丸美屋食品ミュージカル『アニー』2
021スペシャルインタビュー【前編】
山田和也(演出)~1年越しに叶える
夢のステージは今回だけの特別バージ
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【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』第38回

丸美屋食品ミュージカル『アニー』2021スペシャルインタビュー【前編】山田和也(演出)

昨年(2020年)は新型コロナウイルス感染症の影響により東京公演・夏公演(8月・9月)共にすべて中止となってしまった丸美屋食品ミュージカル『アニー』が、今年(2021年)4月24日~5月10日、新国立劇場 中劇場に帰ってくる。ただし上演されるのは、シーンを厳選のうえ内容を凝縮し、クオリティと感染症対策を両立させた90分(休憩なし)の特別バージョンだ。2020年に出演予定だった子どもたちは、1年越しの登板を果たすこととなる。主人公アニー役も前年に予定されていた荒井美虹(チーム・バケツ)と德山しずく(チーム・モップ)がWキャストで務める。
ⒸNTV
このほど、その2人のアニー、そして同作品の演出を2017年から担当する山田和也から話を聞くことができた(2021年3月31日、リモート取材)。まず今回の【前編】では、山田和也のインタビューをお届けする。
★丸美屋食品ミュージカル『アニー』メイキング特番 放送決定
4月17日(土)14時~14時55分『シューイチ!✕ミュージカルアニー イチから分かるアニースペシャル!』
<丸美屋食品ミュージカル『アニー』あらすじ>
1933年12月、真冬のニューヨーク。1929年に起こった世界大恐慌が色濃く残り、誰もが希望を失っていた中で、ニューヨーク市立孤児院には前向きな11歳の少女、アニーがいた。アニーは孤児院を脱走し、犬のサンディと出会うが、警官に補導され連れ戻される。そこにやって来たのが大富豪ウォーバックスの秘書グレース。彼女の取り計らいにより、アニーはウォーバックス邸でクリスマス休暇を過ごすことになる。ウォーバックスはアニーを気に入り、養子にしたいと願うが、アニーが「普通の子と同じように両親と暮らしたい。父さんと母さんを見つけ出したい」と望むので、ウォーバックスは5万ドルの賞金を用意し、アニーの両親を公開捜索する。しかし名乗り出てくるのは、両親になりすまそうとする賞金目当ての悪人ばかり。さらには孤児院長ハニガンと、その弟ルースター、ルースターの恋人リリーも悪事を企んで……。さてどうなる、アニー!?
■35年の上演史上、初めて『アニー』が止まった
2020年4月7日、政府による緊急事態宣言の発令を受け、『アニー』東京公演の中止が発表された。さらに6月2日には、夏公演(8月・9月)も行われないことが発表された。これにより2020年の『アニー』は全ての公演が幻と消えた。それは、1986年に日本テレビ主催『アニー』の上演が開始されて以来、35年の歴史の中で初の出来事だった。
ーー まずは、昨年の東京公演が中止に至ったいきさつと、山田さんがそれを知らされた時のことを教えていただけますでしょうか。
『アニー』は例年、3月中旬から稽古に入っています。昨年はまさにその頃から新型コロナウイルス感染症が世間を震撼させるようになり、劇場も2月末に出された大規模イベントの自粛要請によって閉められてしまいました。当初「ゴールデンウイーク頃には収束するのでは」という希望的観測もあって、いろいろと気を遣いながら稽古を開始しました。しかし、情勢の悪化に伴い、稽古のメニューが随時変更になったり、急きょ休みになったり、と不安定さが増していく中、ついに緊急事態宣言の発令が確定的となり、その時点から稽古を中断し、自宅待機になったのです。
ただ「稽古が中断しても、いつか再開できるかもしれない」とは思っていました。でも自宅待機中に発令された緊急事態宣言はいつ解除となるのかわからない。最初はひと月だと思われていたけれどどうもそうではなさそうだ、という状況になってきた頃、日本テレビ側から「少なくとも東京公演は中止にせざるをえない」と、まだカンパニー全体に知らせる前に私に一報をいただきました。そしてそのことは、ほどなく全体にも伝えられました。でもその時点では「夏の公演はやれるかも」という希望が残っていました。
ーー 稽古はどの段階まで進んでいたのでしょう。
