「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.12 『回転木馬』の深層を探る

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.12 『回転木馬』の深層を探る
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 VOL.10で紹介した『オクラホマ!』に続き、リチャード・ロジャーズ(作曲)と、オスカー・ハマースタイン2世(作詞)のコンビが発表した作品が『回転木馬』。1945年に初演され、890回のロングランを記録した。ただ、大らかで牧歌的だった前作に比べ、そのストーリーは殺伐として悲劇性が強い。ここでは歴史を振り返りながら、作品の神髄に迫りたい
■無職DV夫が主役のミュージカル
 原作は、ハンガリーの劇作家モルナールが1909年に発表した戯曲『リリオム』。ブロードウェイでは1921年に初演され、1940年の再演では、バージェス・メレディス(後の映画「ロッキー」シリーズのトレーナー役)と、ハリウッドでブレイク直前のイングリッド・バーグマンが主演している。ミュージカル版は、ハマースタインが脚本を担当。回転木馬の呼び込みビリーが、紡績工場で働く少女ジュリーと惹かれ合い結婚するが、彼女には苦難が待ち受けていた。ビリーは呼び込みをクビになり無収入。おまけにDV野郎だったのだ(後に自死)。『回転木馬』が上演される時、常にネックとなるのが、観客の感情移入を拒むこのビリーの存在。これまで日本でも何度か翻訳上演されているが、「ストーリーの後味が悪い」と感じた人が多いだろう。
『リリオム』ブロードウェイ再演(1940年)のバージェス・メレディス(右)とイングリッド・バーグマン
■だが楽曲は傑出していた

 ミュージカル化に当たって、ロジャーズ&ハマースタインが最も心を砕いたのが、この点だった。ビリーの人間味溢れる一面を、如何に表現するか。そこで2人が最初に取り組んだ楽曲が、彼が一幕のラスト近くで歌う〈ソリロクウィ(独白)〉。ジュリーから子供を宿した事を聞いたビリーが、父親になる喜びと不安を歌い上げる、7分半に及ぶ大ナンバーだ。
 ビリーは、生まれて来る子供は男子で、名前はビルと決めている。「俺の息子ビルは、木のように雄々しく育つ。年頃になったら、女の子と付き合う術を教えてやろう」と父親風を吹かせ、期待で胸を膨らませた後に、ふと「もし娘だったらどうしよう」と気付く。そして「桃のように可愛い娘に、極上のドレスを着せて大切に育てよう」と愛おしむが、「そのためには金が要る。他人から盗んででも手に入れてみせるぞ! さもなきゃ死ぬまでだ!」と結ぶのだ。ハマースタインは一曲の中で、ビリーの子供に対する父性愛だけでなく、短絡的で激しやすい性格も活写しており、ロジャーズのスケールの大きい旋律も手伝って彼らの代表曲となった。
作曲家リチャード・ロジャーズ(左)と作詞家オスカー・ハマースタイン2世
 そして『回転木馬』と言えば、一幕序盤でビリーとジュリーが歌う美しいバラード〈イフ・アイ・ラヴド・ユー(もしあなたを愛したら)〉だろう。遊び慣れたビリーと、身持ちの固いジュリーが好意を抱き、お互いの気持ちを探り合いながら恋愛の感情を深め、最後はラヴシーンへと昇華する究極のナンバーだ。さらに、今やサッカー・ファンの愛唱歌としておなじみの〈人生ひとりではない〉。「嵐の中、希望を胸に歩き続ければ、あなたは決してひとりではない」と歌われる感動的な名曲で、この2曲は作品を離れて広く親しまれている。
シナトラの名唱〈ソリロクウィ〉
 本作は1956年に映画化。主役は、ゴードン・マクレエ(ビリー)とシャーリー・ジョーンズ(ジュリー)が務めた。ただ、老匠ヘンリー・キングの演出がテンポ悪く、冗長な凡作に終わったのは残念。DVDは、20世紀・フォックス・ホーム・エンターテインメント・ジャパンよりリリース。「製作50周年記念版」と称して発売された2枚組DVDには、特典映像として、1934年にフランスで映画化された『リリオム』を全編収録している(116分)。
『回転木馬』製作50周年記念版DVD
 実は、当初映画版でビリー役を演じる予定だったのが、歌手、俳優としてキャリアのピークを築いていたフランク・シナトラ。マフィア関係にお友達が多く、生まれ持った不良性が魅力だった彼に、ビリーは正に適役だった。ところが、撮影初日にロケ地に現われたシナトラ、カメラが2台ある事に気付く。当時ハリウッドで流行していたワイド・スクリーンでの撮影の他に、通常サイズの撮影も並行して行われる事になっていたのだ。これを知った彼は、「同じ演技を2度繰り返すのは御免だぜ」と怒り、そのまま帰ってしまった(降板の理由は諸説あり)。
フランク・シナトラの衣装テスト
 しかしシナトラは、ビリー役と楽曲に余程思い入れがあったのだろう。前述の〈ソリロクウィ〉を後年レコーディングし、晩年までステージで歌い続けた。私は1992年に、NYでのコンサートで、このナンバーを生で聴く機会に恵まれた。当時シナトラ76歳。往年の声量は望むべくもなかったが、役者としての力量は微塵も衰えていなかった。曲の後半で、生まれ来る娘への想いを込めながら「マイ・リトル・ガール……」と優しく歌い始めると、周りの女性客が一斉にハンカチを取り出したのを思い出す。
シナトラの〈ソリロクウィ〉を収録したアルバム「ザ・コンサート・シナトラ」(1963年録音)。〈人生ひとりではない〉も収めている(輸入盤CD)。

