Nulbarich 2020年に起きたことが2種
類のアウトプットを生んだ、新作『N
EW GRAVITY』をJQが語る

『NEW GRAVITY』=“新しい重力”とタイトルされたNulbarichの約2年ぶりのフルアルバムには、JQがL.A.に拠点を移したことで得た必然的な制作の変化と、コロナ禍によって炙り出された現在の世界のどちらもが投影されている。できればハッピーに、そして変化を物ともしないマイペースで生きてきたい――登場当時からのスタンスは変わることはないが、それを希求する背景は誰にとってもリアルになったはず。自身と向き合うことを余儀なくされたというDisc1、そしてすでに先行配信されているVaundyBASIとのコラボレーションに加えて、Mummy-D(RHYMESTER)やプム・ヴィプリット(Phum Viphurit)ら、世代も様々な共作が楽しめるDisc2という異なるアプローチがなぜ必要だったのか、そこから話をスタートしてみた。
――このアルバムをオリジナルとフィーチャリングで構成しようと思った理由は何だったんですか?
さいたまスーパーアリーナ(2019年12月1日)が終わって、今まではNulbarichの確立にフォーカスを当てていたのを、ここからはNulbarichがどういう風にやっていくか? というフェイズに行かないとこれ以上の成長はないという意味で、制作拠点をL.A.に移したんです。その中でいろんな人のブレインを見られる環境を作りたかった。その流れでVaundyとのコラボがあったんです。そこからは、コラボレーションに対してフットワークが単純に軽くなった。今回お声がけさせてもらった客演の方々も単純に、いちアーティストとしてのマインドに触れてみたいと思っていた方々です。そこはもう自分の趣味ですね。例えば、AKLOさんとは前からいつか一緒にやろうって言っていたのが、実現できた。しかもBACHLOGICとAKLOの最強コンビでリミックスしてくれたのは、かなりヤバイな、と。
オリジナルのアルバムに関してはいつも通り自分たちに問いかけるような曲たちが多くて、対自分というか、リアルタイムな感情が表現されているディスクでもあるんです。で、フィーチャリングの方は、単純に友達と遊んでる時のテンションっていうのがあった。家での自分と、友達といる時のテンションって、ちょっと違うじゃないですか。それを一個の流れの中に共存させるのはなかなか難しくて。分数的には一枚にまとまるんですけど、単純に差し込めなくて、じゃあ、分けちゃおう、と。

