『虹む街』で刺激される視覚と聴覚〜
タニノクロウ、作品世界を語る〜

「今度はどんなことをやるんだろう」。タニノクロウの新作には、いつもひたすらワクワクする。飲食店がズラリと並ぶ、横浜・野毛の街が舞台。稽古場に設置された美術はやはり圧巻だった。とあるコインランドリーの最終営業日に、さまざまな国籍の人が集まり、そこで過ごす時間を描くという。どんな時間になるのだろう。タニノの作品には、これまで視覚や聴覚、あるいは嗅覚を相当に刺激されてきた。どうやら中毒に近い感覚があり、しばらくの時間が過ぎると、禁断症状をおぼえる自分もいる。『虹む街』は、作品全体がひとつの楽曲のように描かれるとタニノは語る。どんな作品になるのだろう。

◆みんなで街を好きになる
——演出用の台本を拝見しました。ダイアローグではなく、観客の視点から描かれていて、ト書きとも異なるものでした。
「今日は芝居を観にいく日だ」という視点から書き出すことは、これまでもよくやっていました。そうするほうが、僕には進めやすいんです。芝居をつくるうえで、登場人物の目線、演出家の目線、自主公演になるとお金のことを考える目線などさまざまあって、ちょっとわけがわからなくなっちゃうんですよね(笑)。いろんな角度が混在した状態で書き続けるのはむずかしいし、僕自身が迷ってしまう。観客の視点で書き進めることで批判的な目線も保てるので、最初はこういうふうに書いています。『地獄谷温泉 無明ノ宿』も、出版されたときは戯曲の形になっていますが、最初に書いたときは、こういうモノローグのような部分がたくさんありました。
——それは、俳優に見せる前提ではないわけですよね。
そうです。ノートのようなもので、人に見せるのははずかしいですから。でも今回は、見せてしまったほうがいいと思いました。というのも、『虹む街』は県民のみなさんがキャストとして参加するので、僕の考えていることを知ってもらおうと思って。だけど、キャストのみなさんにこれをそのまま見せると混乱します。あくまで大まかな何かを掴んでもらうためのきっかけなので、台詞として覚えてもらわなくていい。今の段階の戯曲を劇として凝縮すると5分くらいですから(笑)。今回、かなりフィーリングでつくっていて、僕も稽古場ではほとんど台本を読んでいません。
——『虹む街』のプロジェクトそのものは、2019年ごろから進んでいました。横浜の街を舞台にするにあたって、シナリオハンティングもされたそうですね。
スナックなどでけっこう飲みました。コロナ前からこの企画がスタートしていて、ちょいちょいお店にインタビューしながら飲み歩いていました。街の人たちを知りたいと思って、時間をかけて関係をつくっていきました。途中、コロナで直接は会えなくなってしまったんですけど……。
長塚(圭史)さんがKAATの芸術監督になり、「劇場をひらく」というコンセプトからプロジェクトが始まって、そこから県民のみなさんが参加することになった。みんなで街を好きになりたいという気持ちがあって、稽古の初日は、僕が書くうえで重要だった場所を案内する街歩きツアーをやりました。中華街や福富町、野毛の歴史についても話しました。
『虹む街』のスケッチ(美術:稲田美智子)

