やのとあがつま 矢野顕子と上妻宏光
のユニットたる所以に納得し、心地よ
い酩酊感に身を浸した一夜

やのとあがつまTour 2021 - Asteroid and Butterfly -

2021.5.21(Fri)東京文化会館 大ホール
矢野顕子のファンならば、彼女が津軽三味線の名手と共演したと聞いても驚かないだろう。青森は育った場所であり、しばしば民謡を彼女ならではの作法で取り上げてきたし、そもそも彼女のピアノ演奏のダウントゥアースなグルーヴはねぶたの高揚に確かに通じているように感じられる。逆に上妻宏光のファンは、日本のみならずアメリカでもジャンルを超えて高い評価を集めているアーティストと彼が共演したのを知っても戸惑ったりしないだろう。上妻自身が国境もジャンルも超えて、果敢に活動のフィールドを広げていく表現者なのだから。それでも、そういう二人がユニットを結成して作ったアルバムから聞こえてくるのがどんな音楽なのか、それを予想するのはけっこう難しいことだったかもしれない。昨年3月に届けられたアルバム、その名も『Asteroid and Butterfly』がその回答だったわけだが、“思った通りだ!”と喜んだ人も“そう来たか”と唸った人も、共通して願ったのはこの音楽をぜひライブで味わってみたいということだったはずだ。
矢野顕子
上妻宏光
というわけで、大いに待たれていたコンサートである。ただでさえ待望されていたのに、1年前に開催されるはずだったスケジュールは延期になり、秋に行われることになったスケジュールは再び延期になり、上妻の言葉を借りれば“三度目の正直”ということで実現したのだから、これはいよいよ見逃せない。
会場は、東京・上野の東京文化会館。主にクラシック音楽のコンサートが行われている会場だからだろうか、開演前の諸注意アナウンスでは「出演者への“ブラボー!”などのかけ声はお控えくださいますようお願いします」という言葉も聞かれた。その開場時間中に流れていたのはマック・デマルコの最新作『Here Come the Cowboy』だったが、マックなら茶目っ気を発揮して、自ら「ブラボー!」と叫ぶかもしれないと思ったりしているうちに暗転。やのとあがつま、それにサポートのシンセ奏者、深澤秀行が登場して演奏が始まった。
やのとあがつま
深澤秀行
やのとあがつまの音楽を、無理矢理ひと言で言ってしまえば“デジタルビートと民謡の融合”ということになると思うのだけれど、それは一般的なデジタルビートの音楽に慣れ親しんでいる人にも民謡が大好きな人にとってもちょっと不思議な感じのする音楽ではあるだろう。矢野がMCで説明した表現に倣えば「今までに聴いたことのない、民謡なんだけど大幅に違う」音楽だから、そのイメージを視覚化すると宇宙的ということになるのかもしれない。やのとあがつまの衣装は黒を基調にしたもので、その後方でデジタル信号的な照明が繰り広げられるので、見ている印象としては“未知との遭遇”感も漂う。が、音楽に意識を向ければ、重心の低いビートに乗って、矢野のピアノと上妻の三味線がリズムを絡め合う。そう。ここでは、メロディやコードが積み重ねられるのではなく、二人の演奏のうねりが絡み合って、そこに矢野の朗々とした、時に呪文を唱えるような歌が乗っかる。あるいは、上妻の張りのある歌がうねる演奏の中を突き抜けていく。前半は、それでも歌の比重が比較的大きい曲が続いたが、上妻の「賑やかな曲を」という言葉を受けて始まった「Rose Garden」で一気にヒートアップ。逃げるのと追いかけるのを入れ替わりながら戯れ合う2匹の猫のように、二人が繰り出す音が絡み合いながら転がっていく。その展開のスリリングな心地よさを満喫したところで第一部のステージが終了した。
やのとあがつま
休憩を挟んでの第二部は、やのとあがつまの音楽のダンスミュージック性がいっそうはっきりと体感できるステージになった。矢野がステージ中央で、トラックに乗って「にぎりめしとえりまき」を踊りながら歌ったのに続いて、上妻がこの日唯一この時だけ座って演奏。ソロで、オーソドックスな津軽三味線の突き刺さるような演奏を披露して満場の喝采を浴びたが、それは同時に、立って自らも踊るように体を揺らしながら演奏するのがやのとあがつまの音楽であることもオーディンエスに印象づけた場面となった。続いて、矢野がソロで、彼女の真骨頂とも言える跳ねるピアノとスキャットを駆使して唱歌する「まりと とのさま」を聴かせた後に始まったのが、「やのとあがつまバージョンで」と矢野が紹介した「津軽じょんがら節」。大きなストロークのグルーヴに合わせて、矢野が会場に手拍子を促し、オーディエンスがそれに応えて、体も揺らし始める。矢野のピアノも加わった演奏は津軽と言うよりもむしろ南国のおおらかな心地よさを連れてくるこってりとしたグルーヴだ。上妻の三味線は、こってりグルーヴの一翼を担うと同時に、ビシビシと弾ける音が煮込みに振りかける七味とうがらしの如くに刺激の強いスパイスとなっている。まさに、やのとあがつまにしか表現できないであろうバージョンの「津軽じょんがら節」は、間違いなくこの日のクライマックスの一つになった。
矢野顕子
そして、「皆さんの気持ちはよくわかってますが、今日は歌えないので、心の中の大きな声と手拍子でわたしたちを支えてください」と言う言葉に続けて披露した「斎太郎節」が大漁の船に乗って帰港する漁師たちの高揚感で会場を包んで、本編は締めくくられた。
上妻宏光
アンコールでは「小原節」の、やのとあがつまバージョンを初披露し、このユニットの更なる展開も予感させるとともに、ラストに演奏された「ふなまち唄 Part III」を聴き、やのとあがつまのユニットたる所以に納得し、心地よい酩酊感に身を浸すことになった一夜だった。
取材・文=兼田達矢 撮影=関口佳代

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