KID FRESINOやD.A.N.、蓮沼執太フィ
ル等にスティールパン奏者として参加
し、Black Boboiの活動や劇伴も手掛
ける小林うてな。ソロ作のリリースを
機に、多面的な表現の核に迫る【イン
タビュー連載・匠の人】

シンガーソングライターとして、エレクトロユニット・Black Boboiのメンバーとして、濃厚な音楽像を持つ数々のアーティストをサポートするスティールパン奏者として。小林うてなという音楽家の顔はじつに多面的であると同時に、その独立した表現性の核にはインダストリアルな要素とプリミティブな要素の極自然な共存というポイントがあるように思う。3月末にUtena Kobayashi名義でリリースしたニューソロアルバム『6 roads』では、その現代的なトライブミュージックとしてのすごみと美しさが浮き彫りになっている。ちなみにこのアルバムは各楽曲の背景にある物語が呼応し、短編の連なりが長編を形成する性格を持っていることから、絵本も制作された。こういったクリエイティブのあり方も、小林うてなの音楽作品ならではの説得力がある。長野県原村の出身の彼女がどのような音楽人生軌跡を経て現在地に至ったのかを、じっくり語ってくれた。
──うてなさんがクリエイトする楽曲を聴くと、インダストリアルな要素とプリミティブな要素が極自然に共存しているなと思うんですね。その成立の仕方が誰にも似ていない。あるいは西洋音楽のメソッドと、東洋音楽的な音階や旋律がナチュラルに溶け合っている。その奥には、現代的なトライブミュージックとしてのダイナミズムがある。そういったグルーヴの妙こそが、うてなさんの音楽性の核心でありミュージシャンとしての求心力だと感じます。だからこそ、スティールパン奏者、サポートミュージシャンとしても多くのアーティストに求められるんだろうなと。
うれしいです。
──まず、うてなさんは長野県原村の出身ですが、地元の風土や原風景が自身の表現性に影響している部分ってありますか?
意外とないんですよね。地元は山の麓なんですけど、そういう環境の特色って外に出てから気づくことがあるなと思っていて。子どものころ東京によく遊びに行っていて。原村はスーパーしかないから洋服も買うことができなくて、当時はオンラインストアもなかったので。なので、東京は買い物ができる憧れの場所という感覚でした。あと、私は虫がめっちゃ嫌いなんですよ(笑)。
──そうなんだ(笑)。
もう、本当に苦手で。虫がいたら絶叫する感じですね。長野で生まれてあんな森の中で育ったのに虫がダメなんですよ。だから自然が好きというよりは虫が怖いし気持ち悪いという感じで(笑)。家も薪ストーブとかがあって、神奈川の音楽大学に入ってたまに地元に帰省したときに「ここは夏にクーラーがいらないんだ」って逆に気づいて。扇風機の風だけで心地よく過ごせる場所だったんだなって。そうやって大人になってから地元のよさに気づくことが多かったですね。いい時間が流れてるなって。
──なるほど、そういう感じだったんだ。音楽が自分のアイデンティティに影響すると自覚したのはいつごろですか?
それは早かったですね。小学生の時点で意識していたと思います。小学2年生のときに合唱団に入ったんですけど、楽器として最初に興味を持ったのはリコーダーで。近所のお姉さんがリコーダー合奏団に入っていて、早く私もリコーダーをやりたかったんだけど、4年生からしか入れなくて。そのときすでにリコーダー奏者になりたいと思ってました。だから、プレイヤーになりという意志を一番持っていたのはそのころかもしれない。ピアノも小学生のころから習っていたんですけど、全然はまらなくて。でも、リコーダーの練習は楽しかった。
──当時はどういう音楽を好んで聴いてたんですか?
