芥川也寸志&武満徹の傑作スコア~映
画音楽CD『太平洋ひとりぼっち』音楽
大全、完成記念対談

日活全面協力による映画音楽CD、『太平洋ひとりぼっち』音楽大全/芥川也寸志・武満徹作曲(40頁解説付き)が、2021年6月24日に発売となる。映画『太平洋ひとりぼっち』は、小型ヨット「マーメイド号」による世界初の単独無寄港太平洋横断を成功させた堀江謙一の実話に基づき、1963年に日活と石原プロの製作、監督・市川崑、主演・石原裕次郎にて作られた。石原プロにとっては第1作目の作品だった。だが、現代音楽ファンにとって何よりも注目なのが、芥川也寸志と武満徹という二大作曲家が極上の共作を果たしていることだ。しかも武満徹の映画音楽の中では特に人気の高い作品であり、武満自身の手によってコンサート用の組曲にも編曲されたほど。
それほどの作品だが、これまで様々な機会に音盤化されてきたとはいえ、何故か抜粋もののみであった。それが、2021年、公開59年目にして遂に全曲盤のCDが世に出た。その中には今回初めて公開された「未使用音源」も多数ある。その音楽の「魅力」とCDにまつわる「謎」と「真実」について、本CDのプロデュースを担当したスリーシェルズの西耕一と、企画構成を担当した評論家の上妻祥浩が対談をおこなった。
西耕一、上妻祥浩

■『太平洋ひとりぼっち』について
西 ついに「全曲収録」CDが完成しましたね。どうしてこれまでなかったんでしょう?
上妻 不思議ですよね(笑)。そもそも日本映画のサントラレコードが今のようなきちんとした形で出るようになったのは1980年代に入ってからで、この作品も当時はレコードが出てないんですよね。CDが普及した90年代に入ってから、日本映画のサントラも1枚1作品で発売されるようになって、今やかなりマニアックな作品のアルバムも出るようになりましたよね。でも、この作品は現在に至るまで武満徹の作品集に何曲か収録されただけで、単独では出てません。つまり、アナログ時代から通して見ても、完全収録はおろか単独でも発売されたことがなかったわけです。
西 武満徹と芥川也寸志の共作ですよ! 映画自体も芸術祭を受賞しているし、日本音楽史に輝く巨匠がタッグを組んだ伝説の仕事ですよ!
上妻 そうですよ! 映画音楽ということでちょっと低く見られていたのか……実際のところは分かりませんが、こういう「何で出てないの?」というサントラは意外に多いんですよね。西 芥川也寸志の33回忌、武満徹の没25年というタイミングでやっと単独音盤化なんです!
芥川也寸志(スリーシェルズCDより「オーケストラ・トリプティークによる芥川也寸志個展」)

■未使用曲について
西 上妻さんもおっしゃったように、1970年代のサントラブームが起こる前までは音盤化されずに埋もれたままの作品が多いです。その代表的な作品として『太平洋ひとりぼっち』がありました。今回は、映画本編には使われなかった楽曲まで収録したのも価値がありますね。CDの半分近くが未使用とは本当に驚きました。実際のところ、どんな曲が未使用だったのでしょうか?
上妻 大きく分けると、最終的に別の曲に差し替えられたもの、劇中で使われた曲の別テイク、完成作品で編集されたり、エコーをかけられた状態で使われた曲の元素材、デモンストレーション用と思われる曲などです。別テイクは演奏のニュアンスの違いがあったり、デモ版は使われている楽器が違うので曲自体の印象も結構変わったりと、なかなか面白いです。
西 なるほど。武満徹がメロディを作って、それを芥川也寸志がオーケストレーションをしたとか言われていますが、私も今回全曲を聴くことができて実際のところは、芥川の「作曲」と言える曲も多いような気もします。だから、映画のクレジットには「作曲:芥川也寸志、武満徹」なんでしょう。「ちゃんと書いてあるじゃん」とか言われそうですが、残されていた録音をすべて収録されたCDを聴いて、これまで「謎」とされていたことに対して各自で答えを見つけていく、謎解きのできるCDですよ、これは。
上妻 そうですね。今までは断片的にしか触れられなかったこの映画の音楽が、未使用楽曲なども加えた形の全体像がようやく見えてくる。そこから改めてこの作品の音楽に触れることで、答えを見つけやすくなると思います。
西 あえて検証用という意味で、マスターテープ由来のノイズが出ている部分も消さないでそのまま収録をしています。これは同じ曲の別テイクから持ってきて切り貼りすれば消すことおできるノイズだったりしたのですが、それをすると、別テイクという意味も変わってしまいますから、楽しみの聴取には余計かもしれませんが、謎解きの資料としてそのまま残しています。
曲目一覧

