ピアニスト・吉見友貴、渡米前のリサ
イタルを控え思いを語る

2021年8月7日(土)、ピアニストの吉見友貴が浜離宮朝日ホールでリサイタルを開催する。吉見は2020年9月にアメリカのニューイングランド音楽院に入学し(この1年はオンライン受講)、今年5月にはエリザベート王妃国際音楽コンクールに出場。セミファイナル進出を果たし、上位12名に選ばれた。
まさに今変化の中にいる2000年生まれのピアニストが、渡米前最後のリサイタルを目前にし、何を思うのか。環境の変化やコンクールを経て得た手応え、これからの目標、そしてリサイタルへの意気込みを聞いた。
音楽への姿勢が変わった1年
吉見友貴
――昨年も「SPICE」にてインタビューさせていただきました。この1年でさまざまなことがあったのではないかと思います。演奏面やマインド面での変化をお聞かせください。
本当にたくさんのことがありました(笑)。まず大きな変化として、2020年9月からアメリカのニューイングランド音楽院に入学しました。とはいえ授業やレッスンはオンラインで行われていたので結局日本にいましたが、オンライン越しでも仲間との出会いがあり、想像した以上に充実した学生生活を送っています。そして何より、新しい先生と出会うことで、自分の音楽に対する考え方も大きくなったと感じています。
――「大きくなった」というのは。
日本では「一音一音を丁寧に」というふうに教わってきたのですが、アメリカの先生は何より表現を重視するんです。「そんなに真面目に弾いてどうするの?」と言われるくらい。「音楽から何を心で感じて、どんな風景を思い浮かべて、どんな思いが湧き上がったのか。それを音に乗せるだけだ」と。自分のイマジネーションを広げることで、音楽の幅も広げていく。その大切さを知りました。
――今年の5月にはエリザベート王妃国際音楽コンクールに出場され、セミファイナル進出を果たしました。コンクールが始まる前はどんな心情だったのでしょうか。
初の海外コンクールだったので、いろんな不安がありました。ヨーロッパに足を踏み入れるのも初めてだったし、このご時世なので水際対策も厳しく「きちんと入国できるのかな」とか。
もちろん、演奏面も不安で。でもコンクール前、師事している伊藤恵先生のレッスンを受けた際に、「もちろん緊張もすると思うけれど、自分のために大きくて素晴らしい舞台が待っているんだから、自分の音楽を表現するしかないよ」と言葉をいただいて、すべてが吹っ切れましたね。自分には国際コンクールの実績もない、それなら、とにかくいい演奏をすることで結果を残そう。やれることはやろう、と決意できました。
コンクール中は、やはり期間も長く、辛かったりもしました。特にセミファイナルでは、リサイタルプログラムとコンツェルトが重なっていたので……。その中で自分の世界をいかに表現するのか、たくさんのことを考えながら、音楽との向き合い方も意識することができたので、非常に濃密な時間でした。
結果はファイナル一歩手前で敗退でしたが、セミファイナルに出場できる12人に選ばれたのは貴重な経験でしたね。
――印象的な瞬間や舞台はありましたか?
やはりコンツェルトでしょうか。本番はもちろんですが、前日のリハで初めてオーケストラと合わせたときに、ピアノの出番が始まる前のオケのトゥッティ (tutti)を聴きながら、「ここが自分の夢見てきた場所なんだ」と実感して。次の日のステージが一層楽しみになりました。
――リサイタルやコンクールでのプログラミングには非常にこだわりを見せる吉見さん。コンクールでもこだわりましたか?
はい。1次予選は課題曲でしたが、次のセミファイナルは自分で組み立てました。(ショパン《舟歌》、ラヴェル《鏡》より第1曲〈蛾〉、ジョドロフスキ《夜想曲》、プロコフィエフ《ピアノ・ソナタ第7番》)
やはりコンクールなので、自分の良い面を出していこうと意識しましたね。素の自分を載せられるように演奏経験の多いショパン《舟歌》、色彩感にこだわったラヴェル〈蛾〉。そして新曲課題でジョドロフスキの《夜想曲》。ここまでの3曲は「静」を意識し、最後は「動」を表すプロコフィエフの《ピアノ・ソナタ第7番》で締め括りました。
こだわり抜いたプログラミング

