緒川たまき、仲村トオルに聞く! ケ
ムリ研究室の第2弾『砂の女』は実験
精神に満ちた注目作

劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下KERA)と女優の緒川たまきが昨年結成した演劇ユニット、ケムリ研究室。その第2弾が2021年夏、早くも実現する。安部公房による小説『砂の女』を、KERAが上演台本、演出を手がけて舞台化に挑む。
ある砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれる一軒家を訪れると、そこにはひとりの寡婦が住んでいた。その家には常に砂が流れ込んでおり、女はひたすら砂を掻き出しながら生活している。男がその家から出て行こうとすると、なぜか女や村人たちに邪魔をされて閉じ込められてしまう……。砂に埋もれそうな家で生活し続ける謎めいた“女”を緒川が演じ、虫を追って村を訪れ女の家で暮らすことになる“男”に仲村トオルが扮するほか、オクイシュージ、武谷公雄、吉増裕士、廣川三憲というクセモノ役者たちが共演者として顔を揃えることになった。
このたび、リモートによる合同取材が行われ、緒川と仲村が作品への想いを語ってくれた。
(左から)仲村トオル、緒川たまき
ーー社会情勢的にはまた大変な時期に、第2弾の公演を打たれることになります。
緒川:昨年も「この大変な中での旗揚げ」と言われていましたのに、まさか今年もその言葉を噛みしめなきゃいけないとは思ってもいませんでした。参加してくださるみなさまには、ご苦労をおかけすることになるでしょうし、ひとつの作品を立ち上げるにあたって、いいタイミングとは言えないと思うんですけれど。前回は、一歩一歩、一日一日、少しずつでも前に進んで行けば、今できることが見つかるはずだという思いで取り組んでいましたので、今回も同様にトラブルが起こることもある程度覚悟しながら、今日できることをひたすら積み上げていきたいと思っています。
ーー仲村さんは、旗揚げ公演の『ベイジルタウンの女神』に続いての参加となります。
仲村:『ベイジルタウン~』もおかげさまでゴールができましたし、初日のカーテンコールの感動なども含めて稽古場の記憶も今ではどこか美化しているのかもしれないんですけど。僕としては、通常よりも前に進むスピードはだいぶ遅いし、どうにか敵に見つからないように気を付けなければいけない、という匍匐前進しながらの進み具合だったとは思いますが、もともと自分が楽観的なのかポジティブシンキングなほうなのか、「まあ、きっと初日は迎えられるだろう」とか「このまま楽日までいけるだろう」と稽古の時点からずっと考えていたような気がするんです。『砂の女』の初日も楽日もきっと『ベイジルタウン~』の時のような感動や達成感が味わえるんじゃないかな、と僕は今回もやはり楽観的に考えてしまっていますね。
ーー緒川さんにとって、仲村さんは共演者としてどういう役者さんですか。
緒川:トオルさんと最初に舞台でご一緒したのは『黴菌』(KERA作・演出、2010年)という作品だったと思います。その直前に映像作品でもご一緒したり、いろいろな作品でご縁をいただいていて――。ケムリ研究室には旗揚げ公演から参加していただき、今や自ら「ケムリ研究室の研究員である」とまでおっしゃってくださっていますからね(笑)。私もKERAさんも、二人にとってトオルさんは最も期待を抱かせる俳優さんであると同時に、トオルさんを通して何か物事を見ると、まるでぱーっと霧が晴れるような(笑)、そんな感じがするんです。もちろん、コロナ渦での公演になってしまったのは偶然で、出演依頼したのは新型コロナなんてまだ影も形もない頃の話で、コロナ禍だからトオルさんを頼ろうとしたわけではないんですけどね。もともと困難を乗り越える時には悪い面には目を向けずにいい形にしていこうとされる方だし、必ず前向きに動いてくださる方であることだけは確信を持っていました。同じ役者だというのに、私がこういう言い方をするのは失礼かもしれませんが、でも、こうして何か新しいことを始める時にトオルさんがそばにいてくださるということは、本当に心強い限りなんです。
緒川たまき
ーー仲村さんにとって、緒川さんやKERAさんとの作品づくりの面白さはどういうところに感じていらっしゃいますか。
仲村:『黴菌』の時は、僕はすでに集まっている人たちに向かって「お元気でしたか」と挨拶をしながら入ってくる、みたいな登場の仕方だったと思うんですが。稽古場で最初に演じてみたら、KERAさんと緒川さんが僕が戸惑うほど爆笑されていて。何がそこまでおかしいのかわからないのに爆笑されている恥ずかしさ、みたいなものを感じていたんです。でも結果的に舞台が映像になって、作品を客観的に観てみたら、それまで見たこともない自分がそこにいた。やったことのないキャラクターの抽斗を開けてくれたというか、抽斗の中に「これはあなた使えるはずだから取っておきなさい」と入れてくれた感覚があったというか。その後に出た、別のKERAさん演出の映像作品でもやはり、やったことがないような人間をやらせてもらって、見たこともない自分を見れた。だからKERAさんと緒川さんは僕にとって、開けたことのない抽斗を開けてくれてそこに新しいものを詰め込んでくれる方々、というイメージでしょうか。