■SOUNDTRACK CD BOOK=CD+40頁BOOK
西 そうそう。解説書はA5サイズの40ページ! 日活さんの全面協力による豊富なスチル写真と上妻さん入魂の解説、さらに新・3人の会の徳永洋明さんによる武満徹と芥川也寸志の作品分析を含む論考など、読み応えありますね。
上妻 そう思います。徳永さんの論考は、まさに先ほど出て来た「謎」の真相に迫るための最大のキーアイテムだと思います。日活さんが提供してくださったスチルは素敵なものが多くて、ついつい欲張ってたくさん載せてもらいました(笑)。曲目解説はなるべく簡潔にまとめたのですが、それでもかなりの文字数になってしまったので、ちょっと大きくしてもらったから読みやすさの点でもいいと思います。
西 読み応えのある分厚い解説がほしい、とファンの皆さんからのリクエストもありました。しかし、情報量が増えると、「CD」の判型の解説書ではとても足りなくなってしまう。そして、詰め込むには文字も小さくなって虫眼鏡の必要な解説書になる、ということもあって悩んでいたのですが、今回はA5サイズなので1ページにCDの倍の文字量が入るので、CDだと実質80頁分ということになるかもしれません(笑)。もちろん、虫眼鏡を使わないで読めるような文字サイズを心がけてはいます。それにしても映画関係の本ってとにかく分厚くて資料性が高いものが多いですよね。映画ファン、サントラファンの資料・情報への欲求には感動さえ覚えます。
太平洋ひとりぼっち音楽大全BOOK部分

■『太平洋ひとりぼっち』との出会いは「謎」との出会い
西 映画『太平洋ひとりぼっち』を初めてご覧になったのはいつでしたか?
上妻 高校1年の時に、テレビの『月曜ロードショー』で見たのが最初です。それまで市川崑の映画は、70年代後半の金田一耕助シリーズをリアルタイムで観ていた程度だったのですが、それらとは当然まったく雰囲気が違う、でもやはり市川監督ならではの独特のタッチを感じることができました。そしてなにより、メインテーマの美しさに魅了されました。ただ、解説にも書いたのですが、この時放送されたのは海外版で、編集や音楽の付け方が違うところが結構あって、メインテーマの使われ方がオリジナル版よりも控えめだったんです。オープニングも別の曲に刺し変わっていたリして。だから、大学生の頃にようやくビデオでオリジナル版を見て、オープニングであのメインテーマがバーンと流れ始めたのには鳥肌が立ちました。
西 最初にご覧になったのは海外版からなんですね! 市川崑監督の映画は幾つものバージョンがあるものも多いですよね。僕は芥川也寸志のファンで「この映画に芥川の代表作《弦楽のためのトリプティーク》が使われている」という記事を見て、映画につけられている音楽に集中して見たのが最初でした。しかし、そのときは、どこで使われていたのかわからなくて愕然としたんです。
上妻 でも、この『太平洋ひとりぼっち』音楽大全で、その謎が明らかに!(笑)。SNSでもよく話題になっているみたいなので、同じような疑問をお持ちの方が多いんでしょうね。
太平洋ひとりぼっちのポスター(CDBOOKの裏表紙より)

