金原亭世之介に聞く「THEATRE for A
LL」で公開、落語ミュージカル『お菊
の皿』で目指すこと

落語家の金原亭世之介が率いる金原亭世之介&RAGGが、動画配信サイト「THEATRE for ALL」にて落語ミュージカル『お菊の皿』を公開した。本作は古典落語『お菊の皿』をバンドサウンドによるポップミュージックとともに楽しめる映像作品だ。「THEATRE for ALL」ならではの工夫として、アクセシビリティ対応のための字幕や、映像ならではの遊び心を感じるアニメーションも取り入れられている。
世之介はどのような思いで「THEATRE for ALL」に参加したのか。落語ミュージカルについて、そして制作時のエピソードについて話を聞いた。

<THEATRE for ALLとは>
演劇・ダンス・映画・メディア芸術などの作品を音声ガイド、バリアフリー字幕、手話通訳などの手法でバリアフリー対応、多言語翻訳に取り組むオンライン劇場として、今年2月に公開された。障害や疾患のある方、母語が日本語以外の方、さらには年齢に関わらず子どもから高齢者までが使いやすく楽しみやすいよう、アクセシビリティ対応に力を入れている。
【公式サイト】 https://theatreforall.net/

「THEATRE for ALL」サイトイメージ
■ポップソングと『お菊の皿』
『お菊の皿』は、怪談噺をパロディにした古典落語だ。幽霊となったお菊が、器量の良さとお皿を数えるパフォーマンスで人気者になる。そこに音楽をミックスしたのが落語ミュージカル『お菊の皿』だ。
「今回の撮影で意識したのはライブ感です。落語もバンドも生のライブでやってきたものですし、本気でやらないとライブ感は伝わりません。何よりライブは、自分たちがやっていて楽しいんです(笑)。こちらが楽しくないと、見ている方にだって楽しさは伝わりません」
曲想を世之介(左端)が、作曲をギタリストの中村隆志(左から2番目)が担当する。 (c)2018 King Production Co.Ltd.
撮影にあたり、スタジオには、バンドのメンバーがいる舞台と落語の高座を両方を用意した。
「落語とバンドの音楽を、最初から最後まで通して撮影しました。バンドと高座は非常に近い位置にありますから、よく聞けば、落語の合間にメンバーの笑い声が聞こえたりするはずです」
世之介は落語の高座で1シーンを喋り、バンドのステージへ移動する。1曲歌い終えると高座へ戻り、落語の続きを語り出す。時には世之介がダッシュでマイクまで駆けつける姿もあり、ライブ感たっぷりの笑いを誘う。
「例えばレコーディングならば、一人ひとりが別々に、クリック(メトロノーム)に合わせて演奏します。一方で、生のライブですとドラムがリズムをとり、ベースがあわせて……となります。しかし人間ですからリズムは段々ヨレていく。特にスピードにのせてやる曲は、0.0何秒の単位かもしれませんが必ず速まっていきます。走り過ぎると音楽性が下がりますが、呼吸を合わせて同時に録るライブでは、そのヨレが心地いいわけです」
落語もまた、勢いにのってヨレるものだと世之介はいう。
「古今亭志ん生師匠や桂文楽師匠の時代をご存じの先輩方は、落語は唄わなきゃダメだよとおっしゃっていました。歌うように伝える。たとえば講談はリズムが分かりやすいと思います。落語も裏に隠れるリズムがあり、『節がいい』なんて言います。昔はラジオで落語がたくさん流れていたのも、落語が音楽のように音声だけでも楽しんでいただきやすいということじゃないでしょうか」
(c)2018 King Production Co.Ltd.
『お菊の皿』では、7曲のオリジナルナンバーが披露される。歌詞は落語の場面をそのまま描写するよりも、場面のエッセンスからイメージを広げるように書かれている。
「落語のストーリーは噺家によって舞台で語られますが、実は観客の頭の中で、想像されて展開していくものです。ですから落語ミュージカルで歌う時に意識するのは、僕が出すぎないように、ということです。落語の登場人物が僕から離れていくように、それを邪魔しないようにしなくてはいけません。ただ最後のお菊ちゃんの歌は、遊びも入れて思い切りやらせていただいています」
ワンコーラス聞いただけで体を揺らし、一緒に口ずさみたくなるポップでキャッチーな名曲ぞろいだ。それもそのはず。二ッ目時代から音楽活動もしていた世之介が、1986年に結成したのが金原亭世之介&RAGG。活動休止期間もありつつ35周年を迎える。結成当時を次のように振り返った。
世之介師匠のブログより。二つ目時代に、東芝EMIからレコードデビュー、日本コロムビアにも所属し、フォークのシンガーソングライターとしても活動していた。 (c)2018 King Production Co.Ltd. 
「全員若かったですよ(笑)。渋谷のエッグマンで3日間の結成ライブが決まり、新作落語を2作、そして古典も1作入れようと作ったのが『お菊の皿』(当時『番町皿屋敷』)です。『お菊の皿』は、ストーリーそのものはとても単純なものです。それだけに、どこまでギャグを入れても自分流にアレンジできる。これなら音楽ともコラボレーションもできると考えました」
今では約30の落語ミュージカルがある。古典落語『千早ふる』や『唐茄子屋政談』にはじまり、ひろすけ童話『泣いた赤鬼』や、童話『ジャックと豆の木』や『白雪姫』、奈良の大仏と自由の女神の恋物語『I LOVE 大仏san』といった新作落語も。
■遊び心あるアクセシビリティ対応
「THEATRE for ALL」では、参加団体やアーティストが、それぞれにアクセシビリティ対応を検討して制作する。本作では、バリアフリー日本語字幕や英語字幕の選択が可能だ。
「テロップを入れる作業には、時間をかけました。落語は話すテンポが早いので、喋ったままを文字に起こすと、一画面では読み切れない文字量になってしまうんです。一度テロップを入れどこを抜くか検討したり、文字の見た目から受ける印象も工夫しました。言ったまま書くなら、長屋の「八っつぁん」を「八つぁん」としたりね」
さらにアニメーションも活用し、分かりやすさと同時に遊び心で楽しませる。
金原亭世之介&RAGG 落語ミュージカル「お菊の皿」本編より
「『ぎゃ~』という悲鳴のアニメーション等は、あくまでも“サービス”です。落語には、あるんです。扇子を箸に見立てておそばを食べるように、必要なものではないけれどお客様に楽しんでいただくためのサービスが。あるシーンでは、映像で合成すればいいものをあえて手作りで登場させたりしています。それも皆さんに楽しんでいただくためのサービスです」
「あとは初めて落語を聞く方のために、冒頭に寄席の高座で喋っている映像を入れました。いきなりバンドではじまって、これが落語か! と思われてもいけませんし、落語だというから見たのに騙された!って方がいてもいけませんからね(笑)」
今回は、多言語対応の取り組みとして英語字幕も選択できる。
「私が落語を教えているアメリカ人に翻訳をお願いしました。英語字幕をつけることを前提としていましたから、会話の中に"Oh My God!" と言葉を入れ、"ゴッド(God)じゃないよ、ゴースト(Ghost)だよ" なんて遊んでみたり。亀公が“兄貴ぃ~”と呼びかけますが、これは会話の雰囲気から『Brother」ではなく、スラングの『bro』になったりもしています」
■人間は皆、一緒だから
「THEATRE for ALL」は、年齢や母国語、身体的な障害などによらず使いやすいプラットフォームを意識して作られている。世之介は「THEATRE for ALL」への参加について、次のように思いを明かした。
「クールジャパンの事業(日本発のコンテンツの海外展開のプロモーション「J-LODlive」)に参加させていただくなど、以前から、英語を話す方にも分かる落語ができないかを考えていました。20年以上前から、知的障害のあるお子さん向けのスポーツ支援に関わってもいましたから、思いが重なるところがあった。そして私自身、視力がゼロになり、耳も聞こえなくなる症状を経験したこともあるんです」
2013年、世之介は原田病という免疫系の病気を患った。
「目が見えなくなってからも、途中までは一人で仕事に出かけていました。すると駅の階段や歩道の白い線が本当にありがたい。あの線は、靴を履いていても足の裏で分かる程度に、少し膨らんでいるんですね。目が見えると気がつかなかったバリアフリー対応を意識する経験でした。今後は好きな読書も、音楽も楽しめなくなってしまうのかもしれない……と思うと同時に、『それに対し自分にできることがあるんじゃないか』という意識も芽生えました」
その後入院と投薬治療を経て、一般的なコミュニケーションができるまでに快復した。今作に当時の経験がきっかけとなるアイデアはあるのだろうか。

