菅田将暉、あいみょん、石崎ひゅーい
等を手がける超人気アレンジャー、ト
オミヨウ。須藤晃を父に持つ知られざ
る音楽人生を語る【インタビュー連載
・匠の人】

その道のプロフェッショナルへのインタビュー連載「匠の人」。今回登場するのは、アレンジャー、プロデューサーとして、数多くのヒット曲に関わっているトオミヨウだ。

尾崎豊浜田省吾などのプロデューサーとして知られる須藤晃を父に持ち、2007年から編曲家、ライブサポートなどの仕事に携わってきたトオミヨウ。菅田将暉あいみょん石崎ひゅーい土岐麻子槇原敬之玉置浩二などのアレンジ、プロデュースを手掛け、稀代のヒットメイカーとして知られている。「歌う人に対する憧れがある」という彼に、独創的なアレンジワーク、プロデュースのスタイルについて語ってもらった。
――トオミヨウさんの父親は、尾崎豊さん、浜田省吾さんなどの作品を手がけてきた須藤晃さん。やはり幼少期から音楽がそばにあったんでしょうか?
小学校の頃から、父親が持って帰ってくるCDをよく聴いてましたね。今考えると父親が務めていたソニーのアーティストばっかりなんですけど、ユニコーンとか、それこそ尾崎豊さんとか。あとは母親が好きな佐野元春さんの曲を車で聴いたり。自分でCDを買うようになってからは、B’ z、Mr.Childrenとか。僕らの世代がみんな聴いていたバンドですね。
――マニアックな音楽ファンではなかった?
その頃はマニアックなものにはいかなかったですね。周りには古い音楽やハードロックを聴いてる人もいたけど、僕は全然好きじゃなくて。ポップスばっかり聴いていたし、それが今の自分が作っているものにも影響している気はしますね。どこかいなたいものが好きというか。高校生になると、レッチリ、レニー・クラヴィッツ、レディオヘッド、ニルヴァーナとかを聴き始めて、あまりJ-POPを聴かない時期もありましたね。特にレディオヘッドが好きで。作品のたびに音楽性が変わりますけど、その度にすごく影響を受けてました。
――10代の頃から、音楽の道に進もうと思っていたんですか?
小さい頃はあんまり考えてなかったですね。音楽はずっと好きだったし、高校生の頃は「ミュージシャンという職業はカッコいいな」と思ったりしたけど、全然違うことを仕事にするんだろうなと。祖父が医者で、後継ぎがいないって言ってたから、「お医者さんになろうかな」とか。でも気づけば文系だったから、諦めましたけど(笑)。
――須藤さんの仕事のことはどう思っていたんですか?
小さいときに何度かスタジオに連れていってもらったことがあるんですけど、「みんなで曲を作ってるんだな」くらいで、具体的に何をやってるのかわかってなくて。
――では、音楽の仕事をはじめたきっかけは?
大学生の頃に自分で曲を作り始めたんですよね。当時父親の会社に作業できる場所があって、ときどき使わせてもらっていて。その流れで父親の仕事を手伝うことがあって、徐々に他からも頼まれるようになったんだと思います。ただ、「手伝ってるだけではダメだな」っと思っていたし、父親にもそう言われていたので、作品は作り続けていたんです。でも、それで売れようということではなく、スキルを磨くという意味で。
■アーティストのやりたいことを具現化するのが自分の役割だと思ってる
――2007年頃からはアレンジャー、ライブサポートなどの活動が本格化します。槇原敬之さんのアルバム『悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。』(2007年)のストリングス・アレンジを担当、ツアーにも参加するなど、いきなり大きな仕事ですよね。
槇原さんとの出会いのきっかけは、尾崎豊さんのトリビュートアルバム(『"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』)ですね。アルバム全体を父親がプロデュースしていて、尾崎裕哉くんと僕に「息子同士で一緒にやりなよ」と声がかかって。裕哉くんは当時14歳くらいで、ユニット(“Crouching Boys”)を組んで1曲入れさせてもらったんです。曲は「15の夜」なんですけど、息子同士で普通にカバーしてもカッコ悪いと思って、全然違う曲にしたんですよ。裕哉くんが英語で朗読して、そこに弦を入れたんですけど、それをトリビュートに参加してた槇原さんが気に入ってくれたんです。で、「アルバムの曲で弦のスコアを書いてほしい」という依頼をいただいて。そもそもストリングスを入れたのはその「15の夜」のときが初めてだったし、「何で僕に頼むんだろう? できるわけない」とも思ったんだけど(笑)、せっかくのチャンスだからやってみようと。その後ライブのサポートにも呼んでもらったという流れですね。
――その後もトータス松本さん、ポルノグラフィティ、玉置浩二さんなど、ビッグネームとの仕事が続きます。当時はどんなスタンスで取り組んでいたんですか?
