【著者・新井宏氏インタビュー!】初
代タイガーマスクを巡る時空を超えた
ドラマチックなライバルストーリー!
「“黄金の虎”と“爆弾小僧”と“
暗闇の虎”」が遂に発売!

初代タイガーマスクの衝撃デビューから40年。今年は、タイガーマスク40周年の記念イヤーだ。
4月14日(水)、辰巳出版より発売される「“黄金の虎”と“爆弾小僧”と“暗闇の虎”」は、タイガーマスクと二人の外国人ライバル、ダイナマイト・キッドとブラック・タイガーのライバル関係を紐解くファン必読の一冊である。タイガーマスクはいかにして生まれキッドとブラックはどのようにしてライバルとなったのかはもちろん、キッドとブラックの知られざる関係にも言及。関係者の証言や著者の体験をまじえ、3人の歴史がまとめられている。
そこで、初代タイガーマスクが主宰するストロングスタイルプロレス代表・平井丈雅が、ふだんと立場を変えて著者の新井宏に逆インタビュー。40周年記念大会第1弾、4・22後楽園ホール大会を前に、話を聞いた。
(※文中表記:「タイガーマスク」=「初代タイガーマスク(佐山サトル)」)
――新井さん、いつも取材いただきありがとうございます。
「こちらこそ、いつもお世話になっております」
――このたび、タイガーマスクの本を書かれたということで、まず、タイガーマスク、ダイナマイト・キッド、ブラック・タイガー(“ローラーボール”マーク・ロコ)の3人をテーマにした本の出版のきっかけはなんでしょうか。
「プロレス雑誌Gスピリッツ(辰巳出版)で取材記事を書いているんですけども、そこの企画でタイガーマスクものを考えていたんです。1981年4月23日、衝撃のデビューから今年で40年。記念すべき節目の年ということで、あらためてタイガーマスクのすごさを形に残したい。そこでなにか書籍の企画はないかと編集長の佐々木賢之さんから話をもらっていたんですね。お互いに考えていたところ、それとは別で、ダイナマイト・キッドとブラック・タイガーでなにかできないかと個人的に考えました。お二人が亡くなられてしまったので追悼の意味も込めて、Gスピの方でなにかしたいなと。そうなるとやはり、この二人には佐山サトルさん、初代タイガーマスク選手の存在が欠かせない。そこでタイガーマスクにキッド、ロコを含めて雑誌の方でやってみようと思ったんです。タイガーマスクが大ブームだった81年4月から83年8月にかけての時代を振り返りつつ、3人の偉大な功績、背景、ドラマを紹介しようと考えました。そのうちに佐々木さんから“3人で1冊の本にしませんか?”との話をいただいて、すごくビックリしたんですよ。自分からはこの3人でという話はまだしていなかったんです。考えてみたら、この3人の話をまとめるには雑誌のなかの企画だけでは足りないので、せっかくなら詳しくやってみようと思い、1冊の本にすることに決まりました」
――それは、いつ頃の話ですか。
「昨年の秋ですね」
――企画が決まってから発売まではそれほど時間はなかったんですね。
「そうですね。決まってからは、過去におこなった取材の資料を引っ張り出したり、国内外の関係者に取材をして、進めていきました」
――本を見て、3人の歴史をまとめたという新井さんの知識と情報量がすごいなと思いました。
「ありがとうございます。キッド、ロコとは個人的にも付き合いがありました。90年代前半にイギリスで知り合ったんですね。そもそも来日前にどんな関係性があったかというのは、日本ではほとんど知られていない。そこで個人的経験も踏まえ、実はこういう関係があってタイガーマスクのライバルになったという、彼らの歴史を紐解いてみたいと思いました。ボクは90年代前半にイギリスに住んでいたのですが、その10年くらい前、つまり80年代はじめですね、佐山さんがサミー・リーとして大活躍していた。それを現地の人から直接聞きました。それこそおばちゃんのファンから関係者まで、“サミー・リーを知ってるか?”“サミー・リーってすごかったんだよ!”という話を何度も聞かされていたんですね。その事実を知ったのは、タイガーマスクが(新日本を)引退してからなんです」
