尾上松緑が語る、歌舞伎座公演『泥棒
と若殿』と『戻駕色相肩』 そして『
紀尾井町家話』への思い

歌舞伎俳優の尾上松緑が、『二月大歌舞伎』(~2/27千穐楽)の『泥棒と若殿』に出演、3月4日(木)からは『三月大歌舞伎』(~3/29千穐楽)で『戻駕色相肩(もどりかごいろにあいかた)』に出演する。両月の役への思い、コロナ禍の舞台に立つ心境、さらに自身が席亭をつとめるオンライン配信のトークライブ『紀尾井町家話』についても話を聞いた。
■『泥棒と若殿』、役者冥利に尽きる
『泥棒と若殿』は、山本周五郎の短編小説を原作として、1968年に初演の新しい作品だ。松緑はお人好しの泥棒、伝九郎を勤める。共演は、若殿役の坂東巳之助。感染症対策のため、歌舞伎座では俳優同士の楽屋の行き来が禁止されており、共演者とさえ舞台以外では顔を合わせるタイミングがない。
「巳之助さんとは、舞台裏でのすり合わせもほとんどしていません。そのおかげで、ある意味では2人とも毎日新鮮なリアクションで芝居ができるように思います。舞台の上でバンと起こる化学反応も期待できるのではないでしょうか」
松緑が初役で伝九郎を勤めたのは2007年だった。当時、若殿を勤めたのは、巳之助の父・坂東三津五郎だ。
「三津五郎の兄さんと演じた大事な演目を、息子の巳之助さんと勤めさせていただき、役者冥利に尽きます。お兄さんは、僕よりも20ほど年上で、再演のとき(2010年)にはご自分で、“若”殿ではないな、なんて冗談もございました(笑)。三津五郎の兄さんは芸の力で若殿になり、僕を引っぱってくださいました。今回、巳之助さんは実年齢が若殿に近いので、僕が彼を引っぱる、とまではいかなくとも、前回より大人な伝九郎でお見せしたいです」
ドタバタ忍び込んできた伝九郎(松緑)が、人生を諦めかけていた若殿(巳之助)の心をとかしていく。 /『泥棒と若殿』(C)松竹
三津五郎と巳之助、2人の若殿を比較した印象を問われ、松緑は次のように振り返った。
「お二人は体型も声の高さやトーンも違います。それでも台詞の間や厭世観、自嘲気味な台詞の後のふとした表情などに、あっと思う瞬間があります。三津五郎の兄さんは、最初から最後までを計算立て、緻密に芝居を構築されていました。巳之助さんの若殿はお父様譲りの緻密さをもちつつ、若さの感情の発露がみられる部分があります。三津五郎の兄さんと巳之助さんは親子ですから、根っこには限りなく近いものがあるでしょう。けれども、(スタート地点での)ほんの少しの違いが、伸びていった先では大きな開きになります。巳之助さんは、読み合わせの時にはすでに芝居をつくっていらっしゃいますし、応用力もあります。これからも一緒に芝居をしていきたい役者さんです」
尾上松緑  撮影=塚田史香
物語の舞台は、廃墟となった大きなお屋敷。そこに幽閉される若殿と、忍び込んできた伝九郎が出会い、話が動き出す。
「泥棒としては素人っぽく。余計なことは気にせずあっけらかんとお節介を焼く、根っからのいい人として演じています。きっと伝九郎は、困った人が目の前にいたら助けてしまうんだと思います。縮屋新助(『名月八幡祭』)のような、おなかの中に考えのあるタイプとは違います。人の好さとお節介の勢いで、お殿様を圧倒し、押し切らなくてはいけませんので、"なぜ若殿は警戒しないの? なぜ伝九郎が朝ごはんを作っているの?" とお客様に思わせない人の好さ、人懐っこさを、序幕で出せたらなと思っています」
桜の花が舞うラストシーンに、熱い拍手がおくられた。 /『泥棒と若殿』(C)松竹
■一球入魂で役を届ける
歌舞伎座は現在、50%の客席使用で興行を続けている。舞台に立つモチベーションに、影響はあるのだろうか。
「昨年10月に国立劇場で『太刀盗人』をやった際、本来であれば楽しい松羽目物のはずが、お客様は笑うのも我慢、楽しむのも憚られる雰囲気だったように思います。今は徐々にですが、楽しんでくださっているように感じます。この時期でも来てくださる方々です。楽しもうという気持ちが大きいのを感じますね。モチベーションが下がることは全くありません」
コロナ禍以前ならば、出演月には、1日に2~3役を勤めることが多かった。
「今は基本的にひと役ですから、一球入魂です。そのひと役をきっちり届けたいという思いで勤めています」
尾上松緑  撮影=塚田史香
■Streaming+の配信トークライブ『紀尾井町家話』
コロナ禍をきっかけにして2020年6月13日にはじまり、コンスタントに回を重ねている『紀尾井町家話』。市川猿之助と下村青がゲスト出演する2月28日(日)で、28回目の開催となる。記者から、人と人が会えない中、芸の継承を意識した取り組みでは? と問われると、「まったくそんなつもりはない」と松緑は笑った。