その頃は父親とのつながりで仕事を受けることが多かったんですよね。僕個人に仕事のオファーが来るようになってからは、依頼をいただくたびに「何で僕にオファーが来たんだろう?」と考えていました。
――キャリアを重ねるなかで、オファーが来る理由はわかるようになったんですか?
いや、全然わからないですね(笑)。「仕事が早い」というのは心がけているし、実際早いと思うんですけど。あと、自分にはポリシーがないというか、アーティストのやりたいことを具現化するのが自分の役割だと思ってるんですよね。自分の名前で作品を出すのであればすごくこだわるでしょうけど、最初から最後まで基本的には相手のやりたいこと、作りたいものを支えるという意識ですね。
――トオミさんが関わった作品を聴かせてもらうと、ひとつひとつサウンドの色が違いますよね。
そうですね。サウンド的にも「自分はこれだ」というものが特になくて。いろいろやってみたいんですよね。
■カッコいいだけではなくて、カッコ悪いことをちゃんとできる人は意外と少ない
――特に石崎ひゅーいさんとの関わりはすごく深くて。デビュー作「第三惑星交響曲」(2012年)から現在に至るまで、ほぼすべての作品を手がけています。
ひゅーいくんはもともとastrcoastというバンドをやっていて、その頃から関わっていたんです。いいバンドだったし、当時からボーカルは素晴らしかったんですけど、停滞した時期があって。「このまま終わるのはもったいない」と思っていて。食事に誘ってお互いの話をいろいろしたりしました。あと、ピアノで曲を作ればもっと広がるだろうなと思って、ピアノを教えたりとか。そのうちにソロでやることが決まって、僕がアレンジを担当することになったんです。
――アレンジャーだけではなく、プロデューサーとしての役割も担っているんですね。
ひゅーいくんは僕をすごく信頼してくれていて。歌詞と曲をこちらに投げて、それに対して僕が作ったものに対しては、必ず「めっちゃいいですね」って言うんです(笑)。そのぶんプレッシャーがあるというか、最初にいいものを作らないと、そのまま進んでいってしまうんですよ。最近はキャリアを重ねるなかで、彼のなかにもやりたいことが出てきていると思います。
――菅田将暉さんとの関わりも、ひゅーいさんとのつながりですか?
完全にそうです。最初に会ったのも、ひゅーいくんのライブで。まだ菅田くんが音楽活動を始める前だと思いますが、「ひゅーいくんの曲が好きだ」と言っていて。その後、菅田くんが音楽をやるようになって、A&Rの方から「ひゅーいくんに曲を書いてもらおうと思っているから、手伝ってくれないか?」と連絡をもらったんです。
――菅田さんのアルバム『LOVE』では11曲のうち5曲でアレンジやプロデュースを担当されています。アーティストとしての菅田さんにはどんな印象がありますか?
好みがハッキリしているし、すごく大人ですね。たとえば曲を選ぶときはしっかり意見を言うけど、枠組みが決まって制作がスタートしたら、「ここからはお任せします」というスタンスです。ひゅーいくんが作った曲に関しては、「ひゅーいくんがやりたいようにやってほしい」という感じが伝わってきて、お互いにリスペクトしていることがわかりますね。
――ひゅーいさんも菅田さんもそうですが、楽曲がどこか懐かしくて、いなたい雰囲気もあって。そこはトオミさんの志向とも共通しているのでは?