吉見友貴ピアノ・リサイタル2021

――セミファイナルのプログラムは2つ用意されていたそうですね。演奏しなかった方の幻のプログラムが、今回の浜離宮朝日ホールのリサイタルで披露されることになります。
はい。やはりせっかく準備していましたし、プログラムの後半で弾くことにしました。それに、コンクールをみてくださったファン方々から「弾かないんですか?!」と言われていたので(笑)。
――今回のリサイタルでの選曲はどのような意図がありましたか?
まずはリストの《暗い雲》。リストが晩年に書き、無調に近い作品です。次に続くピアノ・ソナタ(ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178/リスト)にすっと入っていけそうだと思い、チョイスしました。
そしてそのピアノ・ソナタは、深遠な世界観を帯びていて、まるで人生そのものが表れているような作品。それは必ずしもリストの人生ではなく、演奏する人の人生に委ねられている気がします。僕も何度も演奏してきましたが、そのたびに感じるものも違い、弾くたびにアップデートされている気がします。今回は渡米前という節目にあたるので、今弾くのにぴったりです。
――前半にはバッハ《主よ、人の望みの喜びよ》《われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》、そしてドビュッシー《前奏曲》第2集の全曲を演奏されます。後半との関連性は?
僕は前半と後半を分けて考えているので、関連性はありません。前半に関しては、浜離宮朝日ホールの持ち味である素晴らしい響きを生かせるプログラムにしました。
まずバッハの2曲は、「暑い日に自分が聴くならどんな音楽がいいだろう」と考えて選曲しました。そしてドビュッシー《前奏曲》第2集は、鮮やかだけどヴェールにかかったような独特の響きが特徴。それを響きの良いホールでうまく体現できればと思っています。ドビュッシーはこれまで演奏機会が少なかったので、新たな僕の一面を見ていただけるのではないかと。
――吉見さんは音楽や作品に対してしっかり言葉にされています。確か、以前のインタビューでは作品のリサーチが好きだとおっしゃっていましたね。
はい。本やインターネットで、時代背景はどうなのか、当時の人々はどうやって生きていたのかなどを調べます。しかし、そこで満足しないようにしていますね。大切なのは、調べたことに対して自分がどう感じたか。自分の言葉にすることでやっと作品を理解できるので、その一連が僕なりの「リサーチ」です。
――言葉にするためには、ベースにある考え方や思想、教養なども重要になるのではと思いますが、それを培うために心がけていることは?
実は、特別に何かしているわけではなくて……(笑)。ただ、僕は何事に対しても深く考え込む癖があります。例えばニュースをみていても、さらっと流せず、内容についてすごく考えてしまう。それは音楽にも生きているのではと思います。
――音楽史に興味があるとか。
そうなんです。作品をリサーチすると音楽史、そして世界史が見えてきておもしろいですよね。この間アメリカの先生に教わり印象深かったのが、ロシアの19世紀末〜1920年代ごろ、文学界隈を中心に訪れた「銀の時代」です。独裁的な政治が行われる中、作家や芸術家がいかに自分を表現するのかが色濃く追求された時代。興味深く思って、レッスン後すぐに古本屋に行き、それに関する本を買いました。
――まさに表現の必要性を認識されているからこそ、吉見さんに合致していますね。
今は「うまくなりたい」これから目指す演奏家像
吉見友貴
――リサイタル後に渡米されますが、アメリカで実現したいことや学びたいことは?
アメリカはたくさんの文化が集結している国なので、音楽に限らず刺激が多そうでワクワクしています。住む環境や空気がガラリと変わるので、人間としての深みも出てくるのかな?と思ったりしています。
――前回のインタビューでは目標について「今を大事にしたい」とおっしゃっていましたが、それは変わりませんか?
はい、あまりベースは変わりません。ただ、一つ言えるのは、「とにかくうまくなりたい」。
どんなふうにうまくなりたいのかは、言葉にするのが難しいですが。
――では、目標にしている演奏家は?
ピアニストの内田光子さんです。大好きです。というのも近ごろ、テクニックやエンターテインメント性が色濃い演奏家も多いと感じていて。しかし内田さんは、作品本来の姿を生み出すような演奏をされるんです。一度カーネギーホールで、彼女のシューベルトのソナタを聴いて、思わず大号泣したくらい。僕の憧れです。
――なるほど、そこから吉見さんのなりたい演奏家像も見えてくるのではないでしょうか。
そうですね。僕は、テクニック的にうまくなりたいわけではないんです。弾くこと自体は当たり前の行為で、その上で「音楽」をする。音楽そのものがうまい演奏家になりたいです。
コロナ禍で「自分は演奏家だけやっていていいのかな。演奏にとらわれず、他のフィールドも視野に入れた方がいいのでは」と考えたこともありました。とにかく今は勉強したいことがたくさんあるので、いろんなことに触れて、人として成長して、マルチな人間になりたいです。得たものはすべて音楽に結びついてくると思うので。
あとは、縛られたくない。ピアニストだから黒髪じゃないとダメ、とかではなく(笑)。あくまでも音楽を届ける姿勢はぶれないでいたいです。
――最後にリサイタルの聴きどころとメッセージをお願いします。
5月のコンクールを経て、視野が広がり演奏も変わってきている段階にあるので、このリサイタルでは新たな一面を見ていただけると思います。中でもリストのピアノ・ソナタは、一番聴いてほしい。音楽というのは、自分のすべてを捧げなければ演奏できません。「魂を売る」と言うと大げさかもしれませんが、それくらいの気持ちでのぞみます。たくさんの方にお会いできるのを楽しみにしています!
――ありがとうございました!
取材・文=桒田萌

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