倉持裕と奈緒が語る、時空を超えて二
つの世界を行き来する二人の少女の物
語『DOORS』

徹底した爆笑コメディもあれば、SFチックで不可思議なファンタジーや、不条理なナンセンスものがあったり、と作品ごとに見事なまでに世界観の違う高品質なエンターテインメントで観客を楽しませてくれる、劇作家にして演出家の倉持裕。昨年は新型コロナウイルスの感染状況の影響で作・演出していた舞台が公演中止になったため、実に一年半ぶりの書き下ろしとなったのが、この最新作『DOORS』だ。
高校生の真知と理々子が、とあるきっかけで一緒に旅に出ることになる。行き先は時空を超えた“もうひとつの世界”。そこにはもうひとりの自分がいるのだが、でも今の自分とはちょっと違う。友達や家族がいても、やはりどうも様子がおかしい……。そんな、「そうであったはずの世界」と「こうなってしまった世界」を“ドア”をくぐって行き来する、二人の少女の物語。
真知役を、ドラマ『あなたの番です』でのインパクトある演技で強い印象を残した若手実力派の奈緒が演じるほか、理々子には元乃木坂46の伊藤万理華、真知の母親には早霧せいなが扮し、この三人を取り巻く人々の役として菅原永二、今野浩喜、田村たがめという個性派キャストが顔を揃えることになった。
不思議なドアをくぐることで二人の少女はどんなことを体験し、どう成長していくのか。じっくり話をするのはこの取材日が初めてだという、倉持と奈緒に作品への想い、演劇そのものへの思い入れなど、いろいろ語ってもらった。
ーーこの『DOORS』という新作は、今日の時点ではまだ執筆中だということですが。どんな作品になりそうですか。
倉持:一言で言うと、パラレルワールドに行ってしまった母親を取り戻そうとする女子高生の奮闘を描くお話です。新型コロナウイルスの影響で、昨年は世界中でさまざまな予定が狂ってしまいました。たぶん大勢の方が「本当だったらこうだったのにな」と考えたはずなので、それについて書きたいなと思ったんです。それで、その“本来こうだったかもしれない世界”と“こうなってしまった世界”という現実を、行ったり来たりしながら物語を進ませようかなと。
倉持裕
ーーやはり、このコロナ禍での上演になることが作品に影響したりも?
倉持:現実的に、稽古では役者がマスクをしながらとか、そういうことにはなると思います。台本を書く際にもあまり大勢が集合するシーンは書かずに、だいたい二人一組で出てくるという感じで進めていくつもりです。内容的にはちょっとファンタジー、SFっぽいところもありますね。異世界、もうひとつの平行世界に旅に出るというお話なので。その点では大嘘をつかなきゃいけないな、と思っています。
ーー奈緒さんはこの作品への出演のお話が来て、どう思われましたか。
奈緒:うれしかったです。以前『火星の二人』という、竹中(直人)さんと生瀬(勝久)さんが共演された舞台(竹生企画・2018年)があって、その舞台の演出を倉持さんがしていらっしゃったんです。これがとても面白くて、楽屋で竹中さんにいろいろとお話を聞いている中で「奈緒は舞台とかやりたくないの?」と聞かれて「すっごく、やりたいです!」という話をさせていただいていた時はまだ一度も舞台に立ったことはなかったんですが、事務所やマネージャーさんにも相談していずれは年一本ペースくらいでできるようになりたいというようなこともお話して。そうしたら竹中さんが「ぜひ、倉持くんと一緒にやってほしいなぁ!」って言ってくださっていたんです。
倉持:それは、ありがたいことですね(笑)。
奈緒:そのあとで『鎌塚氏』シリーズも観に行かせていただいていたので、倉持さんは私のことはご存知なかったと思いますが、私のほうは一方的に作品を拝見して、いつか舞台でご一緒出来たらいいなぁなんて思っていました。それでも、まさかこんなに早いタイミングでご一緒出来ると思っていなかったので、今回のお話をいただけて本当にうれしかったです。
奈緒
