寄り道の中にこそ人生の味わいがある
~舞台『サイドウェイ』観劇レポート

舞台『サイドウェイ』が、2021年3月20日(土)東京芸術劇場シアターイーストで開幕した。公演は3月25日(木)まで。生配信もおこなわれる。
今作は米アカデミー賞受賞の大ヒット映画の舞台版で、原作者のレックス・ピケット自身が戯曲化を手掛けた。翻訳は主計大輔、日本語上演台本・演出は古川貴義(箱庭円舞曲)、音楽は国広和毅がそれぞれ務める。
映画『サイドウェイ』は、世界中にカリフォルニアワインとピノ・ノワールの魅力を伝え、ワイン産業にまで多大な影響を与えたと言われている。今回の日本語上演ではその世界観がどのように舞台上に立ちあがるのだろうか。初日に先立ち行われたゲネプロの様子をお伝えする。
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
ワイン好きのマイルス(藤重政孝)は、小説家になる夢を捨てきれず、そのうえ離婚の痛手を引きずっている。マイルスの親友で落ち目の俳優のジャック(神農直隆)が結婚することになり、男2人で独身最後の旅行を楽しもうとカリフォルニアのサンタ・イネズ・ヴァレーへ繰り出し、ワイナリー巡りをする。女好きのジャックがワイナリーで出会ったテラ(富田麻帆)と恋に落ち、早速深い仲になる一方で、マイルスは以前から顔なじみのワインレストランの店員・マヤ(壮一帆)とお互いに惹かれ合いながらも、距離を縮められずにいた……。
タイトルの「サイドウェイ」は、「わき道、寄り道」を意味する。原題は「Sideways」と複数形になっており、今作が描いているのはマイルスとジャック2人の「寄り道」であることがわかる。最初、2人にとってこの旅行はちょっとした寄り道程度のつもりだったのだろう。
マイルスは元妻のヴィクトリア(嶋村亜華里)に未練があり、新しい道を歩むことをためらっている。そのうえ小説家になる夢も思うようにいかず、生活に息苦しさを感じているマイルスにとって、サンタ・イネズ・ヴァレーは現実を忘れて心を解き放つことができる最高の寄り道先なのだ。かたやジャックは、結婚して家庭を築き安定した道を歩むことに決めたが、心のどこかで独身生活と俳優業に未練があり、それを吹っ切るためにも結婚前に女遊びを楽しもうとして寄り道旅行に出かける。
現実逃避の寄り道の途中、彼らはそれぞれ女性と出会う。マイルスはマヤ、ジャックはテラだ。マイルスは元妻を引きずったままマヤに中途半端な態度をとり、ジャックは婚約者がいながらテラに熱を上げる。相手の女性と誠実に向き合っているとは言えない状態の彼らを「ひどい男たちだ」の一言で片づけるのは簡単だ。しかし、理性と本能、理想と現実がせめぎ合いながら、快楽を求めてしまったり、自分が傷つくのが怖くて逃げてしまったりする、そんな彼らの弱さからは、もがきながらも一生懸命生きている人間臭さが立ちのぼる。
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
古川貴義の演出はしっかりと地に足を付けた落ち着きがあり、登場人物たちの人物像にも深みが感じられ、かなりきわどいセリフも飛び交うが、決して下品にならないスマートさがある。次から次へと場所が変わっていくが、生きたセリフとリズミカルな音楽を味方に付けたテンポの良さにより、スムーズに物語が進んでいく。
藤重はネガティブ思考で神経質だが、ワインのことになると生き生きと饒舌になるマイルスを丁寧に表現しており、細かな表情やしぐさ一つから、マイルスの人となりが伝わってくる。神農のジャックは、一見ハチャメチャな人物のようだが憎めない大らかさと愛情の豊かさがにじみ出ていて、マイルスとジャックの絆の強さが見えるシーンには心温まるものがある。壮のマヤ、富田のテラはそれぞれにチャーミングだが芯の強さも感じさせ、作品に輝きをもたらしている。
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
ワインは、甘味、酸味、渋味などが複雑に混ざり合った味わいと、色や香りも同時に楽しむ奥深い飲み物だ。産地やブドウの品種、作られた年などによって出来が違い、まさに芸術品といえる。人生もワインのように、その人ごとに味も香りも飲み頃も異なることが、今作を通して伝わってくる。マイルスとジャックによる1週間の「寄り道」旅行が終わったとき、彼らはどんな人生を選び歩むのか。その選択した道がどうであれ、この「寄り道」が彼らの人生において大きな意味を持つことは間違いない。人生という名のワインには、寄り道したからこそ加わる味もあるはずだ。