タイガーマスク誕生前に英国マットを席捲したサミー・リー
――新井さんは、タイガーマスクが新日本でデビューして活躍、キッドやブラックがライバルとなり新日本のリングを席捲していた時代をリアルタイムでご覧になっていたのでしょうか。
「見てました。当時は、いちファンですね。そもそもプロレスを好きになったのは小学生のときで、アントニオ猪木vsタイガー・ジェット・シンに衝撃を受けました。また、猪木vsモハメド・アリの異種格闘技戦を学校を抜け出してテレビで見たりとか、猪木vsストロング小林、猪木vsビル・ロビンソン、猪木vs大木金太郎など、猪木さんの試合に魅了されました」
――最初は猪木会長の新日本プロレスだったと。
「ハイ。新日本をきっかけに、全日本、国際も見るようになりましたね。女子プロも含めて。一時離れていた時期があったのですが、戻ってきたのがタイガーマスクの時代だったんですよ。金曜8時のテレビ中継がタイガーマスクではじまり、藤波辰巳vs長州力の名勝負数え歌、そして猪木さんと国際軍団の抗争。その3本立ての勢い、迫力に圧倒されまくりました」
――81年から83年あたりですね。
「まさにそうです。その時代に再びプロレスに熱狂しました。その絶頂期にタイガーマスクのすごさに触れまして、しだいに小林邦昭さんを含め対戦相手への興味も膨らんでいったんですね。タイガーはもちろん、相手となるキッド、ブラック、小林ら、ライバルの存在もすごいなと。当時、ボクみたいなファンにとっては外国人レスラーってイギリス人もアメリカ人も一緒なんですよね。外国人すべてがアメリカ人に見えていたくらいですから。さすがにミル・マスカラスがメキシコ人というのはわかりましたけど、素顔の選手はどこから来てもアメリカ人だと思っていたくらいの子どもでした。でもその後、自分がイギリスに行ってからイギリスのプロレスもおもしろいなとハマっていき、そこから幸運にもキッド、ロコのお二方と知り合ったんですね」
マーク・ロコを訪ねカナリア諸島テネリフェへ
――新井さんのヨーロッパ、イギリスのプロレスについての造詣の深さはよく知られているところなんですが、そもそもイギリスのプロレスをどのようにして見るようになったのですか。
「当時、イギリスのプロレスはまったく知りませんでした。プロレス雑誌でときどきヨーロッパ修行に出た選手の現地特写があったりしましたよね。なので、ドイツやイギリスにもプロレスがあるんだな程度の知識だったのですが、90年代のはじめ、留学のためイギリスに行ったんですね。当時は、日本を離れている間はプロレスを見ることはないだろうと思っていました。大好きなプロレスから離れる覚悟でいたんですね。しかし、あるときリバプールでザ・ビートルズゆかりの地巡りをしたんですけども、ライブをやっていたキャバーン・クラブというライブハウスの前にプロレスのポスターが貼ってあったんです」
――ビートルズで有名なライブハウスの前に?
「ハイ。そこで、イギリスでもホントにプロレスやってるんだと思いまして、これをきっかけに現地のプロレスを見るようになりました。テレビではすでにやっていなかったので、ビデオを買ったり、いろいろ情報を探して会場にも行くようになったんです。日本人だから当時は珍しいんですね。しだいにプロモーターやレスラー、スタッフに顔をおぼえられるようになって話もしてもらえるようになったんです。そこからイギリスのプロレスにかかわっていくようになりました」
―― 一般のファンから入っていった感じなんですね。
「最初はそうです。いつも来る熱心な外国人ファンという感じですね。そのなかで、“サミー・リーはすごかったんだよ”という話をいろいろな人から聞かされたんです。最初はサミー・リーすらわからなかったんですけど、いままで見てきたタイガーマスクの原点はここにあったと知ることになるんです」
――イギリスは、ロンドンですか?
