ピアニスト江﨑昭汰インタビュー~幻
の作品を集めた異色のピアノCD「黛敏
郎の秘曲」

没24年を迎えた巨匠・黛敏郎の新幹線音楽や結婚交響曲を発掘
2021年1月31日に黛敏郎作品集として開催された無観客で行われたピアノコンサートがCD化された。これがCDデビューとなるピアニスト江﨑昭汰は、ベルギーのリエージュ王立音楽院で学んだ気鋭の若手である。ピアノマニア向けの楽譜出版社を運営しつつ、世界中のピアノファンや著名なピアニストと交流を持ちながら活動を行っている。そんな江﨑に、4月17日発売のCD「黛敏郎の秘曲」について話を聞いた。
CD「黛敏郎の秘曲」ジャケット

ーー 「黛敏郎の秘曲」。まさに名は体を表すCDですね。黛敏郎の作品ゼロ番から未完成の遺作まで、ピアノソロだけではなく、4手連弾や、エレクトロニクスを加えた曲もある。《新幹線メロディー》とか《ウェディング・シンフォニー》とか(笑) 現代音楽、電子音楽、映画音楽など幅広い仕事で評価された巨匠の作品が1枚のCDにまとまっていますね。
このCDは「日本の作曲家秘曲探訪」というシリーズ演奏会の第3回目として行われたライヴのCD化です。「秘曲」というテーマで選曲することはあまりないのですが、スリーシェルズの西耕一さんと相談しながら決めました。1枚のCDで、黛敏郎の処女作から遺作までを集めており、入門者からマニアックな秘曲目当ての方までに楽しんで頂ける内容となっています。
ーー 1曲目は、黛敏郎編曲の《君が代》。これは私達が知っている《君が代》とどう違うのでしょうか?
黛敏郎が、様々な編曲の《君が代》を踏まえて、自分なりに「かくあるべし」と、雅楽の響きを意識して3管オーケストラとして編曲したものです。私達がオーケストラで聞き馴染んでいるのは主に近衛秀麿編曲版のものなのですが、低音の厳かな響きや、豊かな広がりを持ったオーケストレーションは、黛にしかできないセンスだと思います。素晴らしい編曲なのに、演奏もされず、CDもないので、「秘曲」というに相応しい作品と言えるでしょう。この編曲が持つ荘厳な雰囲気を失わないように心がけながら忠実にピアノ4手連弾として編曲してみました。なお、磯部英彬さんによる録音・編集技術で、私自身が2人分の演奏をして、それを重ねて4手で弾いているようにしています。
和服の黛敏郎
ーー 2曲目は、黛敏郎が15,6歳の頃の作品ゼロ番の《12の前奏曲》から第1曲、第2曲ですね。どれも聴きやすくて、戦中の少年が作曲したと思えない。
この曲を私は度々取り上げていているのですが、今回は12曲のうちの頭の2曲を収録しています。黛敏郎はドビュッシーを意識して作曲したのではないかな、と思う部分もありますが、十代半ばの少年が、戦火の中で作曲していた曲とは思えない完成度です。ピアニストのレパートリーとしても成り立つのではないかと思います。
前奏曲の表紙
ーー 3曲目は、バレエ《かぐや姫》のスケッチからの3つのシーンですね。
このバレエ音楽は《金の枝の踊り》だけが知られていたのですが、近年、西耕一さんが当時出版されていたガリ版刷りの楽譜を再発見して、3つの組曲として、全音楽譜さんからも楽譜が出版されました。しかし、3つの組曲としての録音は、今回が世界初録音となります。《金の枝の踊り》はショパンのピアノ曲を思わせる部分があるのですが、この曲だけではどうも収まりが良くなかったのが、3つの組曲となると、コンサートで取り上げやすくなったと思います。特に第3曲はストラヴィンスキーを意識したエネルギッシュな作品です。
Shota Ezaki plays Toshiro Mayuzumi - 黛敏郎の秘曲(CD音源よりの抜粋)

