坂本真綾

坂本真綾

【坂本真綾 インタビュー】
自分の嫌いだったところを
何かに変えられるかもしれない

普段は見えないものに目を凝らすことが
必要な時もあるんじゃないかな

そこも“ひとりでは無理でも誰かと一緒ならできる”という作品テーマの通りですよね。土岐麻子さんとの「ひとくちいかが?」についてはいかがですか?

土岐さんとの打ち合わせの中で、女同士の取り止めのないおしゃべりを題材にしてはどうかと。これは人と会えない時間が増えた今だからこそ特別な意味を持つ歌詞になったような気がします。お茶を飲みながら女同士で話をする時間とかって、何の実にもならなくてもすごく大事だったりするじゃないですか。お互いに悩み事を相談しながら、実は全然相手の話を聞いてなかったり、適当な相槌打ってたり、相談したわりには全然言うこと聞かなかったり(笑)。いい加減だけど、その不思議な会話の時間が救いになっているという話を土岐さんともして。“じゃあ、ひとりが歌っているところにもうひとりが相槌を入れるような曲がいいな”っていうことでTENDREさんに作っていただいたら、ふたりの登場人物がくっきり見えるかたちになってて良かったです。

冒頭のかけ合いなんて本当に会話そのもので、とても可愛らしい曲ですが、そもそも土岐さんとはどんなつながりが?

もともと大好きなアーティストさんで、何年か前にフェスでご一緒した時も“ヤバい、土岐麻子と一緒に歌ってる!”っていうテンションだったのに何も言えず…。でも、翌年またご一緒できた時、やっと“好きです”と伝えてライン交換させていただいたんです(笑)。以前から土岐さんに歌詞を書いてもらえたらなっていう気持ちもありましたし、私が好きなのも知ってるだろうからオファーしてもびっくりしないはずだと思ってお声がけさせていただいたら、とても喜んで参加してくださって。それはすごく嬉しかったですね。

ジャジーな「Duet!」に始まり、軽快だったりキュートな曲が続く中、異彩を放っているのが井上芳雄さんと歌われた「星と星のあいだ」で。これは重厚感と世界観が凄まじいなと。

芳雄さんとは2012年から二人芝居のミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』を一緒にやっていて、そんなにしょっちゅう連絡を取らなくても、私にとっては非常に大事な友なんですよ。彼は“ミュージカル界のプリンス”とずっと言われてきたけど、それだけじゃいけないと思ってストレートプレイにも挑戦したり、テレビや映画にも出てみたり…私も音楽や舞台の仕事をして、声の仕事もしてるので、どこか半端な気持ちでやってると思われたり、どこに行ってもアウェイなところがあったりするんですよ。そういう部分でお互いに共感して励まし合ってきたし、何か似たところがあるんですよね。なので、こういった企画の時に芳雄さんにお願いしない選択はなかったんです。ミュージカルの俳優さんなので、他の方とは歌い方のテイストも違いますし、そんな彼の声の良さや“らしさ”を誰かに説明して作ってもらうのも難しいと思ったので、曲も詞も自分で書いたんです。それが一番芳雄さんと私の世界観が作れるんじゃないかなって。

結果、とても壮大でドラマチックなバラードになっていて驚きました。

芳雄さんが歌うということで、映像的なイメージも浮かびやすそうな曲で、舞台で言うとクライマックスあたりで流れてきそうな曲が合うんじゃないかと思ったんです。あとは……何度もコロナの話はしたくないんですけど、やっぱり2020年って知らず知らずのうちにみんなストレスを抱えていたじゃないですか。ある時、ニュースで“午前5時あたりの夜明け前の時間帯は、世の中の人たちがネガティブな言葉を呟く回数が多い”と言ってて、それにすごく共感できたんです。モヤモヤして眠れなくなって、どんどん考えが悪い方向に行って、変なスイッチ入っちゃう時ってあるよなぁって。でも、そこさえ乗り越えれば否応なしに朝がやってきて、違った考えも浮かぶんだから、その瞬間だけでも逃げ道を見つけられれば自分を追い詰めないですむのに…っていうことを言葉にしたかったんですよ。