「ロンドン近郊ですね。そこでウェイン・ブリッジさんとも知り合って、これはプロレスの取材が仕事になってからのことですが、ブリッジさん経営のパブを訪ねて、“ここでサトル(サミー・リー)が寝泊まりしていたんだよ”と家の中を見せてもらったりしました」
――日本に帰ってきたのはいつ頃ですか。
「94年ですね。2年くらい滞在していました」
――プロレスについて書くようになったきっかけはなんですか。
「帰国後しばらくしてから、週刊プロレス編集長のターザン山本さんと会う機会がありまして、海外で見てきたプロレスの話をしたんです。そこで“イギリスのプロレスについて書いてみないか?”と言われまして、やってみたんですね。それがありがたいことに認められたといいますか、そこから海外を含めプロレス全般を取材するようになっていきました」
――イギリスマット界にかかわる重要人物と知り合っていった新井さんですが、イギリスのプロレスの魅力とはなんでしょうか。
「自分がイギリスにいた時代というのは、イギリスマット界が廃れていた時期なんですね。それでも過去の歴史はすごいものがあって、テレビ中継が終了する80年代半ばまでは国民的人気を誇ったジャンルなんです。レスラーや関係者と話しているうちにそういうことがだんだんわかってきて、過去にも興味が沸いてきました。しかも日本のプロレスとも無関係ではない。それどころか、イギリスに日本のプロレスのルーツもあるんですよね。それこそビリー・ライレー・ジムがカール・ゴッチさんのトレーニングしていたところであり、ビル・ロビンソンさんをはじめ多くの名選手が輩出されたことも知りました」
――スネーク・ピット、蛇の穴と呼ばれるビリー・ライレー・ジムですね。
「そうです。おもしろいことに、イギリスのプロレス界が辿ってきた歴史を日本が追いかけてるようなところがあるんですよ。たとえばテレビ中継が終わって人気が一時下降したり、団体が増えて多団体時代になったりとか。イギリスの辿ってきた歴史を知らないうちに日本も辿っているところがある。もちろんすべてが同じではないですが、日本で起こったことがすでにイギリスで起きていたり、大まかな流れが似ていたり。それを知るとよりいっそう興味が増してくるんですね。そのなかでダイナマイト・キッドとマーク・ロコのライバル関係を知るわけです。そこにマーティ・ジョーンズというレスラーも加わる。この三つ巴が、80年代前半のタイガーマスクを中心とした日本でのライバル関係と被るんですよ」
――イギリスマット界の流れがそのまま新日本プロレスの黄金時代につながっていたと。
「ハイ。当然、誰も意識はしていないですし、当時は海外からそのような情報も入ってこない。しかし、イギリスではタイガーマスクのデビュー前に、すでにキッド、ロコ、ジョーンズの3人がヘビー級至上主義のプロレスを変えていたんですね。もっとスピーディーで激しいスタイルに変わっていったんです。キッドとロコの関係性も不思議で、国際プロレスへ初来日、1シリーズのみで新日本に転出し、ともにタイガーマスクのライバルとなる。さらにはタイガーと再会し亡くなるまで、すべてがキッド、ロコの順番なんですね。年下のキッドが先で、先輩のロコが続くといった形なんです」
――それは不思議ですね。
「イギリス時代を含め、そういう背景はほとんど知られていないと思うので、あらためて紹介できたらと思いました」
筆者はみちプロ参戦後のキッドも取材
――初代タイガーマスク、佐山サトル総監のいろんなお話は書籍や雑誌でご存じの方も多いと思いますが、ライバルであったキッド様、ロコ様、お二方の日本マットで活躍する以前の関係性、背景、歴史、またその後の現地での生活など、私も含めて知る機会はないですね。
「だと思います。なので、ここでまとめてみたいなと思いました」
――そういう意味でも貴重な一冊ですね。
「ありがとうございます。一度は離ればなれになりましたけれども、時を経て2人とも佐山さんと再会した。それを自分がお手伝いできたことも、この機会にまとめてみたいなと。その順番もキッド、ロコの順で、しかも奇跡的偶然というか」
――感動的な再会の裏に新井さんのアイデア、行動があったという事実を知らない方も多いと思います。
「佐山さんに喜んでいただけたのなら、うれしいですね。現地での経験が活かせれば、役に立てればと思いました。それにしても一人だけではなく、二人とも佐山さんに会ってもらえるとは予想だにしていませんでしたが」
――詳しいいきさつは本を読んでいただいて。
「そうですね。キッド、ロコのお二人は残念ながら亡くなられてしまったのですが、家族のご厚意により、そのときの模様とか、その後の家族についても触れています」
――新井さんといえば、日本マット界に加えて海外マットの取材に定評あるというイメージが大きいのですが。
「やはりこの仕事を始めた原点がイギリス、ヨーロッパにありますし、日本のファンが知らない部分が多いんですね。なので、古い資料を探しながら現地のレスラーの方に直接会いに行って直接話を聞いて取材する。当時のファンにも知らないことが、いまになって出てくることも多いと思います。いまは新型コロナウイルス禍で難しいですが、これまではそういった取材もライフワーク的にやってきました」
――海外取材をされているなかで、いま注目のエリアは?
