中村蓉(演出・振付)が語る、東京二
期会ニューウェーブ・オペラ劇場『セ
ルセ』の楽しくて深い魅力

東京二期会が二期会創立70周年記念公演二期会ニューウェーブ・オペラ劇場『セルセ』新制作(作曲:ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル)を、2021年5月22日(土)~23日(日)めぐろパーシモンホール大ホールにて上演する。この舞台は、世界的古楽チェリストであり指揮者の鈴木秀美を迎えて贈る本格的バロック・オペラ上演第3弾。題名役が歌うアリア「オンブラ・マイ・フ」が有名な、古代ペルシャを舞台にしたコミカルなラブストーリーだ。演出は気鋭のダンサー/振付家として国内外で活躍する中村蓉。オペラ演出デビューとなる中村に、これまでのオペラとの関わりに始まり、『セルセ』の音楽・物語の魅力や演出・振付の構想を聞いた。

■振付としてオペラに携わって
中村はコンテンポラリーダンスのアーティストの登竜門である横浜ダンスコレクションEX審査員賞・シビウ国際演劇祭賞、エルスール財団新人賞などを受賞。多彩なアイデアあふれるソロ作品、踊り手の個性を生かす群舞作品を発表し、世代を超えて親しまれるワークショップや演劇の振付なども手がける。初めてオペラに関わったのは、2015年の二期会ニューウェーブ・オペラ劇場『ジューリオ・チェーザレ』(作曲:ヘンデル)の振付。演出の菅尾友と共通の知人であるドラマトゥㇽク/翻訳家の長島確の紹介だった。その時の現場をこう振り返る。
「今回と同じくニューウェーブ・オペラ劇場だったので、若い歌手の方々は何でもトライしてくれました。菅尾さんも理解があり、むしろ踊らせたいと思われていたので、音楽に対し素直に振付しました。6人のダンサーが出て、ワニの被り物を付けて踊り人気になりました。歌手の方も動くし、持ち上げられたりして踊りました。その時、オペラでは楽譜が全員の共通言語なので、ちゃんと読めるようにならなければいけないという発見がありました。恵まれた現場でした」
『ジューリオ・チェーザレ』(2015年) 写真提供:公益財団法人東京二期会 撮影:三枝近志
2018年には菅尾がドイツ・ヴュルツブルク歌劇場にて演出した『ニクソン・イン・チャイナ』(作曲:ジョン・クーリッジ・アダムズ)の振付を担当。劇場文化が根付いたドイツでの2か月間の滞在制作は大きな経験になった。
「歌手だけでなく、合唱40人、劇場専属のダンスカンパニーの12人に振付しました。まず言葉の壁がありました。英語を話すのが上手ではないので、身振り手振りで伝えなくてはいけない。振付に入る前の挨拶から全部英訳を書き出して備えたりしてコミュニケーションを工夫しました。向こうの人はもの凄く自分の主張をします。でも、何を言われても大丈夫、タフになりました。英語とドイツ語が余り分からないので、最終手段として聞き流せる(笑)。ガッツだけは認めてくれて、自分のやりたいことを結構進めることができました。言葉の壁を超えて伝わることがあるんだと実感しましたね。劇場の方も振付を気に入ってくれましたし、出来上がった作品がバイエルン放送の年間ベスト10に選ばれて凄く自信になりました」
【動画】ドイツ・ヴュルツブルク歌劇場『ニクソン・イン・チャイナ』(2018年)トレーラー

