柚希礼音が実在の女スパイに再び挑む
~ミュージカル『マタ・ハリ』観劇レ
ポート<柚希礼音×加藤和樹×三浦涼
介ver.>


 第一次世界大戦下のヨーロッパに実在した女スパイをタイトルロールに据えたミュージカル『マタ・ハリ』。『ジキル&ハイド』『スカーレット・ピンパーネル』といった作品が愛され続ける作曲家フランク・ワイルドホーンが手がけたこの作品が、初演から3年、再び日本の劇場にお目見えしている。その東京公演初日の舞台を観た(6月15日18時半の部、東京建物Brillia HALL)。ダブルキャストのうち、この日は、柚希礼音=マタ・ハリ、加藤和樹=ラドゥー大佐、三浦涼介=アルマンの配役。
 ジャワ出身とのふれこみで、エキゾティックな舞でヨーロッパ諸国の観客を熱狂させるダンサー、マタ・ハリ。スターとして、魅力あふれる女性として、人々から熱いまなざしを浴びる彼女には、実は秘められた過去があった。その過去を知るフランス諜報局のラドゥー大佐は、ヨーロッパを自由に旅して回れる彼女に、フランスのためスパイ活動をするよう迫る。一方、彼女はひょんなことから出会った青年アルマンと恋に落ちるが、彼もまた秘密を抱えており――。
※以下、ネタバレを含みますのでご注意ください
柚希礼音、三浦涼介
 戦争の悲惨さ、その中で生きる人々の苦しみを、ワイルドホーンの楽曲はドラマティックに描き出してゆく。『スカーレット・ピンパーネル』や楽曲提供した宝塚雪組『ひかりふる路(みち)〜革命家、マクシミリアン・ロベスピエール〜』の名ナンバーを彷彿とさせるメロディもあり、ワイルドホーン・ファンには聴き逃せない作品となっている。

柚希礼音
 2018年の日本初演時にもマタ・ハリを演じた柚希礼音だが、3年前より演技と踊りに女性としてのしなやかさが増した。身体のラインが露わなダンス・コスチュームをはじめ、国際的スターにふさわしいゴージャスな衣装を次々と着用する姿にダイナミックな迫力がある。激動の時代を己が身一つで生き抜くたくましさを感じさせ、恋人アルマンに対しては母性的な温かみを見せる。アルマン役を演じる三浦涼介の演技と歌唱は、まっすぐな熱情のたぎりを感じさせる。
三浦涼介

三浦涼介

 初演時はラドゥー大佐とアルマンの二役を演じ、今回はラドゥー大佐に専念している加藤和樹がすばらしい。まずは、スーツに軍服、ガウンといった衣装がすらっとした長身によく似合う。ラドゥーは、母国フランスのため、マタ・ハリをスパイとして利用しようとし、彼女の心を弄ぶこととなる策略を実行する。しかし、自らのその策略のため、男として彼女の魅力に惹かれる自分自身の想いに翻弄されることとなる。――その想いは愛か、執着か。自分自身の想いに飲み込まれていくような男性を演じて、加藤の魅力が大いに生きる。
加藤和樹
 『ファントム』タイトルロールをはじめ、どこか屈折した、翳りのある役柄の演技に定評のある加藤だが、最近では『ローマの休日』の新聞記者ジョー・ブラッドレーや『BARNUM』タイトルロールなど、明るさやはじけたチャーミングさのある役どころでも魅力を発揮している。そんな経験を経てのラドゥー大佐の演技では、最初から屈折や翳りを感じさせるのではなく、マタ・ハリとのやりとりや戦時下の諜報活動を通じて彼の心が翳りへと導かれる様を描き出していく。マタ・ハリへの想いにがんじがらめになり、嫉妬心をたぎらせる。
加藤和樹
 そんな加藤の演技は、同じワイルドホーン作品の『スカーレット・ピンパーネル』で昔の恋人である女優マルグリット・サン・ジュストに執着し続けるフランス革命政府公安委員ショーヴランへの、きれいな補助線ともなっていく――宝塚星組によるこの作品の日本初演でショーヴランを演じたのが、男役時代の柚希礼音だった――。その補助線が示すところは、『ジキル&ハイド』や『スカーレット・ピンパーネル』といった作品群において、作曲家ワイルドホーンが人間の二面性という題材を扱ってきたという事実である。そして、今回の『マタ・ハリ』において人間の二面性なるテーマがクライマックスに達するのは、スパイ容疑での裁判においてマタ・ハリとラドゥー大佐が対決する場面である。このとき、ラドゥーは、マタ・ハリとは本名ではなく、ジャワ出身でもないことなどを暴き立て、だからこそ、この女は嘘をつくような存在であり、二重スパイを行なったという印象を深めていく。
柚希礼音、加藤和樹
 しかしながら、このときのマタ・ハリは、アルマンとの真実の愛に目覚めることによって、真実の自分を生きることにもまた目覚めている――彼女は、アルマンの消息を何とかして知ろうとラドゥーの家を訪れた際、「愛はなくてもいい」と彼女の肉体を求めるラドゥーに対し、これまで過酷な人生を生き抜くために愛なしでさんざん使ってきたであろう“女の武器”を使うことを、ここに来て敢然と拒否している――。
 つまり、舞台上で踊り、演じることを生業とし、スパイとしてもまたどこか“演じて”きたマタ・ハリがこの裁判においては演じていないのに対し、ここで嘘をつき、“演じて”いるのはラドゥーの方である。こうして、マタ・ハリとラドゥーは、それぞれ真実と嘘のフェーズに立ち、“演じる”という事実を境にして対峙する。宝塚版『スカーレット・ピンパーネル』の「謎解きのゲーム」のナンバーで、ショーヴランが「♪人は皆いくつか顔を持ち 嘘をつく」と歌ったように、人とは常に何かを“演じる”存在であるとも考え得るが、他ならぬその“演じる”こと、虚構によって真実を浮かび上がらせる劇場という場の尽きせぬおもしろさが、加藤ラドゥーの演技によってくっきりと浮き彫りにされていく――そして、人間の二面性を好んで描いてきた作曲家フランク・ワイルドホーンの真髄に、今ひとたびふれる思いがする。自分には真実の愛が得られなかったことを悟って歌う加藤ラドゥーのありようはさながら、哀しみの透明な容れ物のようである。

宮尾俊太郎

 やはりマタ・ハリに執着を見せるドイツ高等将校ヴォン・ビッシング役に扮する宮尾俊太郎の演技にも凄みがあり、ラドゥーとビッシングの執着合戦が、マタ・ハリという女性の魅力をより一層高めて見せる効果をもたらしている。Kバレエカンパニーで数々の舞台に主演してきた宮尾だが、『ロミオとジュリエット』のパリスや『ウォルフガング』のサリエリ等を踊った際にも役作りの巧みさに光るものがあり、ビッシング役でも性格俳優的な魅力を発揮している。柚希のマタ・ハリと踊る際にも、シャープなダンスとさすがのサポートで魅了する。
ミュージカル『マタ・ハリ』2021年公演_舞台映像 6月~7月 東京・愛知・大阪にて上演!☆ライブ配信有
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=岡千里(オフィシャル提供)

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