ーー倉持さんは、奈緒さんにはどんな印象をお持ちでしたか。
倉持:確か『鎌塚氏』の時に、初めてご挨拶させていただいたんですよね。そのあとドラマの『あなたの番です』を見て、とても可愛らしいし声が綺麗だし、なんかこう、ふにゃーっとした笑顔がいいじゃないですか(笑)。怖くも感じるし、逆に純粋にも見えるし。今回の話は、その両面を出していただくことになるんです。奈緒さん演じる真知は、こっち側の現実世界とパラレルワールドの世界と、どちらの世界にもいて、それぞれ性格がちょっと違うんです。だから、その両方の魅力を発揮していただこうと思っています。
ーー登場人物はそれぞれ、キャストの個性に合わせてあて書きされているそうですが。全体的なキャスティングの狙いとしては、どういう方を選ばれたんでしょうか。
倉持:ファンタジーとはいえ、やはりこのコロナ禍だから大人数は出せないなということになって六人に絞りました。女の子二人の旅の話で、しかもそのお母さんとのドラマを作りたいと思ったので、おのずと女性の役が増えていき、女性から先に決めていったんじゃなかったかな。どういった二人組がいいかということ、お母さんとだったら誰を組み合わせたいか、とか。他の登場人物はどうからませようかとか、逆にどういう人物がからんできたら三人のドラマがふくらむか、とか。そういう順番で選んでいったと思います。
ーーちょっと新鮮というか、これまであまり見ない顔合わせだなと感じました。
倉持:結果的に面白くなったんじゃないですか(笑)。それぞれの場所で活躍している人たちではあるけど、この顔合わせで一堂に会することってあまりなさそうですしね。
ーー奈緒さんは、このキャストの中で共演されたことのある方はいらっしゃいますか。
奈緒:今野さんとは『竜の道』というドラマで、ご一緒でした。実はそのドラマの撮影中に、舞台で共演できることがわかったので「またすぐにご一緒できますね」って、盛り上がりました。
ーー今回、二人一組で物語が展開するということは、真知と理々子がペアで移動するみたいなことなんでしょうか?
倉持:二人でいろいろなところを旅していく形にはなりますが、二人一組といってもいろいろな組み合わせをこの六人で作っていくので、ずっとそのペアで、ということではないです。旅先に着いてから、別行動で他の人に会いに行くこともあるだろうし。また二人の関係にしても、現実のこっち側の世界では簡単に言うと奈緒さん演じる真知がちょっといじめられっ子で、それは伊藤さん演じる理々子にいじめられているわけなんですが、パラレルワールドではその関係が変わっているんです。こっち側の真知が、向こうの世界の理々子に会ったりもします。ちょっと席をはずしたタイミングで、向こう側の世界の人物が現れて、自分が知っている彼女かと思って話しかけたら全然対応が違うんでとまどう、とかね。
(左から)奈緒、倉持裕
ーー女の子二人で旅に出る、という物語の発端自体もコロナ禍の影響もあってのアイデアですか。
倉持:いえ、それは関係ないです。主人公を二人の少女でというのは、初めから決まっていました。それを本当はもっと大人数でという構想だったところを、事態がこうなってきたからこそ少人数のシーンで描くようにして。でもそうしたことが逆に、かえって良かったなという転がり方をしたということもあります。この芝居自体もそうですし、この一年ずっと、そうだった気もします。公演が中止になって不幸だ不幸だと思っていたけれど、でもそのせいでスケジュールが空いたから、こういう作品ができるようになったんだなとか、出会うはずじゃなかった人と会えたりもできたし。そんなことも、この物語では描いているんです。こっち側の世界で最初に不幸だと思っていたことが、向こう側では幸福のように思えるんだけれども、よくよく掘り下げていくと向こうは向こうで問題があって。どっちがいいとも言えないな、みたいな話になると思います。
ーー奈緒さんは、そういうパラレルワールド的な世界には興味があったりしますか。