■「愛すべき登場人物たちの愛の本質を描きたい」
今回『セルセ』でオペラ初演出に挑む。依頼を受けた際の思いをこう振り返る。
「脅えましたね。自分にできるのだろうかと……。でも、これで身が砕けたとしてもいい、逃したら次はないと思いました。『ジュリオ・チェーザレ』でもご一緒した指揮の鈴木秀美さんが「蓉さん、やりましょう!」といってくださったので頑張れると思いました」
《『セルセ』ものがたり》
ペルシャ王セルセは、将軍アリオダーテの娘ロミルダを見初めるが、王の弟アルサメーネと恋仲であることを知り、弟を宮廷から追放する。
一方、セルセには異国にアマストレという婚約者がいた。彼女は変装しペルシャにやってきていたが、王が別の女性に惹かれている様子を目にして嘆き悲しむ。
また、ロミルダの妹アタランタもアルサメーネに一方通行の想いを寄せていた。彼女はアルサメーネからロミルダ宛の手紙と嘘をつき、二人の仲違いを企む。
かくして、王とロミルダの結婚式となるはずだったが、将軍アリオダーテは王の命令を読み違い、ロミルダをアルサメーネに嫁がせてしまう。王は激怒するが、そこに変装を解いた婚約者アマストレがあらわれて・・・

『セルセ』の舞台は紀元前480年頃のペルシャの宮廷。王のセルセを中心にコミカルな恋愛劇を繰り広げる。「ラブコメですね」と笑わせるが、物語や登場人物に触れ大いに惹かれたという。
「女性の登場人物の個性が皆強くて共感しました。アマストレなんて特にそうです。男装してセルセの所へ向かいますが、最初に歌う11番のアリアは「姿を変えても身も心も変わらない」という内容で現代的だなと。今回そこをピックアップはしていませんが、今の時代にフィットするキャラクターもいます。アルサメーネはナヨナヨしているけれど、彼は作品中で凄く成長していくキーパーソンだと気付いたりしました。セルセをどう描くのかは腕の見せ所です。彼はあらすじや曲だけを聴くと、本当に嫌などうしようもない奴で、恋愛偏差値が低い(笑)。でも、「オンブラ・マイ・フ」という、タイトルロールをタイトルロールたらしめる曲がありますし、演出を付ける中で、もの凄く愛しいキャラクターになりました。ちょっとした仕草とかによって憎めない存在になるんです。そういう彼らの恋愛気質、愛の本質を描きたい」
幕開け早々、セルセがプラタナスの木の下で「かつて、これほど愛しく、優しく。落ち着く木陰はなかった」と歌う「オンブラ・マイ・フ」はヘンデルの「ラルゴ」として有名。そして、それ以外にも「恋の歌」を中心に、魅力的なアリア、二重唱が目白押しだ。
「『ジューリオ・チェーザレ』の時もそうでしたが、ヘンデルの音楽はキャッチーではっきりしていると感じました。悲しい時は悲しく、楽しい時は楽しく、怒っている時は怒っている。ただ、私が聴く分には、普通よりもハッピーに聴こえているみたいです(笑)。歌詞の意味を押さえていますが、音楽のテンポやイメージから楽しくドラマティックに聴こえているんですね。物語が非常に入り組んでいるので、そこをシンプルにすることを考えました。あらすじを少しすっきりさせています。でも、好きな曲は残したい。そこを鑑みて秀美さんに曲の重要度を伺い、ヘンデルに詳しい方にも満足していただけるようにバランスを考えました」
東京二期会ニューウェーブ・オペラ劇場『セルセ』公演チラシ

