上野水香が語る、『ボレロ』と"今"を
踊り生きる意味~東京バレエ団が〈H
OPE JAPAN 2021〉で全国ツアー

上野水香(東京バレエ団プリンシパル)は、ローザンヌ国際バレエコンクールで受賞後モナコの名門バレエ学校を首席卒業して帰国し、以後国内外の檜舞台で活躍している。その上野にとって今や代名詞といえるのが、20世紀バレエの巨匠モーリス・ベジャールがモーリス・ラヴェルの同題曲に振付した『ボレロ』の主役メロディだ。日本人女性では、上野だけが踊ることを許されている。2021年7月、東京バレエ団全国ツアー〈HOPE JAPAN 2021〉東日本大震災10年 コロナ禍復興プロジェクトが行われ、上野は『ボレロ』ほかを踊る(日替わり出演)。上野に『ボレロ』への思い、コロナ禍での活動、キャリアを重ねてきた現在の心境などを聞いた。
■「バレエは、人間が生きるための力が湧く源泉」
――昨年(2020年)春、新型コロナウイルスが感染拡大し、公演が中止・延期になりました。舞台芸術は"不要不急"と取り沙汰されたりもしました。どのような心境でしたか?
誰もが予測しないような事態が起きて、バレエが外からどのように見えているのかを考えさせられました。それと同時に、私にとって踊ること、舞台に立つことが、一回一回奇跡のようだと感じました。バレエは物理的な面では"不要不急"なのかもしれません。しかし、人の心に潤いをあたえ生きる力をもたらすことができる、人間の力が湧く源泉だと以前から感じていました。だから、それが無くなるのはどうなんだろうという疑問がありました。コロナ禍の前から「バレエって何だろう?」と考えていたんですね。今の世の中は刺激の強いものが求められます。でも、バレエは芸術で、人間の心の奥底の何かを呼び覚ます力を持っています。そのような存在でなければ、バレエダンサーをやっている意味がないと思います。
上野水香 (c)Mizuho Hasegawa
――この1年ほどの間に、町田樹さん(元フィギュアスケート日本代表)、高田茜さん(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)、松浦景子さん(吉本新喜劇)、菅原小春さん(ダンサー・振付師)といった各分野の第一線で活躍する方々と相次いでオンラインや雑誌の企画で対談されました。そうしたことから受けた影響などはありますか?
もともと対談が好きです。最初に元宝塚歌劇団の柚希礼音さんとお話しした時、「私、こういうのが好きなのかも」と思いました。その人がどんなことを考えているのかを素直に知りたいし、質問がとめどなく出てきます。バレエという凄く狭い世界で生きてきた自分が、違う世界でコアに生きている方に興味を持つのは自然ですし、セッションすることでお互いが豊かになります。対談の機会が増え、その意味ではコロナ禍でも良いこともありました。草刈民代さん(女優)のお声がけで映像配信作品に参加し、それが公演につながったりもしました。人がもっと人間同士として、真っすぐに向き合って交流したいと思えるようになってきた気がします。
『ドン・キホーテ』(2020年)上野水香 (c)Kiyonori Hasegawa
――舞台復帰は2020年9月の『ドン・キホーテ』全幕のキトリ役でした。10月にはモーリス・ベジャールの『M』で女を踊りました。振り返ってみていかがですか?
お客さんもマスクを付け、会話を控えたりしなければいけないという規制がある中、心から観たいと思う方々が来てくださいました。幕が開いた瞬間、客席の熱気を感じました。『ドン・キホーテ』は客席数50%だったとは思えない熱気で、泣くような演目じゃないのに「泣いちゃった」とおっしゃる方もいました。バレエ・舞台芸術は、求めている方には必要不可欠なものなのだと実感しました。『ドン・キホーテ』は明るい演目なので、その明るさに連れられて、どんどんテンションが上がっていった感じがあって、私たちも踊りやすかったですね。
『M』は三島由紀夫の人生や精神に焦点を当てていますが、前回(2010年)以上に作品の魅力を感じました。女という役を踊りましたが、前回は踊り切ることに精一杯だったので、10年が経過して新しくやるような感覚だったんです。彼女がどういった背景で人生を歩んできて、どういう状態で佇んでいるのかを感じながら演じることができました。抽象的な作品ですが、スピリチュアルな要素などは今の時代にマッチしているのかもしれません。
『M』(2020年)上野水香 (c)Kiyonori Hasegawa
■「否が応でも"自分"が滲み出る」それが『ボレロ』
――今年(2021年)年開けの〈ニューイヤー祝祭ガラ〉では、『ボレロ』(振付:モーリス・ベジャール)の主役メロディを踊りました。2004年に欧州ツアーで踊って以来、何度も披露しています。メロディを踊る時に「その時の進境や状況、場所、年齢などさまざま要素によって変化し、一度として同じものがない」といった旨をインタビューなどで度々話されています。新年に踊った際の『ボレロ』の印象をお聞かせください。
『ボレロ』という作品は、世の中が苦しい状況であればあるほど、より深いところが伝わるんですね。巫女ではないですけれど、祈りの踊りみたいな、儀式のようなところもあるじゃないですか。メロディとして真ん中に立つダンサーそのものが、作品を通して滲み出てくる。人間であること、人間として生きていることを、より深く実感するきっかけになると考えています。だから、この作品が持つパワーをお届けできるのは願ってもないことです。私が踊らせてもらっている意味みたいなものが初めて出る機会じゃないかなと思えました。