■武満徹、芥川也寸志の魅力
西 それにしても「太平洋ひとりぼっち」の音楽は、武満と芥川の魅力が横溢してますよね。武満徹にしては珍しい軽快なドライヴ感を誘う音楽や、これぞ武満な、鎖の音やハサミのカチャカチャした音を使ったり、テープ音楽、ミュージック・コンクレート的な曲もある。そして、全曲が芥川也寸志のオーケストレーションによる、とすると、クラシックの作曲家にとってのオーケストレーションって、もう作曲と同じ意味なので、どの曲を聴いても芥川サウンドが満ちている。この二人の相性が最高に合致したのが『太平洋ひとりぼっち』なんじゃないですかね?
上妻 そう思います。今回、全曲通しで聴いてみると、両者の個性が驚くほど見事に融合していて、改めて驚かされました。主人公が孤独のあまり幻覚を見るようなシーンが何度がありますが、まさに武満カラー全開の前衛音楽風のサウンドが響きますが、そういう場面の音楽が他の曲から浮かないように、芥川によって丁寧にオーケストレーションが行なわれているのが、改めて実感できました。もちろん、二人の波長が合ってないとあそこまでうまく出来てはいなかったはずです。
西 ジャズ部分にも、これぞ武満という曲も多いですよね。これをメロディを武満で芥川がオーケストレーションというのは違うんじゃないかなあ。
上妻 「太平洋へ」と題したM-7は非常に印象的ですね。フルートによるバロック音楽風の響きから、途中のピアノがワンクッションになって、ラジオから流れてくる音楽という設定のジャズへと早変わりする曲ですが、映画での場面の転換に合わせた作りで、映画音楽としては一般的な手法です。でも、フルートが最後まで出て来るので一つの曲としてきちんとまとめてあるんです。だから、曲だけ聴いてもすごく魅力的だと思います。この曲、合計4テイクも録音されている上に、エコー処理を施して本編に使われています。かなりのこだわりが感じられますね。
西 時期的に武満徹は「弧(アーク)」の作曲中で、映画音楽としても前年に『切腹』で、いわゆる前衛作曲家としても絶頂期で、『他人の顔』は1966年だし、この時期は相当に多作でありながら名作を残している。芥川也寸志は、『太平洋ひとりぼっち』の直前に八木正生と共作による『雪之丞変化』があって、テレビやラジオにも司会者として引っ張りだこで、多忙な中でも高橋悠治や一柳慧と「ニューディレクション」を組んでブーレーズを指揮したり、かなり前衛活動も行っていた。そして、『太平洋ひとりぼっち』の翌年には大河ドラマ『赤穂浪士』がくる。ちょっと凄まじいタイミングでの共作です。そんな時期に体力も時間もかかるオーケストレーションを芥川也寸志が担当したという話もなかなかの「謎」です。その後の『砂の器』のように「音楽監督」という立場がまだなかった頃ですから、「共作」という言葉に隠された意味は深いですね。ある意味では『砂の器』に続く、芥川也寸志の共同作曲という路線の礎がここにあるのかもしれません。芥川オーケストレーションが最高なのは勿論、そこかしこに武満トーンと呼ばれる響きも聴こえてきて、染み染み美しいですね。
上妻 いいですよね。武満のこういう側面もきちんと活かしてあるのはさすがですね。考えてみたら本当にものすごいタイミングだったのに、作曲もオーケストレーションも丁寧に行なわれている印象ですよね。
BOOKの目次と音楽シートより

■「太平洋ひとりぼっち」にまつわる謎
西 今回のCDのBOOK部分に掲載された「音楽シート」を見て頂くと、録音は1963年10月16日、10月18日、10月22日に分けて行われています。通常は1回で終わる録音が3回も行われていたのは、ちょっと変わっていますよね。そして、映画の公開は10月27日なんですよね。かなりギリギリで、それでも追加収録をしたのでしょうか。
上妻 そうなんですよね。公開ギリギリの録音は、まだ量産時代だった当時の日本映画界ならそこそこあったみたいですが、この録音回数は多いですよね。録音回数が増える主な理由としては、撮影の時に合わせて歌うための歌や事前告知用の音楽を前もって録音する「プレスコ」などがあるとか、映画の仕上げの段階で編集が大きく変わったので曲を大量に書き直したとか、主に撮影スケジュールの都合によることが考えられます。しかし、この作品にはそういったことはなさそうなので、こんなに録音を分ける必要性が見当たりません。これもまた謎なんですが、そもそも、この作品のテープも謎と想定外のオンパレードみたいな状態で、西さんも大変だったようですね。
西 今回、日活さんが保存されていたマスターテープからCD化させていただいたのですが、このマスターテープ自体が経年劣化をしていて、そして、テープ自体もマスターから編集用にダビングされたような音質のものもありました。多少荒っぽい編集をされている部分もあってテープ自体の切り貼りの「プチ」という音が入っていたり、これはマスターのままそのまま入れている部分があります。テープ番号と、録音日と、テープ本体に書いてある番号とテープ番号が違っていたり、謎が謎を呼ぶ、扉を開けたら、その先にまだ扉があった!という連続でしたね。結果的に、日活さんでデジタル化済みの録音と、改めてマスターテープから再生してデジタル化した録音と、二種類のいいとこ取りでCDを作っています。
日活協力のマスターテープ
日活協力のマスターテープ

