小林私

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【小林私 インタビュー】
一気に人が来て去っていくのは
作品を作る上で大事なことではない

YouTubeでの弾き語り動画投稿や生配信で注目を集めるシンガーソングライターの小林私。高校時代に軽音学部と演劇部をかけ持ちし、大学ではベリーダンスサークルに入るなど、多才でユーモラスなキャラクターを持つ彼が1stアルバム『健康を患う』を完成させた。今作には2020年に配信でリリースした「生活」「悲しみのレモンサワー」を含む全8曲をリアレンジして収録した意欲作。そんな作品の制作背景に触れつつ、彼自身のことにもスポットを当てて話を訊いた。

自分がダメだと思わないように
機嫌をとるのはすごく大事

小林さんは幼い頃から目立ちたがりな性格だったそうですが、YouTubeでの弾き語り動画の投稿や生配信をきっかけに注目を集めている現状をどう思ってますか?

いい感じですよね(笑)。ある程度目立ったことによって、“目立った先で何をしよう?”っていう心境に変わってきた感じはあります。自己実現欲求にはなってきたのかなと思います。

プレッシャーはあまり感じていないようにも見えますが。

なんとかなるだろうっていうメンタルではありますね。でも、プレッシャーを感じることはあって、“こういうふうに注目されたらどう動いたらいいのだろう?”と考えることもありますけど、今は楽観的な状態で進めているからしばらくはまだこのままでもいいんじゃないかと思ってます。

小林さんは大学生時代にセラピストをしていたこともあるそうで、人のことをよく見てきた方だと思うんですけど、それが今は人に見られることも多くなって、自分との向き合い方に変化はありますか?

自分がやったことを他の人が見る目線で見たいので、YouTubeは再生回数を伸ばしたいっていうよりも自分が上げた動画を自分で観たくてやってるんです。自分でアーカイブを観ながら面白いなって思ったりもするんですけど(笑)。その感覚があるので、そこの変化はないですね。

今の自分はご自身でどう見えていますか?

今は調子こいてますね(笑)。“このくらいは調子こかせてくれよ”っていう自分と戦ってます。

先日拝見した公開インタビューで、目立ちたいというお気持ちはあっても“バズりたくない”という気持ちもあると話していたのが印象的で。

バズると一気に消費されちゃうというか。ずっと長くからあるお店と急に流行ったお店の違いみたいに思っていて、一気に人が来て去っていくのは作品を作る上で大事なことではないと思ってるんです。せっかくやるんだったら長く続けて、長く人に観られていくっていう状態のほうがたくさん作品も作れるし。バズるとたくさんの人が観てくれるのはありがたいんですけど、側面しかとらえてもらえない気がするんですよね。YouTubeで一番伸びたのは150万再生を超えた「ヴィラン」(てにをはのカバー)の動画なんですけど、あの曲をカバーした意味は全然伝わってなくて、それは一気に人が観たことによって混み合っているからなのかなと。美術館にモナリザを観に行っても、モナリザの前って常に人がごった返してるからすぐに通り過ぎていく。それならば、モナリザほどの人気はない絵画のほうがゆっくり観てもらえて、伝わるんじゃないかって感覚です。

広まるのも嬉しいことではあるけど、人に聴いてもらう、観てもらうっていうのがより重要であると。

絵画はその場に存在するから、最悪倉庫にしまってあっても“もの”としてあると思うんですけど、音楽は基本的に聴覚情報で、3分の曲だったらその3分間誰かに聴いてもらわないと存在できないものだから、人が聴いてくれるってことを重心に置いておかないといけないと思ってます。

小林さんのそういったスタンスもあるからなのか、アルバム『健康を患う』は聴けば聴くほど興味が湧く作品でした。タイトルに“健康”という言葉があって、「HEALTHY」という曲もあれば「風邪」という曲もありますが、今作においての“健康”ってどういうものですか?

