大橋トリオ 新鮮な意欲あふれる全9
曲、新作『NEW WORLD』が投げかける
やわらかく強い光

世の中が、そして音楽の流行がどんなに変わろうとも、1年に1枚、必ずアルバムをリリースしてきた大橋トリオから、今年もまた新作が届けられた。タイトルは『NEW WORLD』。自らドラムを叩き、管楽器を大きくフィーチャーするなど、幅と奥行きをぐっと増した音作り。本人出演となるサントリー「フレシネ」WEB CMソング「Favorite Rendezvous」、みやぞんと共演したCMが公開僅か1週間で100万回再生を超えた江崎グリコ チョコレート3ブランド横断スペシャルムービー「何処かの街の君へ」篇 CMソングの大橋トリオバージョン「何処かの街の君へ」を筆頭に、上白石萌音をデュエットに迎えた新曲「ミルクとシュガー duet with 上白石萌音」など、新しいリスナーの耳をとらえるキャッチーな要素。これまで以上に新鮮な意欲あふれる全9曲が、コロナ禍に沈む音楽シーンに投げかける、やわらかく強い光。さあ迎えよう、新世界の夜明けを、大橋トリオと共に。
音楽家として今後どうなっていくんだろう?という不安もあった。でもそんな中で、楽しんで作ることができたのは良かった点かなと思っています。
――そもそも去年は、音楽シーンでの活動は大幅に制限されていましたけど、大橋さんは暇だったかというと全然そんな感じではなくて。CMもありましたし、曲提供もありました。
おかげさまで、いろいろやらせてもらいましたね。今回のアルバムの、英語の3曲(「Butterfly」「Paradise」「Rise Above」)は、ショートムービー(柿本ケンサクのリモート短編プロジェクト『+81FILM』ロンドン編)のために書き下ろした曲で、あとはCM2本、サントリー(「Favorite Rendezvous」)と江崎グリコ(「何処かの街の君へ」)と、その5曲はもうできていたから。新たに4曲書けば、足りたんですね。本当は10曲にしたかったんですけど。
――9曲で38分くらい。物足りない感じはしないですけどね。
もしかしたら今、曲数っていらないかな?と思ったんですよ。CDを買ってもらう人にはアレかもしれないですけど、自分も配信で聴くようになっちゃったし、もっと言うと、プレイリストでゴチャマゼになって、ということになるじゃないですか。アルバム1枚を一貫して作るということに、あんまり意味がなくなってきちゃったような気がしますよね。
――リスナーの耳としては、その感覚は否めないですね。
その一方で、レコード好きなので、それを想定した曲の流れがないといけないとか、そういうことも思ったり。で、5曲あって、あと5曲作ろうとしたんですけど、できなかった。4曲が限界だった(苦笑)。まあ、理由はあるんですけどね。1曲目の「ミルクとシュガー」に時間をかけすぎた。
――あはは。そうでしたか。
ドラムにハマっていたんですよ。このアルバムのドラムは、ほぼ自分なんですけど、「Favorite Rendezvous」という曲以外は。あと、「何処かの街の君へ」はピアノの弾き語りなので、その2曲以外は全部自分でドラムを叩いていて、楽しかった。ちょっと面白いマイクのセッティングを教えてもらって、ドラム中心に曲を作った、みたいな感じもあって。
――今回まさに、聴いて感じたのはそこですね。ドラムを叩いていること。それと、管楽器が大幅にフィーチャーされていることと。あと、声が小さいこと(笑)。いや、小さくはないと思うんですけど、トラックに溶け込んでいる感じが、今まで以上にあるなあと思いましたね。
確かに、そうかもしれない。たぶん、ホーンを聴かせたかったのかな。今までホーンって、そこまで入れてこなかったから、音のバランスがわかんなくなってるかもしれない。
――バランスは、気持ちいいところだと思いますよ。
なんか、洋楽って、声が抜けるからとかいろいろあるんでしょうけど、ボーカルがちっちゃいらしいですよ。CHARMくん(THE CHARM PARK)いわく、ボーカルがちっちゃめで、トラックのほうで曲を持って行くことが多いらしい。自分も自然と、そういう音作りをしちゃってるのかな?と思います。慣れないホーンだから、それを際立たせるために、そういうバランスにしちゃったのかもしれない。まあ、結果オーライということで。
――大オーライじゃないですか。そして、まず、最初に言っていた“ドラムにハマった”というのは、どういうきっかけがあったんですか。
