歌舞伎座『二月大歌舞伎』レポート!
 仁左衛門×玉三郎に喝采、松緑×
巳之助の上質なドラマから中村屋『連
獅子』まで

東京・歌舞伎座で『二月大歌舞伎』が開幕した。2021年2月2日(火)から27日(土)千穐楽まで上演される、全三部(各部2演目)の見どころをレポートする。なお「十七世中村勘三郎三十三回忌追善」と銘打たれた第三部には、中村勘九郎と勘太郎による『連獅子』、中村七之助と長三郎による『奥州安達原 袖萩祭文(おうしゅうあだちがはら そではぎさいもん)』の特別ポスターが制作された。撮影は篠山紀信。数量限定で劇場売店にて、期間限定の一般販売もされている。想定を上回るペースで売れているそうなので、ネットショップ「かお店」の活用もおすすめ。
現物の写真は、WEBでみるのと段違いの解像度。4人の息遣いが聞こえてくるようだった。 /『奥州安達原 袖萩祭文』『連獅子』ポスター  撮影:篠山紀信
■第一部 10時30分開演
一、『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)十種香』
第一部『本朝廿四孝』(左から)武田勝頼=市川門之助、八重垣姫=中村魁春、腰元濡衣=片岡孝太郎 /(c)松竹
女方の大役“三姫”のひとつ、八重垣姫を中村魁春が勤める。長尾謙信(中村錦之助)のお屋敷で、八重垣姫は許婚の勝頼が切腹したことを悲しんでいる。勝頼を描いた掛け軸に向かい、香を焚き回向する。同じ屋敷の別室では、腰元の濡衣(片岡孝太郎)は位牌に念仏を唱えている。そこに勝頼にそっくりの花作りの蓑作(市川門之助)が現れるが、実は蓑作こそが本物の勝頼だった。八重垣姫は掛け軸の絵にそっくりの蓑作に一目で心を奪われる。「人違いだ」とあしらわれても引くことなく情熱的に言い寄ると……。
幕が開くと、お香の匂いが客席に広がり、義太夫(竹本葵太夫)の語りと門之助のシャープで古風な美しさが観る者を芝居に引き込む。八重垣姫のクドキが見どころだが、仲をとりもってもらおうと八重垣姫が濡衣に相談する姿にも、一途さやあどけなさが見え、大人の女性である濡衣の秘める哀しみや色気とひきたて合っていた。後半は謙信や、白須賀六郎(中村松江)たちが登場し、芝居のカラーやテンポをがらりと変える。そしてエキサイティングな幕切れへ。
二、『泥棒と若殿』
第一部『泥棒と若殿』(左より)松平成信=坂東巳之助、伝九郎=尾上松緑 /(c)松竹
月あかりが美しい、目にも耳にも静かな夜からはじまる。大きいばかりですっからかんのお屋敷に、ひとり横たわるのは松平家の若殿、成信(坂東巳之助)。そこへ泥棒の伝九郎(尾上松緑)が、ドタンバタンと騒々しくのりこんでくる。信成は押し入られても動じないばかりか、もう3日食事をしていない。そうと知るや伝九郎は、人足の仕事へ出かけ食事の支度をする。その姿が成信の心をとかしていく……。
苦労人だが、お人好しで面倒見がよい伝九郎を、松緑は仔犬のように人懐っこい笑顔と人情味あふれるキャラクターで演じ、お芝居に温かみを与える。成信は家督争いで幽閉され、人生をあきらめている。そんな若殿を巳之助が心の機微まで描き出し、ドラマに説得力を与えていた。場面も登場人物も厳選された構成で、照明デザインは、成信の心の変化に寄り添うように冬の夜や、春の陽ざしを再現。坂東亀蔵、中村亀鶴、市川弘太郎が話の展開に折り目正しい緩急をつけた。ふたりの波乱の人生が交差するひと時を、松緑と巳之助が丁寧に掬い上げる切なくも清々しいドラマだった。
■第二部 14時15分開演
一、『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』
第二部『於染久松色読販』(左から)鬼門の喜兵衛=片岡仁左衛門、土手のお六=坂東玉三郎、油屋太郎七=坂東彦三郎 /(c)松竹
片岡仁左衛門の鬼門の喜兵衛と坂東玉三郎の土手のお六で「柳島妙見 」、「莨屋(たばこや)」、「油屋」を上演する。お六はわけあって、質入れされた刀を請け出すための百両を用立てたいと考えている。きな臭さが澱む、ほの暗い家で喜兵衛は、お六が客から預かった古着のあわせと、早桶の中の死体を悪用した強請りを思いつく。さっそくその作戦でお六は油屋にのりこみ、死体を転がし啖呵を切る。しかしどこかに隙があるのだろう。強請が上手くいく予感がしないところに、愛嬌を感じた。
喜兵衛は死体の額に石を打ちつけたり、油屋でドスのきいた声で恫喝する。そのたびにドキッとするのが、喜兵衛の凄みのせいでもあり、色気のせいでもあったように思えた。山家屋清兵衛(河原崎権十郎)や油屋の太郎七 (坂東彦三郎)が話の軸をすっきり支え、番頭や丁稚(寺嶋眞秀くん大活躍!)の遊び心溢れる掛け合いもある。江戸末期という動乱の時代に生まれた、ダークな笑いを含む南北物を最高のコンビで観られる機会だ。最後は笑いと大きな拍手で締めくくられた。
