現代日本の生きづらさを描き出す群像
劇 『いつか〜one fine day』ゲネプ
ロレポート

『いつか〜one fine day』が、2021年6月9日(水)に東京・CBGKシブゲキ!!にて開幕した。
本作は韓国映画『One Day』(2017年)を基に、物語の舞台を現代の日本へ置き換えたオリジナルミュージカル。板垣恭一が脚本・作詞・演出を、桑原まこが作曲・音楽監督を手掛け、2019年に日本で初演された。キャストは総勢8名。初演から続投の藤岡正明と皆本麻帆に加え、再演では松原凜子、西川大貴、藤重政孝、大薮丘、浜崎香帆、土居裕子といった多彩な顔ぶれが揃った。
以下、初日の昼に行われたゲネプロの模様を写真と共にレポートする。
【あらすじ】
保険調査員のテル(藤岡正明)は後輩・タマキ(大薮丘)の担当だった仕事を引き継ぐよう新任の上司・クサナギ(藤重政孝)から命じられる。それは交通事故で植物状態の女性・エミ(皆本麻帆)の事故の原因を調べるというもの。しかし、エミの代理人・マドカ(松原凜子)と友人・トモヒコ(西川大貴)は調査に非協力的で敵対。仕事が進まないなか、病死した妻・マキ(浜崎香帆)のことをまだ整理できずにいるテルに声をかけてきたのは、意識がないはずのエミだった。俄かには信じがたいと思いながらも自分にしか見えないエミと交流を重ねるうちに、事故の陰に幼い頃にエミを捨てた消息不明の母親・サオリ(土居裕子)の存在が浮かび上がってくる。

舞台上にあるのは、極限まで削ぎ落とされたシンプルなセット。そこに立つ8人の役者たち。オープニングで登場人物たちがそれぞれ異なる色の傘を手に、異なる方向へ視線を送る姿は、本作が群像劇であることを象徴しているかのようだ。同じ時代、同じ場所で、偶然出会った彼らの人生が交わる瞬間を、観客は目撃することになる。
圧倒的な歌声と表現力でテル役を務めたのは、初演から続投の藤岡だ。数ヶ月前に愛する妻を亡くし、次々と起こる出来事に翻弄され心かき乱されているはずのテル。そんな彼の抱える複雑な心情を、藤岡は丁寧に、真摯に演じきった。胸の奥深くに染み入る切ない歌声に心奪われる人は少なくないはずだ。
同じく初演からエミを演じる皆本は、彼女だからできる、いや、彼女にしかできないエミを作り上げていた。幼いときに親に捨てられた盲目の女性という設定なのだが、舞台上で屈託のない笑顔を振りまき、無邪気に駆け回る姿が実に魅力的だ。劇中のエミの言葉一つひとつから、生きていることの幸せを教えてもらえたような気がした。
エミの親友であり、代理人であるマドカ役の松原は、強さと弱さを併せ持ったしなやかな女性を好演。物語中に登場する過去のエピソードからもわかるように、頑固で正義感が強く、友達思いな人物だということがよく伝わってきた。
西川が演じるのは、エミのソウルメイトでゲイのトモヒコ。相手を見透かしたような鋭い目つきで挑発的な態度を取ったかと思えば、心を開いた相手には優しい眼差しを向ける。再演ではパンチの効いた新曲「金魚鉢」というソロ曲も追加され、作品へのスパイス的存在となっていた。
テルの会社の後輩であり、トモヒコ曰く“ポンコツ”のタマキを演じるのは大薮だ。やたらとノリが軽くてテルに鬱陶しがられているのだが、どこか憎めない愛らしさがある。大薮自身が全力で役に飛び込んでいる様と、タマキの一生懸命さとがリンクしており、人間味のある魅力的な役になっていた。
藤重が演じるクサナギは、一見パワハラ気味の嫌な上司。だが、本当は胸の内に悩みを抱えており、彼なりに必死に毎日を生きている。そのことを、説得力のある演技で見事に表現していた。
劇中の回想シーンに度々登場するのは、テルの妻のマキだ。生前、笑顔で幸せそうにテルと過ごすシーンと、彼女が病に蝕まれてからのシーンでの演じ分けには、思わず胸が締め付けられる。
土居が演じたサオリは、幼いエミを捨てて消息不明になってるというワケありの女性。土居の気迫に満ちた芝居は、この人間ドラマにより一層厚みを持たせたと言えるだろう。
この8人の登場人物に共通していることは、生きたいように生きられず、もがき苦しんでいるということだ。そんな彼らの姿を見て胸を抉られるように感じるのは、本作が現代日本を生きる私たち自身を描いているからに他ならない。
物語の始めから終わりまでを鮮やかに彩るのは、琴線に触れるメロディの数々だ。板垣の作った詞に対して桑原が生み出したという楽曲は、一音一音の響きから物語の情景が不思議と浮かび上がってくる。キーボード、ヴァイオリン、チェロ、ギターからなるバンド演奏が、舞台と客席を音楽の力で結びつけていた。この音楽と芝居の美しい融合を、できることならば劇場で体感してほしい。
心が折れそうになる日々は続くけれども、いつか来る夜明けを信じて進んでみよう。そう思わせてくれる、至極の群像劇だった。
上演時間は休憩なしの125分。6月20日(日)まで東京・CBGKシブゲキ!!にて上演予定だ。全公演配信もあり、それぞれ配信開始から24時間アーカイブが残るという。なかなか劇場へ足を運べない人も、この機会にぜひ作品に触れてほしい。
取材・文・撮影=松村蘭(らんねえ)

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