ーー 4曲目は、《ウェディング・シンフォニー》。これまた珍しい曲ですね。
これは関係者にしか知られていなかった黛敏郎の秘曲と言えます。結婚式の式場で使われるBGMとして作曲された合唱とオーケストラのための30分ほどの音楽なのですが、私はこの作品をとても気に入ってしまい、ピアノのために編曲をしました。《涅槃交響曲》や《曼荼羅交響曲》で知られる作曲家の顔とは一味違って、聴きやすいメロディに溢れ、幸せな気持ちが溢れた音楽だと思います。しかし、新郎新婦入場、ケーキ入刀、乾杯、お色直し、など、日本的な「結婚式」を意識した「儀礼音楽」としても作られています。クラシックの名曲と共通するような万人受けするメロディ、ジャズやポピュラー音楽の要素も使われていて、演奏していても心地よい曲です。
「ウェディングシンフォニーの楽譜より 一部」(黛敏郎のオリジナル譜より)
「ウェディングシンフォニーの楽譜より 一部」(江﨑のアレンジ自筆)
ーー 5曲目は、《0系新幹線メロディ》。これは15秒ほどの曲なんですね。
正直な話、この曲を理解するには時間がかかりました。あまりに未来的で……。何回も練習していて、本当にこれでいいのか?と思ったこともあります。しかし、引き込むうちに黛敏郎が「時速200キロで走る夢の超特急」に対して抱いた斬新なサウンドはこんなふうなのかな、と思うようになりました。あまりに先端を走り過ぎていて、この音楽が新幹線の車内で流れていたのは数年間だけだったようで、秘曲と言えますね。叶うことなら、このメロディを新幹線内で堪能したいものです。
電子音楽スタジオの黛敏郎
ーー 6曲目は《マルチピアノのためのカンパのロジー》ですね。
この曲は、NHK電子音楽スタジオで作られた特殊なピアノのための作品で、そのピアノ自体はもう残っていないようです。今回は、磯部英彬さんがエレクトロニクスを担当して当時のサウンドを再現しています。私自身も、黛敏郎が探求した「お寺の鐘の響き」をピアノで出せるように意識してみました。実際に出来上がった得も言われぬ「カンパノロジートーン」は味わい深い思いです。
マルチピアノのためのカンパノロジー
ーー 7曲目は、黛敏郎の遺作《パッサカリア》ですね。
《パッサカリア》という形式は、特定の低音旋律の進行に基づき変奏されるというのが大きな特徴です。作曲家自身が持つ”表現の引き出しの数”、すなわち高度な作曲技術が求められる形式であると私は考えています。去年、黛敏郎による《パッサカリア》が存在していると知り、それを聴いた時は驚きました。重苦しい低音から始まる音楽には、クラシックの名曲がたくさん引用され、あらわれては消えていきます。プリペアド・ピアノとオーケストラのために作曲を構想されていたそうですが、実際にピアノソロの部分までは完成されておらず、絶筆となっています。これまで、委嘱者であるオーケストラ・アンサンブル金沢が初演してからずっと演奏されず、CDにもなっていなかった秘曲です。この作品の音楽的な素晴らしさと、黛敏郎という作曲家への敬意を込めて、CDの最後を飾る曲として相応しいと思い、《パッサカリア》をピアノ4手連弾に編曲させて頂きました。
黛敏郎の晩年の写真より
ーー 録音には、Acoustic Revive社4のケーブルを使ったり、こだわったようで、会場となった原宿のカーサモーツァルトを知っていると、驚くような心地よい響きですね。
サロン的な会場でしたが、集中して演奏ができました。臨場感のある録音にできたと思いますし、聴かれた方から「名録音」とお褒め頂き、嬉しかったです。
AcousticReviveの電源ケーブル.jpg
AcousticReviveのマイクケーブル
ーー 江﨑さんのアプローチは、「ピアニスト」「ピアノファン」「楽譜浄書家」「楽譜マニア」という立脚点が、演奏とも連動して活動につながっているのが特筆すべき点ですね。CDと連動して、この「黛敏郎の秘曲」から出版される楽譜もあるそうですね。
そうですね。現在、出版を考えている作品は今回のCDに収録した「君が代」、「ウェディング・シンフォニー」、「パッサカリア」のピアノ編曲版です。来月あたりに合同会社ミューズ・プレスから出版を考えています。これまでには今回のCDに収録した黛敏郎の初期作品である「12の前奏曲」の楽譜も出版しています。
ーー その楽譜を出版されるミューズ・プレスとは、黛敏郎以外にどんな楽譜を出版されている会社なのですか?
ミューズ・プレスは、創業して3年経ちました。現在までに75点あまりの作品を出版しています。日本の作曲家としては、これまでには諸井三郎、平尾貴四男、宅孝二、松村禎三、大澤壽人のピアノ作品も出版してきました。特に諸井三郎の作品出版には力を入れており、自筆譜として入手可能なピアノ作品は全て出版することができました。現在も作品リストには載っているものの自筆譜の存在が確認できない作品が多数ありますので何か情報がありましたら、私までご連絡をいただけると嬉しいです。
現在は、大澤壽人の3つの「ピアノ協奏曲」のピアノリダクション版(ピアノ2台)、諸井三郎の交響曲第3番のフルスコアや室内楽作品などの楽譜を出版に向けて校訂者の方と共に作成中です。今後も引き続き日本の作曲家の作品を積極的に出版していきます。もちろん情報収集と楽譜蒐集も毎日欠かさずに!
ーー なるほど。CDやコンサートをするだけでなく、楽譜を出版されていくこと、そしてその前段階の楽譜の蒐集も大切なことなのですね。今後の活動はどのようなことを予定されていますか?
ここ数年は演奏活動から離れていましたが、これを機に演奏活動を再開しながら日本人作曲家の「秘曲」シリーズを続けていくことができればと考えています。また、アメリカ在住のイスラエルの作曲家であるロン・イェディディアの「24の大練習曲」の全曲演奏会も現在計画中です。この作品群の終曲に位置する第24番「Orit」は、大変光栄なことに私に献呈いただきました。「24の大練習曲」を全曲取り上げると恐らく2時間ほどの長さとなるでしょう。体力も鍛えないといけませんね。やりたいことがありすぎて時間が足りません(笑)これからも皆様に”新たなる発見”をお届けできるように精進して参ります。
取材・文=仁木高史

