまはお姫さまを優しいキスで救い出し、ふたりはいつまでもお城で幸せに暮らしました」といったストーリーは『アナと雪の女王』には一分もない。プリンセスを助け、守ってくれるはずの王子は策略を胸にアレンデールにやってた人物だし、アナとともにエルサを探す旅に出るクリストフも、アナの凍った心と身体を溶かす”真実のキス”の相手とは少々違う。アナとクリストフの旅の道中、氷の吊り橋で体力的にも劣るはずのアナが彼を助け、ふたりが五分の力関係で進む場面は本作において象徴的なシーンといえる。
また、エルサとアナの関係性も興味深い。ふたりの心の距離は確執や誤解といったネガティブな状況から生まれたのではなく「相手に近づけば近づくほどその人を傷つけてしまう」という複雑な感情から発生したもの。妹を大切に思うがゆえにアナから距離を取ろうとするエルサと、大好きな姉の心に傷があるのならともに乗り越えたいと願いつつ、どこか遠慮もあるアナ。
エルサとアナの本音を伝えず相手を気遣うことでコミュニケーション不全に陥るこの関係性は、リアルよりSNSのようなデジタル世界でのやり取りが増えた私たちにどこかリンクするようにも感じた(そもそも、物語の芯であるエルサとアナ、ふたりが同時に舞台上に存在する時間も非常に短い)。だからこそ、アナの凍った心と身体を溶かすのが、妹を想うが故に距離を取ってきたエルサの涙という展開が胸に刺さるのだ。他者との壁を取り払うために、自身が傷つくことを恐れず一歩踏み出す勇気ーー。本作で描かれる”愛”の形はそれである。

劇団四季『アナと雪の女王』【撮影:阿部章仁、(c)Disney】
と、ここまで書いたが、ミュージカル『アナと雪の女王』が面白いのは、こうした物語の構造をさまざまな視点で楽しめること。小さな子どもから大人まで、それぞれの経験値に合わせた鑑賞が可能な作品だと思う。北欧をイメージした美しい舞台装置や音楽、雪だるまのオラフやオーケンの店でのヒュッゲ、隠れびとの場面など、姉妹のシリアスな物語にふと息を抜いて楽しめるシーンも織り込まれているし、なにより最新技術と人力とを組み合わせた”魔法”の数々には目を奪われる。特に1幕ラストの「ありのままで」でエルサが放つ”魔法”は最高だ(この”魔法”に関しては、できれば予備知識を入れずに体感して欲しい)。
当初、劇団四季の『アナと雪の女王』は2020年9月にJR東日本四季劇場[春]のこけら落としとして上演される予定だったが、コロナ禍により海外クリエイティブスタッフの来日が叶わず、約9か月の初日延期。出演予定者たちも不安な日々を過ごしたという。
それらを乗り越え、華々しく開幕を迎えた本作。チケット発売日には23万9000枚の販売を達成し『アラジン』の初動記録を更新した。これは先の見えないエンターテイメント業界全体に大きな光を与えるニュースだったと思う。開幕予定だった2019年の秋と2021年の今とでは”凍った世界”の持つ意味も変わる中、エルサとアナが新劇場にかけた”魔法”の意義は大きい。
さて、ここで本レビューのタイトルに注目していただきたい。「僕たちは乗り越えられる!」とは、ある登場人物がピンチに陥った仲間に語るせりふだ。わたしにはこの一言に出演者やスタッフ、関係者の本作への思いが詰まっているように感じられた。ぜひ、劇場でその答えを見つけて欲しい。
※文中のキャストは筆者観劇時のもの
取材・文=上村由紀子(演劇ライター)

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