「新型コロナウイルス禍で興行がなかなかおこなえない状況なのですが、21世紀に入ってからイギリスマット界って劇的に復活したんですよ。近年はWWEもNXT UKで進出するくらいですから。いまは終わってしまったけれども、一時期は黄金時代と同じ番組名(「ワールド・オブ・スポート」)でテレビ地上波での放送もしていたし。ここ数年、男女とも来日するヨーロッパレスラーのレベルの高さからもわかっていただけると思うんですね。コロナ禍が収束したらどうなるのか、また楽しみですね。伝統的なスタイルは死に絶えたとよく言われていましたけれども、クラシックなスタイルに現代風のプロレスをアレンジして、現地で見るとものすごく進化したプロレスをしています」
――そうなると、ボクとしてはよりいっそうキッドさんの甥っ子、トーマス&マーク・ビリントンの2人に興味が沸きますね。
「そうですね。キッドのレガシーを継ぐ兄弟。いずれ彼らの時代が来るかもしれません」
――それにしても兄のトーマスが、キッドさんソックリですね。
「そうなんですよ。トーマスはキッドさんの本名そのままを継ぐだけでなく、風貌や仕草までソックリですからね」
――驚きました!
「甥っ子も現地で取材をし、本のなかで紹介しています」
――どれだけ似ているか、本で見ていただきたいですね。それに、ボクとしてはいつかこの兄弟にはストロングスタイルプロレスのリングに上がってもらいたいと思っているんです。
「そうですよね。ぜひとも佐山さんとリング上で対面していただきたいです。それがボクの夢でもありますね!」
――2018年12月のストロングスタイルプロレスの興行前日(12月5日)にキッドさんがお亡くなりになり追悼10カウントゴングを鳴らし、その3ヵ月後の大会で追悼興行を開催したのですが、そのときにも甥っ子の映像を会場で出したんですけども、それからプロレスラーとしての経験も重ねているんでしょうね。
「身体がどんどん大きくなっていますよ」
――ぜひとも日本に呼べるようにしたいと思います。
「期待しています!」
――では、最後にこの本のみどころをお願いします。
「リアルタイムで見ていたファンの方には懐かしいと同時に、新しい事実も出てくると思います。また、タイガーマスクを巡るさまざまな謎があります。たとえば佐山さんはタイガーマスクデビュー前の3月に凱旋予定だった? とか。タイガーマスクは4月ではなく6月デビューするはずだった? とか。いろんな謎とともに、当時のデビュー戦にまつわるさまざま人たちの物語がクロスしていく。まるで群像劇のようになっているところがあらためてすごいなと感じましたね。タイガーマスクは世界的にもプロレスの流れを変えました。また、プロレスマスコミさえも変えた。月刊から週刊誌の時代になり、これまでにない試合リポートという形式も生まれた。さらにはカメラマンの撮影法まで変えたんです。この本ではレスラー、関係者、マスコミまで、さまざまな角度からタイガーマスクが与えた影響を検証しています。そこには懐かしさもあり、隠されていた新事実発覚もあり。また、全体的に時系列を追って書いていますので、新しいファンの方にもわかりやすくなっていればと思います。タイガーマスクを知らなかった方にも、あの時代のすごさ、興奮を感じていただきたいですね」
――タイガーマスク、ダイナマイト・キッド、ブラック・タイガーのファン、プロレスファンのみならず、こういうすごい時代の闘い模様、人間模様を多くの方に知っていただきたいなと、この本から感じました。
「3人の歴史がすごいドラマチックなんですよね。ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。そして、あらためてキッドさん、ロコさんの冥福を祈り、デビュー40周年における初代タイガーマスク、佐山さんの復活を願っています」
(聞き手:平井丈雅)
「出会い」「引退」「再会」「別れ」…1980年代前半の新日本時代から、その前後の3人のキャリアをまとめた「“黄金の虎”と“爆弾小僧”と“暗闇の虎”」。永久保存版の一冊だ!

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