三分の二くらいのイメージです。大半のシーンを当たり、大きなナンバーのステージングもある程度やり終えていました。
ーー 『アニー』以外にも『ヘアスプレー』『巌流島』など、山田さん演出予定の公演が次々と上演中止になりましたね。当時、コロナ禍で先行きが全く見えない中、演劇に対してどのような展望をお持ちでしたか。
展望は……持ちづらかったです。経験したことのない感染症でしたし、状況がいつ頃どうなるのか、どのような対策がとられるか、自分たちはどう対処すればいいのか、さっぱりわかりませんでしたから。もっとも、演劇に限らず、いつまで何をすればいいのか、どうしたらコロナは終息するのか、といったことは、はっきりしないまま今日に至っているところがあります。ご存知のとおり、演劇の仕事は1年先2年先のものを仕込んでいきます。しかし1年後2年後、劇場が再開されるとは限らない。それでも仕込んでおかないと公演ができないので仕込む。けれどもモチベーションが上がらない。そんな、「展望が開けない」という展望を、あの時期は持っていました。
ーー とてもリアルなお話をお聞かせいただき、ありがとうございます。

■2021年は、特別バージョンの『アニー』
2021年の丸美屋食品ミュージカル『アニー』は、新型コロナウイルス感染症対策として、内容や演出を例年とは変更して上演される。まず、従来は第一幕70分、休憩20分、第二幕60分の計約2時間30分だった上演時間が、今回は途中休憩を挟まない全一幕の約90分になる。また、伴奏はオーケストラの生演奏ではなく、録音された音源を使用するという。
ーー 90分の特別バージョンは、どのように構成されるのでしょうか。
海外作品を翻訳上演する際は、権利者の許諾を得る必要があります。『アニー』の場合は、アメリカ・ニューヨークにあるMTI(ミュージック・シアター・インターナショナル)という大手の版権代理会社がライセンスを管理しているのですが、日本テレビの制作チームが「一幕ものに短縮する改変は可能か」と交渉してくれました。
結論から申しますと、基本的に改変は認められないのですが、MTIが出している「Broadway Jr.(ブロードウェイ・ジュニア)」というシリーズ(※複雑な内容や大人向けの部分が、未成年、学生、アマチュア向けにマイルドにされて上演しやすくなっている)は著作権者の許諾が取れているので、「『アニー Jr.』だったら上演してもいい」ということになりました。ただし、『アニー Jr.』は楽曲も子ども用にアレンジされているので、キーが違ったり短くなったりしている。そこで、「ミュージカル・ナンバーだけは大人版のスコアを使わせてほしい」と交渉した結果、「台本は『アニー Jr.』を使い、楽曲は本来の大人向けを使っていい」という特別な許諾を得ることができました。
ーー 山田さんが演出を担当する以前の、ジョエル・ビショッフさんの演出版(2001年~2016年)が『アニー Jr.』を取り入れた内容だったと記憶しています。
当時のやり取りやいきさつは知らないのですが、『アニー Jr.』の台本を読ませていただいたところ、ジョエルさん時代のバージョンにそれが取り入れられていたようだな、とは思いました。
ーー 場面場面の出演人数などの裁量は、上演カンパニー側にあるのでしょうか。
オリジナルの『アニー』も『アニー Jr.』も、アンサンブルが何人出て、どの役を兼ねていい、ということは契約や台本に縛られていません。だから、これまでの『アニー』の出演人数は、台本と譜面を香盤表に起こしての結果だったと思うのです。今回はコロナ対策としてどうするか。例えば「N.Y.C.」のような、最も多くの人数が出てくるビッグナンバーは人数を減らすべきだということになった。子どもたちはチーム・バケツ、チーム・モップの2チームありますが、「N.Y.C.」では全員は登場させずダンスキッズも6人ずつのチーム交代制ではなく、人数を絞りました。そうすれば舞台上のみならず舞台袖や楽屋でのリスクも減らせますし、稽古場での密も回避できるからです。
ーー 稽古場での感染リスクを回避する工夫について教えていただけますか。
一昨年まではチーム・バケツ、チーム・モップ、同時に稽古場にいてもらい、交代で稽古していました。僕以前の演出家、篠﨑光正さん(1986年~2000年)とジョエル・ビショッフさん(2001年~2016年)の時代は、他チームのメンバーに稽古を一切見せなかったそうですが、僕の代になってからは一緒に稽古するようにしていました。
