ピアニスト・三浦謙司が故郷や原点に
ついて語るーー5月にリサイタルツア
ーを開催

2019年、フランスで開催されたロン・ティボー・クレスパン国際コンクールで首位を獲得し、マルタ・アルゲリッチによるこの上ない称賛を受けた期待のピアニスト・三浦謙司。
1993年生まれの新進気鋭の彼は、これまでに第4回マンハッタン国際音楽コンクール金賞、第1回Shigeru Kawai国際ピアノコンクール優勝、2017年スタインウェイコンクールベルリン第1位、第9回浜松国際ピアノコンクール奨励賞など、めざましい活躍を遂げている。
2012年に音楽から離れた時期もあったが、自らの「芸術家」としての覚悟を決めてピアノを再開。現在はベルリンに在住しながら自らの音楽性を追求し続けている。
そんな彼が、2021年5月に国内リサイタルツアーを開催する。5月12日に行われる兵庫県立芸術文化センターでの公演は、受賞後初の地元開催となる。故郷で過ごした日々やピアノとの出会いから公演への意気込みまで、三浦の原点、そして「今」について、力強い言葉で語ってもらった。

■ピアノとの出会いは神戸で

――三浦謙司さんは兵庫県神戸市でお生まれですね。現在はベルリンにお住まいですが、地元への思い出や印象はありますか?
神戸にいたのは10歳までで、それからはずっと海外に住んでいるので、鮮明に覚えているわけではないのですが、やっぱり国内の中でも神戸が一番落ち着きます。今でも匂いや風景に触れると「こんなことがあったな」と思いますよ。
――匂いというのは。神戸独特のものがあるのでしょうか?
海の匂いですね。通っていた小学校が海に近かったので。
――ピアノを始めたのはいつですか?
4歳です。祖母の家にアップライトピアノがあり、なぜか僕はその足と足の間にずっといたそうで…。なんとなく落ち着く場所だったんですね。そこから自らの意思で「ピアノをやりたい」と言い出して、5歳で「ピアニストになりたい」と宣言していた、と親から聞いています。
――早くも自らの意思を表明されたのですね。
僕、何事も燃え尽きてしまう性格なんです。スポーツでもなんでも、ある程度まではガーっと頑張るけど、結果が出ればパタっとやめてしまう。でも、ピアノはそれがなかったんですよ。上手に弾きたい、でも弾けない。幼稚園ながら悔しい気持ちに掻き立てられていたのか、当時は3時間ほど練習していたそうです。
――まさにピアノを弾くことが宿命だったかのようですね。
最初は、近所の先生に教わる形でピアノを始めましたが、8歳である転機が訪れました。講評をいただける舞台で弾く機会があり、そこで「もっと上を目指した方がいい」という声をもらったんです。そこで本腰を入れて、さらに本格的な先生につくことになりました。
その先生には本当にお世話になりましたね。一つひとつ、小さなことまで真剣に向き合ってくださる方で…。当時の僕はまったく基礎がなっていなかったので、そういった根本的なところを叩き込んでくださいました。
厳しさもありましたが、そこから愛情を感じていたため「怖い」とは思いませんでしたし、「ピアノの生徒」ではなく「人」として僕を育ててくださった。感謝しかありません。
でも、当時の僕はあまり真面目ではなくて。大切な本番でも、きちんと完成していない状態で臨むこともあったんですよ。でも、ステージに出ると力を出し切ってベストパフォーマンスをする、という集中型。先生はすごく冷や冷やされたと思います(笑)。
――当時の印象的なエピソードはありますか?
8歳のときのウィーン旅行です。初めての海外旅行だったのですが、クラシックなどの伝統の文化が、その国・地域ならではの空気を形作っている、という様子に衝撃を受けましたね。そこで「僕はいつかヨーロッパに行くんだ」と決めました。
――10歳で神戸から離れ、お父様の転勤により家族でドバイに移住。そこではピアノは続けられたのでしょうか。
ドバイはクラシック音楽が盛んではなく、指導者も少ないので、僕も先生につかず練習すら疎かになっていました。それに、僕が通っていた学校は少し治安が悪くて……。喧嘩を売られては買う、という日々でしたね。ある日大きな喧嘩をした後、ふと自分の人生や状況を俯瞰して、「これじゃダメだ、ピアニストにはなれない」と思い直したことがあります。
――危機感を感じられたのですね。
はい。危機感を感じたことで、イギリスへの留学を決心しました。再び一生懸命練習して、奨学金を得るためのオーディションになんとか合格。13歳で単独渡英し、パーセル・スクールに入学しました。
――その年齢で自分の状況を見返し、1人でイギリスに行くなんて、大きな決意だったのではないでしょうか。
はい。日頃から「やりたいことがあれば、他人に負担をかけることなく自分で責任をとってやり遂げなさい」と教育を受けていたので、結構いろんなことを自分で決めていましたね。あとは、どれだけ荒んでも「絶対にピアニストになる」という決意が揺らいでいなかったのも大きいです。
(c)Jeremy Knowles (c)Jeremy Knowles
■日本、イギリス、ドイツ。それぞれの国で気づいたこと
――今はドイツにお住まいとのこと。日本、イギリス、ドイツ、それぞれの違いについてどう考えますか。
ドイツに関しては、日本人と考え方や生活スタイルが似ていますね。マメなところや真面目なところは同じだし、どちらもルールを大切にする文化がある。
それに比べて、イギリスは自由。ルールを重視しません。個性を大切にするので、日本にある「出る杭は打たれる」という言葉は存在しないような街。イギリスに来たからこそ「出る杭はどんどん出るべき」「そこから本当の良いものが生まれる」という考え方が身につきましたし、多感な時期を過ごせたのはよかったと思っています。