兄がMTV世代で。家でよくMTVが流れていたんですよ。家のテレビで流れてるのは長野県で流れる全国ネットと原村で流れるローカルチャンネルと、なぜかMTVみたいな(笑)。当時のMTVで記憶に残ってるのがColdcutの「Timber」で。途中から女性の声が(サンプリングで)フワーッと入るんですけど、そこに神秘的なものを感じたのかもしれないです。アルバムのリリースに際してプレイリストを最近作ったんですけど(https://open.spotify.com/playlist/2zx3m0JAcOX56cfgkBWrcS?si=59156656b5dd45ee&nd=1)、そこには自分の原体験となった曲が入っていて。あとは高校生のときに映画『アイズ ワイド シャット』のミサのシーンで流れてる儀式的なSEにハマって。映画そのものを録音してMDに入れて持ち歩くくらい好きでした。それと、『image』というヒーリングのコンピレーションアルバムにも神秘的な曲が入っていて好きでしたね。
──神秘的、というのがキーワードになっている。
そこが大きいかもしれないです。そういう意味ではずっとブレてないのかも。昔から好きだったものに大人になってからEDMとかプログレが入ってきた感じ。『image 2』に収録されているリチャード・サウザーの「The Fire of The Spirit」という曲を聴いたときだったかな? 石造りの古い白の跡地みたいな景色を想像して、「これは石の曲だ」って思って。そのときに音楽を聴くことで景色を想像する遊びを覚えたというか。それって今風に言うと、自己VRみたいなことじゃないですか。だから自分の曲をミックス作業するときもパッと景色が変わって、自分がその音楽の世界に行けるようなイメージを目指しがちですね。
──音楽を媒介にして没入したい世界の画がまず見えるから、ミックスをしながら目指すべき音像もハッキリ見えている。
そう。だから私はミックス作業が好きで。作曲よりもミックスのほうが明確なゴールがあるんですよね。今回、アルバムを作って思ったのが、ヘッドホンを使って聴く音楽はデジタルアートだなって。それはライブとは異なる目指す音があって。このアルバムはデジタルアートをやりたかったのかなと思いますね。
──フロアで鳴らしてるイメージというより、個々人がヘッドホンを付けてそれぞれの場所で、それぞれの脳内でイマジネーションを膨らませるような。
そう! 曲の背景にもともとあった物語を伝えたいと思ったから絵本も作ったし。今まではライブのこともちょっと考えてた。だけど、コロナになってから「そういえばライブという文化がありましたよね」というくらいライブの感覚が抜けて。それもあってこのアルバムを作ってるときは変にライブを意識することなく制作と向き合えたところがありました。
──楽曲至上主義であれた?
楽曲の背景にある物語至上主義でいられたのが面白かったですね。
──ここまで神秘的、セルフVR、物語至上主義というキーワードが出てきて、すごく合点がいきますね。
景色を思い浮かべるのは癖みたいなところがあるかもしれない。自分に自信がないまま育ったからかな。
──ステージ上の立ち居振る舞いを見ていると、自分に自信がないというのは意外ですけどね。
本当ですか? 態度はデカいんですけど(笑)。ずっと何かに憧れて、ここではないどこかを想像するという感覚をずっと持ってるのかもしれない。子どものころから「自分が見てる自分の顔って他人から見てもこの顔なのかな?」って疑問を持ってたり、ある程度自我が形成されてから、大学に入ってからかな──スナフキンの名言で「誰かに憧れすぎるのはあまりよくないことだぜ」みたいな言葉があって。そのスタンスを持ってますね。具体的なものに憧れすぎるのは危険だなと思ってる。あと、年齢を重ねるにつれて映画とかドラマを観るのが難しくなって。
──というのは?
現実との境目がわからなくなるから。人間が演じてるじゃないですか。そこに影響を受けすぎるというか。たとえば人が死ぬ映画だったらめっちゃ落ち込むし、怖くなる。映画で登場人物が車を運転してるときに横を向いて話したりするだけで心拍数が上がるんですよね。「これって事故のシーンがくるパターン?」みたいな(笑)。だからあらすじを全部読んでからじゃないと実写の映画を観れなくて。
──それもセルフVR力が影響してるのかも。
他人事じゃなくなるんですよね。『ミスト』を観たときも「これで世界が終わるんじゃないか?」と思って落ち込んで。今年、『パラサイト』を観たときもパートナーに「誰が死ぬかだけ先に教えてくれ!」ってお願いしたくらいで(笑)。そうじゃないとハラハラに耐えられないんですよね。その耐性が極度に低い。アニメにはどんどん入っていけるんですけど。アニメは好きですね。たとえば『AKIRA』を観てもアニメだからこそこのニュアンスを表現できるんだろうなと思うし。
■今の時代ってカッコいい音楽はいっぱいあるけど、面白い音楽ってそんなにないなと
──鬼の右腕というプログレバンドも組んでましたよね? メンバーはどこで出会った人たちだったんですか?
音大の打楽器科で出会いました。あのころは若すぎてバンドのよさに気づいてなかったなと今にして思いますね。当時はもっとテクニカルに演奏したいのにできないみたいな葛藤があったんだけど、去年くらいから「いいバンドだったな」と思うようになって。またやりたいなあと思ってます。今の時代ってカッコいい音楽はいっぱいあるけど、面白い音楽ってそんなにないなと思って。ライブが終わったあとにお客さんが「カッコよかった!」ではなく「今日も面白かったなぁ」という感想を覚えるような。
──圧倒されて笑っちゃうみたいな。
そうそう。こっちはまじめにやってるんだけど、おかしいみたいなバンドがいてもいいなと思って。
──Black Boboiも含めてさらにいろんな振れ幅で音楽表現をアウトプットできそうですね。
やっぱり自分が音楽をやってるという実感を得られるものしかやりたくないですね。
──それはサポート仕事も含めて。
サポートもその実感が得られなかったら辞めちゃうタイプです。D.A.N.のサポートも一回抜けてるので。
──空白の期間があったけど、今また一緒にD.A.N.とやってるのもリアルでいいなと思う。
私も最高だなって思いますね。結果的にすごくよかったと思う。その空白の期間に自身が学ぶことが多かったし、彼らには感謝してます。
■サポートする時間があるから自分がスティールパンと向き合う時間を作れてると思う
──あらためて、うてなさんがサポート仕事を受けるようになったのはどういう流れからだったんですか?