――オリジナルの1曲目が「TOKYO」で、これにはすごく意味を感じました。
そうですね。僕としては、この2020年に起きたことっていうのは、無視はできなくて。実は「TOKYO」と「In My Hand」は、僕がNulbarichを始める前のリリックたちで、すごく古いもの。「In My Hand」に関しては、ストレートな歌詞なので、逆に今は書けないんですよね。言わば、一人暮らしを始めて、右も左もわかんない中で、全て自分で決めなきゃいけない。いろんな葛藤や不安を抱えた中での自分のバランスの取り方が描かれてる歌詞です。2020年にL.A.に拠点を移し、知らない街に住み始めて、その一ヶ月後には街がロックダウン。そして、半年後には家の目の前で車が燃えてるっていう場所で暮らしていると、その当時のマインドに近いものを感じた。L.A.に居た時は、街はロックダウンしてたし、自分と向き合う時間がすごく多かったので、古いハードディスクを漁って、“こんな曲作ってたな”って見ていると、そのリリックがズンっときて。
――ああ、確かに。
「TOKYO」を実際にアレンジし直そうってなってから、このアルバムの構想がしっかり見えてきたんです。で、Disc1に関しては「TOKYO」で始まり、「In My Hand」で終わるっていうのは何となく想像上では描いていて。ちょっとぶっきらぼうで荒削りな歌詞で、これをまた同じ気持ちで歌えたら、それはそれでいいなと思いつつ…。今まではNulbarichの成長とともに音の壮大感というか、サイズ感も広がっていった感じはしていたんですけど、今回は“家”みたいな感覚が強くなったのかなと。何でだろ?と思ったら、確かにライブもできないし。ずっと家にいないといけない中で作ったアルバムだからなんだろうなと。何も意識しなくても、今自分がいる環境に対して等身大に音に現れるっていうことに、改めて気づけた一枚になりました。
世の中で起きたことがガソリンになっちゃうところがある気がする。極論いうと、ピースソングを求められない世の中の方が、よっぽど平和なのかなと。
――「In My Hand」は去年書いたって言われてもおかしくないような内容だと感じました。
そのリリックが沁みるタイミングっていうのもあると思う。書いた時の僕と今の僕がリンクしたタイミングって、世の中がこういう風になったからとも言えると思うんですけど、《耐えぬ憎しみや悲しみを 喜びや幸せが chasing》っていうリリックの状況って、それこそ何年経っても変わらないバランスで。でも、その方がもしかすると美しいのかもしれない? 確かに暗闇の方が灯は見つけやすいし、とか。何が正解なのかどうかも分からない。そんな風にかなり感情的には迷いのあるアルバムで、”今の世の中で生きる僕たち”みたいなものが、ストレートに表現された作品ではあるのかなと思います。
――でもその2曲が冒頭とラストにあるので、あいだの収録曲の自由度は高かったのでは?
そうですね。音楽の振り幅も広げることもできたし、どんなにいろんなアプローチで曲を表現しても、根本にある何かはどれも一緒で、どの曲も答えの出ない“何か”に対して、自問自答している。
――仕事以外でも自分への問いかけは去年は自ずと生まれたと思います。でも価値観の見直しをしても、結論は出ないんですよね。
そうなんですよね。この結論の出ないループは、考える時間が多かった分、より迷ったし。僕は何か思ったときには曲に起こすことで消化できている。もし僕が曲に起こせない人間だったら、ロクな考え方になっていない。一人で考えがちで、たらればを繰り返すというか、訳わかんない方向に行っちゃっていた気がする。今回、僕は曲というものがあって良かったなって思えるところが相当ありました。
――しかも、それを人が聴いてくれているというのは、嬉しいですよね。
うん。そこは恵まれた環境にいるなと思います。でも、アーティストっていうのは……言い方が悪くなっちゃうんですけど、世の中で起きたことが、ガソリンになっちゃうところがある気がするんですよね、いい意味でも悪い意味でも。今回のグラミーもそうですけど、Black Lives Matterに関して歌った名曲が3つ以上受賞するというのは象徴的だと思いましたね。悲しいことが起きるとピースソングが生まれて、その出来事に対しての感情に大衆性が生まれる。世界が平和じゃないときに、人はピースソングを求める。それが世界に広がるっていうのは分かるんですけど、同時に“何だろうな、これ”って感覚にもなるんですよね(苦笑)。極論いうと、ピースソングを求められない世の中の方が、よっぽど平和なのかなと。
――ああ。そこは割り切れないところではありますよね……。本作でいうと、Disc1の迷いを率直にパッケージした感覚を持って、Disc2を聴き始めると、ラップって赤裸々だし、コラボしている方々の感じていることが反映されていて、アルバムの全体像が掴めてくるというか。
うん。その流れで聴くとフィーチャリングディスクの深みがかなり増していくというか。10何曲かやった僕たちの言霊がDisc2に乗ったときに、フィーチャリングしてくれた皆の言葉の聞こえ方さえも変わると思う。
――そう思います。あと、単純にDisc1がストイックで内面的なだけかというと、全然そういうことはなく。
そうですね。割と曲のバラエティ感とテンション感も振り幅はいつもみたいに広いし、楽しめる曲もあるんですけど、少し大人になっていろんな経験をして、深みの増したアルバムにはなったかなという気はします。
フィーチャリングの7曲がなかったら、Disc1を作る体力はなかったかも知れない、メンタル的にも。やっぱり人とのつながりとか楽しいことがないと。
――「Break Free」はL.A.のドキュメントみたいな内容に感じました。
そうですね。この曲は、L.A.でプロデューサーの友達とセッションしながら作った曲なんです。変にトリートメントもせず、割と浮かれてる感じもそのまま残せたのは、大きいかも知れないです。“アルバムを作る”ってなったときに、デモが前に作ったものだったりすると、それを作り直す時のテンションで直しちゃうんですよ。でも今回、この時はこの時のテンションだったから、このまま残したいなっていう気持ちが「TOKYO」と「In My Hand」にはあったので、その他の曲もそのときの刹那をなるべくそのままコンポーズしようって気持ちになれた。
――浮かれているというか、ザワザワしている解像度が高い。そういう曲もあれば、「Lonely」のようにオーセンティックな感じの曲もありますし。
これもL.A.に住もうと思って、何度か通っていた時に作った曲。 ただ、この曲は、どちらかと言えば、知らない地で一からスタートする不安や孤独を歌った曲です。しかも、「Break Free」と「Lonely」は割と制作時期的には同じだったんですけどね。