自分の家の制作環境を、少しずつブラッシュアップしていって、機材を買い足してみたり、いろんなマイクを借りてみたり、そういうことをやっているうちに、このマイクでドラムを録ったらいいんじゃないか?と思って、試しにやってみたら、“めっちゃいいじゃん!”ということになり。その時は普通のワンセットしかうちになくて、神谷(洵平)くんのものをずっと借りたままなんですけど、もっと(スネアが)小口径のジャズキットみたいなものがほしくて、買って、叩いてみたら、また全然違う面白い音が出てくるから。とにかくドラムを叩くことにハマったんですね。今まで、小難しい曲は全部神谷くんにゆだねていたんですけど、自分でやりだしたら楽しくなっちゃって、時間さえかければ何とかなるなと思ったので。時間はあったし。
――そうですね。それは昨年の自粛期間の、いい面かもしれない。
それから、新しいマイクのセッティングを教えてもらって、マイク4本とかで録ってます。ちょっと空気感多めの音ではあるんですけど。それで、この1曲目の曲(「ミルクとシュガー duet with 上白石萌音」)をやりだしたら、ものすごく楽しくて。この曲のドラムを録るのに、2週間ぐらいかけましたね。音のバランスを含めて。
――それはかけすぎですね(笑)。
プレイ自体は、そんなにハードルは高くなかったんですけど。拍の頭にスネアを全部入れていて、しかも、“触る”ぐらいの音なんですよ。“トン”じゃなくて“ツッ”という感じ。そのテンションでどこまでクールに行けるか?という、それが楽しすぎて、ずーっとやってましたね。この曲で、かなりドラムの腕が上達しましたよ。せっかく萌音ちゃんが一緒に歌ってくれるから、ここぞとばかりに、やり抜きましたね。
――その1曲目「ミルクとシュガー duet with 上白石萌音」。萌音ちゃんの参加は、想像するに、去年彼女のために曲を書いた(アルバム『note』収録の「Little Birds」)、その話の流れですよね。
そう。その時、2曲(候補を)出したんですよ。そこから悩みに悩んで、彼女が1曲を選んで、もう一個の曲は自分でやることにして。彼女も“楽しみです”と言ってくれたりしていたから、空気的に、その時選ばれなかったもう一個の曲をデュエットする感じで。彼女もそのつもりで、それが実は7曲目の「LION」という曲なんですけど。
――ほおー、そうでしたか。
そうなんです。ただこの曲、6/8拍子で、大橋トリオすぎて、彼女がこっちに寄ってもらうだけで、自分のハードルはないなと思ったことと、ちょっとメロウな曲なので、どうせだったら、萌音ちゃんは明るい子だし、ハッピーな勢いのある曲にしたいなと思って、新しく作ったのが1曲目ですね。
――ばっちりです。ボサノヴァ、ソウル、ジャズが混ざったような、かっこいい曲。
萌音ちゃんはすごいメジャーな子だから、その子がこういうちょっと変わった曲をやるということと、自分にとってもチャレンジングな部分はあるので。割合で言ったら3:7ぐらいですかね。もし「LION」にしていたら、0:10だったと思う。
――ああ、それぞれのチャレンジ度で言うと。
個人的にも大満足です。J-POPという位置づけの中に存在している曲として、とても面白いことをやったなと思います。自分一人だったら、ここまで頑張ってやらなかっただろうし。サビのメロディを考えるのにも、すごい苦労したんですよ。あんまり行き切ったメロディにしちゃうと、サビだけJ-POP感が強く出すぎちゃうから、ちょうどいい具合のメロディを探るのに苦労しました。サビのメロディを考えるのと、ドラムの音を作るのと、すごい時間をかけてやりましたね。そのせいで、ほかの曲にかける時間がかなり減りました(笑)。
――でも、変な話、これってタイアップ付いてないですよね。ただアルバムの1曲という、ぜいたくというか何というか。何かしましょうよ。
(マネージャーに向かって)何かしましょうよ(笑)。
――なんとか広めましょう。
ぜひ。萌音ちゃんをきっかけに、いろんな人に聴いてもらいたいなと思います。声の感じも、元々合うような作りにしてあるんですけど、思った以上にぴったりハマったし、萌音ちゃんも、自分に寄せることを意識して臨んでくれていたし。でも“そんなに寄せてくれなくていいから”というか、“元気な若い感じでいいから”と言って、歌は録りました。
大橋トリオ 撮影=横井明彦
――デュエットつながりで言うと、「何処かの街の君へ」は、CMバージョンではみやぞんさんと一緒に歌ってますよね。このアルバムでは、大橋トリオの一人弾き語りバージョンですけど、あれって、CMではみやぞんさんが本当に歌ってるんですよね。
そうです。CMのための書下ろしで、彼とデュエットすることも最初から決まっていたので、そういう作りにしましたね。Bメロがなくて、A、A、サビという構成になってます。だから、ライブで一人で歌う時に、テンションの保ち方が難しくて、この間もやりましたけど、難しかった。
――これは本当にいい曲です。美しいメロディ、シンプルなたたずまい、時代に寄り添う優しいメッセージ。