――音楽の面ではいかがでしょうか。
「クラシック音楽がアイデンティティかどうか」というのが、国ごとに大きく違いを生んでいる気がします。例えば、クラシック音楽は日本のアイデンティティではありません。だから日本では演奏面について「言われたことをする」みたいな文化もみられますが、一方で基礎や技術は非常に素晴らしい。演奏家それぞれが自分の信念や考えを見出して、自分にしか出せない「個性」を見つけることが大切なのでは、と思いますね。
その点、ドイツは日本とは真逆です。歴史的にクラシック音楽が育まれてきた国なので、プライドという名の愛情が根強い。それが裏目に出て「これが絶対的なルールだ」「こうするべきだ」というこだわりにつながっているんですよ。少し自由さには欠けますが、やはりクラシック音楽への誇りを常に感じます。
一方イギリスは、やっぱり自由です。ドイツほどクラシック音楽へのプライドも強くなく、どんなスタイルも柔軟に受け入れる懐があります。「好きだから」という理由で、どんどんいろんなものを吸収している。これはイギリスにしかない強みだと思います。
■「ピアニストとして生きていく」という強い覚悟
――2012年の19歳、一度ピアノから離れた時期があるそうですね。音楽から離れた時間を経て、今ではめざましい活躍を遂げられています。この1年4ヶ月を境に、何が変わりましたか。
そもそもピアノから離れたのは、「ピアニストになる」という覚悟の不足を実感していたからなんです。子どもの頃に意志を固めたとはいえ、決意の瞬間をはっきりと覚えているわけではない。自分の人生を左右するほどの大きな決断であるはずなのに……。
ピアノから離れることで、初めて音楽という自分の「囲い」を壊しました。そこで別の仕事を経験したりして、初めてピアニストではない自分と向き合ったんです。そこでようやく1人の人間として成長することができたし、再び強い決意を持って音楽の世界に戻ってくることができた。今なら「ピアニストとして生きていくのだ」という覚悟は誰にも負けません。
――「なぜ自分がピアノを弾くのか」という問いを徹底的に突き詰められたのではないかと思います。そもそも三浦さんにとって、ピアノとは「目的」ではなく、人生の大きな目標を実現する「手段」であるような印象を受けます。なぜ、それがあえてピアノなのでしょうか。
難しいですね……(笑)。音楽って「言葉では表しきれないもの」を表現したものだと思うんですよ。人間は基本的に物事を「言葉」にするけれど、どうしてもできないものがあるから芸術がある。
それに加えて、言葉は嘘をつけますが、音楽はつけません。その理由は、頭で考えてから「音」として表出するまでの時間が、あまりに短いから。だから、音楽を表現するということは、自分を表現するというなんです。
つまり、音楽を愛することができれば、人生を愛することができる。そんな自分を表現する手段として、たまたま小さい頃にピアノに出会えた。そこに誰よりも時間を費やしてきたから、今こうして人前でピアノを弾くことが許されている、ということだと思います。
――三浦さんにとって、ピアニストがただの「職業」ではないのが伝わってきます。
職業というより、アイデンティティですね。そもそも「ピアニスト」だからといって特別視される傾向もありますが、芸術家はどんな人とも同じ立場で、目と目で語り合うことが大切だと思うんです。そのためには、常に自分を成長させなければ。人種、仕事、考え方など関係なく、すべての人に対して「人間」として向き合うための努力が必要です。
■「自由」を表現したいリサイタルツアー
――今回のリサイタルのテーマは?
「自由」です。2020年は感染症の影響もあり、様々なことが変化した年でしたよね。僕もたくさんのことを考えました。その中で「自由とは?」という思いが生まれたんです。
今の時代、物事を安易にカテゴライズしてしまいがちです。結果的に差別やアイデンティティの問題につながることもある。そんな社会において、一人ひとりの人間が自由に生きる、というのはどういうことなのか。それを音楽で表したいと思ったんです。
――たくさんの作曲家が登場しますね。シューベルト、プーランク、ショパン、シューマン、ドビュッシー、そしてリスト。
作品の順番やバランスは非常にこだわりました。前半と後半、それぞれのスタートはシューベルトもしくはシューマン。歌曲の創作に力を入れ、人間の声について深く考えた2人です。似ているようでまったく響きの異なる彼らの対比を感じていただければ。
前半と後半、それぞれの2番目にはプーランクとドビュッシーによるフランス音楽を持ってきました。ドイツの音楽からガラリと雰囲気を変えます。フランス音楽ならではの柔らかいハーモニーで、グッと会場の流れを変えたいですね。
そして締めくくりは、前半はショパン、後半はリスト。同じ時代を生き、ピアノという楽器の可能性を広げ、音楽の自由性を追い求めた2人です。
作曲家というのは、それぞれルーツや伝統を背負いながらも、どこか自由を探して生きているのではないかと思います。「自由」という概念が変化しつつある今だからこそ、テーマとして合致するのではないかと考えています。
――最後に、三浦さんの演奏会を楽しみにしている方々に、メッセージをお願いします。
地元、兵庫県でのリサイタルは初めてです。やはり大切な場所なので、大切に大切に演奏したいと思います。
取材・文=桒田 萌

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