逆再生ミュージカル『メリリー・ウィ
ー・ロール・アロング』が新演出で鮮
やかに蘇る

ブロードウェイミュージカル『メリリー・ウィー・ロール・アロング』〜あの頃の僕たち〜が、2021年5月17日(月)に東京・新国立劇場 中劇場で幕を開ける。
ミュージカル界の巨匠スティーブン・ソンドハイムが作詞作曲を手掛け、ウエストエンドを代表する大女優マリア・フリードマンによる新演出で贈る本作。日本初演から実に8年ぶりの上演となる。キャストには平方元基✕ウエンツ瑛士✕笹本玲奈のトリプル主演に加え、昆夏美、朝夏まなと、今井清隆ら豪華な顔ぶれが揃った。初日前夜に行われたゲネプロの模様を写真と共にレポートする。

物語の冒頭、ロサンゼルスの高級住宅地にある豪邸のテラスで物思いに耽る男がいる。映画プロデューサーとして成功を収め、ブロードウェイ女優を妻に持つフランクだ。しかしその表情はどこか哀しげで憂いに満ちている。ひたすらに夢へと突き進んできたはずなのに、どうしてここへ……? フランクは夢と希望に溢れる“あの頃の僕たち”へと少しずつ時を遡っていく。
幕開けのオーバーチュアで、そのあまりにもゴージャスでキャッチーなメロディにいい意味で拍子抜けするかもしれない。複雑で難解なメロディで知られるソンドハイムが作曲を手掛けた本作だが、決して構えることはない。むしろ、思わず観劇後に口ずさみたくなってしまうようなメロディアスなナンバーが目白押しだ。アンサンブルキャストも歌唱力抜群の実力派揃いで、聴き応えたっぷりな作品と言えるだろう。また、物語の舞台は1950〜70年代のアメリカ。こだわりが感じられるレトロな衣装や小道具が目を楽しませてくれる。
今年ミュージカルデビューして10周年という節目を迎えた平方は、本作で誰よりも苦しみ、誰よりも葛藤しているであろうフランクを熱演。哀愁漂う表情からは男の色気さえ感じられた。夢に向かってまっすぐで、世渡り上手だけれどちょっと鈍いところもある。人間味に溢れ、誰からも愛されるフランクに心掴まれる人は少なくないだろう。この10年の間に現場で鍛え上げられた、平方の確かな歌唱力もじっくりと堪能してほしい。
本作が英国留学から帰国して初のミュージカル出演となったウエンツは、実に繊細な芝居で脚本家のチャーリーの感情を表現。フランクの親友であり共にミュージカルを作って夢を志す同士だったはずのチャーリー。成功するにつれて変わっていく友への複雑な想いは、次第に隠せないほどに膨らんでいく。例えば視線の動き、メガネに触れる動作、声色……ウエンツはそれらを駆使して緻密にチャーリーという人物像を作り上げていた。
そして、もう一人の親友メアリーを大胆な演技で魅せてくれたのは笹本だ。元ベストセラー作家のメアリーは、大成功したフランクとは対象的に酒と煙草に溺れて悲惨な状態。笹本は本作の役作りのために体重も増やしたそうだ。その女優魂に拍手を送りたい。物語序盤のパーティーでの暴れっぷりには、多くの観客の目が釘付けになるだろう。また、劇中あらゆる場面でフランクへの想いが見え隠れするメアリーはいじらしく、非常に好感が持てた。
昆演じるベスはフランクの元妻であり、彼の下積み時代を支えてくれた女性だ。ベスが1幕の離婚調停の場面で歌い上げる「♪Not a Day Goes By」からは、彼女の壮絶な想いがダイレクトに伝わってくる。昆の持ち前の歌唱力はもちろん、一人の母であり女であるベスの気迫に圧倒されること間違いない。このナンバーは2幕でも登場するのだが、どのシーンで歌われるのかぜひ注目してほしい。
ガッシー役の朝夏は、誰よりもゴージャスで自信に満ち溢れたブロードウェイの大女優を堂々と演じきった。大女優の風格たっぷりで、己の欲望の赴くままに生きるガッシー。彼女との出会いでフランクの人生は大きく変わっていくことになる。一見憎まれ役なのだが、決してそれだけに留まらない奥行きのある芝居は流石だ。
ブロードウェイの名プロデューサーで、ガッシーの元夫であるジョーを演じたのはベテランの今井だ。もしかしたらジョーは、物語の中で最も変化が激しい人物かもしれない。お金を持て余し派手な生活を送っていたはずが、いつのまにか元妻にお金をたかるようになるほど落ちぶれてしまう。その変化は、今井の立ち居振る舞いや深みのある目の芝居で匠に表現されていた。
約20年の時を逆行しながら辿る、ちょっぴりビターで大人な物語。ラストシーンを観たときに、本作が逆再生で綴られたことの意味がわかるだろう。
私たち人間は愚かだ。失って初めて大切なものの存在に気づくことは少なくない。けれど、人生の道はまだまだ続く。道の途中で大切なものに気づくことができたなら、そこに希望はあるのかもしれない。
上演時間は20分の休憩を含めて2時間50分(18時半公演の回は休憩15分)。東京公演は新国立劇場 中劇場にて2021年5月31日(月)まで。その後は愛知、大阪でそれぞれ上演が予定されている。
取材・文・写真=松村蘭(らんねえ)

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