そうだと思います。ひゅーいくんとは昔から、「ダサいことをやれる人がいちばんカッコいい」と言っていて。それをやれる人は意外と少ないんですよね。菅田くんの出演している映画を観ていても、僕らが音楽で目指していることを演技でやっている感じがして。「カッコいいだけではなくて、カッコ悪いことをちゃんとできる」ということですけど、そこはひゅーいくんとも共通しているのかなと思います。あと、菅田くんは音楽をやっているとき、すごく楽しそうなんですよ。休みの日に好きなことをやっているような雰囲気があって、それはいつもすごくいいなと思います。
――あいみょんも菅田さん、ひゅーいさんと交流がありますが、彼女にも独特のいなたさがあるような気がします。
そうですね。あいみょんも、カッコよくてソリッドというだけではなくて、どこかダサくて、ちょっと稚拙なところがあるのが好きだと思います。平井堅さんの「怪物さん feat.あいみょん」のときは、とにかくカッコいい音を目指しましたが、あいみょん名義の曲だったとしたら、ああいうサウンドにはしていないと思います。
――基本的にはやはり歌を際立たせることがポイントなんでしょうか?
そうですね。自分が歌わないこともあって、歌う人に対する憧れが強いんですよ。歌をどう際立たせるかということを常に一番に考えています。自分でもラッキーだと思うんですが、歌がすごい人と仕事をご一緒することが多いんですよ。だから、ここまでのめり込めるんでしょうね。
■曲と詞と声が良かったらアレンジが少々ダメでも売れると思いますけど、その逆はない
――秦基博さん、安藤裕子さん、中田裕二さんなど、個性と技術を併せ持ったボーカリストの作品にも数多く関わってますからね。アレンジの際、「ヒットさせる」「今のトレンドに寄せる」ということを考えることはありますか?
そういう発想が自分から出てくることはあまりないですが、「ヒットさせたくて」とか「今っぽい音にしたいんです」みたいなことを言われることはあります。ただ、平凡な曲をアレンジの力で売るのは無理だと思っていて。曲と詞と声が良かったらアレンジが少々ダメでも売れると思いますけど、その逆はないと思います。そういう意味では、アレンジの力をあまり信じてないのかもしれないです。アレンジで後押ししたり、少し方向を変えることはできますが、いちばん大事なのは曲と歌なので。
――では、トオミさんのアンテナに引っかかる音楽はどんなジャンルが多いですか?
それはいろいろですね。もともと僕はリスナーとしてのレベルが低いというか(笑)。好きな曲はたくさんあるんですけど、アーティストやミュージシャンのことは詳しくないんですよ。ストリーミングで聴いていると、いろんな曲がどんどん流れるじゃないですか。それが面白いし、CDを選んでかけるという聴き方には戻れなくなってますね。
――ストリーミングのなかで洋楽やK-POPと並んで聴いても遜色のない音にしたい、という気持ちもありますか?
それは考えますね。実際「並べて聴くと引っ込んで聴こえる」ということもあるので。まずはエンジニアリングの問題なんですけど、もっと突き詰めれば、アレンジや曲の構造にも関わってくる。ただ、そのことを意識しすぎて「入れたい楽器を入れない」みたいになると、結果的に「これは誰の作品なんだ?」ということになりかねない。そこまでやるのは良くないし、僕が気を付けてるのは「歌が引っ込まないように」ということかなと。でも本当は作り手としては「のめり込んで聴いてほしい」という願望もあるんですよね。
――流し聴きできないような曲を提示したい、と。
はい。カウンターになるような曲を作って、「いまの流れとは全然関係ないけど、すごくカッコいい」とそれだけを聴いてしまうような。2020年の夏にリリースされたテイラー・スウィフトのアルバム『フォークロア』をめちゃくちゃ聴いたんですよ。「昔、こういう聴き方をしていたな」と久々に思い出して。決して派手ではないけど、入り込んでしまう。僕もそういう作品を作りたいんですよね。
取材・文=森朋之

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