■今回のサントラで悩んだ、こだわった点は?
西 上妻さんにとっては、2枚目となるサントラ構成でしたが、悩んだ点、こだわった点は?
上妻 最初がいきなり『戦争と人間』三部作という大物でしたが、その時の作業でいろいろ進め方のコツを掴んだので、前回よりはスムーズに進みました。今回も映画の使用順に曲を並べて、未使用楽曲などを後半にまとめるという構成でした。当時のキューシートには「OK」と書いてあっても結局別のテイクが使われていることが意外に多いので、一応完成作品と聴き比べて確認するのですが、武満らしい、音楽というより音響に近い楽曲が数テイクあると、どれが劇中使用分なのか判断しにくい場合があって、そこの確認にちょっと手間取りました。あとはやはり、先ほども触れたように、海原に浮かぶヨットとかなかなか絵になるスチル写真が多くて、BOOKに載せるものを選ぶのに悩みました。最終的には、「CDを聴きながら見ると癒される写真集」を目指しました。個人的には、高校1年生以来ずっと欲しかった音盤を世に出すお手伝いができたことが嬉しいです。
■CDの中でとくにおすすめの曲は?
上妻 やはり、何と言っても「メイン・タイトル」ですね。作品の雰囲気を見事に音楽で表現してます。先ほど触れた「太平洋へ」は出来も素晴らしいし、テイク違いの聴き比べも面白いと思います。個人的には「青空の下で」と次の「マーメイド」の高揚感が好きですね。
西 僕も大好きな曲ですね。とにかくテイク違いを多数収録していて、この聴く比べが楽しい。変わったところでは「イメージの原音」というテープ編集による、なんとも言えない変な音、もう「原音」としか言いようがない。これが、何回も聴いているうちに好きになってきました。また、細かくトラックわけされているので、自分なりに組曲をつくってみるのも可能ですね。
上妻 そうですよね。メインテーマのバリエーションだけ集めたり、ジャジーな曲だけでまとめてみるとか、いろいろ組み合わせてみることでまた新たな発見があるかも知れません。
音楽シートより「イメージの原音」の部分
西 ご活躍の上妻さんのこれからの仕事のご紹介などお願いします。
上妻 今年4月に刊行されたムック「週刊文春CINEMA!」にちょっとだけ参加させていただいております。コロナ禍で苦戦を強いられている映画界を応援する一冊で、インタビューも執筆陣もかなり豪華です。次の号も予定されているので、ご期待ください!
西 CDを御購入予定のお客様へメッセージをどうぞ。
上妻 日本の音楽界を代表する二大巨匠が協力して生み出した珠玉の名作の全貌を収めた『太平洋ひとりぼっち』音楽大全。これまで発売されたものより音質も格段に向上しているので、楽曲の良さがさらに強く実感できます。解説書も読み応え・見応え十分です。日本映画音楽ファンの皆さんの宝物になること間違いなしの、この「SOUNDTRACK CD BOOK」をぜひどうぞ!

【PROFILE】上妻祥浩(こうづまよしひろ):映画研究・文筆・解説業者。1968(昭和43)年生まれ。熊本県出身・在住。地元の新聞・雑誌・テレビ・ラジオ、映画関係のwebサイト等で新作映画の解説の仕事を行なう傍ら、『絶叫!パニック映画大全』『大映セクシー女優の世界』(共に河出書房新社)、『旅と女と殺人と 清張映画への招待』(幻戯書房)の単独著を上梓。他にも、『別冊宝島 特撮ニッポン』(宝島社)、『文藝別冊 タモリ』『「シン・ゴジラ」をどう観るか』(共に河出書房新社)『週刊文春エンタ!』『週刊文春CINEMA!』(ともに文藝春秋社)などの書籍において執筆を担当。キネマ旬報主催「映画検定」1級合格。
【PROFILE】西耕一(にし・こういち):日本の作曲家を専門に企画・プロデュース・執筆を行う。これまでに放送局、大学、研究機関の依頼による企画協力や、プロオーケストラのプログラム解説執筆で評価された。近年の主な仕事として、日本の管弦楽曲100周年、伊福部昭百年紀シリーズ、芥川也寸志生誕90年、渡辺宙明卆寿記念、佐藤勝音楽祭、菊池俊輔音楽祭、渡辺岳夫音楽祭、黛敏郎メモリアルなどをプロデュース。代表的執筆はヤマハ『日本の音楽家を知るシリーズ 芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎』、CD『松村禎三作品集』(NAXOS)解説など。エンター・ザ・ミュージック、DOMMUNE、ニコニコ動画などに出演する。

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