奈緒:これは偶然なんですけど、私、昨年経験した初舞台(『終わりのない』)がそういう平行世界を描いたものだったんです。私はパラレルワールドに飛ぶほうの役ではなかったんですけどね。
倉持:それは存じ上げなかった、マズイな……(笑)。
奈緒:いえ、でもまったく同じ話ではないですから(笑)。
倉持:まったく同じだったらもっとマズイですよ(笑)。
奈緒:アハハ。でも、そういう運命だったのかなって思って、ビックリしたんです。もともとそういう世界には興味がありましたし。というのも私、私生活の中で過去の自分に手紙を書いたりすることがあるんです。また逆に、未来の自分に宛てても書きます。この間も26歳になったタイミングで18歳の自分に手紙を書きました。届くことはないかもしれないし、届くかもしれない(笑)。18歳の自分になんて声をかけたいんだろうと考えたら、意外に今の自分は当時の自分が思っていたよりもそれほど大人ではないし、ダメなところばかりなんだけれど、でもあなたがこの仕事をやるって決断をしてくれたから今、私はここにいられるの、と。過去の自分は別の人物だと考えれば、自分に感謝できたり、自分のことを好きになれたりもするんです。そんなこともあって私は今回のお話のプロットを読んだ時、すごく希望を感じましたし、きっと多くの方々の心にも届くんじゃないかとも思いました。それと、純粋にいろんな世界を見られる時間が過ごせることを、このお芝居の中で楽しみたいなとも思っています。
ーーちなみに初舞台ではどんな経験をして、どんなものが得られましたか。
奈緒:本当にすべてが初めてで、出会ったもの、時間、すべてが得たものとしか言いようがないくらいに、多くのことを教えていただきました。映像のお仕事との違いですごく感じたことは、稽古を経て本番が始まっても私、最初は全然緊張しなかったんです。何もわからなさ過ぎたせいかもしれないですが、何日か経ったら急にすごく不安を感じるようになって。きっと何かが自分の中で変わった瞬間だったんだろうと思います。そうしたら、ご一緒していたイキウメの浜田信也さんが「大丈夫だよ、そうやって緊張した時は相手の声を聞いてごらん」と言ってくださって。それからとにかく相手のセリフを聞いてお芝居をしていたら、演出の前川(知大)さんに「何かあった?」と言われたので「なんでですか?」って聞いたら「奈緒ちゃん、すごく道が広がった感じがした」って。「今までは再現度が高かったけど自由ではなかった。それが今日はすごく自由になってたよ」って言われたんです。その時、お芝居は自分の中で生き物みたいに変わるんだという瞬間を経験できたなと感じて、自分はとても幸せだなと思いました。得るものは、すごく大きかったと思います。
ーー自分が二人いるということは、二人組で移動すると、それぞれ対称的なキャラクターがそれぞれをどう変化させていくのかについても難しそうですが。
倉持:ただまったく対称的に作り過ぎると、コメディになり過ぎるから、そこまで徹底した対称にはしないと思います。ちょっとずらす、というくらいかな。それに結局、顔は同じだけど全然違う人、というわけでもないんです。まったく同じ遺伝子を持った人間が、人生の選択のタイミングでこっちの道に行くか、逆の道を選ぶかで経験と社会的な立ち位置が影響して性格が変わっていったということになるので。
倉持裕
奈緒:そう考えると、その真知を演じることはすごく楽しみです。きっと自分にも選択の瞬間ってたくさんあったはずで、その度に枝分かれして、誰かと新たに出会って。そこで違う人と出会っていたら、私も今の自分とはきっと同じじゃないですし。周りに応援してくれる人とか自信をくれる人がいたから自信を持てているだけで、全部が自分の中から出てきたものではないですし。同じDNAを持った人間なら、何か通っている部分もあるだろうし、そこをうまく見つけていけたら。そして、真知が経験したことによって、どんな変化が起きたのだろうということも感じながら演じてみたいです。