■歌手とダンサーが共に輝く舞台を
現場に入っての印象を聞くと「大変!」と即答した。
「振付をやるだけとは全く違いますね。全部が楽譜で決まっています。削る場合も音楽が繋がるかどうかを確かめなければいけません。私が普段ダンスでやっている間(ま)とかテンポ感はすべて決まっているんです。ダンス作品を創る時は、「こことここのつながりって、飛んでしまってもいいじゃん!」みたいな不条理をよく起こしますが、オペラでは不条理な演出をし難い。歌詞も含め音楽を聴いて思い浮かぶイメージを舞台にのせる際、それが外れたものであれば浮いてしまいます。私の頭に浮かんだ絵を『セルセ』の物語にフィットさせる作業が非常に大事です。私一人では難しいのですが、秀美さんから音楽と動きが合っていないと教えてもらったり、副指揮の根本(卓也)さんに会話部分は一緒に稽古を付けてもらったりしています。私一人ではなく全員でやっている気持ちが常にあります。オペラが怖いのは、一歩間違えれば私の良さも悪さも全部オペラサイズに拡大され曝け出てしまうこと。ハイリスクで責任重大です」
今回も歌手たちに振りを付ける。
「歌手に対しては私がやりたい振付を振り入れして、それから前後とかの会話と合わせて繋がるかどうかを見ます。リハーサルが進んでくると、キャラクターの整合性が取れていないと納得がいかないので「今どういう気持ちだから、こういう振付を踊りたいんだ」というように気持ちとセットで伝えるようにしています」
ダンサー6名は中村の信頼が厚く気心の知れたメンバー。彼らがキーポイントになる。
「ダンサーは物語を見守る存在で、いろいろな役を踊ります。歌っている人の幻想を表したりもしますが、よくある心象風景を表す感じにはしたくないですね。彼らには彼らの存在がきちんとある。それが私のポリシーです。ダンサーを使うことによってシーンは華やかになるし、やりたいことを表現してくれる背景みたいな役割も果たします。でも、それは歌手の方のお膳立てではありません。歌手の方にキャラクターがあるように、ダンサーにも各シーンでキャラクターがあります。歌手の方が「自分たちが主役で、ダンサーはそうじゃない」と思った瞬間、そのシーンは色褪せるでしょう。視野を広く持ち、ダンサーを味方に付けた人が一番輝くでしょう」
中村蓉 「ヘンデル『セルセ』公演 プレトーク&コンサート」にて

■オペラへのリスペクト、ダンスへの変わらぬ愛
4月末に行われたプレ・イベントのトークでコンセプトのひとつとして「歌う身体、躍動する生命」を掲げ、「オペラとダンスがお互いにリスペクトをきちんと持ち、骨の髄まで融合し合った時に、新しい表現が生まれる」と話した。稽古を重ねて実感していることとは?
「オペラの歴史の厚み・重みへのリスペクトが募っています。これまでダンスを創っている時に「お客様に伝わらなくてもいいや、醸し出せば」みたいな部分もあったと思うのです。もう少しお客様に伝えるための努力ができたのではないか、伝える責任があったのではないかと感じています。オペラという、歴史があり、携わる方も多い芸術に関わることによって、もう一度自分を検証することができました。と同時にコンテンポラリーダンスの軽やかさ、何でもできる素晴らしさにもあらためて気が付きました。私が好きなものは変わらないのだなと」
大舞台でのチャレンジとなるが、日々のクリエイションを心底から満喫している。
「ありきたりな言い方かもしれませんが、今現在私が楽しいと思っていることのすべてが詰まっています。伸るか反るかスリリングで、賭けに出ているのは間違いないですが、それが世の中にどう受け入れられるのかが楽しみです。強がっていたり、自分の器の小ささに気付いたりすることもありますが、歌手の方に対しても、ダンサーに対しても、スタッフの方に対しても、リスペクトが高まっています。そのような現場に身を置けて凄く幸せです」
最後に公演に向けての意気込みを聞いた。
「紀元前のペルシャのお話ですが、令和に生きる自分たちとの共通項として、恋愛というずっと変わらないものがあります。さまざまな恋愛のタイプを取り揃えました(笑)。"推し"を見付けて応援したり、自分はこうだと感じたりしてもらいたい。見ても聴いても楽しいので、自分自身に引き寄せてご覧いただきたいですね。楽しい舞台ですが深みを出したいと思います」
【動画】オペラ初演出!ダンサー・振付家の気鋭、中村蓉が挑戦するヘンデル『セルセ』にむけてメッセージ
取材・文=高橋森彦

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