観れば観るほど深みにハマる、二人ミ
ュージカルの傑作『スリル・ミー』 
三組三様の“究極”の魅力を見比べた
ゲネプロレポート

2011年に日本初演、その後も2012年、2013年、2014年、2018年に、劇場を変え、ペアを変えながら上演を重ねてきた二人ミュージカルの傑作『スリル・ミー』。日本初演からちょうど10周年となる今回は、三者三様ならぬ三組三様に見事なほどにそれぞれ個性と魅力が違う“私”と“彼”が登場する。今では伝説とも言われている初演の舞台を経験した田代万里生✕新納慎也が2012年以来9年ぶりの復活を果たし、前回2018年に初挑戦し意外な顔合わせに話題を集めた成河✕福士誠治が約2年ぶりに再登場、そしてオーディションを勝ち抜いた松岡広大✕山崎大輝というフレッシュなペアも加わり、各々命を削るほどの熱演を披露して豪華競演中だ。
この三組の各初日の前日に行われた、本番さながらのゲネプロを観た。
左:私役 田代万里生 右:彼役 新納慎也
『スリル・ミー』は、様々な意味で“究極”を体感できる舞台だ。なにしろ、表舞台に立っているのは“私”と“彼”を演じるキャストが二人きり。そこに音楽を担うピアニストがひとり加わるだけのミニマムな構成で演じ切る、約100分のステージとなる。舞台装置は黒を基調とした、ごくごくシンプルなもの。そこに当たる照明も同様にシンプルなのだが、炎に見立てた赤、闇に射す窓からの静かな光、ほどけていく両手を浮き上がらせる印象的なスポットライト等、ストーリー展開に沿いながら強烈にインパクトを残す美しさがある。
演出は初演から変わらず、ずっと栗山民也が手がけている。振り返れば10年前から大きな変更はほとんどないとのこと、当初からこの“究極”なスタイルは確立されていたわけだ。究極にシンプルな故に、観客の想像力は果てしなくその翼を広げられる。だからこそ、ここまで強く深く愛される作品になったのだろう。おそらく初見の観客はその物語の内容に衝撃を受け、リピートするたびに新たな魅力を発見し、観れば観るほどさらなる深みへとハマっていくこととなる。
左:私役 成河 右:彼役 福士誠治
東京公演は、前回2018年の時と同じく東京芸術劇場シアターウエストでの上演となった。二人の微かな息遣いも聞こえ、ちょっとした表情の変化や心の揺れの表現がつぶさに感じられる、この濃密な空間で全編を通じて緊迫感に溢れるこの作品が味わえるのは、実に幸福なことだ。
そもそも今作は、2005年にアメリカはオフ・ブロードウェイで幕を開けた。ストーリーとしては、1924年シカゴ郊外で実際に起きた残忍な少年誘拐殺人事件をモチーフに練られたものになっている。
幼なじみだった“私”と“彼”は、ともに裕福な家庭に育ち頭脳は明晰。ただの友人というだけでなく同性愛の関係でもあった二人が19歳の時に久しぶりに再会すると、“彼”は哲学者ニーチェの思想に傾倒し自らを“超人”と宣言。そのことを証明するため、そしてスリルを味わうために放火や窃盗などの犯罪に手を染めていく。“私”はその行為に協力し、見返りとして“彼”からの愛を求める。やがて二人の行為はエスカレート、とうとう見ず知らずの少年を手にかけてしまう。この芝居の幕開きは、この事件の裁判後、34年も服役し54歳となった“私”が仮釈放請求のための委員会に出席する場面から始まるのだ……。
左:私役 松岡広大 右:彼役 山崎大輝 
これは三組に共通することだが、19歳の“私”と54歳の“私”の演じ分け(それも瞬時に変わる)が秀逸。特に登場シーンの力ない声、猫背なのに尋常でないオーラをまとった姿には毎回ドキッとさせられた。また“彼”は“彼”で、“私”に対する冷酷な態度と少年を誘い出す際の表情のギャップが激しく、その中で一瞬見せる笑みの妖しさには目を奪われた。そして物語が後半に進むにつれてパワーバランスが変わり、二人の様子も目に見えて違ってくる。この二面性に関しては三組六名の演者はそれぞれ微妙に違うニュアンスで表現しているので、要注目のポイントと言えそうだ。
そしてやはり今回の三組のペアは各組あまりにも個性が違う点が、作品の面白さに拍車をかけている。観る順番にも影響されそうだが、あくまでも個人的な感想として、ちなみに田代万里生の“私”は最も気が弱くソフトでナイーブ、傷つきやすい印象だったため後半の変化には目が釘付けだった。新納慎也の“彼”は完璧を求める姿に体温さえなさそうなクール感があり、殺気のチラ見せの塩梅が絶妙。

私役 田代万里生
彼役 新納慎也
左上:彼役 新納慎也、右下:私役 田代万里生
成河の“私”は登場シーンからラストの一瞬の表情まで一貫してとにかく凄味があり、空を見つめる視線、含みを感じさせる繊細な仕草が素晴らしく沁みた。福士誠治の“彼”は色気のある佇まい、卑屈さと孤独さ、激した時の声の迫力、鬱な態度から躁状態になった時の陽のオーラの輝きがのちの切なさに効果的に繋がっていた。
私役 成河