実際、今までにないくらいお客さんの受けが良かったんです。皆さんが本当に観たい、感じたいと思って来てくださっていることが凄く伝わってきました。私自身が2004年から踊りこんできて、ここに来て"自分"というものと作品が上手く融合し始めていたタイミングだったのもあるかもしれません。2、3年前だったら、たぶん物足りなかった。今はまだ体も動くし、深いところが表現できるのではないかと自分でも感じていました。喜んでいただけて凄くうれしかったです。
『ボレロ』(2021年)上野水香 (c) Shoko Matsuhashi
――2021年7月、東京バレエ団全国ツアー〈HOPE JAPAN 2021〉東日本大震災10年 コロナ禍復興プロジェクトが行われ、再び『ボレロ』のメロディを踊ります(柄本弾と交替出演)。2011年秋の〈HOPE JAPAN〉の際は、シルヴィ・ギエムさんが被災地を含む各地でメロディを踊り、深い感動を呼びました。今回『ボレロ』を踊る上で何を考えていますか?
正月に『ボレロ』を踊る時、少しでも多くの方と生きる力を分かつことができたら、自分が存在する意味がある、踊る意味があると思えたんですね。もし全国で踊ることができればと思った矢先に、願ってもない機会が訪れました。コンディションをしっかりと整えて、一回一回を死んでもいいというくらいの気持ちで、生命を差し出すようにして踊りたいです。
長い間『ボレロ』を踊るうちに分かってきたのですが、"自分"というものが否が応でも滲み出ちゃうんですね。もちろん作品の型を崩してはいけないのですが、滲み出る"自分"にもの凄いオリジナリティや力が秘められています。『ボレロ』を踊ることによって成長できましたし、年輪が詰まっています。私だからこそ皆さんに喜んでいただける舞台を目指したいです。
『ボレロ』(2021年)上野水香 (c) Shoko Matsuhashi
――同じくベジャール振付の『ギリシャの踊り』(音楽:ミキス・テオドラキス)も全国を回り、ハサピコを披露する日もあります。この作品の印象・魅力を教えてください。
非常に好きな作品です。子供の頃、映像でミッシェル・ガスカールさんがソロを踊る姿を見て真似をしていました。空気の乾いた爽やかなイメージが良く出てきて、地中海の香りを感じます。そして、明るく開放的だけどエキゾティック。私はずっとハサピコを踊っていますが、大人の男女の踊りだそうです。男女のちょっとした心の通い合いの中に大人の面が表現されています。テンポが速く、リフトもたくさん出てくるのでハードですね。今回はブラウリオ(・アルバレス)と組みます。リフトやカウント取りを完璧にしつつ、いい意味での男女の香りを表現できれば。衣裳は白のレオタードにピンクのタイツなので、身体のラインにも気を付けたいですね。
上野水香 (c)Mizuho Hasegawa
■孤高の舞姫が、踊り続ける意義とは
――さきほど「年輪」という言葉が出ましたが、今や東京バレエ団のダンサーの最年長ですね。長年輝き続けていますが、孤高の境地という印象も受けます。もはやライバルもいませんよね。いかにしてモチベーションを保っているのでしょうか?
孤独といえば、ずっとそうかもしれません。一緒に競い合い頑張ってというライバルは昔からいませんでした。プロになってからは常に独りでより良いダンサーになることを目指してきました。もちろん周りの皆さんに助けていただいてきましたが、踊りに対する考え方を共有できる人が全くいない中で常に孤独を感じてきました。今は年齢のこともありますので、必要としてもらえるのであれば、ひとつひとつの舞台を大切に踊っていくしかないと思うんですね。
今現在、身体が痛いとか、できなくなったこととかは何もありません。むしろ、できるようになったことがあるくらいです。いろいろな意味で開発されるのが遅いんですよ(笑)。だから、身体面ではもうちょっとできるかなと。ただ、心の面に関しては、不安に押しつぶされそうになったり、いろいろなことに傷ついたりします。泣く時もあります。だけど、私のバレエダンサーとしての才能や可能性、価値を信じてくれる人は絶対にいるんです。私自身がそれを感じ取れば、孤独から解放され救われる。そういう人がいてくれるのでモチベーションが生まれます。
自己満足の世界は終わりました。「やりたい」「やれたから満足」みたいな次元にはもういない気がするんです。私は、信じてくれる人のために踊る。踊り続ける意義は、そこにあります。
『ボレロ』(2021年)上野水香 (c) Shoko Matsuhashi
――あらためて〈HOPE JAPAN 2021〉への意気込みをお願いします。
東京バレエ団にとってベジャールの作品は大切です。バレエ団の歴史・伝統を大事にして全国を回るのは素晴らしい機会です。そこで自分がバレエ団の力として意味がある存在でありたいと願っています。『ボレロ』に関しては、長く踊り続けてきた、自分と隣り合わせの作品なので、大変な時期ですが多くの方に喜んでいただければ。とてもハードなツアーになると思うので、体と心をしっかりとさせて務めたいです。
上野水香 (c)Mizuho Hasegawa
――今後の展望について何か考えていることはありますか?
正直分からないんですね。目の前にあるひとつひとつのことにできる限りの力で臨んで、その先に何かが見えてくればいいかなと思っています。もし、何かが見えてくるのであれば、全力で挑みたい。今こうして求めていただいている、踊らせてもらえている、踊れる体であることに感謝してやっていくだけです。それに、ひとつひとつのことに120%を注いでいると、ほかを考える余裕なんてないです。だから、刹那的かもしれませんが、"今"で満たしていたいんです。

上野水香 (c)Mizuho Hasegawa

取材・文=高橋森彦 撮影=長谷川みず穂
衣裳=TOCCA LAVENDER ヘアメイク=石川ユウキ(スリーピース)

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