吉澤嘉代子 おとぎ話のようでどこま
でも人間くさい、“恋人”をテーマに
した最新アルバム『赤星青星』はいか
にして生まれたのか

命を賭けて堕天使と恋をする「ルシファー」、恋人を神様のように崇拝してしまう「グミ」や、憎めないストーカーソング「リダイヤル」、無垢な心が無償の愛に染まっていく「リボン」など――。吉澤嘉代子が、“恋人”をテーマに完成させた最新アルバム『赤星青星』には、遠く離れた星のもとに生まれたふたりが出会い、そこで生まれる感情を切り取った10の物語が収められている。華やかな生楽器による前作『女優姉妹』から一転、打ち込みを多用した今作のミニマムなアプローチは吉澤の新境地であり、同時に“ふたりきりの関係”にフィーチャーしたテーマとも深くリンクする。おとぎ話のようで、どこまでも人間くさい。そんな吉澤嘉代子ワールドは、いかに生まれるのか。話を聞いた。
――主題歌を手がけたドラマ『おじさまと猫』、吉澤さんも見てるみたいですね。ツイッターで感想をつぶやいていて。
はい、見てます。癒されるんですよね。特にアルバムの詰めの段階に(放送が)はじまったので。ただただ優しい世界に浸れる、いい時間を過ごさせてもらってます。
――吉澤さん的なドラマの推しポイントはどこですか?
お話をいただいてから、漫画も夢中になって読ませていただいたんですけど、小林(夏人)っていう、おじさまの友だちを演じてらっしゃる俳優の升毅さんが、原作のイメージにピッタリなんです。ツイッターでもけっこうそう書いてる人がいて。“そうだよね!”って思ってます。
――「刺繍」が主題歌に決まったのは、どういう経緯だったんですか?
「『おじさまと猫』っていうドラマの主題歌のお話があるんだけど」っていうお話をいただいて。子どもの頃から動物が好きだったので、書きたいなって思いました。おじさまとか、猫とか、そういうモチーフをむしろ入れないほうがいいっていうお話だったんですよ。いままでタイアップの書き下ろしと言うと、その作品の中からシーンを切り取ったり、彩りのひとつになれるように捧げるようなイメージで作ってきたんですけど、そういう指示がなくて。優しさとか温かさが伝わってくるような楽曲ということだったので、それを自分の持ち場で書こうと思ったんです。
――曲作りは歌詞からですか?
いつもは歌詞から作ることが多いんですけど、この曲はメロディから作りました。ずっと前から大事にしていたサビのメロディがあって。そこから膨らませていきましたね。
「刺繍」
戦争に行ったきり帰ってこなくなった若い夫が、いまの老いた自分を見たら、それでも美しいと言ってくれるのかなあって思う。そんなお話です。
――アレンジに君島大空さんが参加されてますね。アルバムのほうにも、「ルシファー」という曲を手がけていますけど。これは吉澤さんの希望だったんですか?
ふだんからライターとかブッキングマンの方のツイートをチェックしているんです。そういう方たちは現場の熱い音楽をご存知なので。そこで君島さんのインタビュー記事を拝見して。それで、スゴい人が現れたなと思って、ライブを見に行ったんです。
――ライブを見て、どんなふうに思いましたか?
音の印象では、自分の内側の世界をゆっくり作っていく方っていう印象があったんですけど、ライブはまた違ったように感じました。エネルギーが溢れていて、眩しくて。いろいろな面がある方なんだなと思って、ぜひご一緒したくて、声をかけてみたんです。
――君島さんとのアレンジはどんなふうに進めていったんですか?
まず、物語を伝えました。青森のイメージで、とか。
――雪深い地方の寒いイメージというか?
はい。そこにいたおばあさんの想いを書きたいと思ったんですね。帰ってこない人をずっと待っている、というイメージなんです。
――どうしてその人が帰ってこないのかも、吉澤さんの中ではストーリーがあるんですか?