彼役 福士誠治
左:私役 成河 右:彼役 福士誠治
松岡広大の“私”は声に意外性があり新鮮かつ新境地の覚悟を感じ、キュートな幼さから生まれるアンバランスさが魅力。山崎大輝の“彼”は武骨で不器用そうながらも金持ちの息子感が自然で、特にこの新ペアが放つナマっぽさ、今っぽさには実在した人物を演じているリアルが感じられて背筋が冷たくなった。各ペアのハーモニーの相性も、それぞれ好みがあると思われるのでぜひ聴き比べてみてほしい。
私役 松岡広大

彼役 山崎大輝
左上:私役 松岡広大 右下:彼役 山崎大輝
脚本の構成の妙、演出の繊細さ、演技の巧さ、音楽が持つ中毒度、そして他のどのミュージカルでもストレートプレイでも味わえない闇と愛の形。観客は、犯罪史上最悪なほどに捻じれて歪んだ事件の目撃者であると同時に、共犯者になった気分にもなるという稀有な体験ができるはず。必見だ。

演出:栗山民也 開幕コメント
あぁ、10年続いたんだ
老朽化で取り壊しになる寸前の麻布にあった「アトリエ・フォンテーヌ」、その100席ほどの何もない空間が、私たちの初演の劇場でした。ピアノが一台、とにかく二人の俳優とピアノを弾く音楽家だけで、とても豊かでとても危険な世界が創れると勇んではじめた作品です。あっという間に10年が経ちました。
そして昨日、3組それぞれの公演の初日が無事開きました。3組といっても、どこか違った3様のドラマですが。
舞台ってライブだから何が起こるかわからないね、とはよく言われることですが、その時その場所に居合わせたことの奇跡だけを信じるしかありません。それがなんと心躍ることか。人と人が出会い、ぶつかることで起こるその時だけのスリルを、全身で体験してください。このコロナでの荒涼とした状況が続く中、人間であることを忘れないために、私たちの中に住む無数の感情だけはしっかりと動かしましょう。
出演者 開幕コメント
■田代万里生

私役 田代万里生

個人的には10年前の初演から、劇中の台詞「5度目の正直」ならぬ「5度目の出演」となります。作品のモチーフは今から97年前の1924年にシカゴで起きた事件。終身刑プラス99年の懲役と判決された2人ですが、もうすぐ本当に99年を迎えるということもあり、演じていて今回はよりリアルに感じています。再び「私」として舞台に立てること、そして栗山民也さんの演出のもと、超人・新納慎也さんと再びペアを組める奇跡に感謝して、皆様に最高の『スリル・ミー』をお届けします。
■新納慎也
彼役 新納慎也
9年ぶりの僕と万里生のペア、そして日本初演10周年を迎える記念すべき『スリル・ミー』がとうとう開幕しました!まさか4回目の『スリル・ミー』が出来るなんて思っていなかったので本当にありがたく思っています。しかも相手役が初演と変わらずに万里生で、あの時を再現するかのように、そしてあの時を超えるかのように二人で日々切磋琢磨して頑張っています。
僕ら二人が『スリル・ミー』を演じていることを感慨深く思って観てくださるお客様も多いと思いますが、純度100%、最初に出来た純正ver.1.0.0 が僕らの『スリル・ミー』です。その後色々な方が『スリル・ミー』を演じ、ペアによって見え方違ったり、別作品に見えたりすることもこの作品の魅力ではあるのですが、これが純正品だと誇りを持っています。10年前、稽古の始めに演出 栗山民也さんが開口一番でおっしゃった「これは壮大なる愛の物語だ」という言葉を大切に、10年経っても追及し続けています。この作品ほど劇場で観られて良かったと思える作品はないと思いますので、ぜひ劇場でしか体験出来ない緊迫感を味わいに来てください。
■成河

私役:成河

待ちに待ったこの日、とうとう開幕しました。2年前に演じた時とは情勢も違いますが、お客様とどのような時間が共有できるのだろうとすごく前向きにわくわくしています。劇場内しっかり対策しているので感染症対策的には安全ですが、演劇的にはとても危険な場所を用意しましたので、人間が危険に身を置く、ということをお客様も一緒に体験していきましょう。
■福士誠治
彼役 福士誠治
2年前演じた『スリル・ミー』。今回また新しい『スリル・ミー』が出来上がったと感じております。成河くんという「戦友」とまた出会えたことはとても嬉しく財産です。3組の色々な『スリル・ミー』が繰り広げられますが、まずは自分たちの世界を作って、演劇の楽しさやお客様との一体感、『スリル・ミー』ならではの緊張感を味わっていただけたら嬉しいなと思います。
■松岡広大
私役 松岡広大
初日、無事に開幕しました。「私」役の松岡広大です。個人的には本当に色々とまだまだだな、と思うこともありますが、本日出来る限りのことをお客様に向けて、そして「彼」に向けて存分に演じられたと思います。これからも慢心せず、邁進していきたいと思いますので、どうかどのペアも愛していただけたらと思います。
■山崎大輝
彼役 山崎大輝
無事初日を終えることが出来まして、今までで一番緊張する作品でした。今回、やれる限りのことは出来ましたが、もっと詰めていくことはたくさんあるので、今作ったものをさらに突き詰めていきたいと思います。ここから約1ヶ月以上ありますが、どのような風に僕たちのペアが進んでいくのか、ぜひ皆さま気にしてくださると嬉しいなと思います。

取材・文=田中里津子   撮影=田中亜紀

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