ただコロナ禍になり、子どもたちが接触することで感染リスクが増えてはいけないので、昨年の稽古から入れ替え制にしました。稽古場では、もちろんマスク着用、稽古場スタッフの人数も絞って、出演者も出番が終わった人は早く帰ってもらう。また、どこの現場でもそうだと思いますが、昨年からケータリングはありません。飲食自体がNGです。
ーー スポンサーの丸美屋食品さんからのケータリングもないのですね。
丸美屋食品さんには例年たくさんの差し入れをいただいてきましたが、昨年からできなくなり、もちろん今年もありません。
ーー 音楽や美術、衣裳など、特別バージョンならではの変更ポイントはありますか。特に音楽監督は、2017年から担当していた佐橋俊彦さんから小澤時史さんになります。
まず音楽監督のことでいえば、僕の演出初年度の2017年からお付き合いいただいた佐橋俊彦さんが「他の仕事があるのでそろそろ卒業させてね」とおっしゃり、本当は昨年公演をもってご勇退で、その間に新しい音楽監督の小澤時史さんに引継ぎ、今年から本格的に小澤さんで、という話だったのです。だから、そこはコロナとは関係のない変更です。
結果的に佐橋バージョンの最終公演がなくなったのは、なんとも残念だし寂しい。逆に小澤さんは、引継ぎのないまま現場に飛び込んでくださって、昨年末にオンラインで公開された丸美屋食品presents『アニー』スペシャル・クリスマス・パーティー(※例年12月に上演される丸美屋食品ミュージカル『アニー』クリスマスコンサートの代替企画)の音楽監督も担当していただきました。今年の本公演はコロナ禍で対応すべきことが山ほどあって、なおかつ生演奏ではなく録音でやろうとしているので、小澤さんにはちょっと厄介なことをお願いしている感じです。
舞台美術などの変更に関しては、場面がスキップしているものは、そのまま無くしてつなげています。舞台裏スタッフの密を回避する意味では、セットなども一部変更となっています。
ーー なるほど、観客としては舞台上しか見えないので、そういった話がとても興味深いです。ところで『アニー』スペシャル・クリスマス・パーティーを拝見して、「あれ? 皆、オーディション時より大きくなったな」と感じました。子どもたちの成長について、演出面に影響を及ぼすことはありますか。
演出は基本的に変わりません。というか、一人ひとりの持ち味に応じたアプローチは毎年当然変わってきます。大人だって配役が変われば、演出自体は変わらなくてもその都度アプローチが変わっていきますし、チーム・バケツとチーム・モップでも稽古を進めるアプローチは違います。人間って、同じボタンを押しても同じように動くとは限らないので、人によっていろんなボタンを探りながら僕らも演出している。毎回オーダーメイドです。
そういう意味では、1年経ったから何かが変わるということはない。けれど小学生から中学生にかけての子どもたちは、やっぱり見た目にも精神的にも成長するものなので、今は稽古の半ばではありますが、とても面白い。こんなに大人っぽい『アニー』は見たことがない、いい意味で。皆、ある程度落ち着きが出てきたり、無邪気さがちょっと潜めて恥じらいが見え始めている。そうだよね、子どもって大人っぽいところがあるよね、大人っぽい『アニー』もありだよね、子どもたちの成長って繊細なものだな……というのを最近意識できるようになり、とても楽しいですね。充実した時間を過ごさせていただいております。
ーー アニー役の2人、荒井美虹さん、德山しずくさんの現在はいかがですか。
四苦八苦してますね、2人とも(笑)。例年そうなので、今年だけ四苦八苦しているわけではないのですが。
しずくの方が1学年お姉さんです。この間ちょうど小学校の卒業式の帰りで、お姉さんみたいなヘアスタイルにしてきた。1年経ってより大人っぽくなった印象なのは、しずくの方。聡明な感じもするのですが、アニーってそんなに聡明じゃなかったりするので(笑)、聡明に見える俳優が聡明じゃないアニーをやる面白さがあって、残りの期間でどう上手く聡明さを隠してアニーっぽくなるかな、というのを楽しみにしています。
美虹の方が割と早いタイミングで芝居の形になりやすいですね。予習復習をしっかりやるタイプが美虹で、予習復習しないで「ノート見せて、教科書見せて」というのがしずくお姉さん。時々稽古場でしずくが「美虹、台本見せて」とかマジで言っている(笑)。決して怠けているわけではないのだけれど。
ーー そういう個性なのですよね。