■初演から73年を経たブロードウェイ再演
 以降大きな注目を集めたのが、ニコラス・ハイトナー演出、ケネス・マクミラン振付の、ナショナル・シアターによる1992年のロンドン版だった。この公演は賞賛を浴び、2年後にはブロードウェイでも上演。圧巻なのはオープニングだった。紡績工場で働く女性たちが定時で仕事を終えると、心弾ませて工場を飛び出す。そこに〈カルーセル・ワルツ〉の荘厳な調べに乗って、煌めく遊園地の回転木馬が現れるという、息を呑むようなステージングなのだ。だが冒頭の印象があまりに強過ぎて、肝心の本編の印象が今となっては極めて曖昧。ジュリーの友人キャリー役で好演し初のトニー賞に輝いた、当時新人のオードラ・マクドナルド以外は、キャストの歌唱が弱いのも興を削いだ(日本では1995年に翻訳上演)。
ケリー・オハラ主演のコンサート版DVD(2013年)
 2013年には、NYのリンカーン・センターで、コンサート・バージョンで上演。2019年に、『王様と私』で来日を果たしたケリー・オハラがジュリー役、ビリーはオペラ歌手のネイサン・ガンが演じた。このコンサートはテレビ放映用に収録され、現在は輸入盤DVDで鑑賞可(PCで再生出来る)。オハラは文句なしの名演で、しなやかなパフォーマンスに心奪われるも、ガンの歌と演技が平板で硬いのが惜しい。そしてこの公演でも、天真爛漫なキャリーに扮したジェシー・ミューラーが作品をさらっていた(彼女も2019年に、コンサート出演のため来日)。
ビリー役ジョシュア・ヘンリーを表紙にあしらった、2018年再演版のプレイビル
 そのミューラーがジュリーを演じたのが、2018年のブロードウェイ再演。奇しくも彼女にとって、『ビューティフル』(2014年)と『ウェイトレス』(2016年)に続き、ろくでなし亭主に翻弄される妻役だった。ただミューラーの場合、さばさばとしたナチュラルな個性が際立っており、暴力夫に耐える悲壮感が希薄なのが良い。ビリーを演じたのは、『VIOLET』(2014年)などでトニー賞にノミネートされたジョシュア・ヘンリー。エネルギッシュな歌と芝居は見事だったものの、やはり共感を得るには難しい役柄である事を認識させられた。しかし、楽曲の素晴らしさには改めて陶酔あるのみ。一曲終わった後の拍手の厚みが、新作ミュージカルのそれとは比べものにならないのだ。全般的に歌唱のクオリティーも高く、オリジナル・キャストCDは必聴の名盤に仕上がっている。VOL.13では、レナード・バーンスタイン作曲、ジェローム・ロビンス振付の『オン・ザ・タウン』(1944年)を特集しよう。

2018年再演のオリジナル・キャストCD(輸入盤)

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