今のご時世をだいぶ意識したというか、CMの方向性がそういうことだったので、そういう曲が採用されました。
――アルバムの中で、コロナの時代を意識させる歌詞は、たぶんこれ1曲だと思うんですね。《大事なものは何だったか/忘れてはいないか》とか、《何処かの街、何処かの君へ/心からありがとう》とか。それぞれの状況で、頑張っている人たちへの応援歌と言ってもいいと思うんですけど。大橋さん自身は、そういう意識はありますか? 音楽家として、人々を元気づける曲を作りたいとか、そういう意識は。
そのほかの曲に関しては、全然ないですね。それどころじゃないし。というか、自分も音楽家として、今後どうなっていくんだろう?という不安もあったから。そんな中、リリースは決まっているし、自分の仕事をこなさないといけないというほうが、やっぱり勝つので。でもそんな中で、楽しんで作るということができたので、苦しまずに、それは今回の一番良かった点かなとは思っています。
大橋トリオ 撮影=横井明彦
――話を冒頭に戻すと。“管楽器を大々的にフィーチャーする”というのも、ずっとやりたかったことだったんですか。
その、ショートムービーのための英語3曲というものがあって、全部に管楽器が入っているんですね。それは、そのムービーに管楽器が似合うというか、統一しようという意識があって、そうしたんだと思います。そこで一気に3曲できたから、ほかの曲も、自然と“これは管がいるな”という方向になったのかな。あと、そうだ、9曲目の「月の真ん中で」で、トランペットを一人フィーチャーしていて、萌音ちゃんの曲でも吹いてくれてますけど、この石川広之くんというのが、今回新しく見つけた人で。要は「ミルクとシュガー」の特徴あるフレーズと、コード感をはっきり出すためには、ジャズの心得のあるラッパ吹きが必要だなと思って、サックスの武嶋(聡)さんに相談したところ、石川くんという人が、どうやら良さそうだぞと。
――若いんですか。
6個ぐらい下なのかな? で、彼が吹いてくれるから“こういう流れにしようか”とか、そういうパターンもありました。「月の真ん中で」という曲は完全にそういう流れがあって、トランペットをサビの合いの手にしたところもあるし。
――ある意味、主役になってますよね。「Paradise」もそういう感じがしたし、器楽が主役になっていることが、今回は多いなと思います。
でもね、これ、はっきり言っちゃいますけど、たとえばスティーヴィー・ワンダーの「サー・デューク」の、ああいう張り張りの、ゴリゴリのホーンセクション、あれは日本人にはできないんですよ。技術として吹くことはできるけど、ああはならない。簡単に言うと、太さが違いすぎる。だから、ああいうものが自分の理想ではあるから、今まで敬遠している部分があったというか。
――ああー。なるほど。
ライブだったら、勢いでやっちゃえばいいから、そこまでは求めないけど。“どうせ、だよなぁ”というところで、あんまり入れずに来たという感じですね。で、今回、ショートムービー用の3曲を録る時に、ひょんなきかっけで、スタジオを変えて録ってみたら、思いのほか音が良くて、“これだったらいろいろできるな”って、見えたものがあったんですよ。それで新曲4曲を録る時も、そのスタジオでやればいい感じになるかなと思ったのと、さらに石川くんというトランペッターとの出会いがあって。石川くんは、日本人らしからぬ、音がすごく太いんですよ。話したら、やっぱり音の出し方にすごいこだわりを持っていて。もっと言うと、僕の大学の後輩だったんですよ。
――あ、そうですか。洗足学園。
僕は短大だったので、重なってはいないんですけど。
――でも、同じフィーリングはわかってる。
まあ、ジャズマンですよね。面白いところにこだわりを持っているし、彼がいれば大丈夫だろうと。それで、何月何日にレコーディングというスケジュールを取ったけど、その時彼は北海道の実家にいて、(コロナの影響で)帰ってこれないから、日程をずらしたんですね。彼に合わせてわざわざずらしましたよ、的な。
――それだけの意味はあるということですね。
出てくる音が全部、“ああ、いいな”という、聴いてて溶けちゃいそうな感じ。そこまでした甲斐があったなと思います。
――話を聞いていると、新しい始まりを強く感じるんですね。ここ3作ぐらいはわりと同じコンセプトというか、“アナログ的な音”というテーマで、音色を追求してきた面があったと思うんですけど、今回は自分でドラムを叩いたり、管楽器を入れたり、マイクにこだわったり、また新しいフェーズが始まっているなという気がします。
ああ、そうですね。アナログの意識というのは、もうないです。
――それはもう、当然の大前提になっている。
そうそう。あと、自分でドラムを叩くということは、自分でちょっとハードルを下げていることにもなるんですよ。
――ハードルを下げてる?
