【林原めぐみ インタビュー】
時を重ねるたびに
味わいを増してきた、
デニムのような30年
曲の世界観や役柄によって、
声色も歌い方も自然に変わっていく
それぞれ違うキャラを入口に“林原めぐみ”に辿り着き、普通ならつながれない世代とつながれるなんて素敵なことですよね。その意味で言うと、DISC2後半の「Thirty」「Forty」「Fifty」の並びも本当にアツくて!
いいですよね! 30歳、40歳、50歳と節目ごとに発表してきた曲たちなので、ぜひ並べたかったんですよ。この3曲に続く「JUST BEGUN」が、またアガりました(笑)。
この流れで聴くと、歳をとることをポジティブに受け止められる気がします。
今の声優業界を見ていると、正直言ってスピードが速すぎて、後輩たちが心配になってしまうことがあるんですね。私も若い頃はいろんな仕事をぶっ込まれたし、溺れそうになったこともありましたけど、周りには先輩がいっぱいいて、摑める藁以上のものがいくらでもあったんですよ。でも、今はめちゃくちゃ売れているのに、誰かに取って代わられるんじゃないかっていう恐怖を抱えてる子も少なくなくて、みんな“とにかくこなさなきゃいけない!”って自分を追い込みがちで。だから、30の次に40があって50があるように、雑念にとらわれずひとつひとつを大事にしていくしかないっていうメッセージになればいいなとは思ってますね。もし自分に限界を感じたとしても、限界を感じたってことはそこまで十分やったってことなんだから、もう次の扉を開けていいんですよ。例えばアパレル業界だったら、20歳になってもJKの服のことばっか考えるんじゃなく、25歳でも着れるJK要素の入った服を考えれば楽しくなっていくじゃないですか。歳をとるというのは次の扉を開けることなんで、そんなに固く掌を握って手放すまいと、自分が持ってるものに執着しなくてもいい。そっと握って次の時代に行けばいいだけ…ってことを伝えられたらいいですね。
「Forty」の歌詞を読むと、まさにそういったことが書かれていますもんね。30年の歴史を収めたのみならず、一枚一枚にしっかりコンセプトとメッセージがあって、妥協のない作品作りには本当に圧倒されます。
古いファンの人が聴けば“なるほど!”と気づく曲並びがたくさんあったり、失恋ソングの後は余韻を味わうために曲間を一秒長くしたりと、並びや曲間にも非常にこだわりました。今は一曲ずつバラして自分で上手にカスタマイズできる時代ですけど、やっぱりパッケージを買って順番通りに聴くというところにこだわりのある昭和人間としては、もう何度も聴き返しましたね(笑)。そういう時ってプロデューサーとして計算しながら聴いている私と、うっかり“懐かしい~!”と浸ってしまう私とのふたりで聴いているような不思議な感覚なんですよ。DISC1の最初に入っている「Give a reason」から“ステージで歌ったなぁ”って、お客さんが見えるような気持ちになりました。
それこそ「夜明けのShooting Star」なんて30年前の曲ですが、今と昔で歌声の変化って感じます?
あんまり感じてないですね。例えば「DENIM」の声と「おやすみ」の声ってだいぶ違いますけど、それって50歳だからとかではなく、楽曲に一番似合う歌声をした結果なんですよ。例えば『スレイヤーズ』の曲では柔らかい声質を使わず、(『エヴァンゲリオン』シリーズの)綾波レイとして歌う時は透明感を意識するように、曲の世界観や役柄によって声色や歌い方は自然に変わっていくんですよね。とはいえ、トータルすると林原めぐみっていうのは、私の…あんまり好きな言葉じゃないけど、アーティスト性なのかもしれない。そういう意味では、声優ならではのアルバムでもありますね。
言われてみれば、アニメの主題歌を集めたDISC1にしても、オープニングらしい疾走感あるアッパーチューンだけでなく、驚くくらいタイプの違う曲が揃っていますからね。
椎名林檎さんが提供してくださった「薄ら氷心中」なんか、特に異彩を放ってますよね。おかげで、そのあとに何を置こうかとすごく悩んだ結果、和つながりで「KOIBUMI」っていう。
裏を返すと、同じ作品/世界観の曲であれば、今も昔も出てくる歌声は変わらない。
それこそDISC1最後の「two thumbs up!」は『スレイヤーズ』の30周年記念曲として最近レコーディングした曲ですけど、編曲のたかはしさん、椅子から落ちてましたからね。“強い! 変わらない!”って(笑)。もちろん細かく聴いたら変わってるでしょうし、ファンの中には“歳とったな”って感じる人もいるでしょうけど、それでも聴いてくれるところには愛を感じるし、歳をとったのは私だけじゃありませんから。“お前もとってるんだよ!”ってことでね(笑)。
