ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅
カンゲキ1-2-3 [vol.48] 〈演劇編〉
「松本雄吉逝去から5年──今こそ映
像で“永遠の前衛”維新派を観る」3
選 by 吉永美和子

おうちをシアトリカルなエンタメ空間に! いま、自宅で鑑賞できる演劇・ミュージカル・ダンス・クラシック音楽の映像作品の中から、演劇関係者が激オシする「My Favorite 舞台映像」の3選をお届けします。(SPICE編集部)
ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3[vol.48]<演劇編>
「松本雄吉逝去から5年──今こそ映像で“永遠の前衛”維新派を観る」​3選​ by 吉永美和子
【1】『水街(みずまち)』(1999年/2000年)
【2】『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき~《彼》と旅をする20世紀三部作 #3』(2010年/2011年)
【3】『透視図』(2014年)

広大な更地に巨大な野外劇場を建設し、公演が終わった後は釘一本残さずに去っていく。そんな世界にも類を見ない創作活動を、大阪を拠点に47年間も行ってきた「維新派」。この集団を率いた劇作家・演出家の松本雄吉が69歳でこの世を去ってから、2021年6月18日で丸5年となる。
ビルのような舞台セットが縦横無尽に動いたり、山間のグラウンドをヒマワリ畑に変えたり、波打ち際を丸ごと劇空間にしたりなど、奇抜なアイディアに満ちた舞台。そこに白塗りの俳優たちが、幾何学的に動き回りながら、単語の羅列のような台詞を、変拍子の音楽に乗せてラップのように発語する。1990年頃に完成した、この「ヂャンヂャン☆オペラ」と呼ばれたスタイルが大きな評判となり、大阪で公演が行われるたびに全国から人が集まるように。2000年以降は、公演にふさわしい場所を探して各地を漂流するスタンスとなり、日本国内はおろか、ドイツやブラジルやオーストラリアなど、計8ヶ国で公演を行っている。
「維新派」主宰の松本雄吉(2013年撮影)。 [撮影]吉永美和子
2017年の台湾公演を最後に劇団は解散したが、幸いにも90年代以降の作品は、数多くがDVD化ないしは映像配信されている。「映像なんかでは、生のスケールの半分も伝わらない」という思いは当然筆者にもあるが、それでも今後たくさん出てくるであろう維新派未体験の方々が「いやこれ、本当にリアルでやってたの?」と目を白黒させ、劇場空間ではまず追求できない、演劇や俳優の可能性を発見していく──しかも前衛・実験演劇にありがちな難解さはなく、観客を楽しませることにしっかりと主軸を置いた世界に、大きな刺激を受けるに違いないと信じている。
その中で3本だけを選ぶのには、本気で一週間ほど悩み抜いたが、大阪南港を常打小屋ならぬ「常打土地」としていた時代の作品群と、2002年以降深い関わりを持った瀬戸内海の小島・犬島の作品群と、現代都市の現実と問題をテーマに据えた「都市論演劇」の作品群の3つに分けて、その中から個人的に代表作と思える作品をピックアップした。