それで歌詞も夜空がモチーフになっているんですね。しかも、星ではなく、“星と星のあいだの闇”に無限の可能性という希望を見出しているのが面白いです。

何も見えないからこそ何でもあるかもしれないっていう可能性は、むしろ広がる気がするんです。闇の中にも見えない星はたくさんあるはずで、普段は見えないものに目を凝らすことが必要な時もあるんじゃないかなって。見やすいものに目が行くと、もうそこから目が離せなくなって、思い詰めてしまうこともあるから。そんな昨年一年かけて考えていたテーマを芳雄さんと一緒に歌って、やっぱり“俳優さんの歌だ”っていう印象はあるでしょうけど、私からするといつも大劇場で朗々と歌っているのより、かなり抑えてピュアな歌い方をしてくださっているのがとても感動的だったんです。歌い上げるんじゃなく、本当に真っ直ぐ届ける感じで歌ってくださっているんですよね。

舞台で役として歌っているのではなく、井上芳雄自身として歌っている感はありますよね。そして、アルバムの最後を飾る小泉今日子さんは、他の方々とはまた違った流れでオファーされたそうで。

私の今の担当ディレクターが以前に小泉さんを担当していて、偶然同じスタジオ内に居合わせた時に挨拶させていただいたことが、一度だけあるんですけど…私、小泉今日子さんがすごく好きなんですよ。特にエッセイストとしての本が全部好きで、“この機会を逃したらもう一生会えない!”と思ったから、その時に“初めまして。好きです!”って言っちゃったんです(笑)。普段そんなにテンションに波のない私が、周りのスタッフが驚くくらい浮かれてしまって。なので、今回の企画でディレクターが“小泉さんはどう?”と打診してきた時も、“一回挨拶しただけで、いきなりデュエットなんか誘えませんよ”って言ったんですけど、“自分もディレクターになって25年だから、その節目にもう一度小泉さんと仕事ができたら嬉しいし、真綾ちゃんとふたりで歌ってる姿が見れたら感無量かも”ってことで、“じゃあ、一回声だけかけて、断られても傷つきませんから”と言ったら、意外にも興味を持ってくださったんです。

となると、絶対に良い作品にしなくてはと。

そうなんです。小泉さんにはやっぱり楽しんで歌ってほしいし、その曲を好きでいてほしい…と考えた時に、作曲は私自身もお世話になっていて小泉さんとも縁のある鈴木祥子さんはどうだろうかと。祥子さんは小泉さんのツアーでコーラスもされていて、小泉さんの歌い方も私の歌い方も熟知しているので。だから、この「ひとつ屋根の下」が上がってきた時も、自然とふたりの声が聴こえてきそうだったし、さらに山本隆二さんのアレンジも可愛いのにカッコ良いっていう絶妙なラインなので、非常にいい組み合わせだと思います。

ちなみに、これって猫と飼い主の曲ですよね?

ハムスターでも犬でも何でもいいんですけど、尻尾があるんで猫の可能性が高いですね(笑)。同じデュエットでも友達とか恋人以外の組み合わせが欲しかったし、私は犬を飼っていて、小泉さんも猫好きで動物愛護の活動をされているっていう共通項があるんです。ペットを飼っている人間にとっては“ペット”という言葉にも抵抗があって…もう家族だし、本当に特別な関係なんですよね。言葉は交わしたことないはずなのに一番分かってくれる存在で、あるいは言葉がないからこそ円滑でいられる関係というか。しかも、肌を寄せ合って眠れるって人間同士じゃなかなかあり得ないっていう、この気持ちは小泉さんにも共感してもらえるんじゃないかなと。それでこの歌詞を書いて小泉さんにお見せするのに一度お会いしたら、すごく気に入ってくださったし、新たに迎えた猫ちゃんとの出会いも話してくださって。とにかく私を緊張させないように、周りの人が気を使わないようにと、気さくに朗らかに場を和ませてくださって、本当に思っていた通りの素敵な人だなって惚れ惚れしました(笑)。レコーディングでも先に小泉さんが歌ってくださったものに自分で声を重ねながら、“子供の時から見ていたあの人と、今、声を重ねている!”って、ちょっと不思議な感動がありましたね。