「障害がどうと言うより、人間は皆一緒だから、誰もが楽しめるように作ること。アクセシビリティ対応やバリアフリー対応を考えようという時、作り手はどうしても『どうにかして分からせてやろう、教えてやろう』となりがちです。そうではなく、大切なのは『分かってもらおう、楽しんでもらおう』の姿勢なのでしょうね。楽しんでもらうために色々試す。でも試しすぎは、本人だけの楽しみになってしまう。落語でも芝居でも大学の講義でも、同じことが言えるように思います。途中で居眠りされるのは、楽しくできないこちらが悪いということです(笑)」
最後に世之介に、落語家として今後挑戦したいことを聞いた。
「うち(世之介一門)には、女性の弟子がいます。女性だからできる落語もあると思っています。落語はト書きもなくストーリーテラーもおらず、お客さんの想像力を頼りに、会話だけで物事が進んでいく特殊な芸能だからです。“おじさん、こんちは” と言えば、そこから始まる。誰がどこにいて、どういう人であるか等のシチュエーションの説明もなく、皆さんの頭の中で浮かんで出来あがっていきます。先ほど、歌う時に演じ過ぎないと話しましたが、演じる上でも演じすぎないのが落語です。お客さんの想像力を頼りにできる、それを活かしたコラボや挑戦ができたらいいですね」

オンライン型劇場「THEATRE for ALL」は今後も順次、現代演劇やコンテンポラリーダンスの上演映像、映画、ドキュメンタリー番組などのコンテンツが追加される。
取材・文=塚田史香

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