◆境界線を曖昧に
——タニノさんは、故郷の富山や静岡で滞在制作を重ねてきました。場所から影響を受けて作品をつくっていき、影響を受けた俳優やスタッフが、逆に場に対して影響を与えていく循環を大切になさっている気がしています。
それはすごく大切にしていますね。今回で言うと、演劇がもっと近隣の人々に可愛がられたほうがいいという気持ちです。劇場という場所が、近くで働いたり暮らしたりしている人からすると何をやっているのかよくわからないという現状もあります。劇場や演劇は、一般的に敷居の高いイメージが残っていますよね。でも、俳優や作り手には、ユニークな人たちが集まっている。劇場そのものが愛されるにはどうするか? やはり「ひらいて」いくことだと思います。
——今回は県民の方も出演されます。もともと、タニノさんの俳優への眼差しとして「プロ」「アマ」の区分けがないように思います。
そうですね。『虹む街』は「滲む」からとっているんですが、どこまで境界線をなくして演劇ができるかということでもあります。「演劇なのか演劇じゃないのかも、もうどうでもいいよね」という部分も含めて、境界線を曖昧にしたい。
僕、自分のことをプロだと思ったことがないんです。演劇は完全に趣味でやっているんですよ。飲み屋で「あなた、何をしている人なの?」と聞かれて困ったんですが、演出家を名乗るのは照れくさいし、作家というのもねえ(笑)。文章はそんなに得意ではないですし。だから「舞台をつくる裏方をやっています」と答えるんですが……。「劇作家です」「演出家です」と言ったことがなくて。思ったこともなくて。稽古場では、県民の方へのアプローチと、以前からよく知っている俳優へのアプローチは少し違ってくるかもしれませんが、どちらが優れているとかではなくて、滲んで、境界線がなくなることを期待しています。
『笑顔の砦』より(撮影:堀川高志)

◆人間くさいものに触れていたい
——稽古は始まったばかりですが(編注:取材は稽古2日目)、どのような手触りの作品になるのでしょうか。
ひとつの街の風景を見せたいですね。同時多発的に進みながら、音のありかを粒立てて、いろんなところの音が聞こえるようにしたいと思っていて。遠くの音がすごく近くに聞こえてきたり、雨音と雷鳴が入れ替わって聞こえたり。作品がひとつの楽曲のように存在するというか。距離感を曖昧にするような音で、リアリティーをずらしていくつくりにしたいと思っています。
あと、中国語やタガログ語など、5ヶ国語くらいが聞こえてきます。それぞれに台詞はありますが、どの言語を知っているかによって受け止め方は変わるでしょうね。ひとつの客席のなかで捉え方が複数あったら面白いなと。
——『ダークマスター』では、観客にイヤホンが配られました。劇のなかで、ある一定の音声情報のみ聞こえるように演出していましたが、今回はまた異なる音のあり方ですね。
そうですね。でもまだ稽古の序盤で、「これからどうしよう?」という感じなのですが(笑)。戯曲を音楽的に表現するということは、やっぱり理屈じゃない。本能的につくっていきたいという気持ちもありますね。
フィーリングを重視するのは、コロナの影響が大きいです。感染者数だったり、予防の確率だったり、日々いろんな数字に惑わされている。すべてにおいて分析的になっている状況はいけないと思いました。だいたい、成果や効率でものを考えていると、演劇をやっている意味すらわからなくなるじゃないですか。僕は結局、人間くさいものに触れたいから演劇を続けているのだと思います。
実効再生総数だとか、統計や推計がいろんなところからたくさん出てきた。本当は得体の知れないものばかりなのに、ああいうのに人間はつい乗っかってしまいます。それに乗り続けているのは危ない。数字を知って分析することで、優越感を得られると思うからです。その優越感が実は危なっかしくて、麻薬的な力があると思います。世の中をコントロールできるという錯覚にもつながります。
タニノクロウ

◆これまでやらなかったことをやろう
——『虹む街』には出演者としても加わることに驚きました。その理由は……。
いやあ、なぜですかねえ(笑)。そのほうがいいかなと思っただけなんです。今回、ここ最近やらなかったことをやろうということですね。もともと出演したいなんて思ったこともないんですけど。
——間口の広い舞台設計ですね。同時多発的だとすると、見えない部分もありそうですね。
お客さんは首が疲れるでしょうね(笑)。全部は見えないかもしれません。でも、見えなくても大丈夫で、それで何か取りこぼされるものでもないと思います。街の住人がそこにいて、芝居全体をひとつの長い楽曲みたいにできたらいいですね。でも稽古の途中で、まったく違うことを始めてしまうかもしれませんが(笑)。
撮影・取材・文=田中大介

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