だからって、“歳を取っていってヤバい!”ではなく、むしろ励みになるところが、このアルバムの嬉しいところですよね。そんな今作の次に林原さんがどんな新しい扉を開くのかが楽しみです。それが次のシングル「Soul salvation」だと思うのですが。
そうですね。TVアニメ『SHAMAN KING』の主題歌になります。このシングルでは非常に新しいことやってるんですよ。20年前に放送された前アニメシリーズを観てくれていたファンの方には、オープニングテーマとして王道な表題曲を堪能してもらいつつ、カップリング曲は今の子たちに楽しんでもらえたら嬉しいですね。
カップリング曲の「#ボクノユビサキ」は驚かされましたよ。
自粛中にYouTubeをたくさん観たんですよ。いわゆる音声合成ソフトを使った作品の多さにびっくりしたんですね。誤解を承知で言うと、初音ミクちゃんが初めてライヴをやった時、もう日本はおしまいかと思ったんです。“みんな大丈夫? この人、実在しないよ!”って心がザワザワして、その扉を一回閉じちゃったんですね。だけど、“こんなに人を魅了しているんだから閉じてる場合じゃない! 否定じゃなくて理解しよう”と鬼聴きして、私なりに解釈したのは…アーティストが不在な分、自分の体験や感情に直結させられるのかなと。誰かが歌う失恋の思い出が自分の経験と似てるんじゃなく、その記憶や意識のさらに奥にある喜怒哀楽をパチンコ玉で直に弾かれてるような刺激がある気がしたんです。それがこれだけ多くの人の共感や共鳴を呼んでいるんだとしたら、私もやってみようかなって。とはいえ、せっかく声優なんだから機械の力に頼るのではなく、自分の喉で加工したような声を作ってみようと思ったんです。それで声を潰してそれっぽく歌ってみたら、みんな“すごいです”って目が点になってましたね(笑)。
いや、早口でキーワードを畳みかける後半パートとか凄まじいですよ。もはや人間技じゃない!
すごいでしょ! これ、3発目でOKだったんですよ。最初はブロック分けして歌ったものをあとからつなげる予定だったんですけど、そうしたらなぜか逆に人間っぽくなっちゃって、“仕方ない。一気にやるしかないね”って最初から最後まで歌い切りました。しかも、歌詞のワードそれぞれが、この曲がエンディングテーマになっているTVアニメ『SHAMAN KING』のキャラクターをイメージしたものになっているんですよね。そのへんは歌詞カードを見てもらえれば、なんとなく分かるようにしてあります。“歌ってみた”とかでやってもらうのも大歓迎です!
曲のクオリティーはもちろん、自分の価値観に合わないからと切り捨てるのではなく、きちんと消化されようとする姿勢には本当に頭が下がります。
ただ、忘れちゃいけないのは“人は人以上でも人以下でもない”ってことなんですよね。今って楽器ができなくても、音符も読めなくてもパソコンで曲が作れるので、ブレスがひとつもなくて人間には歌えない曲も生まれたりするじゃないですか。そんな人間にやれないことができるAIをクールに感じたり、あえて人間が挑戦したくなるのは分かるけど、“落ち着いて、あなたも人間よ?”っていうことで。人間のキャパシティー以上のものが降りかかると心拍数って絶対乱れるし、自律神経が一瞬やられるんですよ。それが刺激的で心地良いんだろうけど、あくまでも刺激は瞬間的なものでしかない。そればかりだと脳と心が疲れて本当に眠れない人になっちゃうので、ちゃんと自分が人として帰れる場所も持っていたいっていうのは、老婆心ながら思っています。
取材:清水素子
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アルバム『VINTAGE DENIM』2021年3月30日発売
KING RECORDS
- KICS-3980〜2
- ¥3,300(税込)
- ※初回製造分のみスペシャルケース仕様&SPECIAL PHOTO BOOK 36P付き
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シングル「Soul salvation」2021年4月14日発売
KING RECORDS
ハヤシバラメグミ:声優・シンガー・ラジオDJ ・作詞家・エッセイストであると共に一児の母。1986年、看護学校及び声優養成所在籍中に『めぞん一刻』でアニメデビュー。その後、数々の人気アニメのキャラクターを担当しており、現在の代表的な出演作品およびキャラクターは、『スレイヤーズ』のリナ=インバース、『エヴァンゲリオン』シリーズの綾波レイ、『ポケットモンスター』のムサシ、『名探偵コナン』の灰原 哀等。また、シンガーとしても活躍し、91年3月に1stシングルとなる「虹色のSneaker」をリリース。当時はまだ珍しかった“声優アーティスト”という存在を世に知らしめた立役者とも言える。オフィシャルサイト
「DENIM」MV Short ver.
「VINTAGE DENIM」視聴動画