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
尚、今作の開幕に際して発表された出演者たちと演出家のコメントを紹介する。
藤重政孝「ついに幕が開きました。やっとここまで辿り着けましたが、これがすべての始まりなので、残りの公演を千秋楽へ向けて頑張りつつ、作品と共に我々も育っていきたいと思います。育てていただくのはお客様のパワーの部分が大きいです。出歩きにくいご時世ではありますが、感染症対策もバッチリしていますので、お芝居を楽しみに足を運んでいただけたらと思います。キャスト・スタッフ共にいい雰囲気で現場を走らせています。それが作品の空気に繋がっていくと思いますので、ぜひその空気を感じに遊びにいらしてください。マイルスでした」
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
神農直隆「無事にゲネプロが終えられてほっとしています。色々ありましたが、カンパニーの皆さんに助けられながら、いまこの時を迎えられて本当に嬉しいです。あとはお客様がどれだけ楽しんでいただけるかですが、ちょっと時間が長いかもしれませんが、僕らも集中して観ていただけるように頑張っていきたいと思います。破茶滅茶で下品でお下劣な言葉も出て来るんですが、友情だったり愛情だったり恋愛だったり、色々な情が出てくる物語なので、ワインを通して、見ていただけるように努めていきたいです。凄く楽しいので笑えるところがあったらどんどん笑ってください」
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
壮一帆「最初この作品の本をいただいて読んだ時から、幕が開くのをとても楽しみにしていました。実際に衣裳をつけて、動いて喋ってみると、舞台の上でサイドウェイの人たちが息づいていて、興奮を抑えられない気持ちでいっぱいになります。この楽しさ、胸に突き刺さるような言葉の数々が皆様の心にも届く事を願っています。まだまだ予断を許さない状況下ではありますが、ほんのひと時でも心が和らぐような時間にできたらいいなと思いますので、観終わって、家に帰って、美味しいワインを飲みながらこの舞台を想い返していただければ嬉しいです」
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
富田麻帆「まずは初日の幕が開けられる事、この場所まで来られた事を嬉しく思います。この昨今なかなか思うように舞台が出来ない中で、ひとつづつ作品を作り上げられる喜びを改めて噛み締めています。この作品はとにかくワインを飲みたくなります。そして欠点を持った登場人物たちがたくさん出てきますが、人は誰しも何かしらの欠点を持っていて、だからこそ愛おしくて素敵なんだなと思える作品です。そんな愛おしくなる登場人物を観ながら、美味しいワインを飲んで、この作品に浸っていただけたらとても幸せです。ぜひ劇場で、そして配信でもお待ちしています」
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
古川貴義(演出)「まずは、無事に初日の幕を開けられることに感謝です。社会情勢をはじめ、色々と心配事の尽きない日々でしたが、何とか幕を開けることが出来ました。限られた時間の中で尽力してくれたキャスト、スタッフのお蔭です。そして、ご来場くださるお客様のお蔭です。皆さん、本当にありがとうございます。奥深いようで気軽な、バカバカしいようで身につまされる、好きだけど憎たらしい、愛おしい作品になりました。これからステージを重ねるごとに、ヴィンテージワインのように日々熟成してくことと思います。ただし、飲み頃はいつも今。演劇は、いつも今。今まさに目の前で起こっていることを、お楽しみいただけますように」
舞台『サイドウェイ』 (撮影:岩田えり)
取材・文=久田絢子  写真撮影=岩田えり

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