二、『神田祭』
第二部『神田祭』(左より)鳶頭=片岡仁左衛門、芸者=坂東玉三郎 /(c)松竹
祭囃子だけでも気分が高揚したところで、仁左衛門演じる鳶頭がやってくる。つづいて玉三郎の人気芸者も登場。姿をみせるだけで拍手が起こる2人だが、芸者が鳶頭のそばにきて身体を寄せたときは、大きな拍手とともに歓声さえ聞こえた気がした(※実際は大向うは禁止されています)。芸者は美しいだけでなく嫉妬したり拗ねてみたり……。その姿が艶やかでため息が止まらない。鳶頭は、ほろ酔いならではの色気が粋で、若い者に囲まれた時の鮮やかさはいなせ。一幕前の幕切れでは空っぽの駕籠を担いでそそくさと消えた2人が、今度は花道で、見ているだけでも意識が遠のくほどのアツアツぶりをアピールした。喝采の中、すべての客席に晴れやかな笑顔を届けた。
■第三部 17時30分開演
十七世勘三郎は、生涯で800を超える役をつとめ人間国宝となり、現在の中村屋を興した名優だ。その追善狂言として、孫の勘九郎と七之助、そしてひ孫の勘太郎と長三郎が第三部に出演する。
一、十七世中村勘三郎三十三回忌追善狂言『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら 袖萩祭文(そではぎさいもん)』
第三部『奥州安達原 袖萩祭文』(左から)娘お君=中村長三郎、袖萩=中村七之助 /(c)松竹
雪の中、目のみえない袖萩(中村七之助)が娘のお君(中村長三郎)と現れる。袖萩は浪人と駆け落ちをし、今は物乞いとなり三味線で祭文を語り、お君と暮らす。しかし父の平傔丈直方(中村歌六)が今日にも切腹すると聞き、父のいる環の宮の御殿へやってきたのだ。直方も妻の浜夕(中村東蔵)も零落した袖萩に驚く。両親は娘と孫への思いもありつつ、勘当中の上、駆け落ち相手が敵対する安倍一族の貞任(中村勘九郎)だったと知り、対面を許すことができない。
長三郎はまっすぐな健気さと母を思うやさしさを澄んだ声で訴え、直方と浜夕、そして観客の心を揺さぶった。袖萩を介抱し、貞任の腕に収まり、幕が切れるまでの1時間以上を、7歳にして途切れることなく役でありつづけた。これはおじの七之助による、袖萩としての強い愛がお君でありつづけることを支えたからだろう。十七世勘三郎は袖萩と貞任の2役を早替りで勤めたが、今回は七之助と勘九郎がそれぞれを演じ、中村梅玉や中村芝翫も顔をそろえ追善狂言とした。幕間にロビーで特別ポスターを目にし、またこみ上げてくるものがあった。
二、十七世中村勘三郎三十三回忌追善狂言『連獅子』
第三部『連獅子』(左から)親獅子の精=中村勘九郎、仔獅子の精=中村勘太郎 /(c)松竹
勘九郎が親獅子の精を、長男の勘太郎が仔獅子の精を勤める。勘太郎は現在9歳で『連獅子』を本興行で勤める年齢として、勘九郎の記録(当時10歳)を抜き最年少となる。
前半は狂言師の右近と左近として、紅白の小さな獅子を手に踊る。観る前まで、客席が「がんばれ、勘太郎くん! 」の応援ムードになることを想像していた。実際、幕開きから客席は盛大な拍手と高揚感に沸いた。しかしその空気に飲まれることなく勘太郎は、緊張感を保ち全身で踊る。次第に拍手は、“9歳でがんばる勘太郎くん”に向けたものから、三代目中村勘太郎の仔獅子に向けたものへ変わっていった。勘九郎は親獅子そのものの風格で、実際の親子の体格差の何倍も大きく見えた。後半の毛振りでは拍手が鳴りやまず、盛り上がりが最高潮の中、終演した。
中村屋の『連獅子』は十七世勘三郎が親獅子を、十八世勘三郎が仔獅子を勤め作り上げた。厳しい稽古のもと親子で繋ぎ、今回に至る。勘九郎は1月の会見で、十八世には十七世の『連獅子』で仔獅子を勤めた「仔獅子のプライドがあった」と語った。また十八世が初めて親獅子を勤めた1992年、十七世がすでに他界していたことを思えば、代々で直に教わっている仔獅子にこそ、中村屋の『連獅子』が濃く受け継がれているに違いない。きっと勘九郎も胸に秘めている“仔獅子のプライド”が、勘太郎へと受け継がれる舞台を見逃さないでほしい。
歌舞伎座の客席使用率は50%以下だが、いずれの部もそれを感じさせない拍手があった。観劇後には、心が大きく動いた分だけ熱くこみあげてくるものがある演目の並びだ。『二月大歌舞伎』は1日三部制で、2月27日(土)までの上演。

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