ありますね。戦争に行ったきり帰ってこなくなった若い夫が、ある日、すごく雪が降った日に帰ってきたような気がした。でも、それはおばあさんの走馬灯なんです。その若い夫が、いまの老いた自分を見たら、それでも美しいと言ってくれるのかなあって思う。そんなお話です。
――へえ、おもしろいですね。歌詞で背景のストーリーは細かく語られてないけれど、そこまでバンドメンバーと共有しながらサウンドを作っていくんですね。
そうですね。自分のなかにあるイメージは、できる限り伝えるようにしてますね。
――この曲を「刺繍」というタイトルにしたのは、どういう意味なんでしょう? 今回はアルバムのアートワークにも刺繍が使われていて、大切なモチーフなのかなと思いますが。
今回のアルバムのアートワークは、田中大資さんという刺繍作家の方とご一緒したいという想いからはじまったんです。刺繍って歴史のあるものだと思うんですけど、田中さんの作るものは、そういう伝統的な部分に、いまの時代の風味も感じられて、すごく新鮮に映ったんです。熱い想いを持った人だなって。それで、「刺繍」という曲を書いているときに、《この身体にしるしを刺して いなづまを抱いて眠ろう》っていうフレーズがあって、刺繍も“刺す”という字が入っているし、この身体に残る、その人から愛情を受けた跡みたいなものが、刺繍と結びついたんです。
――なるほど。タイアップでもありつつ、「刺繍」は、“恋人”をテーマにした今回のアルバム『赤星青星』のラストソングとしても大事な曲にもなっていますね。すでにアルバムに入ることを見据えて作った曲でもあるんですか?
はい、シングルとして出すけど、次のアルバムに入れるつもりで書きました。
ロマンチックなふたりきりの関係だけど、いつかは終わってしまうことも知っている。それならば、この世界が止まればいいのに、みたいなことです。
――今回のアルバムは、なぜ“恋人”をテーマにしたんですか?
いままで4枚のアルバムを出してきたんですけど、特に最初の3枚(『箒星図鑑』『東京絶景』『屋根裏獣』)は、自分の少女時代をテーマにしていて、物語性の強いもの、内省的なことを表現したいと思ってやってきたんですね。それを出し切ったあとは、もっと誰かを巻き込んで広がるものに視野を広げたいなって、前々から思っていたんです。
――少女時代の三部作を経て、前作『女優姉妹』のテーマは“女性”でしたね。
はい。他者である女性というものを書こうと思ったんです。そこから少しずつ変わっていったんですね。もっと外に目を向けたいというか、人を知りたいというか……。
――人の心を知りたいという興味が強くなっているのは感じます。
そういう自分の希望もあるんですよね。それで、ひとりからふたりに増やして。今回はふたりきりの関係性を書きたいなと思って、“恋人”というテーマにしたんです。
――作中ではふたりの関係性が、ときに俯瞰的に、主観的に描かれていきますね。
そうですね。いままでは最終的に向かってくる矢が自分になっていたんです。歌の中に出てくる誰かを通して、結局は自分と対峙するものに終着する物語を書こうと思っていたんですけど。今回はそうではない。他者に委ねた状態で終わるとか、そういう結末を作ろうと思ったんです。
――ソングライターとして、あえて自分自身と切り離す歌を作るというのは難しい作業だったと思うのですが、それで吉澤さんの表現欲は満たされるものなんでしょうか?