【1】『水街』@大阪南港ふれあい港館・野外特設劇場
維新派『水街』DVDパッケージ。
地球に根ざしていない埋立地という特性から、松本が「現代の幻の島」と評していた大阪南港エリア。まだ開発途上で空き地が多かった80~90年代には、数多くの作品がここで上演された。その中には維新派の最高傑作にあげる人も多い『蟹殿下』(1984年)も含まれているが、残念ながら映像は残っていない(リトルモア刊『維新派・松本雄吉 1946~1970~2016』に戯曲を掲載)。ここでは劇団初の海外公演作品となった『水街』を紹介しよう。
紡績や鉄鋼業などの工業が盛んで「東洋のマンチェスター」と呼ばれた、戦前の大阪。その労働力として移住してきた沖縄移民たちが暮らす、水上集落を舞台にした作品だ。尻無川河口付近に実際に存在したという“水街”を、バスタブ30杯分もの水を使って再現。当時の大阪や日本の状況を見せるオープニングの後、大量の水をたたえた集落が忽然と姿を表すシーンは、情けなくも「筆舌に尽くしがたい」としか言えなくなる光景だ。
維新派『水街』。
物語は、小さな船で各地を放浪している少年・タケル(田中慎也)と、水上集落の住民・ナオ(春口智美)の交流を軸に、住民たちの暮らしぶりや、彼らの働く工場の様子が次々と提示されていく。貧困や被差別にさいなまれる移民たちの状況は、お涙頂戴モノであるとか、社会的メッセージの強いドラマにもしやすい題材ではあるが、あえてタケルの目線から見た住人たちの生活を生き生きと、そして淡々と描写することにとどめている。
ゴーヤや赤花などの沖縄の植物を育てたり、おすそ分けなどで互いに助け合う生活をリアルに描いたかと思うと、紡績工場の単純労働を可愛らしい振付で抽象化してみせたりと、劇世界の見せ方のバリエーションが多いのも本作の楽しいところ。また日本映画界を代表する美術監督の一人・林田裕至が手掛けた、レトロ・フューチャーテイストの舞台美術も見どころだ。本当に人が住めるんじゃないかと思うほど、細かく作り込まれたバラックや船などの意匠を確認したいなら、むしろ映像でこそ観るべきかもしれない。
維新派『水街』。
翌年春にはオーストラリアへと渡り、世界三大演劇祭の一つ「アデレード・フェスティバル」招へい作品として、大阪と同規模の野外劇場での公演を実現。地元紙に「この並はずれた公演を(日本以外では)世界で初めて観ることができたのは幸運だ」と書かれるほど絶賛され、世界進出の大きなきっかけになったという意味でも、間違いなく記念碑的な作品だろう。
ちなみに大阪南港時代は、前述の林田裕至が担当する、具象的かつ大規模な可動式セットを多用する美術が、特に光った時代だった。この世界観に惹かれたならば、虹から連想されるイメージをダイナミックにコラージュした『虹市』(1992年)、戦争の街で映画作りに励む少年たちの物語『ROMANCE』(1996年・吉田悦子と共同)も、併せてチェックしてほしい。
維新派『水街』ダイジェスト。
【舞台版映像について】
大阪公演・アデレード公演のDVDが、両方とも維新派公式サイトのオンラインショップなどで購入可能。
【2】『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき~《彼》と旅をする20世紀三部作 #3』(2010年/2011年)@犬島アートプロジェクト「精錬所」内・野外特設劇場
『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき~《彼》と旅をする20世紀三部作 #3』DVDパッケージ。
1990年以降、維新派の野外劇が最も多く上演された場所は、もちろん本拠地の大阪。ではその次は?──それは意外にも、岡山県の「犬島」という島だ。一周するのに一時間もかからないような小さな島だが、14世紀頃から石切場として栄え、明治時代にはレンガ造りの銅製錬所も開設。そんな歴史があるため、石がむき出しになった独特の地形と、精錬所跡地の廃墟が日本離れした風景を作り上げている。『カンカラ』(2002年)公演をきっかけに、犬島に惚れ込んだ松本は、計4本の野外劇をこの島で上演した。
その2作目となった『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき(以後台湾)』は、維新派が2007年から開始した「20世紀三部作」シリーズの最終章だ。第一部で南米、第二部で東欧を舞台にしたのに続き、第三部の本作では「アジアの海」をテーマに、「移民」と「戦争」の時代とも言える20世紀半ばの、東南アジアの島々の知られざる歴史を描き出した。
維新派『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき~《彼》と旅をする20世紀三部作 #3』。 [撮影]井上嘉和
天を衝くような廃墟の煙突を借景にした野外劇場は、全長100m以上、丸太4000本使用と劇団最大規模のもの。夕方のマジックアワーの光に照らされた劇場に少しずつ役者が現れ、彼らのつぶやきのような言葉が、人が増えるにつれていつの間にか合唱へと代わり、海を漂うような群舞で大きなうねりを生み出していくうちに、上空はいつの間にか闇へと変わっている……という、天空の変化も計算に入れた演出は、まさに維新派野外劇の真骨頂だ。
松本の脚本はそのときどきで、ストーリー性が強かったり、パフォーマンス色が強かったりするが、『台湾』は前2作がセリフ芝居の色合いが強い作品だった反動か、個々の人たちがそれぞれの出来事や心境を、モノローグめいた形で次々に報告していくという、いわば「報告劇」と言えるようなスタイルとなっている。
フィリピン、サイパン、台湾などに、海を渡って移住した日本人たちは、懸命に働いて生活基盤を整えていく。しかし何十年にも渡って彼らが築き上げてきたものは、太平洋戦争によって、実にあっけなく崩れてしまう。クールな口調がだんだん激情のこもったものとなり、それぞれの末路が語られていく展開は、交通の発展で島と大陸間の移動が容易になった分、大陸で起こる情勢に小さな島々も巻き込まれやすくなった……という皮肉を、彼らとともに痛感した気持ちになる。
維新派『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき~《彼》と旅をする20世紀三部作 #3』。 [撮影]井上嘉和
太平洋と瀬戸内海の違いはあれど、陸と切り離された土地で、潮風とその香りを感じながら観劇するという臨場感がたまらなかった本作。劇中ではところどころのシーンで、4m近い巨人の人形が唐突に現れるが、これは「20世紀三部作」のシンボルとして全作品に登場する「ノイチ」というキャラクター。三部作とはいえ、他の二作とのストーリー的な関連性はないが「彼の存在は一体何?」というのが気になるなら、第一部『nostalgia』(2007~2009年)、第二部『呼吸機械』(2008年)も必見だろう。また、最終公演の『アマハラ』(2016年/17年)は、本作を奈良・平城京跡地での上演に併せてリライトした作品となる。
以下完全な余談だが、『台湾』が2011年にシンガポールで上演された時、終演直後に松本雄吉と屋台村で歓談していたら、劇中に出てくる「ベンケット道路」の建設に携わった労働者・オダの子孫と名乗る現地人が話しかけてきた。維新派のフィクションと異国の歴史が思わぬ形でクロスする、数奇な出会いの場に立ち会えたのは、実に幸運だったと思う。
維新派『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき~《彼》と旅をする20世紀三部作 #3』埼玉公演用PV。
【舞台版映像について】
初演の岡山公演のDVDが「TSUTAYA DISCAS」でレンタル可能なほか、「TSUTAYA TV」と演劇動画配信サービス「観劇三昧」で視聴可能。DVDは維新派公式サイトのオンラインショップなどで購入可能。