【プロフィール】
ピアノ:江﨑昭汰 (Shota Ezaki)
1992年、福岡県生まれ。大分県立芸術文化短期大学のピアノ専攻を卒業後、ベルギーのリエージュ王立音楽院で学び、学士・修士課程を修了し卒業。ヨーロッパ各国で演奏活動も行う。また、演奏の機会に恵まれない作品の紹介にも積極的に取り組みながら、2016年にはロナルド・スティーヴンソンの「DSCHによるパッサカリア」の日本初演、2018年にはロン・イェディディアの「ピアノソナタ第5番」の世界初演を果たす。また、楽譜蒐集家としても知られ、これまでに蒐集した楽譜は数千点を超える。2021年現在、演奏家及び楽譜浄書家として活動する傍ら本職ではビジネスアーキテクトとしてIT業界に従事している。
黛敏郎 Toshiro MAYUZUMI
1929年(昭和4年)2月20日、横浜生まれ。東京音楽学校(東京藝術大学)で橋本國彦、池内友次郎、伊福部昭等に師事。1948年(昭和23年)に作曲した「拾個の独奏楽器の為のディヴェルティメント」により才能を認められる。1950年(昭和25年)作曲の「スフェノグラム」は、翌年のISCM国際現代音楽祭に入選して海外でも知られるようになる。1951年(昭和26年)パリ・コンセルヴァトワールへ留学、トニー・オーバン等に学ぶ。フランスから帰国後、ミュージック・コンクレートや日本初の電子音楽を手がけた。1953年(昭和28年)芥川也寸志、團伊玖磨と「3人の会」を結成。また、吉田秀和等と「二十世紀音楽研究所」を設立。雅楽・声明をはじめ、日本の伝統音楽にも造詣を深める一方、交響曲、バレエ、オペラ、映画音楽等の大作を発表した。1964年(昭和39年)より、テレビ番組「題名のない音楽会」の企画、出演。東京藝術大学講師、茶道「裏千家淡交会」顧問、評議員。「日本作曲家協議会」会長、「日本著作権協会」会長などを歴任した。「涅槃交響曲」(1958)で第7回尾高賞、「BUGAKU」で第15回尾高賞を受賞。主な作品に「ルンバ・ラプソディ」(1948)、「饗宴」(1954)、「曼荼羅交響曲」(1960)、「シロフォン小協奏曲」(1965)、オペラ「金閣寺」(1976)、「KOJIKI」(1993)、バレエ「The KABUKI」(1986)「M」(1993)他がある。ピアノ曲は、「前奏曲」「金の枝の踊り」「天地創造」などがある。ISCM入選(昭和31、32、38年)。毎日映画コンクール音楽賞(昭和25、32、38、40年)。毎日演劇賞(昭和33年)。ブルーリボン賞(昭和40年)。仏教伝道文化賞(昭和50年)。紫綬褒章(昭和61年)。1997年(平成9年)4月10日逝去。

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