BUCK-TICKサウンドはなぜ変貌し続け
る? 大いなる実験作『或いはアナー
キー』を紐解く

(参考:BUCK-TICK、先行曲コンセプトは「宇宙と革命」?新アルバム『或いはアナーキー』の方向性を読む)

 力の抜けたギターのカッティングで今作は幕を開ける。呪文のように連呼される“Gadji beri bimba - ガジベリンビバ -”が表すような、今井寿のナンセンスな言葉遊びが、櫻井敦司とのツインボーカルによって強烈なインパクトを与えるディスコナンバー「DADA DISCO」。そこから星野英彦作曲「宇宙サーカス」の流れは、ゴシックで妖艶なバンドイメージとは対照的な“ひねくれた”ポップ感が炸裂する。これもまた魅力の一つであるのだが、先行シングル「形而上 流星」のノスタルジックで優美な流れからは思いもつかなかった、予想の斜め上を行くものだ。まさに“GJHBKHTD”、そう、この“してやられた感”こそが、BUCK-TICK流の裏切りである。

森岡賢ら、多彩なアーティストの参加

 トリビュート盤『PARADE II』で、奇をてらったニュー・ウェーヴなセンスが今井のひねくれポップセンスと融合し、想像以上に相性抜群だったハヤシ(POLYSICS)を始め、今作には様々なアーティストがマニピュレーター、プログラミングとして名を連ねている。YOW-ROW(GARI)参加の「メランコリア」は先行リリースされたものとは一味違うエレクトロ要素があり、無機質ながら哀愁感を引き出している。Cube Juiceは「形而上 流星」のどこか和情緒漂う、わび・さびのコントラストをより色濃いものにして、今作の“死ぬほど美しい”最後を飾る。どの楽曲もクリエイター各々の個性が見え隠れするものの、打ち込み主体で引っ張るというより、あくまでBUCK-TICK世界の美をさらに強調するものになっている。

 注目すべきはやはり、森岡賢の参加だろう。「VICTIMS OF LOVE with 黒色すみれ」では和風ゴシックの演出に貢献していたわけだが、今回はピアニストとしての参加だ。櫻井の歌と森岡のピアノ、合わないはずがない。「世界は闇で満ちている」という、暗さを連想させるタイトルを、ピアノを基としたストレートなアレンジで、艶めかしい歌とともに美しいものに浄化していく。SOFT BALLETとBUCK-TICK、80年代に前衛的なインダストリアルロックを提示してきた盟友の共演にも関わらず、シンプルで王道な歌謡曲のアコースティックなアレンジに仕上がっている、というのが実に面白い。とは言え、イントロの“いなたい”ギターとアウトロのポストロックアプローチの対比も注目すべきところである。

●稀有なツインギター

 BUCK-TICKの世界を彩るギターに注目してみよう。いつになく、全編を通してクリーン/クランチを中心とした歪み成分も音数も少ないシンプルなサウンドとアレンジだ。左チャンネルに今井、右チャンネルに星野と振り分けられた曲も目立ち、初期によく見られたカッティングなどの絡みが多いことが興味深い。かつてはギターシンセやノイズを駆使し、エフェクタリストという異名を持った今井だが、そのトリッキーなプレイを除けば、従来のツインギターバンドにおけるリードといったような明確な役割がないのもこのバンドの特徴である。1曲の2人分のギターを1人で担当する場合もあるという稀有なツインギターバンドでもあるのだ。そして、前衛的な音楽性を持ちながらも決してギターの音圧で勝負するようなバンドではなかったことに改めて気付く。

 「疲れるギターは星野、楽でおいしいフレーズは今井」は、お馴染みのBT流ツインギターの様式美。シンセベースとテンポ感が往年の名曲「M・A・D」をどこなく彷彿とさせる「Devil'l Angel」で聴くことが出来る、巧みに心地よく入る右チャンネルのカッティングとは裏腹に、自由奔放に弾いている左チャンネルのギター。弾きまくるわけでも音数も多くないのに、やけに耳に残るのは流石としかいいようがない。

●BUCK-TICKという特異性

 スタジオに集まって楽曲を持ち寄る、アレンジを煮詰めるといった通常のロックバンドの作業はしない。作曲者が楽曲のイニシアチブを持つ。すなわち、それは多くの作曲を手掛ける今井寿によるところが大きく、方向性やサウンドアプローチにも大きく影響を与える。だが、作品毎に変貌する音楽性にも関わらず、ファンは離れることなく、長年追っている場合が多い。そこから音楽ジャンルの幅広さと奥深さを教えられたこともあるだろう。ファンのバンドへの信頼が厚いのである。

 楽曲、アレンジ、演奏はもちろん、バンドの方向性さえもレコード会社やプロデューサーにより、手を加えられることが珍しくなかった時代に、それらを一切拒絶することを条件にメジャーデビューしている。今でこそ、セルフプロデュースのバンドも珍しくはないが、その先駆けでもあった。それ以降、四半世紀以上に渡る活動の中で、そのスタイルを今でも貫き通している。デビューに際し、決してお世辞にも上手いとは言えなかった当時の演奏力よりも、彼らの才能とセンスを見抜き、それを開花させた田中淳一氏が今作にも関わっていることも付け加えておこう。理解あるスタッフと制作陣営に恵まれたことも、長きに渡るバンド継続の大きな要素の一つと言えるだろう。

 近年はそのキャリアと、影響力を含めた大きな存在感が話題に上ることが多かったが、こうしてニューアルバム『或いはアナーキー』を聴くと、本質にあるバンドとしての特異な魅力を改めて感じることができる。言わば、BUCK-TICKというフィルターを通して、世の中のありとあらゆる音楽の全てをブチ込んでくる姿勢である。そして何よりも、マニアックさを匂わせながらも根底にあるものは、歌モノロックだということを特筆したい。今井寿がどんなジャンルの曲を書くときも、変態なサウンドを持ち込むときも、櫻井敦司の歌ありきで成立させるのである。それは今も昔も変わらない。そしてこれからも常にBUCK-TICKはBUCK-TICKであり続けるだろう。さらなる進化と、聴く者を捩じ伏せる説得力とともに。魔王が「踊れ踊れ」と歌えば、我々は踊るしかないのである。(冬将軍)

リアルサウンド

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