ああ、そこはすごく難しいなと思いました。自分の考え方として、自分の大切なものを誰かに委ねるのは危険っていうふうな想いがあって。なので、まずは自立しなくてはいけないというか、自分の足場が固まっていない状態で他人に依存するのは違うよ、みたいな曲を、いままでも書いてきたつもりなんです。だから書いていて、すごく弱い存在になったような感覚というか。足を着いても、そこが崩れてしまうかもしれない場所で終わる、みたいな感覚が不安にはなりました。でも、今回は、こういうメッセージを書きたいというよりは……うまく言えないんですけど、こういうテーマのものをパッケージしたいという想いが強くなっているんです。そこにメッセージがないんですね。いかに、この世界の主人公を書き切るかに命を賭けたい、一度、そういうかたちのものを作りたかったんです。
――以前とはソングライターとしての欲求が違うんですね。
そう。だから、いまの欲求に従って書いていった感じですね。
――あと、“恋人”というテーマから連想すると、甘々な感じとか、切ない感情がフィーチャーされた作品になりそうだけど、そうではないんですよね。それぞれの主人公が、すごく健気に、一所懸命に誰かのことを想っている、その人間らしい必死さが愛おしくなるというか。
そこは、代償を払う覚悟ありきで手を伸ばしてるっていうものも含めたかったからかもしれないですね。たとえば、「サービスエリア」もそうなんですけど。ロマンチックなふたりきりの関係だけど、いつかは終わってしまうことも知っている。それならば、この世界が止まればいいのに、みたいなことを書いているんです。ふたりの関係性を書くなら、そこまで入れておくことが大事だったんです。
「サービスエリア」
幸福なあいだに自分で目を背けている代償があるということが、全部の曲に入ってますね。いまお話ししながら気づきました。
――「ルシファー」もそうですね。恋に落ちることで何かを失っていく。
堕天使との恋は命を賭けなければいけない、という歌ですね。「グミ」も、相手に陶酔して崇めてしまうというか、神格化してしまうっていうものだったり。幸福なあいだに自分で目を背けている代償があるということが、全部の曲に入ってますね。いまお話ししながら気づきました。
――いま話に出た「ルシファー」は、歌詞が穂村弘さんとの共作ですね。吉澤さんに言葉のときめきを教えてくれた人だそうですけど。
穂村さんは現代の歌人のレジェンドですね。中学生の頃に穂村さんを知ったんです。言葉のうえでいちばん影響を受けた方だなと思っています。
――穂村さんのことは、どこで知ったんですか?
最初は、『ダ・ヴィンチ』で連載されていた「もしもし、運命の人ですか。」っていうエッセイからだったんです。毎月、『ダ・ヴィンチ』を隅から隅まで読んでいたんですけど。そこで穂村さんを知って、短歌にも興味を持つようになったんです。
――吉澤さんから見る、穂村さんの言葉の魅力ってどういうところなんでしょう?
この人は、私が見ている世界と同じものを見ているんじゃないか、みたいな希望ですかね。この世界にそういうふうに感じる大人がいるんだって。
――そういう人と一緒に歌詞を作れるのは心が震える出来事ですよね。
そうですね。しかも、すごく自分の好きなものができたので幸せです。
――共作で歌詞を作るというのは、具体的にどういうふうに進めるものなんですか?
メールでやりとりをしながら作っていきました。「ルシファー」というタイトルが浮かんだときに、いくつか穂村さんにフレーズをお送りしたんです。そしたら、私が書いた量の5倍ぐらいのフレーズが返ってきたんです。そこから、さらに穂村さんの言葉から生まれたイメージを返信したら、また付け足してくださって。それで、ほとんどが出来上がった感じがしましたね。
――穂村さんとの共作でなければ、できなかったという部分はありますか?
《私たちはお食事をしたことがなかった 食べるという行為をまだ知らないみたい》のところですね。
――そこは聴いていても印象に残りました。
最初に、《私たちはお食事をしたことはなかった》ってお送りしたんですよ。それは、何か大切なものを共有できないまま関係が進んでいくような、一方的な気持ちっていうような印象で書いたフレーズだったんですけど。そこから、《食べるという行為をまだ知らないみたい》っていうフレーズを付け足してもらったことで、ルシファーという存在が、なんだか途端にかわいらしくなったというか、ユーモアが出たんです。ああ、これだから穂村さん、大好きって思ったフレーズでしたね(笑)。
――このフレーズはサウンドでも遊んでますね。
君島さんがお皿をいっぱい割れるような音を入れてくれて。さらに茶目っ気が出たんですよね。すごく好きなところです。
「鬼」
――アルバムを聴かせてもらうと、そういうチャーミングな遊び心がたくさんありますよね。たとえば「鬼」は、嫉妬という感情を、こんなにもかわいらしく歌える?と思いました。
「鬼」っていうタイトルから、みんなどういう曲をイメージしてるんだろう?って思ってますけど(笑)。
――これは、もともと嫉妬を書きたかったのか、それとも鬼をメタファーにして何かを書いてみようという発想だったのか?