最初は大学のときに本当に名前も覚えてないくらいのインディーズバンドでスティールパンをやっていて。それはすぐに辞めたんですけど。
──そのころは自分が主体的に表現する音楽についてはどう考えていたんですか?
そのころは自分の音楽とか全然考えてなかった。サポートプレイヤーとして何ができるかしか考えてなくて。鬼の右腕が終わって、ソロで何かやるかと思ったけど、「ソロってエゴが強すぎんか?」と思って。まだ若かったから自分に自信を持つ術がなかったんだろうなって。今はさすがにそんなこと思わないですね。「音楽自体がエゴじゃん?」って思うので。昔はいろんな葛藤があったけど、今はいろんな意味で気持ちがラクです。サポートも結果的に楽しい人たちとばかりやらせてもらっているし。サポートはたぶん、蓮沼執太フィルに参加し始めたくらいから増えていったと思うんですよね。
──本当に濃いアーティストばかりですよね。
KID FRESINOさんとかAwichさんはサポートで声をかけてもらって初めて聴いたんですけど、「こんな人たちもいるんだ!」と思って。D.A.N.も含めて、彼らをサポートする時間があるから自分がスティールパンと向き合う時間を作れてると思うんですね。逆にソロの音源ではあえてスティールパンを使ってこなくて。でも、今回のアルバムではちょこっと鳴らしてるんですけど。そこの意識も変わってきたのかも。自分の音楽にスティールパンをどう混ぜていくかというフェーズがやっときた。遅〜いみたいな(笑)。楽器を演奏するということに今一度注目したいなと思ってます。何周か回って楽器を演奏するソロのライブをやったときに初めて楽しいなと思って。ハープを買ったのも大きいかもしれない。ハープとスティールパンというすごくフィジカルな楽器に挟まれてるだけで安心する、みたいな。今は楽器と一緒に心の旅に出るのもいいなと思ってます。でも、たまに思うんですよ。「ずっとスティールパンを演奏できるのかな?」って。ずっと立ってるし、腰も屈むし、体力を使うから老人になったときに演奏できるのかなって。心豊かなおばあちゃんになりたいと思っていて。年齢が30代になって、おばあちゃんになったときに景色のいいところで暮らしていたいなって現実的に考えるようになった。その準備を今からしたいなと思ってるんですよね。
──今後、自分の音楽を海外に届けたいという願望はないですか?
そんなにないんですよね。ロシアとかウクライナとかは気になるけど。ドイツの音楽も好きだけど、べつにドイツで暮らしたいとは思わず。英語も話せないし、現実的に海外に住みたいとは思わないですね。スティールパン奏者ってわりと多くの人がトリニダード・トバゴに修業しに行くじゃないですか。でも、私は一回も行きたいと思ったことがなくて(笑)。なんならソカは演奏できないので。唯一、海外留学したいなと思ったのはインドネシアでガムランを習いたいと思ったときくらいで。
──では、なぜスティールパンを選んだんですか? スティールパンに付帯する音楽ジャンルや歴史にはおそらくそこまで興味がないわけじゃないですか(笑)。
そうですね(笑)。そこは現実的に選んだという感じなんですよね。ガムランのほうが好きなんだけど、ガムランは人と演奏するのが難しいというか。ガムラン集団としてしかやっていけないハードルがすごくあるなってわかったんですよね。大学のスティールパンサークルも全く馴染めず。「笑って〜」みたいなノリがあって。「楽しくもないのに笑えねぇよ」って思うタイプだったので(笑)。あとはスティールパンってうるさいなと思ってました。でも、そんなことを思いながらも、ホテルニュートーキョーとか、まりんさん(砂原良徳)さんがプロデュースしたACOさんの『absolute ego』のスティールパンを聴いたときに「こういう使い方もできるのか」と思って。現実的に考えたときにスティールパンは一人で演奏できるし、音階も全部入ってるし、今後音楽を誰かと一緒にやっていく縁を作っていける楽器だなと思ったんです。なので、そこはけっこう現実的に考えてスティールパンを選んだんですよね。だからスティールパンとはめちゃめちゃ距離感がありましたね、この10年間くらい(笑)。
──今日は意外な発言の連続だなと(笑)。
今ハープを買ってようやくスティールパンも気になってきたかなと。
──可愛くなってきた?
可愛くはないな。楽器に愛着がないタイプなんですよね。楽器に名前を付けたりする人もいるけど、そういう感覚はまったくないですね。楽器は楽器という。楽器自体に特別な魔法もないし、自分を媒介しないかぎりは鳴らないから。けっこうシビアに考えてるかも。
──そこはリアリスト。
楽器に対してはリアリストかもしれない。そういうリアリストな部分とファンタジーな部分とビビりな部分と、いろんな要素が混ざってますね(笑)。
取材・文=三宅正一

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