ーー今回、安部公房の『砂の女』を舞台化することを決められた理由とは。
緒川:安部公房の作品を舞台上にあげるというのは、許可の問題も含め、ハードルが高いということは以前からわかっていたんですけれども。突き詰めれば、舞台向きというよりは映像向きの作品とも言えて、それはたとえば砂の描写もそうですし、究極にシンプルな人間関係にしてもそうですし、登場人物が置かれている状況を描写することによって匂わせるべき世界というものがある作品なので。ただ一観客として自分にとって理想の舞台『砂の女』というものを一度観てみたいという気持ちが、私にもKERAさんにもあったんですね。これまでにも、もしも自分たちでやるとしたらどんな感じになるかな、ということは何度か話題にはしていたんです。ただ、やはりうまくいかないよねと、そのたびに引っ込めていたわけなんですが……。だけどそれを繰り返すうちに、『砂の女』という作品が持つ実験性にも目を向けて、小説版や映画版の描写の細かさに気を取られることなく、たとえば印象に残る好きなシーンだけを舞台上に立ち上げて、それ以外のものは捨て去るくらいの大胆さで作る……、ケムリ研究室にとっての『砂の女』ということであれば成立するのではないかと思うようになったんです。
ーー仲村さんは、今回は『砂の女』だと聞いた時はどう思われましたか。
仲村:僕はお声がけいただいた段階では原作の小説を読んでいなかったので、具体的にどんなお話かは知らなかったんです。だけどKERAさんと緒川さんとご一緒できるならきっと面白いことになるだろう、いいものができるんじゃないかと予感がしたので「やりますよ」とお答えしました。そして最近になってようやく原作小説を読み始めたんですが、読むと口の中がじゃりじゃりしてくるような感覚があって毎日ほんの数ページずつしか読めなくて。最後まで読み終わるまでに時間がかかりました。読んでいる途中は「安請け合いしちゃったなあ」と思った瞬間もなくはなかったですけど(笑)。だけど読み終わった少し後にKERAさんと緒川さんからお話をうかがう機会があって。そのおかげでまた最初にお話をいただいた時に感じた「今回もきっといいものになるんじゃないか」という予感が戻ってきました。
(左から)仲村トオル、緒川たまき
ーー緒川さんが演じる“女”という役柄については、現時点ではどうお考えでしょうか。
緒川:私は18歳くらいの頃、初めてこの作品に触れまして、映画版をレンタルビデオで借りて見たのが先か、原作小説を読んだのが先かの記憶はあいまいなんですが。映画では岸田今日子さんが“女”を演じられているのですが、その生々しい存在感の一方で、岸田今日子さんならではの持ち味、どこか非現実的なものが見え隠れしていて。さらに生きるということに執着の強い純朴な女で、現代の人と太古の人がいるとしたら太古の人のような素朴な欲求、つまり、のどが乾いたら水を補給しなければ死んでしまうとか、太陽が昇ったら起きて、夜になったら暗くなるからもう何もしないという、そのくらい古代の人間のリズムに慣れ親しんでいるのもこの“女”なんですね。そして小説のほうの“女”は、話が通じなくてイライラさせられると“男”が描写していて――確かに読んでいる最中は自分もそう思うんですが、一旦本を閉じてしばらくして脳裏に浮かんでくる“女”像は、イライラさせられる奥に非常にたくましく魅力的なものが感じられ、心の中で特別な存在として置き変わろうとするようなところがあったんです。今回の舞台化で具体的にどう表現するかはまだわかりませんが、生々しい生活ぶりと、一旦その世界から距離を置いた時に生まれるたくましい魅力、それをどうやったら匂わせられるかなと。これはもう少し先になったら見えてくるのかもしれませんけど。演じる心構えとしては、“男”を混乱に陥れた張本人という立ち位置とはちょっと違うということは大事にしたいなと思っています。トオルさん演じる“男”を煙(けむ)に巻きながらも、当事者意識のないことが成立する謎めいた“女”として存在できたらいいなと、そんなことを考えています。
ーートオルさんは“男”をどう捉えていらっしゃいますか。
仲村:僕自身はまったく昆虫に興味がないので、そもそも虫を追いかけてそんなところまで行くということ自体が、読み始めた頃は理解できなかったんです(笑)。でもKERAさんと緒川さんに話をうかがった時に、失踪願望と呼ぶような強い思いではないにしても、今までの人間関係とか職業とかそれこそ自分の名前から逃れて、自分のことを知る人がいない世界で生きてみたい願望というのは、ほんの一瞬くらいは僕も抱いたことがあったかもしれないなと思ったんですよね。たとえばひとりでインドに行ってガンジス川を眺めている時にも「何もかも失ったらここで暮らしてもいいな」なんて思った瞬間がありましたし。でも今思えば「何もかも」と言いつつもクレジットカードと貯金通帳だけはその失うものの中に含まれていなかった気がしますが(笑)。だけどやはり「全部ひっくり返っちまえ」みたいなことを考えたことは、確かに何度もありました。それは主に自分がうまくいっていない時にですけど、「今よしとされている価値観が180度ひっくり返ればいいのに」とか「既得権益を持っている人たちはそれを全部失っちまえばいいのに」とか。そうやってどこかから逃れるための大義名分として“男”は虫を追いかけていたのかもしれない、しかしそうしたらたどり着いたところがかなりとんでもないところだった、ということなのかな、と。今のところはそんな感じですね。