嫉妬を書きたかった曲ですね。ふたりの関係性を書くうえで、嫉妬は入れたいなと思ったんです。嫉妬って、そもそもがドロドロとした印象になる感情だと思ってたので、なるべく、それが受け入れやすいようなかわいさを出せたらいいなと思って。それで、『うる星やつら』を見たり。
――あはは、たしかにかわいい鬼の代表みたいなキャラクターですもんね(笑)。「リダイヤル」とかも、サウンドは穏やかなのに、歌詞を聞くと、おや? 怖くない?ってなる。
ゾクゾクさせたりするのが好きなんですよね。私のやりがちなテーマです(笑)。
友だちのカップルがお別れしちゃったときにイメージが湧いたような気がします。書きながら、悲しくなっちゃいました。
――アルバムのサウンド的な方向性としては、前作『女優姉妹』のときは、ストリングとかホーンが華やかに鳴ってましたけど、今回はミニマムにまとまってますね。どこか浮遊感のある曲も多いし。
そうですね。前作、前々作と、贅沢に生楽器にこだわって録音することが多かったんですけど、今回はふたりの関係性がテーマなので、もう少しひっそりした、閉じた世界にしたいと思ったんです。なので、打ち込みだったりとか、いろいろな音が入っていても、演じている人数が少ない。そういうイメージはありました。たしかに浮遊感があるものが多いですね。
――それはアルバム制作中に聴いていた音楽が影響しているんですか?
うーん……と言うよりも、こういう曲を作りたいから、それを伝えるために、いろいろな音楽を聴いていたという感じですね。「リダイヤル」だったらオールディーズとか、「サービスエリア」だったら友達にドライブするときに聴きたい曲を訊いたり。あと、「ニュー香港」はゲーム音楽っぽくしたくて、そういう音楽を聴きました。
――個人的には、「ゼリーの恋人」のサウンドアプローチが好きでした。掴みどころのないスローテンポで、まさにかたちのないゼリーに巻き込まれるようなイメージで。
もわもわとした曲ですよね。
――ひとつになれなかったふたりの関係性を歌詞でも音でも表現してるなって。
これは20歳ぐらいのときに書いた曲です。友だちのカップルがお別れしちゃったんですよね。そのときにイメージが湧いたような気がします。踏み込みすぎて、相手との境界線がわからなくなってしまって、ひとつになりそうだったけど、それが固まり切らず、愛の結晶にはならずに、ゼリーのまま終わっていくという曲です。書きながら、悲しくなっちゃいました。
『赤星青星』スタジオライヴ トレーラー
アルバムを出したあとのツアーが、アルバムの世界を伝える完全体だと思っているので、その機会は大事にしたいんです。
――今回はいろいろな恋人たちの関係性を描いた作品になったと思いますが、『赤星青星』というアルバムタイトルにしたのは、どうしてですか?
全然違う場所にいるふたりというか、遠い距離にいるというイメージで、赤い星と青い星という言葉にしました。今回は“恋人”というテーマではあるけど、できるだけ性別がない恋人たちを書きたいっていう気持ちがあったんですね。そうすることで、誰もが主人公になれる曲にしたいなと思って。いままでも4文字でタイトルを名づけてきたので、そのルールでつけた言葉でもありますね。
――3月からはアルバムを引っ提げた東阪ツアー『赤青ツアー』も開催されます。いまはライブを取り巻く環境が厳しい時期ですか、踏み切ったのは、どういう想いからですか?
私のなかではアルバムを出したあとのツアーが、アルバムの世界を伝える完全体だと思っているので、その機会は大事にしたいんです。
――『赤星青星』という作品ができたことで、どんなライブを想定していますか?
「リダイヤル」には電話が出てきたり、「ルシファー」には手紙が出てきたり、恋人との通信手段みたいなものが多く出てくる作品なので、そういうモチーフをツアーのなかで表現できたらいいなと思っていて。いま、いろいろ会場に確認中です(笑)。どこまでできるのかな?って。
――アルバムを聴き込んでいくと、より楽しめるような仕掛けがありそうですね。
そういうのを考えてますね。あと、今回は打ち込みを多く取り入れた作品ではあるんですけど、ライブは生でお届けてできたらいいなと思ってます。特に、「ニュー香港」とか、(取材の時点で)来週からリハなので、まだどうなるかはわからないですけど。アルバムとは違うかたちになると思うので、それも楽しんでもらえたらなと思いますね。
取材・文=秦理絵 撮影=菊池貴裕

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