尾上菊五郎が語る、企業秘密の早野勘
平~歌舞伎座『五月大歌舞伎』第二部
『仮名手本忠臣蔵』取材会レポート

2021年5月3日(月・祝)より、歌舞伎座『五月大歌舞伎』で『仮名手本忠臣蔵』の『六段目 与市兵衛内 勘平腹切の場』(以下、六段目)が上演される。早野勘平を勤めるのは、尾上菊五郎だ。開幕に先駆けて行われた会見で、菊五郎は「この役には、企業秘密が多いんです。まあ、皆に教えていることだから喋ってもいいんですけれど」と笑い、五代目菊五郎、六代目菊五郎より受け継ぐ早野勘平について語った。
■勘平は「難役中の難役です」
菊五郎は、勘平を「難役中の難役」という。六段目で勘平は、自分が舅の与市兵衛を殺してしまったと早合点し、さらに主君の仇討ちに加われないことにも絶望し、切腹に至る。
「お客様にはあまり分からないと思いますが、勘平は胡坐をかいて切腹をしますから、お腹から何から、脚はふんどしの付け根まで白粉を塗ります」
さらに勘平は、お芝居の中で浅葱色の御紋服に着替える。
「舞台上で着替えもします。青黛(せいたい)をぬり、ちょっと白粉で唇を……とか、やることが多い。煙管の扱いも、どこで吸い、どの台詞を言ってちょうど良いところに落としていくのか。『色に耽ったばっかりに…』の台詞では、手の血のりをほっぺたにつけますが、血のりがバラバラしている鬘や、浅葱の衣裳につかないよう気を付けなくてはいけません。衣裳に血のりがつくと落ちないんです。今はもう大丈夫ですが、初めて勘平を勤めた頃は、衣裳を2、3枚用意してもらいました。本当に気が抜けないお役です」
尾上菊五郎  (c)松竹
後半にかけて、髪がざんばらに乱れていくのにも秘密があり、鬘には三段階でばらける工夫が施されているという。一同の笑いを誘ったのは、手ぬぐいの扱いだ。姑のおかやは、勘平の舅殺しを疑い、勘平の懐から縞の財布を奪い取る。
「懐の変なところに手ぬぐいを入れていたら、ばあさん(おかや)が『証拠は、ほれ、ここに』と言って財布と間違えて手拭いを出しちゃったこともあります。懐に入れちゃいけないなと思い、手ぬぐいを出したりもして。やることが多い。しかも、おかやからはドンドン苛められ、おかるからは身請けされてもう会えないと言われちゃう。女衒の源六にもトントン言われる」
勘平として精神的に追い込まれていきながら、段取りどおりに進め、役を勤めなくてはいけない。
「こんがらがって頭の芯が痛くなるようなお役です。発散できる役でもありませんし、じっと全部堪えなくてはなりません」
難役である理由を明かしつつ、「今、新種のイギリス型とかブラジル型とか流行っていますが、私は五代目六代目が作った音羽家型でやろうと思っています」と、ユーモアもまじえ一同を笑わせた。
■型を継承し、肉体にあわせたやり方で
勘平を勤めるのは15回目。初役の時は、二代目尾上松緑に役を教わった。これまで多くの場合、六段目は、舅が斧定九郎に殺される五段目とセットで上演されてきたが、今回は舞踊『道行旅路の花聟』(勘平:中村錦之助、鷺坂伴内:中村萬太郎、おかる:中村梅枝)の後、五段目を飛ばして六段目に入る。
「たしかに五段目をつけたほうが、念願の一味徒党に加わった、意気揚々とした気持ちで六段目に入ることができます。今回は六段目に向けて開演前に、自分で気持ちを作り、意気揚々と入っていこうと思っています」
そして五段目がない分、腹に刀を突き立てた後の千崎への説明は「はっきりと、お客さんに分っていただけるように」勤めたいとも語っていた。一文字屋が去り、与市兵衛の亡がらが運び込まれると、嘆き悲しむおかやを背に、勘平は敷かれていたゴザを丸めはじめる。以前はこの動作が好きではなかったというが、現在はどうなのだろうか。
尾上菊五郎  (c)松竹
「自然に『とんでもねえことをしてしまった』という気持ちになれば、自然にゴザも巻けます。五代目、六代目の型でやらせていただきますが、自分なりの工夫、自分の肉体にあわせたやり方があるとも思います。松緑のおじは『おとっつあんの財布だと分かったくだりからは、ずっと下を向いていろ』とおっしゃったけれど、私はそれができません。ばあさんとおかるの話に反応したり、やっぱり……という芝居をしたいと思いますし、そのようにしています」
切腹の場面は、「演じている時は本当に苦しい」と菊五郎。
「腹を切ったら、お腹の中に栗のイガが入っているように台詞を言う。声をはらずに、と口伝にあります。といってもお客様に伝わるよう、ある程度歯切れよく喋るところは喋ります。それどころの痛さじゃないと思うんだけれど、昔の人の口伝は面白いですね。同じ切腹でも『義経千本桜』のいがみの権太は、足の指を動かして苦しさを表します。『勘平は侍だから、それをやってはいけないよ』と教わりました。苦しいので膝は少し動いてもいいのですが、足の指は揃えたままです」
■忠臣蔵が「忠臣」たるゆえん