「舞台がない期間の発信の場になればと思いはじめましたが、これほど続くとは思いませんでした。歌舞伎を観にいらっしゃれない方々、地方の方々もご覧くださっているようで、とてもうれしく思います。また、“面白そうなことをやっているな”“俺も出してよ”と言ってくださる先輩や仲間がいることもうれしいです」
松緑やゲストたちは、芸談からプライベート、時にはぶっちゃけトークまで、お酒を飲みながらフランクに繰り広げられる。出演者たちの、舞台のイメージとは違う一面をみられるところも人気の理由だ。
「たとえば(中村)時蔵のお兄さんは、お芝居もセオリー立ててやるタイプ。きっちりしたイメージをお持ちのお客様も多いと思います。僕たちが楽屋で知る時蔵のお兄さんの魅力を、皆さんに少しでもご覧いただければ……という思いはありました。でも実際には、視聴してくださるお客様にここまで素を出してくださるんだ! と驚くほどで(笑)。今まで以上に、お兄さんのことが好きになりました」
購入期限は配信翌日までとなり、アーカイブ配信も基本的には、翌日23:59に終了してしまう。意識的に短くしていると松緑は説明する。
「夜の深い時間にお酒を飲みながらやっていることですから、生感はキープしたいんです。配信を長くするほど、言葉の端を摘ままれ“炎上”する可能性も高くなりますし(笑)。お客様にも1回きりのこととしてご一緒に楽しんでいただけるとうれしいです。そして、あくまでも僕らのメインは生の舞台です。コロナ禍が明けた時、生の歌舞伎を観にいこうという気持ちになっていただける入口になればいいですね」
松緑の安定感とユーモアあふれるホストぶりに「本当にお酒を飲んでいるのですか?」と問われる一幕もあった。松緑は「あれくらいは然したる量では」と謙遜(?)していたが、然したる量であるかないかは、オンライン配信で確認してほしい。
2020年6月にスタートしたイープラスStreaming+において、最多開催記録を更新中の人気シリーズだ。
■息のあった『戻駕色相肩』を
『三月大歌舞伎』は常磐津の舞踊『戻駕色相肩』に出演する。松緑が浪花の次郎作(実は石川五右衛門)を、片岡愛之助が吾妻の与四郎(実は真柴久吉)を、そして中村莟玉が禿のたよりを勤める。
「次郎作は三枚目っぽくもある力強い役です。愛之助さんの与四郎は、典型的な二枚目役ですからキャラクターもあっていると思いますし、息の合った舞台をお見せしたいです。若手で活躍されている莟玉さんと踊りでご一緒するのは初めてです。そこも楽しみです」
菜の花畑が広がり桜の花が咲く京都紫野で、次郎作と与四郎の2人はお国自慢を始める。
「石川五右衛門と(豊臣)秀吉が駕籠かきに化けている設定です。荒唐無稽ですよね(笑)。あまり筋を考えず、華やかさや踊りのカタチのきれいさ、そして出演者の息や、役の違いのコントラストを楽しんでいただければ幸いです」
松緑は、次郎作を「とても好きな役」だという。
「前回次郎作をやらせていただいた後に、常磐津の舞踊『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』の関兵衛を何度かやらせていただき、キャラクターは全く違いますが、振りに近いものを感じました。関兵衛よりも、少しチャリっぽさ(道化っぽさ)のある役です。そういった経験を来月の次郎作に活かしたいです」
『戻駕色相肩』浪花の次郎作=尾上松緑(平成21年5月歌舞伎/(c)松竹)
愛之助との共演にも期待が高まる。
「愛之助さんとは、気心が知れた仲です。若い頃に色々なお芝居をご一緒させていただきましたから、すぐに息があいます。(共演する間隔が一時空き)インターバルはありましたが、一昨年『三人吉三』で僕が和尚吉三を、愛之助さんがお坊吉三を勤めた時は、稽古初日からコンビができあがっていったのを覚えています」
辰之助時代の1996年の浅草歌舞伎まで話はさかのぼる。
「浅草歌舞伎に出ていた頃からの付き合いです。当時、僕は20歳で愛之助さんが2つ上。そして今月の歌舞伎座でご一緒している中村亀鶴さんも加わった3人でお酒を飲み、“これをやりたい、あれをやろう”と夢物語を語っては、大抵僕と亀鶴さんが掴み合いになって……という思い出もあります。そんな仲間と25年後の今、歌舞伎座で一緒に芝居ができるのはとてもありがたいことです」
『三月大歌舞伎』の第一部は午前11時からの上演。一幕目が『猿若江戸の初櫓』、二幕目が『戻駕色相肩』という並びだ。
「明るい踊りが2本続きます。パッと晴れやかな気持ちになっていただきたい。現在は、基本的に1か月1演目となっていますが、その間僕らが暇をしているわけではありません。セミが土の中でエネルギーを蓄えるように、力を蓄える時間だと解釈しています。この期間を無駄にせず、劇場が全席使えるようになった時には、お客様に“前よりも歌舞伎が盛り上がっているね”と言っていただけるよう努めたいです」
尾上松緑  撮影=塚田史香
取材・文=塚田史香

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