自分のプレイの限界、音作りの限界が見えてるから、そこに対してこれ以上こだわることはできないという、そこでさらに“アナログを追求”とか言い出したら、キリがないから。(録っている時は)忘れてる感じ。でもミックスの時の音作りには、染みついているものがあるから、自然とそういう音になったかな?とは思いますけどね。今回、マスタリングを新しい人にお願いしたんですよ。スターリング・サウンドの、スティーヴ・ファローンという人。
マネージャー:グレッグ・カルビとコンビを組んでるエンジニアです。今年から完全に二人で仕事を回すということで、カルビ/ファローンということになってます。
――新しい挑戦と、新しい人。まさにNEW WORLDですね。って、ちょっとこじつけましたが。
これはね、ミックスの最終チェックの時に、CHARMくんと神谷くんが家に来てくれたんですよ。それで“終わった、乾杯しよう”って、飲んでる時に、“いいものできましたね”という話をしてくれて、そこでCHARMくんが言ったのかな。“いやー、これはNEW WORLDですね”って言ったんですよ。それまで、今回のタイトルは『This is music too』の流れにしようと思って、前回が“2”の文字違いだったから、今回は“3”の文字違いで、『This is music tree』にしようとか、言ってたんですね。ファミリーツリー、みたいなニュアンスで。
――洒落てますねえ。
それか、一つ飛ばして“4”の文字違いで、『This is music for』とか。そこまで考えていたんだけど、CHRAMか神谷が“これはNEW WORLDですね”と言った瞬間に、“おっ”と思った。というのも、10年ぐらい前に『NEW OLD』というアルバムがあるんですよ。『This is music too』も、昔の『THIS IS MUSIC』の洒落だったから、今回は『NEW OLD』の洒落で『NEW WORLD』、“これだ!”と思った。仲間は大事だなと思いました(笑)。自分一人だと、絶対に出ないタイトルだったから。
――CHRAMくんは、どんなニュアンスで言ったんでしょうね。かなり真面目な感じだった?
まあ、飲みながら、“いやあ、今回はいいと思いますよ。NEW WORLDですね”って。神谷だったかもしれない。酔ってるんで、覚えてない(笑)。どっちかです。
――連名にしておきますか。
それか、“新しい世界ですね”と言ったのかもしれない。それを“NEW WORLDということね”と言い換えて、“おっ”と思ったのかもしれない。
――でも、言い当てていると思いますよ。NEWな要素は、今まで以上にあると思います。
まあ、でも、お定まりの“粗(あら)”みたいなものもいっぱいあるから、あんまり自画自賛できない部分もあるんですけど。あそこで、仲間が集って“いいものできたね”という感覚を共有できて、NEW WORLDという言葉まで生まれて、それだけで満足な部分もありますね。最後の最後まで、無茶苦茶楽しく終われました。
――アルバムツアーがやれるかどうか、ちょっとまだわからないですが。何らかの形で、ライブ演奏はやってほしいですね。
やりたい気持ちはあります。ただ、状況がどうなるかわからないし、“ホーンをどうやって再現しようか”とか、“同期を使おうか”とか、考えなきゃいけないことも多いので。
――近年の大橋トリオのライブは本当に楽しくて、いろんなフォーマットがあると思うんですね。バンド演奏、同期、弾き語り、マイク1本でバスキング風にやってみたり、何でもありなので、何でもいいです(笑)。
どれも、自分の足りない部分をどう補おうか?と考えた時の、技だったりもしますけどね。そういうところから生まれたものだったりします。それで、まあ、お客さんをだましてるわけじゃないけど、麻痺させるみたいな。
――そんなことはない(笑)。
マイク1本のスタイルは、何年か前にパンチブラザーズのライブを見に行った、その影響ですね。今はメンバーにも恵まれていて、みんな自分のことのように真剣に考えてくれて、そこからいろいろ生まれていることが多いです。まあ、常に、何が正解かはわからないけど、新しいことは常にやりたい気持ちはありますね。
――楽しくやっていただければ、我々は喜んで聴きますので。
はい。ぜひ。
取材・文=宮本英夫 撮影=横井明彦
大橋トリオ 撮影=横井明彦

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