【3】『透視図』(2014年)@大阪・中之島GATEサウスピア
維新派『透視図』DVDパッケージ。
俗世間から切り離された環境で創作が可能な劇場空間と違い、現実の街の中に劇場を作って芝居をしていたら、その土地の地形や歴史、今現在置かれている環境などを、自然と考慮するようになった──維新派が「都市」について語る芝居が多い理由を、松本雄吉はそんな風に自己分析している。80年代半ば辺りから、現実の都市……特に大阪の街を描写・批評するような作品を何本も発表しているが、間違いなくその集大成と言えるのが、奇しくも大阪での最後の野外劇公演となった『透視図』だ。
かつて大阪在住の沖縄移民だった祖母に育てられた少女・ヒツジ(坂井遥香)は、祖母からつねづね話し聞かされていた大都市・大阪に初めてやって来る。到着早々荷物をかっぱらわれたヒツジは、大阪の地理や歴史に詳しい少年(石原菜々子)と出会う。ヒツジは彼に街を案内されるうちに、次第に土地の記憶が見せる幻の風景……今は消えてしまった大小の河川を通じて、国内外から様々な人たちがやって来ては去っていく、「水の都」と呼ばれた大阪の中に迷い込んでいく。
維新派『透視図』。 [撮影]井上嘉和
このあらすじを聞いただけで、本作の世界観が、先に紹介した『水街』『台湾』と密接していることがわかるだろう。松本は幼い時分に、熊本・天草地方から大阪湾近辺の街に移住し、近所の河や海で毎日のように遊んで育ったそうだが、1960年代以降の都市開発によって、その風景の大半が失われたという。自分の芝居のそこかしこで描いていた、この原風景を全面に押し出すのに、大阪市内を流れる3本の河が合流する地点に当たる、本作の野外劇場の建設地は、これ以上はないほどうってつけの場所だった。
16個の大きな正方形の島が整然と並ぶ、碁盤の目のような舞台は、先に紹介した2作の美術に比べると、実にシンプルだ。その通路を少年たちが縦横無尽に、時にまっすぐに時にジグザグに走り回り、パソコン用語を多用した台詞や、地図記号などの小道具を掲げることで、現在の大阪のイメージを浮かび上がらせる。なんと開演から50分近く、ノンストップで繰り広げられるこのシーンを観るだけでも、十分圧倒されると思う。
維新派『透視図』。 [撮影]井上嘉和
やがてヒツジは、少年が抱える大きな秘密を知り、舞台は彼の強い思いに応えるように、かつての大阪の街がよみがえるかのような光景に変化していく。この「水の都」の再現方法は、河と隣接した場所だからこその実に単純な仕掛けなのだが、その時代を知らない世代の人たちにも、もう取り戻すことができない風景への哀悼と、たまらないほどのノスタルジーを同時に感じさせる、哀しくも美しい眺めとなっていた。
この公演の後しばらくは、大阪の街を歩いていて、ふと「ああ、ここも昔は河だったようだ。今も河ならどんな風景だっただろう」と思いを巡らせていたし、何なら公演から7年が過ぎた今でもたまに考えている。かように実生活にも後を引きずるほど、鮮烈な体験となった観客は、筆者以外にも数多くいると踏んでいる。
維新派『透視図』DVD映像。
【舞台版映像について】
公演DVDが「TSUTAYA DISCAS」でレンタル可能なほか、「TSUTAYA TV」と演劇動画配信サービス「観劇三昧」で視聴可能。
以上の3本以外にも、まだまだ紹介したい映像作品は残されている。また「ヂャンヂャン☆オペラ」以前の、人間の肉体の限界に挑むような、アングラ色の強い作品を上演していた時期(この頃の維新派の方を支持するファンも多い)の映像作品──若き日の井筒和幸(当時和生)が監督した『足乃裏から冥王まで』(1979年)など、未だソフト化や配信が実現していないものもある。これらはときどき、映画館などで特集上映される機会があるので、幸運にもめぐり逢えたらぜひチェックしてほしい。
映画『足乃裏から冥王まで』より。この時代は松本雄吉も、役者として舞台に出演していた。
46年間の創作活動の中で、松本雄吉が生み出した表現の数々は、きっと唯一無二の未知なるもの──永遠の前衛として、映像でも衝撃を与え続けることだろう。それに刺激を受けた後進たちが、たとえ野外劇でなくても構わないので、いつの日かその実験精神と風景への眼差しを受け継いだ、新しい表現を生み出してくれたら……と、心から願っている。
文=吉永美和子

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