ーー今回の共演者の方についての印象や、キャスティングの狙いを教えていただけますか。
緒川:廣川さん、吉増さん、武谷さんとはご一緒したことがありますが、私はオクイさんとは今回が初共演なんです。みなさんにそれぞれ演じていただくことになる村人の存在というのは、全体を通して見れば“男”と“女”よりは少ない時間の登場にはなりますが、“男”が囚われている村の掟のようなものが彼らの持つ暴力性などから強く匂ってくることになるわけなので、とても大事な存在なんです。なにしろ“女”は多くを語らないので、何かとヒントをくれるのは村人ですから。また村人と“女”との関係が、“男”をさらなる絶望へと導いていく部分もあります。その村人役をこのみなさんに託すにあたっては、KERAさんも私も大変安心できる方々で、稽古をしながらも、どんな風に村人たちがそこにいたら効果が出るだろうかとか、そういった実験性みたいなところも楽しんでやってくださるような信頼できる方々ばかりです。トオルさんにとってみれば、私以外の共演者はみなさん男性ですから、おそらく色々と日々の相談などもする相手の方々になるとは思うんですが。役柄上はトオルさん演じる“男”はかなり孤独な立場になるので、そんな中でも「この仲間とやれるのなら」と思っていただける方々になるんじゃないかなあ、なんて思っているのですが、トオルさん、いかがですか。
仲村:僕はたぶん、映像も含めてほとんど共演経験がない方ばかりなんです、実は。とはいえ、稽古場に入るとそんな感覚はすぐになくなっちゃうだろうなと思いますけど。
仲村トオル
緒川:あら、そうですか。私、てっきりトオルさんはみなさんを既にご存知なんだろうと思っていました。勝手な思い込みで失礼しました!
仲村:客席から見たことのある方ではあっても、同じ板の上、同じカメラの前に立った経験はないと思います。でも、この原作が書かれたのは昭和37年ですが、その頃って都市部とそうでないところの格差が今よりもすごかっただろうなと思うんです。その空気って、たとえば僕が以前、発展途上国と呼ばれるようなところの下町、あまり豊かではない人たちが住んでいるようなエリアに行った時、そこでまったく何を考えているのかわからない表情をしている人たちに感じた距離感にも似ていそうな気がして。そういう意味では初めましてに近い方々とご一緒するほうが、その距離感を見つけやすいのかなと思ったりしています。稽古場に入って仲良くなったら距離感はあっという間になくなっちゃいそうですから、なるべく簡単に親しくならないようにしておきます(笑)。
ーーケムリ研究室だからできること、試せることもあるかと思います。今回の研究課題、目指したいところは。
仲村:僕は研究室の“いち研究員”なので。煙の研究をしなさいと言われたり、砂の研究をしますと言われれば「ああ、どっちも形がはっきりしませんね」と思いながらもただただ研究を進めるだけです。
緒川:実は、KERAさんは男女の機微を丁寧にすくい取るというものには苦手意識があるんですね。でもこの作品は性の匂いもあるようなものですし、また切迫した状況がずっと続いて時間が進むような進まないような静かな流れにもなる、こういうものにも真っ向から取り組むのは決して得意ではないとKERAさん本人も言っていて。だけどあえて今まで取り組んでこなかったそういったものに、果敢に挑もうという気になっているのが現在のKERAさんの心境ではあるんだろうなと思います。そしてケムリ研究室という名前にも込めているように、どうしたら何が匂い立つかなというような実験精神を大事にしながら作っていきたいんです。KERAさんはいつも稽古をしながら台本を少しずつ完成させていくというスタンスになっていますが、今回は原作がありますから、おそらく小さなシーンをいくつか台本に書いて、それを稽古してみてはここをこう組み替えてみようとか、前後を入れ替えてみようとか、日々そんな稽古を重ねていくことで自分たちが観たかった『砂の女』にたどり着くのではないかと思っています。それはおそらく奇をてらったものにはならないでしょうし、きっと今私が話していることよりもずっと実験的な仕上がりのものになるのではないかと思います。どうぞご期待ください。
(左から)仲村トオル、緒川たまき
取材・文=田中里津子  撮影=荒川潤

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