ようやくCD化された
マイケル・ディナーの
デビューアルバム
『ザ・グレート・プリテンダー』
謎だらけのマイケル・ディナー
ちょうど同じ頃、輸入盤専門店で話題になっていたのがマイケル・ディナーというそれまで聞いたことのないアーティストのアルバムである。ノーマン・シーフによる秀逸なジャケットデザインは、聴いたことがなくても明らかに傑作の香りがしていたし、裏ジャケを見るとリンダ・ロンシュタッ本作『ザ・グレート・プリテンダー』についてトのバック陣をはじめ、ジャクソン・ブラウン人脈のデビッド・リンドレーやダグ・ヘイウッド、イーグルスのドン・フェルダー、ペダルスティールが3人(エド・ブラック、アル・パーキンス、スニーキー・ピート)が参加している…ということは、もちろんプロデュースはジョン・ボイランだ。通常、L.A産カントリーロックのアルバムは誰もが知るミュージシャンで固めているはずなのだが、フロントアクトのマイケル・ディナーだけが知らないアーティストで、当時の彼は僕の知る限り他のアルバムへの参加もないまったく謎の人物であった。
あとで分かったことだが、マイケル・ディナーは弾き語りしているところをマネージャーのグレン・ロスに見出され、ファンタジーレコードと契約したものの、ローズ奨学制度でオックスフォード大学の大学院に留学(クリス・クリストファーソンと同じく、エリート中のエリート)していたため、レコーディング以外は勉強していないとダメだったそうで、ほぼ歌手活動をしていないのである。本作のあと、2ndアルバムの『トム・サム・ザ・ドリーマー』(’76)をリリースしてはいるが、その後音楽界からは足を洗い、テレビや映画の監督やプロデューサーとして活躍している。
本作『ザ・グレート・プリテンダー』
について
L.A産カントリーロックのファンは、タイトルトラックの「ザ・グレート・プリテンダー」のみで悶絶するのは必至だろう。「テイク・イット・イージー」のようなイメージをもった曲(そう言えば『フォー・エブリマン』の1曲目も「テイク・イット・イージー」だ)で、エド・ブラックのペダルスティールとボブ・ウォーフォードのストリングベンダーが密接に絡み、ジェームズ・テイラーに似たところのあるディナーの歌声が疾走するさまは、まさにL.A産カントリーロックの完璧なかたちである。一瞬のみだが、リンダのバックヴォーカルがクローズアップされるあたりの演出も素晴らしい。「イエロー・ローズ・エクスプレス」は、ウォーフォードのギターソロがリンダの「ウィリン」の演奏と酷似(曲も似ている)しているのだが、それがまた良い。
「サンデー・モーニング・フール」「ウーマン・オブ・アラン」では、エド・ブラックがザ・バンドのロビー・ロバートソンのような渋いギターを弾いている。「ペンタコット・レーン」ではニック・デカロがアコーディオンで参加、ロックンロールナンバーの「タトゥード・マン・フロム・チェルシー」ではドン・フェルダーがキレキレのスライドを披露、「ラスト・ダンス・オブ・サリナス」ではデビッド・リンドレーがフィドルで参加するなど、バックを務める熟練したアーティストたちが本作の味わいを深めている。
本作が最初にリリースされてからすでに45年以上が経過しているが、今回改めて聴き直してみて、やはり未だに色褪せない名作だとの想いを新たにした。多くの人に聴いてもらいたい作品である。そう言えば、ロブ・ストランドランドのポリドール盤(76年作)もL.A産カントリーロックの傑作だが、まだ一度もCD化されていないので、レコード会社の方、ぜひお願いします。
TEXT:河崎直人