渋沢栄一役の吉沢亮(左)と平岡円四郎役の堤真一

渋沢栄一役の吉沢亮(左)と平岡円四郎役の堤真一

【大河ドラマコラム】「青天を衝け」
第十六回「恩人暗殺」平岡円四郎を輝
かせた鮮やかな脚本と堤真一の名演

 5月30日に放送されたNHKの大河ドラマ「青天を衝け」第十六回「恩人暗殺」では、主人公・渋沢栄一(篤太夫/吉沢亮)を主君・徳川慶喜(草なぎ剛)に引き合わせた恩人・平岡円四郎(堤真一)が刺客の襲撃を受け、非業の死を遂げた。
 雨の雨の中で繰り広げられた壮絶な暗殺シーンと、その亡きがらと対面して涙を流す慶喜役、草なぎの入魂の演技に心打たれた視聴者は多く、twitterのトレンドでも上位に入るなど話題を集めた。もちろん、筆者もその一人だ。
 今回、本コラムを書くに当たっては、やはり円四郎にフォーカスするべきと考え、その活躍を振り返ってみた。だが実は、思った以上に難しいことに気付いた。
 言うまでもなく、ご飯をてんこ盛りにした初対面以来の慶喜との主従の絆や、妻・やす(木村佳乃)との夫婦愛あふれるやり取りの数々など、名場面は幾つもある。だが、それらを挙げるだけでは、円四郎の魅力の本質には届かない気がしたのだ。
 かといって、自らの意思で行動する栄一や慶喜とは違い、慶喜の指示に従って行動する、あるいは栄一に指示を出す、という中間管理職的な立場の円四郎には、物語の行方を左右するような派手な活躍も見られない。
 にもかかわらず、これほど視聴者の心を動かすキャラクターになったのはなぜか。しばらく考えて達したのは、その理由が大森美香の脚本と堤真一の名演にあるのではないか、という当たり前過ぎる結論だった。
 その一例として、第十五回「篤太夫、薩摩潜入」で、栄一に薩摩藩潜入を命じる場面を振り返ってみたい。ここで円四郎は、次のように指示を出す。
 「ご公儀は今、天子様のお膝元の摂海を異国の船から守らねばならぬ。そこで台場を築くことになり、海岸防備に詳しいという評判の折田要蔵という者が、お台場築造掛に抜てきされた。折田要蔵は、薩摩人だ。おまえにその折田を調べてほしい」
 これは、ドラマの目的を説明する、いわゆる“説明せりふ”だ。この後もしばらく栄一とのやり取りの中で説明が続くが、ひとしきり済んだところで場面が終わっても物語上は支障ない。ところが、栄一が「薩摩の腹の内を知るは、至極大事な務めであると存じます」と任務を了承した後、円四郎から次の一言が飛び出す。
 「向こうはなんかありゃあ、もう即斬っちまうような、血の気の多い薩摩隼人だ。ひょっとすると、やられちまうかもしんねえがよ…」
 これが「いえいえ、そうやすやすとはやられません!」と応じる栄一とのさらなるやり取りを生み、単なる状況説明だったものが、円四郎の江戸っ子らしさを引き出す軽妙な場面に早変わりする。筆者を含め、この急展開に思わず笑みがこぼれた視聴者も少なくないはずだ。
 単なる説明役にとどまらず、人間味を感じさせる鮮やかな脚本と、シリアスからコメディー調まで変幻自在にこなす堤の名演。このふたつがそろったからこそ、平岡円四郎という人物がこれほど生き生きと輝き、その丁寧な描写の積み重ねが、第十六回の盛り上がりにつながったのではないだろうか。まさに「神は細部に宿る」だ。
 そんな円四郎が、関東へ旅立つ栄一を見送った際、最後に言い残したのが次の言葉だ。「だから渋沢、おまえは、おまえのまま生き抜け。必ずだ。いいな」。
 中間管理職的な立ち位置に徹してきた円四郎が、本心から発したとも思える一言だ。だからこそ、ずしりと重く心に残る。この言葉を聞いた栄一が、まだ知らぬ円四郎の死をどう受け止め、この先どんなふうに生き抜いていくのか。新たに円四郎の思いを背負うことになるその旅路を見守っていきたい。(井上健一)

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