――どの曲も情景の解像度が高いんですよ。「LUCK」も車上の音楽という映像喚起力があるなと。
拠点を移したのは大きいですね。より感情のまとまりがなくなったというか。
――いろんなことがこれから始まるわけですから。
そうですね。ずっと同じ場所に住んでて、自分の考えや常識が固まっていくのが怖くて、向こうに行った。まぁまんまとぶっ壊されるという。で、“これもありかも、あれもありかも”っていう感覚がかなり強くなってきた。これはこれの正解があるんだから、これを思いっきりいっちゃおう、みたいな部分が広くなったかな。
――同時に音像は非常に洗練されているので、曲の振り幅が広くてもすんなり聴けるのかなと思いました。
音数とかは多分減りましたね。よりシンプルになったっていうのと、今回の2020年に作った新録系のものに関しては、全曲、作り方が今までと真逆というか。L.A.に行ってもスタジオがクローズしているので、知り合いのところを開けてもらって、やっていました。今までは好きなタイミングで爆音を鳴らしながら曲を作れていたけど、今は自分のスタジオを持てていないので、家で作んなきゃいけないんですよ。だから、ちっちゃい鍵盤かギターで、メロディと歌詞を全部作ってから、そのデモ段階のトラックに対して何曲かまとめてボーカルをレコーディングしに行って、ボーカルが出来上がった状態でアレンジを足していった。そういう作り方をすると、今まで必要だと思っていた音すらも削ぎ落とすことができて、歌詞が入っていくようなアレンジになっていった。割とベッドルーム・ミュージック的な作り方というか。それで歌詞とメロディの比重がかなり強くなったかなっていう印象ですね。アレンジとか超シンプルだし。
――なるほど、バンドで作るアレンジとは違って当然ですね。Disc1はいろんな意味で、去年に喰らっちゃったJQさんの素直な側面が出ているということかも知れない。
そのおかげでだいぶ成長はできたと思うし、とても濃い一年でした。なんか……避けては通れなかった2020年っていうのは、全世界がそれぞれに特別な経験をした。なかなかこんなに常識が変わるタイミングで生きていられることってないかなって思いますね。
――Disc1の経緯がわかると、なぜフィーチャリングをしたのかも自ずと…。
今だからこそやりたいっていう部分はすごく大きかったので。
――人とものを作るっていう意味がありますよね。
今回はこのフィーチャリングの7曲がなかったら、Disc1を作る体力はなかったかも知れないですね、メンタル的にも。やっぱり人とのつながりとか楽しいことがないと。人と楽しく話したりっていうのがあってよかったなっていう。

――Disc2はひたすら楽しいですから。
そうですね。もう「A New Day feat. Phum Viphurit」から「Together feat. BASI」の流れとかは、聴くだけでもワクワクしてきますね。
――以前、Phumくんをタイのフェスで見たんですよ。日本でも人気が出始めていましたけど、やはり本国なのでスターでした。
衝撃でしたね。こんな声出る!? みたいな(笑)。ちょうど僕、さいたま(スーパーアリーナ)でやるってなったぐらいから――L.A.によく行っていて、ライブアレンジでも80'sのアレンジを取り入れていた。彼との曲は、2020年にトラックが先に出来上がって、この曲はPhum君とコラボできたら無茶苦茶おもろそうだなと思い、ツテで連絡してみたらすごいトラックを気に入ってくれて、“ぜひ一緒にやりたい”って言ってくれたんですよ。
ライブが戻ってくるだけでも僕らは水を得た魚状態になるので、今年は楽しみですね。
――そして真打登場的なのがMummy-Dさんで。こんな家族で聴けるようなリリックにするんだ!? と思って少なからず驚きました。
Dさんのラップって、グルーヴィでテクニカルなラップっていうイメージを持たれている方もいると思うんですけど、僕はDさんの声から吐き出される、ポンと置いていかれるパンチラインに結構食らってきたので、Dさんと話した時も、「パーティーラップじゃなくて、ラップ好き少年とかにグッサリ刺さるような曲をやりたい、だからDさんが通ってきた人生観がそのまま出るような曲にしたいです。」って言いました。そしたら、まさかの3ヴァース書いてきてくれたっていう。しかもストーリー、ギミック、内容も全てにおいて極上で、もはやミュージカルに近い域に行っている。すごくDさんの本心を覗けた気がした。もはや「Mummy-D feat. JQ」な(笑)感じの比率ですけど、ほんとにいいですよね、この曲。
――(笑)。去年感じていたことが近かったのか、これは逆にRHYMESTERではやらないような、だからこそ書けたのかもしれないですけど。
Dさんの人間性が溢れまくっている曲だと思います。多分、RHYMESTER好きな人はブッ飛んじゃうんじゃないですかね、これは。
――あと「It’ s Who We Are」のリミックスは唾奇くんのリリックの後に出てくるオリジナルの《思い通りの方がboring~》っていうお馴染みのラインを今こそ歌いたいです(笑)。
うんうん、そうですね。
――今こそこう言い飛ばしたいなと。ここがまたグッときたポイントでした。
「好きな曲を選んでください」って言ったときに、おそらく今のマインドにハマってるものを選んでるじゃないですか。多分、唾奇くんのマインドもそういうことだったのかなっていう感じはあります。
――いや〜、後から気づきのある曲だなと思いました。
今回のアルバムは、いつもよりウェイビーな状態で、すごくセンシティブに曲と向き合う事ができた。5年後10年後にこの作品を笑い飛ばせるような世の中になってくれたらいいなっていう思いもあり、何も偽らずその時に思ったことはとりあえず一旦閉じ込めとこうって感覚になれましたね。うん。
――今の事態が収まった時に聴いて、感じることは絶対ありそうですね。ちなみに6月にガーデンシアターでのライブが決まっています。
今のこのコロナ禍の中でできる規模の最大にはなってしまうんですけど、アリーナとかとはちょっと違うライブにはなると思います。これはもうアルバムを提げての単発でやるんですけど、この“NEW GRAVITY=新しい重力”の中で僕たちが表現できることっていうのをテーマに、思い切りできたらいいなと思います。
――続々、春以降のフェス出演も決まってますし。
ライブが戻ってくるだけでも僕らは水を得た魚状態になるので、今年は楽しみですね。

取材・文=石角友香 撮影=森好弘

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