このアルバムを出すことになった時の自分の気持ち感というか。タイトルは「風邪」のMVを撮った時の休憩中に考えた…外で風が吹き荒む中、リード曲は「風邪」だけど個人的には「HEALTHY」もそうかなと思ってたので、自分の中で引っかかっているワードが健康にまつわるものなのかなと。

アルバムが完成して自然と出てきた言葉なんですかね。

もともとある感覚として、人の状態は病名があるかないかの差でしかないと思っていて。健康っていう状態に対しても“果たして本当に健康なのか?”っていう懐疑心があるんです。

「風邪」の歌詞には風邪をいいように使う描写もありますし、“健康を患う”のちぐはぐな感じは今作のタイトルにぴったりだと思います。「HEALTHY」も健康という意味ではあるけど、平凡ではないというか。《けどさ このまま何十年 生きていくにはまだ足りないような》というフレーズを聴いた時に、小林さんは退屈になることに対抗しているのかなと思ったり。

それはありますね。つまらない状態って本当につまらないので楽しくしたい…よく大人が言う“面白いことしましょう!”みたいな感じではないですけど(笑)。友達と遊ぶのでもいいし、映画を観に行くのでもいいし。僕は根が暗いしインドアだから、“1カ月くらい家で過ごしてください”って言われても平気なんですけど、何にもない日も何かある日にするというか、自分は何をもって退屈なのかっていうのを分かって機嫌をとってます。

今作の中で「生活」と「悲しみのレモンサワー」は人に贈った楽曲なんですよね?

そうです。「生活」は居酒屋で働いてた時の先輩が卒業する時に作ったお別れムービーで流した曲で、お酒が入ってる人たちにパッと見で伝わるように作りましたし、「悲しみのレモンサワー」は大学の先輩がやってるバーの看板メニューがタイトルになってて、お店の一周年記念の時に贈った曲なのでこの2曲は他人軸です。だから、若干無責任でもいいっていう感じはありました(笑)。自分に対する自分の曲は嘘をつくとすぐに分かるから嫌なんですけど、人に贈る曲だと方便というか、本当に思っていることを違う言い方にもできるので楽でしたね。

ちょっと違うかもしれないんですけど、今作に入っていない曲で小林さんがフィーチャリングで参加している楽曲もあって、例えばGOMESS&Yackleさんとの「Stardust(feat.小林私)」はどんな感覚でしたか?

Yackleさんが作ったトラックを聴いて、GOMESSさんがバースを乗せて、僕が最後に曲を乗せるっていう各々が作ったものを合わせていく流れでできたんですけど、全体が見えた上で辻褄を合わせるのは得意だったので面白かったですね。普段だったら使わない言葉を整合性に寄せてあえて入れてみたり。

以前に小林さんが『健康を患う』はアレンジャーの方と作ったリミックスアルバムという言い方もされていましたが、自分の音楽に人が関わるっていうことに抵抗はなく、面白そうっていう気持ちで取り組んでいるんですか?

そうですね。ちょっと前だったら絶対嫌だったんですけど(笑)。ひとりでやるには限界があって、誰かと一緒にいることで生まれる化学反応ってひとりだと100パーセントないので、誰かとユニットを組んだりして自分だけでは見れない世界を見たいっていうのはありますね。作品を作る上では作品が面白くなったほうがいいなと。

ちなみに今まで人と作るのが嫌だった理由は?

単に僕が根暗だからです(笑)。美術大学なので人と共同で何かをやる課題もあったんですけど、お互いがちゃんとやろうとすればするほど喧嘩になるので、誰かと作る時は自分の区域と相手の区域が分かれていればっていう感じですかね。同じ作品の中でも各々の領域を分けてやったほうが僕には合ってます。

アレンジで楽曲の雰囲気がガラッと変わることにも前向きなのは、ご自身で作った曲に自信がある証拠でもありますし、歌っているのを聴いても音楽を作ることの楽しさや愛情を感じました。自分の曲はいつから好きになりましたか?

音楽を作り始めた高校生の頃の曲は今となっては聴けたもんじゃないんですけど、当時は“作れるやん!”って思って楽しくて。その場でできなくても一年後にはできてるだろうって感覚があるから、“今このくらいできるなら一年後なんてどんだけカッコ良い曲が作れるんだ!?”みたいな(笑)。続けることに意味があると思っているので、その都度その都度で自分にいいと思わせるというか、自分の作品で自分の機嫌をとるというか。世間的にはどうであれ、“いいじゃん、ダセェけどカッケーじゃん”って自分がダメだと思わないように機嫌をとるのはすごく大事だと思いますね。
小林私
アルバム『健康を患う』

OKMusic編集部

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