家族に対しての申し訳なさと、亡き主君の仇討ちに加わりたいという願い。様々な思いが押し寄せる勘平はどのような思いでいるのだろうか。
「仇討ちに重きを置いた方が『忠臣蔵』はやりやすいです。二人侍(千崎弥五郎と不破数右衛門)の前で、ばあさんが余計なことを言い出しますね。勘平は仇討ちに加わりたい一心ですから、『これ以上騒いだら(おかやを)殺してしまおう』、『手拭いで首絞めてやりたい!』くらいの気持ちではないでしょうか。五段目で五十両を手に入れた時も、人を撃ってしまったことは忘れ、『これは天より我に与うる金だ!』と喜んだ方が、気持ちのもっていき方が良いように思います」
だからこそ六段目のはじまりは、意気揚々と勘平を演じる。

「それが段々、え? 自分がとった金は舅の金だったのか? と犯罪者のような心理になっていきます。そこに二人侍がやってきて、お前なんか生きている甲斐がないといわれ切腹をする。勘平も、ちょっとおっちょこちょいですね(笑)。でも最後には徒党一味に加わり血判して喜び、最後まで『おかるにこのことを言わないでくださいね』と念をおす。四十七士の企てがバレないよう、頼み込んで死んでいくわけです。この辺りが『忠臣蔵』の『忠臣』たるゆえんではないでしょうか」
尾上菊五郎  (c)松竹
■音羽屋ゆかりの演目を5月の歌舞伎座で
『五月大歌舞伎』では、女房おかるに中村時蔵、千崎弥五郎に中村又五郎、女衒の源六に市村橘太郎、そして母のおかやに中村東蔵、一文字屋お才に中村魁春、不破数右衛門に市川左團次という盤石な布陣だ。これには感染症対策が影響していることを菊五郎は説明する。
「2回の稽古で本番です。新しい人を入れ3回、4回と稽古はできないんです。舞台稽古の2回で完ぺきな舞台をと言われると、どうしてもこういう人選になりますよね。安心ですもの」
歌舞伎座は、昨年8月に再開して以降、出演者同士の接触を最小限に留めるべく、各部が終わるごとに出演者たちが入れ替わる。舞台以外では、基本的に他の俳優と顔をあわせることもないため、菊五郎は「楽屋の中は寂しいですよ」と率直な思いを吐露していた。第三部に出演予定で、3月末より病気療養中と報じられている中村吉右衛門について問われる場面もあった。菊五郎は「ただただ元気に戻ってきていただけるのを待つだけです」と迷いのない表情で答えていた。
会見の最後は『五月大歌舞伎』の開幕向けて、力強いコメントで結ばれた。
「5月は音羽屋にゆかりの狂言が並びました。第一部の『土蜘』には孫の寺嶋眞秀が、太刀持という大事な役で出させていただきます。第一部『三人吉三巴白浪』に出る尾上右近くんも習いに来ました。第三部『春興鏡獅子』では、尾上丑之助と坂東亀三郎が胡蝶の精を勤めます。うちの舞台で、ふたりが稽古するのを菊之助が見ています。みんな喜んでやっていますが、どうなりますか。それでも皆で力をあわせ、狂言を一生懸命にやっていこうと思っております」
東京・歌舞伎座の『五月大歌舞伎』は、5月3日(月・祝)から28日(金)まで。
尾上菊五郎  (c)松竹
取材・文=塚田史香

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