ーー演出プランとしては、現時点ではどんなことをお考えですか。
倉持:とにかくまずは、パラレルワールドを存在させるために大噓をつかないといけないなと思っています。そのためには、こちら側と向こう側を繋げる入口がどこかに必要になるわけで、それはまさにタイトルが『DOORS』だから、ドアだと思うんですけど。その場面は、ちょっと派手にやりたいです、まあそこはこれからスタッフと相談するところなんですけれど(笑)。派手なバリバリっとした音と視覚的な何かで表現したいんですが、まさにそこが勝負です。そこで、向こう側の世界の存在を感じさせられたら、と。あとは役者がどう演じ分けるかも大事で、それぞれが両方の世界の自分を演じるということになるので、いかにあざとく、おおげさにならずにやれるか。それに関しては演出の問題でもあって、そういう演出ができるかどうかが肝だと思っています。
ーー今回、稽古本番に向けて一番楽しみにしていることは。
奈緒:質問の意図とたぶん全然違う答えが今、頭に浮かんでしまいました(笑)。みんなで、ぜひお揃いのTシャツが着たいなと思っていて。
奈緒
倉持:いいじゃないですか(笑)。でも物販用に作るものだと劇場入りしてからの納品になるから、みんなで着るタイミングがあまりないかも。
ーー何かテレビ番組に宣伝で出る機会があれば、オリジナルのTシャツを着ることも。
奈緒:ああ、ありますね。
倉持:どこかでそういう機会があればいいけど。あと、今後も舞台をやっていくとそういうTシャツがたまっていって、だいたい稽古着としてみんな着てくるから。
奈緒:あの作品に関わっていたんだーとか、スタッフさんのTシャツを見て知ることができるんですよね。そういうことがあるのも、楽しみです。それとやっぱり、この六人という多くはない人数でこの物語が演じられるというのは、それぞれの方とからむシーンがしっかり作れそうなので、それも楽しみなことのひとつです。もちろん、倉持さんとご一緒出来ることもそうですが。まずもう、お話をこういう風にしっかりとさせていただくのも今日が初めてなので、実はすごく緊張していて。
倉持:それは僕も一緒ですよ(笑)。
奈緒:でも稽古という幸せな時間がありますから、そこでいろいろと不安なことにも飛び込むような気持ちで挑戦したいです。客席から拝見していた倉持さんの舞台はコメディで、明るく笑わせてもらえるシーンがたくさんあって。「この役者さんのこんなところ、私、観たことがなかった!」と、何度も思ったんです。だから私も今回は倉持さんに身を委ねて、自分ではまだ知らない自分を見つけられたらいいなと思っています。
倉持:僕の場合は単純に作・演出作品ということでは、去年の2月にゲネプロの前日に中止になってしまった公演があったんですが、それをカウントしないとなると一昨年の12月の『鎌塚氏、舞い散る』になってしまうんです。その間、演出だけとか脚本だけというものはあったけど、作・演出の公演はこれが一年半ぶりになるので、そこはやはり楽しみですね。
ーーあとは稽古と本番が無事完走できれば、と願うばかりです。
倉持:そうですね。でも去年は「この舞台、本番ができるのかな」とか「できるかできないかわからない、曖昧な気持ちでものを作るのはいやだな」なんて思っていましたが、今はもうそういう気持ちはないんです。縁起でもないけど万が一なくなっちゃったとしても、それはその時はショックですが、今の段階でそれができるかできないかというような、答えが出ないことを考えながら作るよりかは、もうやるんだ! という気持ちで作っていきたい。そういう気持ちというか、姿勢みたいなものが以前とはかなり変わったなと思っています。
(左から)奈緒、倉持裕
ヘアメイク=竹下あゆみ
スタイリング=岡本純子(afelia)
取材・文=田中里津子  撮影=池上夢貢

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