渡辺真知子のデビュー作
『海につれていって』から、
“ニューミュージック”とは
何であったのかを考える
名うての編曲家、音楽家が集結
編曲を担当しているのは船山基紀。この前年に沢田研二の「勝手にしやがれ」のアレンジを担当して第19回日本レコード大賞を受賞している他、C-C-Bの「Romanticが止まらない」や少年隊の「仮面舞踏会」など筒美京平とのコラボレーションで昭和を代表する数多くのヒット曲を世に送り出してきた名編曲家である。バックを務めるミュージシャンもすごい。水谷公生(Gu)、武部孝明(Ba)、斎藤ノブ(Perc)、森谷 順(Dr)、そして羽田健太郎(Key)がバンマスという面子。各人を説明していると、それだけでかなりの文字数となってしまうので、それは割愛させてもらうけれど、日本の音楽シーンを創り上げてきた音楽家たちである。少しばかり年季の入った音楽ファンであれば、どんな楽曲でもこのメンバーの手にかかれば素晴らしい演奏になることを疑わないであろう。アルバム『海につれていって』の収録曲でも、どれもこれもさすがと言えるサウンドを聴かせてくれる。
M2「かもめが翔んだ日」の頭でのカモメの鳴き声風な(おそらく)ギターの音とか、M4「愛情パズル」のBメロでのモータウンビートとか、あるいはM7「なのにあいつ」のイントロで聴かせるスパニッシュなギターであるとか、歌メロに並走する独特のエレピであるとか、各パートを細かく聴いていくとキリがないほどである。2013年に再発された際にリマスタリングしてあるのか、もともとの録音、ミックス状態が良かったのか分からないけれど、全体に本作は音像がクリアーな印象ではあって、ストリングスが多めな点が個人的には微妙に思ったところではあったが、アンサンブルの妙が楽しめる楽曲群である。とりわけ船山基紀の確かな手腕を堪能できるのはM3「片っぽ耳飾り」とM5「私の展覧会」だと思う。M3は《あなたが好きだった/シャンソンでさえ/こんな時に 泣かせてくれない》との歌詞があるからだろう。シャンソンというか、フレンチポップス的なサウンドに仕上げてある。M5は初めて聴いた時、そのロック的なエレキギターのアプローチや幻想的なコーラス、さらにはドラムの手数の多さ、鍵盤の雰囲気は音色に、“何でこんなプログレみたいなバンドサウンドなんだろう?”と少し不思議に思ったのだが、これは多分、Emerson, Lake And Palmer『Pictures At An Exhibition』から連想したアレンジではなかろうか。メロディーはそんなにロックな感じでもないし、ましてやクラシカルでもないのだけど、そうした洒落っ気があったのではないかと推測する。
斯様に、歌詞やメロディはベーシックというか、そこにそれほど革新性を求めてはいなかったものをサウンドアレンジによって、そこまで他ではお目にかかれない楽曲に仕上げる。言葉の定義がどうあれ、また、渡辺真知子本人がどこまで“ニューミュージック”というワードを意識していたかは分からないけれど、アレンジャーの船山基紀やバンドメンバーを含めて、彼女たちが字義通りの“ニューミュージック=新しい音楽”のクリエイトを目指していたことは確実だろう。船山基紀のアレンジャー起用は他ならぬ渡辺真知子本人が熱望したことだという。単なるシンガーソングライターではなく、アーティストとして先見の明を持った人であったようだ。それを感じさせる『海につれていって』である。
TEXT:帆苅智之