曲頭からふたりで声をぴったり合わせてますもんね。

最初はひとりずつ歌う予定だったのを、小泉さんが“ここもハモッたほうが良くない?”って言ってくださったんです。そうやって意見を出してくださったのも嬉しかったですし、実際やってみたら、始まった瞬間のインパクトとデュエット感がすごくいい感じになったんですよ。長めのアウトロもエンディングのテロップが流れてきそうで、本当にハッピーエンドなムードのある曲だから“これはアルバムの最後にしよう!”とすぐに決まりました。

リスナーとしてもとても心地良く聴き終えることができました。3月20日と21日に横浜アリーナで行なわれる25周年ライヴでも、『Duets』の曲は披露されるんでしょうか?

はい。堂島さんと内村友美ちゃんが2日間、原さんと土岐さんが一日ずつゲストで出てくださるので。それ以外は25年間でターニングポイントになった楽曲を入れ込みつつ、こんなコロナ禍という状況の中でも来てくださる人にとって響く曲を歌いたいと考えています。昨年11月にツアーをやった時にも感じたんですけど、みなさん本当に生の音楽に飢えてるんですよね。ライヴに行くとなれば何日も前から体調管理をして、ものすごい決意を持って来てくださっているから、ある意味で感受性が敏感になっているというか。ずっと聴いている曲でも普段と違う染み込み方をしたり…それこそ乾いた土に水が入っていくようなピュアな状態で気持ち良さそうに聴いてくださるんです。なので、来てくださる方には特別な覚悟をお返ししつつ、そんなアレコレも全て忘れて純粋に楽しんでもらえれば一番いいかなと。それが活力になって、また春以降も頑張れるんじゃないかと思うんです。

それは坂本さんご自身も?

そうですね。春はデビューした時期であり、自分の誕生日もあったりして、私にとっても一回リセットされる季節のように感じるんです。40歳最後のステージになる横浜アリーナ2デイズまでをひとつの山場として私もずっと前から思い描いてきましたし、20周年も25周年もそんなに差がないような気もしつつ(笑)。春まで頑張ったら、次からはまたまったく違う新しいものに目を向けていけたらいいですね。

取材:清水素子

アルバム『Duets』2021年3月17日発売 FlyingDog
    • VTCL-60544
    • ¥2,750(税込)

ライヴ情報

『坂本真綾 25周年記念LIVE「約束はいらない」』
3/20(祝・土) 神奈川・横浜アリーナ
ゲスト:内村友美(la la larks)、堂島孝平、原 昌和(the band apart)
3/21(日) 神奈川・横浜アリーナ
ゲスト:内村友美(la la larks)、堂島孝平、土岐麻子

坂本真綾 プロフィール

サカモトマアヤ:東京都出身。8歳より子役として活躍。1996年にシングル「約束はいらない」でCDデビューし、2010年には自身初の日本武道館ライヴを開催、11年発表のアルバム『You can't catch me』がオリコン1位を獲得する。13年には初めて全作詞作曲を手がけたアルバム『シンガーソングライター』を発表。日本初上演されたミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』ジルーシャ役が好評を博し、第38回菊田一夫演劇賞を受賞。2015年、さいたまスーパーアリーナで20周年記念ライヴを開催。声優、エッセイ執筆、ラジオパーソナリティなど、多方面で活動。日本国内のみならず世界各国のファンから支持を集めている。坂本真綾 オフィシャルHP「I.D.」

『Duets』 Lyric Video

OKMusic編集部

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