そう、だからタイプが違って面白いな、と思います。
ーー それぞれのカラーも全く違うアニーが見られそうですね。
荒井美虹(チーム・バケツ) 德山しずく(チーム・モップ) 稽古場にて

■コロナ禍で『アニー』を上演するということ
『アニー』の舞台となる1933年のNYは、インフルエンザが大流行し、当時まだワクチンもなく、恐慌による経済的苦難ともあいまって、大きな社会不安が渦巻いていた。その時代の空気は、2021年の私たちが置かれた状況と非常によく似ている。
ーー 最後に、今このコロナ禍において『アニー』という作品を上演することへの思いをお聞かせください。
『アニー』が最初にブロードウェイで上演されたのは1977年でした。その頃のアメリカは、泥沼化したベトナム戦争など、1960年代からのさまざまな疲弊や社会の分断があった。そんな中で、この作品が使命を持って産み落とされたのです。『アニー』の舞台である1933年の世界大恐慌に匹敵するような悲劇は他人ごとではない。いつでも世界中の至るところにあるのだ、と。
だから世の中に困難がある時、『アニー』という作品は、観る人が皆、そこから特別なメッセージを、他人ごとではないものとして受け取るのです。そのことを僕は、10年前の東日本大震災後に強く感じとりました。それまでこの作品を、ただの子ども向けミュージカルだ、と浅はかな先入観を持っていた己の不明を恥じたものです。
昨年から今年にかけ、このような困難な状況になってみて、「今日に押しつぶされないで明日を見るんだ」という『アニー』のメッセージは、やはりとても尊いと感じます。さらにそこに音楽がプラスされることで、そのメッセージをより効果的に、説教がましくなく届けることができる。音楽というのは理屈を超える。そういう力を『アニー』の音楽は持っています。
そして、『アニー』に限らないことですが、まずキャストやスタッフが集まり、それをご覧いただく方々が劇場に集うこと自体に意味も価値もあり、その結果、人々にいい影響がある、ということを昨年1年間、人が集えなくなった時に思い知りました。人と人が接するって、マスクを外さないとか、距離をとるとか、どんなに制約があっても、モニター画面では伝わらない何かが伝わってくる。だから今、稽古場に集まれていること自体がとても幸せだし、集まれている結果、日々元気でいられる。ですから、集まれること自体に感謝というか喜びがあります。
今年、密を回避するため生オーケストラでないことは残念なのですが、とはいえ、そもそも上演させていただく私たち自身が元気になっているのですから、お客さんにも、『アニー』を観に来ていただくことで、ぜひ元気になっていただきたいですね。
ⒸNTV
取材・文=ヨコウチ会長

【山田和也プロフィール】
[やまだ かずや] 日本大学藝術学部演劇学科演出コース在学中に、三谷幸喜に誘われ東京サンシャインボーイズの旗揚げに参加。大学卒業後の1984年、東宝演劇部に所属。1995年、パルコ・プロデュース『君となら』(作:三谷幸喜)で商業演出家デビュー。『王様と私』『ダンス オブ ヴァンパイア』『ウェディング・シンガー』『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』といったミュージカルだけでなく、翻訳劇、現代日本の劇作家による話題作の演出など、大劇場から小劇場まで守備範囲は広い。2002年、『チャーリー・ガール』『ジキル&ハイド』『ミー&マイガール』の演出に対して第28回菊田一夫演劇賞を、2009年、『シラノ』『ラ・カージュ・オ・フォール』の演出に対して第12回千田是也賞を受賞。
2020年はコロナ禍で、3月の日本大学芸術学部演劇学科での実習発表『パパ・アイ・ラブ・ユー』を皮切りに、『アニー』『ヘアスプレー』『巌流島』と4本の演出作品が立て続けに公演中止となったが、10月には『ローマの休日』、12月には『オトコ・フタリ』の演出作品が上演され、両作品は2021年1月、いずれも無事に千穐楽を迎えた。山田和也ブログ「SHOW GOES ON!!」 http://showgoeson.cocolog-nifty.com/ でも演劇制作の様子を発信している。
★次回【後編】では、アニー役の2人、荒井美虹(チーム・バケツ)、德山しずく(チーム・モップ)のインタビューを掲載します。
次回に続く

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